相澤から林間合宿の話を聞いてから少しの時間が流れ……期末テストまで1週間を切っていた。
そんな中、休み時間に三奈と上鳴が勉強してないと騒いでいる。
最下位の上鳴と、その1歩手前の三奈だけに、テストについても色々と思うところがあるのだろう。
とはいえ、騒いでいる、そして嘆いているのはその2人だけではなく、成績が下の者達の多くだ。
「アクセル、勉強教えてくれよ」
「俺に聞くのか? いや、教えるのはいいけど、俺の教え方は下手だしな」
頼ってきた瀬呂に対し、そう答える。
「えー、そんな。アクセル君ならどうにか出来るでしょ?」
こちらは葉隠。
三奈や上鳴程ではないにしろ、この2人も成績は決して良好ではない。
なので、そんな2人が勉強の面でもクラスでトップの俺に頼ってくるのは分かる。
分かるのだが……
「俺が教えるのは難しいと思うぞ。単純に教えるのが上手くないって意味で」
そう言いながら教室を見ると、三奈と上鳴が峰田を相手に詰め寄っていた。
うん、まぁ……その気持ちは分からないでもない。
クラス最下位の上鳴と、その1つ上の三奈。
そんな2人に対し、普段の態度がアレな峰田は、実は10位だったりする。
……まぁ、突出して頭が良いって訳ではないんだが、それでもクラスの中央にいるのだから、三奈や上鳴にしてみれば納得出来ないのだろう。
実際、中間試験の時にそれを知って俺もかなり驚いた記憶がある。
普段の峰田は、個性は強力だが本人の性格は爆豪と違う方面でアレでその上で極度の女好きだ。
体育祭……いや、その前に心操や鉄哲を含めた多くの者がA組の前に集まった時のやり取りで峰田の女好きという情報はかなり広がった。
というか、その前から峰田は他の学科の女もちょっかいを出しに行ったりしてたので、それなりに――悪い意味でだが――名前を知られていたらしい。
他にも血涙を流しながら嫉妬の視線を向けてきたり、我慢の限界を越えて俺に挑んで来たり。
……そんな峰田を知っていれば、とてもではないが峰田が中間試験で10位というのは納得出来ないだろう。
実際、三奈と上鳴はその辺で突っ込み、どこにそんな需要があるんだと言っている。
それに対し、峰田は世界……と、格好をつけて言っていた。
どこの世界なのやら。
そうして教室で話していると、学級委員長のヤオモモが勉強を教えると言い、それに何人もが自分も自分もと集まっていた。
それが嬉しかったのだろう。
ヤオモモはプリプリしながら『良いデストモ!』と嬉しさのあまり発音が変になっていた。
……ちなみに中間テスト4位の爆豪は、人徳の差がどうこうと切島に言われており、教え殺す事になったらしい。
いや、教え殺すってなんだ。
「その、アクセルさん」
「ん? どうした? 勉強を教える件についての話し合いはいいのか?」
「はい、その件ですが……その、私だけでは教える人が足りないので、アクセルさんにも参加して欲しいのですが」
「俺が? いや、けど俺は教えるのは別に上手くないぞ? そんな俺が参加したら、かえって邪魔になりそうな気がするんだが」
そう言うと、ヤオモモが残念そうな、そして悲しそうな表情を浮かべる。
「それでも、アクセルさんがいてくれると、色々と助かるのですが」
「ほら、アクセル。女にここまで言わせてるんだから、断るなんて事はしないよね?」
耳郎がそう言うと、隣にいた葉隠もそれに頷く。……いや雰囲気的にだけど、多分間違ってはいない筈。
「そうそう、せっかく皆で集まるんだから、アクセル君もいた方がいいでしょ?」
「俺も賛成。何かあった時、アクセルがいると助かるし。いつ脳無が襲ってくるかも分からないだろ?」
「……意外性の男だからといって、まず有り得ない想像はしなくてもいいんだけどな」
瀬呂にそう突っ込んでから、周囲を見る。
すると他の面々……ヤオモモの家で行われるという勉強会に参加する者達が揃って俺に視線を向けており……
「分かったよ」
一体俺に何を期待しているのかは分からないが、とにかくこうして期待する者が多いのであればということで、決まるのだった。
「いやぁ、ヤオモモとアクセルがいると勉強が捗りそうで楽しみだね」
昼休み、学食で昼食を食べていると、三奈がそう言ってくる。
ちなみに今日の昼食のメンバーは、俺、ヤオモモ、三奈、瀬呂の4人だ。
いつもならここに葉隠とか耳郎とか常闇とか砂藤とか入ったりするんだが、今日はたまたまこの面子になった形だ。
「三奈さんに満足して貰えるよう、しっかりと勉強を見させて貰いますね」
嬉しそうにヤオモモがそう言う。
学級委員長をしている事からも分かるように、ヤオモモは頼られるのが好きだ。
……それはいいんだが、将来が微妙に心配なんだよな。
ヤオモモの性格を考えれば、それこそ多くの者に頼られるだろう。
しかし、その頼る者の中に質の悪い男がいた場合、ヤオモモはいいカモにされてしまいそうな気がする。
いわゆる、駄目男好きというか、駄目男製造マシーンというか、そんな感じで。
特にヤオモモの場合は家は金持ちで本人の能力も高く、個性も創造という極めて強力な個性だ。
それでいて美人で男好きのする身体をしているとなれば……うん。そういう連中が決して見逃さないような気がするな。
それこそ爆豪が俺に言うヒモ野郎ではないが、そういう奴に引っ掛からないようにして欲しい。
金持ちの家に生まれたのだから、人を見る目はある……と思いたいけど、正直なところその辺はどうなんだろうな。
「アクセルさん? どうされました?」
「……いや、ヤオモモは頼りがいがあると思ってな」
「まぁ!」
俺の言葉に嬉しそうにプリプリする。
……うん。頼り甲斐はあるが、やっぱりもう少し人を見る目を養った方がいいと思うな。
あるいは、俺達だからこそこういう一面を見せているだけで、普段は違うのかもしれないが。
なら、いいんだけど。
「ん? なぁ、アクセル。あれ……」
焼きそばを食べていた瀬呂が、不意にそんな風に言ってくる。
何だ? と瀬呂の見ている方に視線を向けると、そこでは緑谷が物間と何やら揉めている様子が見えた。
物間……今度は緑谷に絡んでいるのか。
飯田や麗日がそんな物間に何かを言ったりしているが……あ。
「拳藤だな」
物間の後ろにいる拳藤を見て、瀬呂が呟く。
そして拳藤の手刀が一閃し、物間の首の後ろを打つ。
物間はそれを回避する事が出来ず、意識を失う。
気絶した物間を引きずるようにして、B組の生徒達が集まっている場所に向かう。
「うわ」
俺達の視線を追った三奈の口から、そんな声が上がる。
いやまぁ、拳藤が物間を引きずっている様子を見れば、そんな声が出てもおかしくはない。
「B組の方も、色々と大変そうだよな。B組の問題児である物間は、問題児でありながら活発に動いているから問題を起こすし。そうなると、学級委員長の拳藤が大変なのは間違いないな」
「……うちのクラスも、B組の事は言えませんよね」
ヤオモモがしみじみと呟く。
拳藤と同じく学級委員長のヤオモモだけに、A組を纏める上で思うところがあるのだろう。
B組の問題児は物間だけなのに対し、A組の問題児は爆豪と峰田の2人がいるしな。
「あー、その、頑張れ。今度の勉強会についてもある程度協力するから」
「……ありがとうございます、アクセルさん」
「えっとその……勉強会でヤオモモに頼らない方がよかった?」
俺とヤオモモの会話を聞いていた三奈が、そう尋ねる。
今のやり取りで、自分もヤオモモに迷惑を掛けているかもしれないと、そのように思ったのだろう。
だが、そんな三奈の言葉に、ヤオモモはとんでもないと言った様子で首を横に振る。
「いえ、私はクラスの人達に頼って貰えて嬉しいです。勉強会も楽しみにしていますので」
こういうのを見ると、ヤオモモは家に誰かを呼ぶとか、そういう経験って今まで殆どないんだろうなと思う。
思うのだが……それはそれで不思議だ。
ヤオモモの家が金持ちなのは、それこそ高級車で送り迎えされているのを見れば明らかだ。
しかし、そうして金持ちであればどうしても他人との付き合いも多くなるだろう。
例えばヤオモモの親の知り合いが家に来た時、その知り合いの子供が一緒に来るというのもあるだろうし、規模はともかく、パーティとかそういうのもそれなりに頻繁に行ったりしてもおかしくはないと思う。
また、もっと生々しい話で考えると、息子や弟とヤオモモを結婚させようと考え、婚約者にさせる為に前もって仲良くさせるといった事を考えてもおかしくはなかった。
あるいはそういう連中と俺達は別の種類の……学校の同級生という事で、こういう対応をしているのかもしれないが。
「そう? じゃあ、私もヤオモモの家に行くのを楽しみにしてるね」
「ええ、存分にお持てなしさせて貰いますわ。昼食はどのようなものがよろしいでしょうか?」
「えっとその……そこまで気にしなくてもいいと思うよ? 適当にあるものでいいから」
三奈の言葉に、ヤオモモが残念そうな様子を見せる。
これ……例えば、本当に例えばの話なんだが、三奈が満漢全席が食べたいとか言ったら、本気で用意しそうだよな。
ちなみに満漢全席というのは、数日掛けて食べるご馳走だ。
当然ながらその量はちょっとした大盛りといったものではなく、大食いが得意な者であっても、到底食べきれないだけの量だ。
俺なら食べた瞬間に料理が魔力になって身体に吸収されるので、満漢全席であろうとも普通に完食出来るんだけどな。
だが、だからといってまさか勉強会で満漢全席を出して欲しいとか、そういう事は言える筈もない。
「分かりました。喜んで貰えるように頑張ります」
話が微妙に噛み合っていないような?
そう思うが、俺が何かを言うよりも前に話が進む。
まぁ、それでも特に問題はないっぽいので、その件に対して何か突っ込んだりするつもりはなかったが。
「とにかく、今度の休みが最後のチャンス……ラストチャンスって奴だね」
「いや、チャンス云々よりも、そもそも三奈が普段から勉強してればいいだけなんじゃないか?」
「……それを言うの?」
軽く突っ込むと、三奈はジト目をこちらに向けてそう言ってくる。
三奈の目は黒目が多いので、こうしてジト目を向けられると不思議な迫力があるな。
そう思いながらも、三奈の言葉に頷く。
「いやまぁ、学校の授業だけで問題がないのなら……満点とはいかなくても、平均点くらい、もしくはどんなに低くても赤点にならないくらいなら、別に家で勉強しなくてもいいとは思うけど、三奈の場合は違うんだろう?」
もっとも、1年からの成績とかも卒業してプロヒーロー事務所にサイドキックとして雇われる時には重要だろうし、そこまでいかなくてもインターンによってその辺についても大きく変わってくる。
そういう意味で、より良い場所に行きたいのなら、成績が良いに越した事はない訳だ。
だとすれば、三奈や瀬呂、葉隠なんかは……うん、もし希望する場所があっても、成績の問題で断られる可能性はある訳だ。
俺はヒーロー科にいるけど、雄英を卒業後にプロヒーローになるつもりはない。
そもそもそれ以前の話として、今が1年なら雄英を卒業するまでの間、俺がずっと生徒としてやっていけるかどうかというのは分からないし。
というか……多分無理だと思うんだよな。
この世界の原作が既に始まっているとすると、その原作が終わるまでに3年間掛かるかとなると、微妙なところだろう。
もっとも、オルフェンズ世界のように何だかんだと原作が終わるまで何年も掛かった世界もあるので、この世界でもそうだとは限らない。
主人公の緑谷を中心として、ヒーロー科の生徒がヴィラン連合と戦い続ける……とか。
……あれ? 何だかこれ、普通にありそうな気がするんだけど、俺の気のせいか?
「……アクセルが何を言いたいのかは分かる。分かるけど、だからといって毎日勉強が出来るかって言われたら、難しいんだもん。しょうがないじゃない」
不満そうな様子の三奈。
とはいえ、こればかりは個人の資質によるからな。
三奈にはショックが大きいので言うつもりはないが、中間試験で10位の峰田は地頭という意味では三奈よりも上の可能性は十分にある。
勿論、それはあくまでも頭の良さだけの話だ。
それ以外の……例えばヒーローとしての身体能力とかそういうのを考えると、峰田よりも三奈の方が上だというのが俺の考えなのだが。
「なら、夏休みの補習を受ける覚悟が必要だな」
「ううう……ヤオモモー、アクセルがいぢめる……」
「あら、可愛らしいですわね。……ではなくて、アクセルさんの言いたい事も分かりますが、勉強というのは遅れたら取り返せばいいのです。今度の日曜の勉強会をしっかりとやれば、どうにかなる可能性は十分にありますよ」
そう言うヤオモモの言葉に三奈は嬉しそうに笑うが……それはそれで、勉強会が厳しくなるという風に思うんだけどな。
そんな風に思いながら、俺は食事を楽しむのだった。