「今、お前……何て言った?」
俺をじっと見ていた相澤が、鋭い視線を向けてそう聞いてくる。
俺が今、何を言ったか?
そう考え、自分が今口にした言葉を思い浮かべると、相澤の視線が鋭い理由に思い当たる。
相澤が何を問題にしているのか。
そして、俺が何と言ったのか。
俺は今、こう口にした。『俺は他の生徒に対する壁という存在になる為に雄英のヒーロー科に入学した以上、見込みのある……それでいてまだまだ伸びる余地がある緑谷を気にするのは当然だと思いませんか?』と。
……この言葉の、後半部分は特に何の問題もない。
緑谷が成長する余地が十分にあるといったことは、そうおかしなことではないのだが。
だが……前半。
壁という存在になる為に雄英のヒーロー科に入学したと、そう口にしたのだ。
いやまぁ、それは間違いのない事実だし、実際に俺本人が雄英を卒業した後でプロヒーローになるつもりはない。
そういう意味では俺の言葉は間違っていないのだが、それはあくまでも俺の都合であって、実際に口に出していいような内容ではないのも事実。
そして相澤は色々と厳しいところはあるが、教師として生徒の事を思っているのも間違いない。
とはいえ、除籍とかやりすぎのところもあるが……まぁ、それはそれとして。
正直に全てを話せる訳ではない以上、何とか誤魔化す必要があるか。
「何度も繰り返すようですが、俺は壁として……他の生徒達の前に立ち塞がるつもりです。それは間違いありません」
「……」
俺の言葉を聞いても、相澤は特に何も言わずにこっちを見ているだけだ。
とはいえ、その視線は先程よりも鋭くなっているような気がするが。
あれ? これ、もしかして相澤の個性の抹消……見た相手の個性を使えなくする奴を使ってないよな?
俺の場合、個性は混沌精霊……ということにしてはあるが、言うまでもなく混沌精霊というのは俺の個性ではない。
……ああ、でもFate世界の時のように、俺という存在をその世界に相応しい形に変更されていれば……いや、あれも聖杯があっての事か。
ただ普通にホワイトスターからシステムXNを使ってこの世界に転移してきたのだから、それで俺の身体に変化が起きたりする筈もないか。
せめてもの救いは、相澤が抹消の個性を使っても相手の個性を消したという確信は持てない事か。
いや、相手を見ればその時点で個性を使えなくなるので、相澤にしてみれば個性を発動して相手を見れば、それはイコール抹消を使ったという事になる訳だ。
もっとも、この状況で抹消を使ったところでどうなるというのが正直なところだが。
考えられるとすれば、心操のような個性を持っていて、それを相澤に使っていると思われたのか。
まぁ、俺の個性は混沌精霊という、一種の複合個性という扱いになっているので、相澤がその辺りの心配をしてもおかしくはない……と思う。
だからといって、それで実際に何かが出来る訳でもないのだが。
「分かった。まだ色々と聞きたい事はあるが……ヒーロー殺しとの戦いの場にはプロヒーローがいて、そのプロヒーローもどうしようもなかった以上、アクセルがどのように判断しても……実際に緑谷達が無事だったのを思えば、何も言おうとは思わん」
あれ? 意外な……思い切り意外な反応だな。
俺がやったのは、いざという時は助けに入るつもりだったとはいえ、A組の生徒達をヒーロー殺しというネームドのヴィランの前に放り出した訳で、普通に考えればもっと色々と突っ込まれたり、叱られたりしてもおかしくはないと思うんだが。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり怪しい存在だし。
……考えられる可能性としては、公安辺りから何らかの介入があったのか?
とはいえ、相澤の性格を思えば公安が今回の件で何らかの介入をしてとしても、相澤がそれを素直に受け入れるとは思えないのだが。
色々と疑問はあるが、俺にとっては都合のいい流れになっている以上、この件で俺がどうこう言っても意味はないだろうと思っておく。
もし下手にここでその件について追及した結果、じゃあもっと詳しい話を聞かせろとか、そんな風になったら俺にとっては洒落にならないし。
なあなあにする事が出来るのなら、俺としては寧ろ願ったり叶ったりなんだから。
「それで、だ。ヒーロー殺しについてだが……まぁ、これも一応聞いておくが、お前はよく最後の最後で動けたな」
相澤が何を言いたいのかは、すぐに理解した。
精神が肉体を凌駕した状態で発された、気迫。
あの場にいた生徒達は勿論、プロヒーローも……それこそNo.2ヒーローのエンデヴァーですら、ヒーロー殺しの迫力に押されて後退った程だ。
唯一、グラントリノだけがヒーロー殺しの気迫に抗っていたが、それでも動くことは出来なかった。
そんな中、俺は何でもないかのように普通にヒーロー殺しに近づき、一撃で気絶させたのだ。
それを知った相澤にしてみれば、エンデヴァーですら動けない中、何故俺が……相澤から見た場合、ヒーロー科の生徒、それも2年や3年ではなく、入学してまだそんなに経っていない1年の俺が、そんな事を出来たのかと疑問に思ってもおかしくはない。
とはいえ、これにどう答えるかは迷う。
実際には多くの修羅場を経験した俺にしてみれば、ヒーロー殺しの発した気迫程度は幾らでも感じた事がある。
それこそヒーロー殺しの気迫以上の気迫を持つ者だって、両手両足の指で数え切れない程に何人もいた。
何しろ、相手には普通に神とかもいたしな。
だが、今はまだ相澤に真実を話せる訳もない以上……
「その辺は、俺がそういうのをあまり気にしないとか、あるいは混沌精霊の個性の影響もあるかもしれませんね」
「……なるほど」
これも先程と同じく、完全に納得した訳ではないが、納得した事にして頷く。
本当に相澤に何があった?
「もしアクセルがいなければ、あの場でもっと被害が出た可能性も否定出来ない。そういう意味では、アクセルが動いたお陰で無事だった。……そして、そういう事が出来るから、緑谷達とヒーロー殺しを戦わせても、いざという時は加勢出来る状態にあった。つまり、そういう事だな?」
違うんだが。
そう言おうとしたが、相澤の視線を見ればそういう事にしておけと言っているように思えるし、考えてみれば相澤の言ってる内容が完全に間違っている訳でもない。
であれば、ここは相澤の言葉に素直に頷いておいた方がいいか。
俺としてはヒーロー殺しというのはそこまで強いようには思わなかったが、相澤にしてみればヒーロー殺しはネームドというだけあって強敵なのだろう。
……実際、もしヒーロー殺しと相澤が戦った場合、相性は悪いしな。
相澤の戦闘スタイルは、抹消の個性を使って相手の個性を使えなくしてから捕縛布を使い相手を捕らえたり、あるいは投げたりといったものだ。
つまり、相手が個性を戦闘の主力とする……例えば轟みたいな個性なんかがその筆頭だろうが、そういう相手と戦うのに向いている。
それに対して、ヒーロー殺しは個性も戦闘に使うものの、それはあくまでも補助だ。
基本的な戦闘スタイルは、個性とかは関係ない素の戦闘能力で戦っている。
相澤によって個性を消されれば、勿論戦闘の幅は狭まるだろう。
だが、それはあくまでも狭まるだけであって、戦闘能力そのものは殆ど落ちない。
分かりやすく説明するのなら、個性を使うタイプのヴィランは戦闘力が百あるとして、その戦闘力のうち七十から八十……ヴィランによっては九十とかあるのだが、相澤と戦う時はその個性分を消失させられる。
それに対して、ヒーロー殺しは百のうち、個性は十あるかどうかといった感じなので、もし個性が使えなくても残り九十の戦闘力を思う存分使う事が出来る。
そういう意味で、ヒーロー殺しと相澤は相性が悪いのだ。
勿論これはあくまでも相性の話なので、これが相澤が弱いという事にはならないのだが。
「そうですね。正直なところ俺が1人でも余裕でヒーロー殺しには勝てたでしょうし」
「……普通なら、油断するなと突っ込むところなんだが、アクセルの場合は全く問題ないように思えるんだよな」
相澤の言葉に、だろうなと思う。
相澤とヒーロー殺しの相性が相澤にとって最悪なように、俺とヒーロー殺しの相性はヒーロー殺しにとって最悪なのだから。
何しろヒーロー殺しの個性は血を舐めて始めて発動する。
その血を手に入れるには、普通に刀やナイフといった刃物で切るなりなんなりしないといけないが、混沌精霊の俺には個性を使っていない物理攻撃は効かない。
もっとも、心操の個性洗脳が俺に効かなかった事からも、個性だからといって必ずしも俺に個性を使った攻撃が通用するといった訳ではないのだが。
出来ればその辺り、もっとしっかりと調べてみたいところだけど……その辺を調べるとなると、やっぱりゲートを設置してホワイトスターと自由に行き来出来るようになる必要がある。
ともあれそんな訳で、相性的に最悪のヒーロー殺しを相手にした場合、それこそヒーロー殺しが百人いようが、千人いようが対処は可能だった。
実際には、とてもではないがそういう事にはならないと思うが。
「そういう事です。生徒達の前に立ち塞がる壁として、ヒーロー殺し程度の相手に負けるつもりはありませんから」
「……まぁ、その辺についてはいい。ただ、そうなるとヒーロー殺しの件だが……どうする?」
「え? どうするってのは?」
相澤が一体何を言いたいのか、俺には分からない。
相澤はそんな俺に向け、先程よりも幾分か視線を柔らかくして口を開く。
「ヒーロー殺しと戦う上で、担当のヒーローから許可を貰って個性を使ったのは、お前だけだ。緑谷、轟、峰田の3人は個性の使用許可を貰わず、無断で個性を使った」
「あー……それがありましたね」
その件については、俺も気になっていた。
「そうだ。そうなると、ヒーロー殺しを倒した件については、誰が倒したのかというのが大きく関係してくる」
「つまり?」
「ヒーロー殺しを倒したのは、アクセルだという事になるかもしれない」
「……なるほど」
もし緑谷達が倒したというのを公表して、その結果許可を得ずに個性を使ったというのが明らかになれば、大きな問題となる。
緑谷達にしてみれば、自分達が倒した手柄を俺に譲る形となる。
……まぁ、実際には最後の最後で俺がヒーロー殺しを倒したのだが、それは最後の最後で俺が手柄を掻っ攫った形で、実際にあそこまでヒーロー殺しにダメージを与えたのは緑谷達だしな。
そうなると、緑谷達を庇う為にも俺が倒したという事にした方がいいのかもしれないが……
「そういう意味なら、もっと相応しい人物がいるんじゃ? あの現場には、エンデヴァーもいましたし。No.2ヒーローなら、ヒーロー殺しを倒した人物としてこれ以上ないくらいに相応しいと思いますけど」
「……そうだな、当初はその方向で話を考えてはいた。実際、エンデヴァーも息子の為であれば、前向きだったしな」
「え? そうなんですか? それはちょっと意外……いや、よく考えてみたら、そこまで意外でもないのかも?」
俺が知ってる限り……つまり、体育祭の時に話した限りでだが、エンデヴァーは轟にNo.1ヒーローになって貰いたがっていた。
つまり、オールマイトを越える存在となって欲しい……いや、欲しいとかそういう話ではなく、絶対にそうなるべきだと、そう断言していたくらいだ。
であれば、学生の身で個性の使用許可が出ていないに関わらず個性を使ったというのは、轟がプロヒーローとして活動する上で大きな失点になる可能性は十分にあった。
それを防ぐ為に自分が息子のミスをフォローしようと考えてもおかしくはない……のかもしれない。
「けど、当初はって事は、それは駄目になったって事ですよね? 何でです?」
「……間接的にはアクセルのせいだな」
「は?」
何でそこで俺の名前が出てくる?
「えっと? 意味が分かりませんけど」
「簡単に言えば、お前が峰田を連れて空中を蹴って移動したのを見た誰かが、追っていったんだ。しかもスマホで動画をネットにアップしながら」
「……マジか……」
あまりと言えばあまりの相澤の言葉に、そう返す。
いやまぁ、俺が峰田を優のいた場所から掻っ攫っていったのは間違いないし、それを見ていた者達からは、当然のように見られているのは分かっていた。
だが、幾ら何でも動画を撮りながら追ってくるってのは……さすがに予想外。
これで俺に対する敵意や殺気でもあれば、また話は違ったんだろうが、動画を撮ってるだけだと、そういうのもないしな。
そこまで考え、ふと嫌な想像をする。
「えっと、そうなると、もしかして俺達がヒーロー殺しと戦っていた光景も撮られていたり?」
そうなると、俺が倒せるのに意図的に倒さず、緑谷達に任せていたというのも撮られており、そうなるとどうしようもない事になるのだが……
「安心しろ。さすがに戦闘をやっていた場所には近づけなかったらしい。……だが、最後、脳無が襲ってきて、連れ去られた緑谷をヒーロー殺しが助け、エンデヴァーがやって来て、そこでアクセルがヒーロー殺しを倒したのはしっかりとアップされていたがな」
おう……それは……何と言えばいいのか……
取りあえず、面倒な事になるのは確定だった。