男子更衣室での騒動も終わり、無事に着替えて更衣室から出る。
……峰田はまだ目を押さえながら床を転がっていたが、この件については自業自得だろう。
まぁ、そういうのでこそ峰田なんだと言われれば、それはそうかもしれないと思うが。
とにかくそうして更衣室から出ると……
『……』
そこには無言で俺を見ている女達の姿があった。
とはいえ、それでもクラスの女全員という訳ではない。
三奈、葉隠、ヤオモモ、耳郎の4人。
その4人が、頬を赤くして――葉隠は透明だから分からないが――俺をじっと見ている。
これは何だ?
一瞬そう思ったが、すぐに何がどうなってそうなったのかを理解する。
つまり、男子更衣室での会話が……俺が女達の魅力的なところを口にしたのが、聞こえていたのだろう。
考えてみれば当然か。
覗き穴で男子更衣室と女子更衣室が繋がっており、峰田が覗くと言ったのも向こうに普通に聞こえ、耳郎のイヤホンによって成敗された。
つまり、俺の声が女子更衣室に聞こえていてもおかしくはない訳で……さて、どうするか。
少し迷ってから口を開く。
「それでどうしたんだ? そんなに黙って見られても、どう反応すればいいのか分からないんだが」
取りあえず、あの話が女子更衣室に聞こえていたのには気が付いていなかったという風に装い、尋ねる。
すると、そんな俺の言葉に4人がはっとした表情を浮かべ……
「な、何でもないわよ。ねぇ、ヤオモモ?」
「ヤオモモモ、モモモ、桃のうち……なんですの?」
「あ、駄目だこれ。まだパニクってる」
ヤオモモの桃と言われて思い浮かぶのは、年齢不相応に発達したその双丘だが……取りあえず今はそれは置いておく事にする。
「その、アクセル君。……えっちなのは駄目だと思うよ」
「何がエッチなんだ?」
葉隠の言葉に、そう尋ね返す。
男子更衣室での会話は覗き穴を通して女子更衣室には届いていなかった。
そう思っているからこそ、俺は今のように言ったのだ。
すると自分の失敗を理解したのか、葉隠の腕が……正確には制服の腕の部分が動揺するように激しく上下に動く。
「アクセル、少しいい?」
そして最後にそう声を掛けてきたのは、耳郎。
頬を赤くし、イヤホンを弄りながらそう声を掛けてくる。
「どうした?」
「えっと……その、アクセルってどういう人が好みなのかなって思って」
「なんでまた急にそんな事を?」
「……あ、いや。何でもない、ちょっとその、女子更衣室でそんな話になっただけだから! ……ウチ、一体何でこんな事を言ったんだろ」
最後は小さく呟く耳郎だったが、混沌精霊の俺の五感は鋭いので、耳郎の呟きを聞き逃す事はなかった。
……とはいえ、だからといってその件について何かを言うつもりはなかったが。
何しろここでそのような事を言えば、色々と不味い事になりそうな気がしたのだから。
なので、耳郎の様子はスルーして、視線を他の者達に向ける。
緑谷と麗日が微妙にイチャついていたり、梅雨ちゃんが男子更衣室に入って目を押さえている峰田を連れてきたりといったようにしている。
梅雨ちゃん、本当に面倒見がいいよな。
兄弟が多いという事で、自然と面倒見が良くなったらしいが。
だからといって、自分の着替えを覗こうとしていた峰田を気遣うのは……
峰田も梅雨ちゃんに面倒を見て貰って、多少は反省するといいんだけど。
そんな風に思いつつ、取りあえずその日の授業は微妙な雰囲気ながらも終わるのだった。
「え? 緑谷は今日は自主訓練に来ないのか?」
放課後、いつものように自主訓練に向かおうとしたところで、緑谷が今日は用事があると言ってくる。
「うん、ごめん。本当ならアクセル君の訓練に行きたかったんだけど、ちょっとその……外せない用事があって」
「もしかして、家で何かあったのか?」
飯田の兄がステインに襲われた時のように、緑谷の家族もヴィランに襲われたのではないかと思ったのだが……
「え? あ、ううん。そういうのじゃないよ」
あっさりと緑谷がそう言ってくるので、どうやら違ったらしい。
原作主人公の緑谷だけに、もしかしたら家族が襲われるといったような事があってもおかしくないと思ったのだが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。
「そうか。ならいい。……まぁ、用事があるのなら無理にとは言わないけどな。ただ、緑谷はある程度個性を使いこなせるようになってきてはいるが、まだほんの少ししか使いこなせていない。訓練を怠ると、いつまでも実力はそのままだぞ」
「……うん、分かってるよ。けど、今日の用事はどうしても外せないんだ」
真剣な表情でそう言ってくる緑谷。
うーん、これはただサボろうとしているとか、そういうのじゃないな。
そもそも緑谷の性格からして、訓練をサボろうと思ったりはまずしないだろうし。
であれば、やはり何かがあるのだろう。
……それが具体的に何なのかは、俺にも分からないが。
いやまぁ、緑谷が原作の主人公である事を考えれば、あるいは原作の流れに何か関係するような事があるのではないかと、そう思わないでもないが。
「そうか、分かった。なら、今日はその用事をきちんと終わらせてこい」
緑谷の主人公としての行動であると考えれば、ここで無理に引き留めても、それが緑谷にとってプラスになるとは到底思えなかった。
であれば、ここはやはり緑谷の好きにさせた方がいいだろう。
「ありがとう、アクセル君」
「気にするな。緑谷は普段から真面目に自主訓練に出てるし……何より、これはあくまでも自主訓練なんだ。なら、用事があるなら参加しなくても仕方がないだろ」
「あ、ならオイラも今日はちょっと用事があるから」
俺と緑谷の会話を聞いていた峰田がそう言って教室を出ていこうとするが……
「お前は別だ。強制的に参加に決まってるだろ。相澤からもしっかりと鍛えるように言われているしな」
その理由は、当然ながら今日の覗きの一件だ。
今までは男子更衣室にあんな覗き穴があるとは分からなかったが、それが見つかったのだ。
そうなると、当然ながら覗き穴を埋める必要がある。
……誰があの覗き穴を作ったのかといった事も疑問ではあったが、その穴がいつから出来ていたのかは分からない以上、それを調べるのは難しい。
それこそ場合によっては、数年前から覗き穴があった可能性もあるのだから。
そんな訳で、覗き穴の件は相澤に報告される事になり、そうなれば当然ながら峰田がその覗き穴を使って女子更衣室を覗こうとしたのも知られる事になる。
最終的には覗かなかった――覗こうとしたのを耳郎のイヤホンで防がれたというのが正しいが――のもあって、処分されたり反省文を書かされたりといった事はなかったが、それでも覗こうとしたのは事実。
その為、お仕置きを含めて厳しく自主訓練で鍛えて欲しいと言われていた。
まぁ……その、うん。性欲は運動で解消するというのは、よく言われる。
相澤本人は女に興味があるようには思えないので、峰田の性欲については理解出来ないのだろう。
だからこそ運動で性欲を解消するといった事を考えたのだろうが、峰田の性欲については運動で解消出来るかどうかは微妙なところだ。
もっとも、性欲という点ではホワイトスターでは毎晩のように多くの恋人達と熱い夜を楽しんでいた俺が言うべき事じゃないが。
というか、もし峰田が俺の正体を知り、ホワイトスターでの生活を知ったら、一体どういう反応をするのか、分からない……いや、予想は出来るな。
多分、今まで以上の血の涙を流し、藁人形で呪いをしてもおかしくはない。
「ちょっ、自主訓練だろ!? なら、オイラだって参加しない自由が……」
「その場合、相澤に報告する必要があるな。……今日の覗きの件で、一体どういう目に遭うのか、分からないぞ?」
「ぐ……卑怯だぞ、アクセル」
「いや、覗きをしようとしたのがそもそもの問題だろ。そんな訳で、峰田は強制連行だな」
「そんなぁ……」
「ミッドナイトに良いところを見せられるチャンスだろう?」
「それはそうだけど、考えてみれば今までそういういいところって見せられてない気がするんだよな」
あれ? いつもならミッドナイトの名前を出せば一発で乗ってくるのに、これはちょっと予想外だったな。
「峰田が頑張ってるところを見れば、ミッドナイトも喜ぶと思うぞ。そうなれば、もしかしたらワンチャンあるかもしれないな」
あくまでもワンチャンであって、可能性はかなり低いけど。
いわゆる、微レ存って奴か。
ゼロではない限り、可能性はあるのだ。
……もっとも、ミッドナイトが峰田を相手にその気になる可能性は皆無なような気もするが。
18禁ヒーローのミッドナイトは、デビュー当時はその過激なヒーローコスチュームから法律すら変えた実績――と言ってもいいのかどうかは微妙だが――を持つ人物だ。
だが、そんな外見やこれまでの経験とは裏腹に、教師としての仕事に高いプライドを持っており、生徒とそういう関係になるとは到底思えない。
実際、ミッドナイト程の美人であれば、これまで何度も生徒に告白された事はあるだろう。
実年齢不詳の俺が言うのもなんだが、高校生の男というのは年上の女に強い憧れや恋心を抱きやすい。
あるいは高校生の女もそうかもしれないが……そちらについては、俺はあまり詳しくないので、気にしない事にしておく。
とにかくそういう……男子高校生が思う年上の女、それも教師。
これでミッドナイトがモテるのは間違いない。
ただ、教師としては真面目なミッドナイトだけに、その告白を受け入れる事はまずないだろうが。
「本当にか!?」
その辺りの事情に気が付いていないのか、あるいは気が付いていても自分は例外だと思っているのか、とにかく峰田は俺の言葉を聞いてやる気満々の様子を見せる。
どうやら乗せる事には成功したか。
ある意味、こうして扱いやすい奴ではあるんだけどな。
「その辺りは峰田の頑張り次第だと思うぞ」
「よっしゃ、オイラやるぞぉっ!」
こうしてやる気満々になった峰田は置いておくとして……
「三奈はどうする?」
「え? 私? えっと、その……あ、ごめん。私もちょっと用事があるから帰るね!」
そう言い、教室から出ていく三奈。
……あれ? 俺が峰田と話している時、何度かこちらに視線を向けていたのもあって、てっきり俺に何か用事があるのかと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
「アクセル、ヤオモモ達も帰ったみたいだし、今日は私達だけみたいになったけど、いいかな?」
三奈のいきなりの行動に疑問を抱いていると、耳郎がそう聞いてくる。
見たところ、耳郎と麗日と梅雨ちゃんと、A組の女で今日自主訓練に参加するのはこの3人だけらしい。
まぁ、B組からも拳藤や茨、取蔭といった面々が来たりするから、女が少なくて残念に思うといった事はないだろうけど。
ただ、三奈達がこうして揃って自主訓練を休むというのは珍しい。
1人くらいなら用事で休んだりする事もあったんだが。
もっとも、これはあくまでも自主訓練である以上、絶対に出なければならないという訳ではない。
緑谷達のように、用事があれば休めばいいだけなのだから。
……もっとも、峰田は相澤から言われている以上、逃がすつもりはなかったが。
「分かった。じゃあ、いつものように職員室に行ってくるから、自主訓練に参加する奴は体操服に着替えておいてくれ」
そう言い、俺は職員室に向かうのだった。
「さて、今日も青春を楽しませてね!」
そう言い、嬉しそうに笑うミッドナイト。
……うん、ミッドナイトのこの青春好きを思えば、生徒が女教師に告白して付き合うといったような事もまた青春という事で受け入れそうな気がするな。
そんな風に思っていると、拳藤が何人か引き連れてこっちに近付いてくる。
話した事はないが、体育祭で見た顔だな。
「アクセル、ちょっといいか? 前にも会ったと思うけど、久しぶりだし一応説明しておきたいんだけど」
そう言い、拳藤が視線を向けたのはボブカットの女。
顔立ちが整っており、かなりモテるだろうと思しき女だ。
「小大唯。個性は触った物を大きくしたり小さくしたり出来る。……って、これは覚えてるか」
「ん」
拳藤が紹介すると、小大が俺に頭を下げてくる。
体育祭の時もそうだったが、『ん』とかしか言わないんだよな。
これでどうやって拳藤達とやり取りをしてるのか、ちょっと気になるな。
後は授業の時とかも。
「で、こっちが小森希乃子。個性はキノコで、好きな場所にキノコを生やす事が出来る」
「よろしくノコ」
次に拳藤に紹介されたのは、小大よりも少し長い髪……具体的には肩より少し長いくらいの髪で、片目が髪で隠れている女。
……ただ、その女の特徴として一番分かりやすいのは、外見よりも『ノコ』という語彙だろう。
いやまぁ、分かりやすいからいいとは思うけどな。
そんな風に思っていると、他にもB組の鉄哲を始めとした何人かの男子生徒も合流し……今日の自主訓練が始まるのだった。