「ほら、飴でも食べてな」
リカバリーガールがそう言って飴を渡してくる。
素直にその飴を受け取ると、口に放り込む。
優しい、苺ミルク味の飴を舐めながら、他の生徒達の演習試験が終わるまでここで待っていないといけないのかと思う。
これが俺1人なら、空間倉庫の中から何か適当な本でも取り出して時間を潰せるのだが、まさかリカバリーガールがいる前で空間倉庫を使ったりは出来ないしな。
いや、どうしても空間倉庫を使わなければならないような事態があるのなら、それはそれで使っても構わないとは思う。
しかし、今はそんな状況ではない。
だからこそ、今の俺は特に何かをやるでもなく、ただじっとこうして待っている事しか出来なかった。
……そのまま10分程が経過する。
リカバリーガールは何かの書類を書いており、俺の相手をする余裕はないらしい。
まぁ、うん。リカバリーガールは雄英で唯一の回復系個性の持ち主だしな。
その上で雄英はこのヒロアカ世界の日本において、最高のヒーロー科を持つ学校だ。
そうなれば、授業や訓練で怪我をする者も多く、結果として仕事も忙しい。
書類仕事もそれに関連するのだろう。
そもそもの話、回復系の個性の持ち主が少ないのが問題なんだよな。
個性が具体的にどのようにして与えられるのか……その辺りはまだこの世界でも判明していない事実だ。
もっとも、個性は千差万別。
相澤のように見ている間、一時的にだが個性を消す個性というのがあったり、B組の物間のように個性をコピー出来る奴がいるのを思えば、他人の個性を奪う個性とか、そういうのがあってもおかしくはない。
そう俺が思うのは、俺の能力の1つにスライムがあるからだろう。
俺は今までこのスライムによって、多くのスキル……この世界でいう個性を奪ってきた。
そういう経験があるからこそ、個性を奪う個性という発想に辿り着いたのだろう。
……もっとも、そのスライムについても今はスキル欄が空いていないので、意味がないが。
暇潰しに、ステータスを表示してみる。
このステータス画面、他人には見えないからこうして出しても問題ないんだよな。
とはいえ、ここがヒロアカ世界である事を考えれば、もしかしたら俺のステータスを見る事が出来る個性とか、そういうのがある可能性も否定は出来なかったが。
何とも希少で……ぶっちゃけ、使い道があるとは思えないような、そんなスキルではある。
そんな風に思いながら自分のスキル欄を確認すると……スキル欄の一番最後にあるのは、気配遮断だった。
これはFate世界で入手したスキルだな。
そう考えると、随分昔のスキルのように思える。
まぁ、俺の場合は未知の世界に行ってゲートを設置するまで、何だかんだと数年掛かる事も珍しくはない。
ホワイトスターに残っている面々と比べると、やっぱり時間の感覚は大きく違う……いや、ホワイトスターにいる面々も魔法球の中にいるのは珍しくないし、何より時の指輪やその受信機を身に付けて、シャドウミラーの面々は基本的に不老となっている。
あくまでも不老であって、普通に死ぬし、何より時の指輪の本物ではなく受信機の場合、あくまでもゲートに設置されている時の指輪があってこそのものだ。
つまりゲートのない場所では、受信機持ちの場合は普通に年を取る。
そういう意味で、完全な不老不死とは到底言えないし、例えばゲートのある場所でも受信機となっているアクセサリの類を外したりすれば、普通に年を取る。
まぁ、不老についてはともかく……スキルだな。
ぶっちゃけ、スキル欄の空きがあればヴィランをスライムで吸収して個性を奪うといった事も出来るのだが……問題なのは、そのスキル欄の空きなんだよな。
俺が覚えている限りだと、スキル欄というのはレベルが10上がる度に1つずつ増えていく。
だが、この場合問題なのはそう簡単にレベルが上がらないという事だろう。
現在のレベルが45。
つまり、スキルが増えるにはもう5レベル上げる必要がある訳だが……ぶっちゃけ、レベルはもの凄く上がりにくい。
それこそ、いつレベル45に上がったのか……かなり前の事になるのは間違いなかった。
せめてもの救いは、撃墜数とレベルは違うという事だろう。
具体的には、命のない相手を殺しても撃墜数は増えないが、経験値は貰えている筈だ。
BETAのような存在であっても、倒せば経験値をゲット出来る。
出来るのだが……レベルが高くなりすぎたせいか、あるいは単純にシステム的にそういう風になっているのか、とにかくレベルが上がりにくい。
そうなると、スキル欄が1つ増えるレベル50はいつになる事やら。
「おや」
スキル欄とかについて考えていると、不意にリカバリーガールがそんな声を上げる。
「どうしました?」
「どうやら、何組かは終わったようだね。戻ってくるよ」
意外と早いな。
それとも単純に、俺が考えすぎていたから気が付かなかっただけなのか。
その辺り理由はともあれ、出来れば教師と生徒の戦いを見たいんだが……その辺も禁止されてるんだよな。
とはいえ、何故そのようになっているのか……思い当たることがないかと言えば、決してそうではない。
他の生徒が演習試験をやっている間、俺に一切の情報が入らないようにする。
それはつまり、それを見れば俺が最後に行う演習試験で対策を考えられないようにする為だろう。
だとすると、俺が最後に回されたのはやっぱり教師と戦う……いや、教師達、か?
取りあえず戦力的に考えると、オールマイトは間違いないだろう。
他にも遠距離攻撃という事でスナイパーも。
後は防御能力にセメントスといったところか?
セメントスは、何というか……塗り壁って表現が相応しい外見をした教師なのだが、その個性は極めて強力だ。
自然の中……どこぞの山の中とか、そういう場所では非常に弱いものの、都市部……とまではいかずとも、そこそこ栄えている場所なら、コンクリートを使って圧倒的な強さを見せる。
防御としてだったり、あるいはサポートとして考えても十分に強力な個性だ。
後は……どうだろうな。
遠距離攻撃用の個性としては、プレゼント・マイクもいるけど、スナイプのように精密な一撃というよりは、周辺を纏めて攻撃するといった事に向いている。
プロヒーローである以上、恐らくそういうのも出来ない訳ではないのだろうが。
後は……ミッドナイトは、ぶっちゃけ難しいと思う。
体臭で相手を眠らせるという個性だが、こちらは明確にオンオフが出来ない筈だ。
つまりソロで行動する必要があるのだが、そうなるとミッドナイトの武器は鞭だけとなる。
もっとも、それはあくまでも戦闘での話だ。
ミッドナイトは俺が主催している自主訓練で、毎回のように監督をしていた。
……していたというか、峰田や上鳴のやる気を出すためにミッドナイトに頼んでいたというのが正しいのだが。
そんな訳で、ミッドナイトは自主訓練を毎日のように見ている。
そして自主訓練で俺は模擬戦をする事が多い。
つまり、俺が戦っている光景を毎日のように見ているのだ。
当然ながら、模擬戦では俺も本気で戦っている訳ではない。
それこそ戦っている相手の実力を少しでも伸ばそうとしての戦いとなる。
だが、それでも戦いは戦いだ。
俺のちょっとした癖とか、動きの特徴とか、そういうのを察知していてもおかしくはなく、それを教えるという意味では厄介な存在であるのは間違いないだろう。
……まぁ、体臭で眠らせるというのは、戦う方にしてみれば厄介だから、それがなくなるというのは俺にとって助かるんだけどな。
ともあれ、今はどの教師と戦うのか……それが非常に気になるところだったんだが……
「アクセル、ちょっといいかい?」
「はい?」
「悪いけど、場所を移すよ」
「え?」
リカバリーガールの言葉に従い、俺はその場から移動する。
一体何故そのようなことになっているのかは、生憎と俺には分からない。
ただ、リカバリーガールに連れられて俺が向かったのは、少し小さめの教室。
当然のように、教室の中には他に誰の姿もない。
もしかしたら、さっきリカバリーガールが言ったように演習試験が終わった誰かがいるのかと思ったんだが、どうやらそのようにはならなかったらしい。
残念。
とはいえ、これについては予想出来ていたが。
俺に演習試験の様子を見せないようにリカバリーガールと一緒にいたのは、教師達の戦い方を俺に知られないようにする為だ。
そうなると、もし演習試験が終わった生徒のいる場所に俺がいれば、戦った教師が誰で、教師がそのような個性の使い方をしたのかとか、そういうのを知る事が出来てしまう。
そうなると、俺に演習試験の内容を知らせないようにした意味がない。
だからこそ、生徒のいる場所に俺を連れていかなかったのだろう。
「悪いけど、アクセルにはここで待っていて貰うよ。……トイレの方は大丈夫かい?」
「はい、問題はないです」
「なら、誰か呼びに来るまでここにいて貰うよ。決して教室から出ないように。もし教室から出たら……」
そこまで言うものの、結局最後までは言わず、リカバリーガールは教室から出ていく。
そうして部屋に1人残される俺。
この様子だと、俺の出番が来るまでこの教室にいるしかないみたいだな。
だからといって、この教室から出るのは……期末テストにおける演習試験の成績のことを考えると、それはしない方がいいだろう。
もしそのような事をすれば、それこそ最悪テストを受ける前に失格……といった可能性もあるのだから。
俺としては、出来ればそういうのは避けたい。
俺が雄英にいるのは公安からの依頼で、生徒達の壁となる為だ。
その壁が試験前に不正行為によって失格というのは、どう考えても洒落にならない。
……最悪、公安からもういいとか、そこまでいかなくても注意するようにとか、そういう風に言われそうだしな。
それにリカバリーガールの言葉から考えると、多分だけど何らかの手段で俺がこの部屋から出ないように監視していてもおかしくはないし。
見て分からないような小さなカメラで監視しているのか、あるいは何らかの個性で俺の動きを把握しているのか。
どっちもありそうなんだよな。
個性による技術の進歩……もっと言えば、ヒーローのサポートアイテムを開発する為に技術が進歩し、結果として見てそれがカメラだ分からないような……そんな小型のカメラとかがあってもおかしくはない。
そして個性については言うまでもない。
そんな訳で、取りあえず動かないでおく。
これがもし、どうしても俺が動かないといけない何らかの理由があった場合……例えばヴィランが雄英を占拠したりとか、そういう状況であれば、俺もここでじっとしていたりはしないが、演習試験が始まるまでの間だしな。
であれば、スライムを使ってこの教室に隠しカメラがないかとか、そういうのをしなくてもいい。
そうして待ち続けること、十数分。
やがて教室に近付いてくる気配に気が付く。
その気配は特に意気込むでもなく、怯えるでもなく、楽しそうでもなく……そんな感じで部屋の前で足を止めると、扉が開かれる。
「待たせたな、アクセル」
気配から分かっていたものの、姿を現したのは相澤だった。
俺が所属するA組の担任であるのを考えると、相澤が俺を迎えるに来るのはそうおかしな話ではないだろう。
「そうですね。随分と待たされました」
軽く皮肉を言う。
とはいえ、俺にしてみれば他の面々が演習試験を受けている間、特に何もやる事なくずっとボーッとしていたのだ。
最初のうちはリカバリーガールと一緒にいたが、そのリカバリーガールも書類仕事をするのに夢中になっており、特に俺と何かをするといった事はなかった。……飴は貰ったが。
とにかくリカバリーガールがいる以上は空間倉庫から何らかの雑誌を取り出すとかも出来ず。精々がスマホで動画を見たりするくらいだ。
そして演習試験で怪我をした者が出ると、その治療をする為に俺をこの部屋に連れてきた。
治療の邪魔というよりも、治療をする生徒と俺が話して、それで俺に教師達がどういう風に戦ったのかという情報を与えないようにという事からだろうけど。
ともあれそんな訳で、ひたすらに暇だった訳だ。
だからこそ、相澤に今のように言っても許されると思う。
「悪いな。教師達の中でもお前の演習試験の内容については割れたんだ」
「でしょうね」
相澤の言葉については、素直にそう思う。
自分で言うのも何だが、俺は強すぎて、とてもではないが一般的なヒーロー科の生徒と一緒にする訳にはいかない。
だからこそ予想した時、オールマイトや他の教師も同時に戦うのだろうと思ったのだから。
「……分かっているのなら、いい。試験会場に向かうぞ。試験の内容についてはバスで説明する」
そう言い、相澤は俺をその場に残して立ち去る。
当然ながら、俺としてもこのままここに残っている訳にもいかず、相澤を追うのだった。