オールマイトが振るった拳は、一瞬前まで俺のいた場所を通りすぎる。
その一撃を気配遮断を解除して回避した俺は、拳の威力によって空気が吹き荒れるといった様子になっているのを見て、驚き……納得する。
これが、オールマイトだと。
「まさか、この状況の俺を見破られるとは思いませんでしたよ。もしよければ、どうやって俺の事を見破ったのか、教えて貰えませんか?」
「勘だ!」
「……えー……」
オールマイトが自信満々に勘と言い、俺は呆れる。
だが、オールマイトはそんな俺に対し、振るった拳を戻しながら口を開く。
「アクセル少年にも分かるのではないかな? 私が言う勘とは、ただ適当にそのように思ったとか、そういう意味での勘ではない。もっとこう……これまでの経験からの勘となる」
「まぁ、でしょうね」
勘というのは、これまでの経験から、自分でも気が付いていないものによって導き出されたものだ。
ましてや、ここは個性が全盛のヒロアカ世界で、しかもオールマイトはNo.1ヒーローである以上、もしかしたら気配遮断と似たような個性を持つヴィランと戦った事があったのかもしれないな。
「さて、どうするかは……聞く意味はないだろう?」
「でしょうね。もっとも、俺も最初からオールマイトを無視してゴールしようとは思っていませんでしたしね」
そう言い、構える。
そんな俺を見て、オールマイトも構える。
オールマイトの戦闘スタイルは、蹴りを多用するようになった緑谷と違い、パンチが主だ。
だが、緑谷との大きな違いは、蹴りと拳という戦闘スタイルの違い以外にも、さっきのオールマイトの拳で巻き起こった風圧。
拳の一撃だけではなく、その拳の風圧だけでも十分な威力を発揮出来るくらいだ。
「さて、じゃあ……これ以上の問答は無用だろう。私は……いや、俺はヴィランなんだからなぁっ!」
その言葉と共に、オールマイトは俺に向かって突っ込んでくる。
あの筋骨隆々といった表現でも足りないような、そんな身体付きではあるが、その巨体にも関わらずオールマイトの速度は速い。
瞬動には及ばないものの、普通なら対処するのは難しいだろう。
……もっとも、重しによってオールマイトも本当の意味で全力を出したりは出来ない様子だったが。
ただ、オールマイトのパンチで厄介なのは、その速度と威力もそうだが、やはり風圧だ。
パンチを回避し、その大きな腕に手を伸ばそうとするものの、パンチの風圧によって、どうしても一瞬遅れてしまう。
もし腕を掴むことが出来れば、これまでやって来たようにエヴァ直伝の投げ技を使って地面に叩き付けられるのだが。
オールマイトにとっても、投げ技で地面に叩き付けられれば、かなりの痛みと衝撃がある筈で、そうなれば手錠を掛けたりも出来るのだが……それが今の状況では無理である以上、もっと別の方法を考えるしかないな。
「おらああああああっ!」
オールマイトをどうするのかといった対策を考えていると、ヴィランらしい大声を発しながらオールマイトが次から次に拳を振るってくる。
だが、その全てに付随効果……という表現が正しいのかどうかはちょっと分からないが、とにかく風圧が邪魔をして、対処が難しくなる。
なら……と、オールマイトの一撃を回避すると同時に前に出て、カウンター気味に拳を振るう。
しかし、オールマイトはパンチを放っていない方の手を使い、俺の攻撃を受け止める。
受け止めるが……
「それでどうにかなると思うなよ!」
受け止められたまま、思い切り拳を振るう。
するとオールマイトであっても今の一撃を完全に受け止める事は出来ず、そのまま吹き飛ばされる、
そうしながらも、体勢を崩さないのはさすがオールマイトといったところか。
だが……瞬動を使い、一気にオールマイトとの間合いを詰める。
オールマイトの拳が再度俺に向かって振るわれるものの、その重りがあるせいでどうしても速度は劣る。
いや、それでも普通のヴィランとかヒーローが相手なら、回避も防御も不可能な速度や威力を持っているのだが。
しかし、俺にとっては回避するのはそう難しくはない一撃だ。
右から迫ってくる一撃を回避しつつ、オールマイトの腕を蹴り上げる。
投げるのに腕を取ろうとしても、風圧で吹き飛ぶ。
だが、相手の腕を捕まえようとするのではなく、蹴り上げればそう難しいことではない。
ガッと、そんな音共に蹴りがオールマイトの腕に当たる。
これが普通の……その辺にいるヴィランやプロヒーローであれば、オールマイトの腕を蹴っても、寧ろオールマイトの筋肉によって蹴りが弾かれるだろう。
しかし、当然ながら俺の蹴りはその辺の蹴りではない。
「ぐぅっ!?」
腕を蹴り飛ばされたオールマイトが、苦痛の声を上げる。
……ちっ、苦痛の声を上げたものの、それはちょっと転んだ時の痛み……いや、痛みというよりは驚きによる声に近い。
本当の意味での全力という訳ではないにしろ、それなりに威力を込めた一撃ではあったのだが。
もう少し威力を強めてもいいか。
こちらに向かって振るわれる拳を回避しつつ、胴体に向かってカウンターの蹴りを放つ。
だが、蹴りが命中する寸前に筋肉を絞めたらしく、硬い……それこそゴムのタイヤを蹴ったかのような、そんな感触がオールマイトの腹から伝わってくる。
その一撃を反動に一度オールマイトと距離を取り……一瞬前まで俺のいた空間を、オールマイトの拳が通りすぎていく。
あのまま動かないでいたら、パンチに対するカウンターの蹴りに対するカウンターのパンチという、ちょっと意味の分からない何かによってこっちもダメージを受けていたかもしれないな。
基本的に俺は物理攻撃は効かないのだが、オールマイトの一撃の場合、増強系なのだろう影響もあってか、その攻撃には個性が乗っている……って表現はどうかと思わないが、とにかくそんな感じの状況になっている。
そう考えると、やはりオールマイトの一撃を迂闊に食らうような事がしない方がいいんだよな。
「やるな、アクセル少年!」
オールマイトが驚きの声を発するものの、今のオールマイトはヴィランという役割じゃなかったか?
地面に着地し、オールマイトの動きを見ながらそんな風に考えたものの、特に今の件で何かを言うつもりはない。
オールマイトの様子を見る限り、思わず言ってしまった……といった形だろうし。
「今度はこっちから行かせて貰う。……今までよりも少しだけ本気を出すけど、オールマイトなら死なないよな?」
自分でも今の口調は教師に対するものではないというのは分かっている。
これがもっと余裕を持って戦えるのなら、俺も口調についてもっと気を遣う事も出来た筈だが……オールマイトの様子を見ると、その辺についてはあまり気にする余裕もないと判断した。
「来るといい!」
オールマイトも今は演習試験の最中だというのを理解している為か、俺の言葉遣については特に気にした様子もなく、そう叫ぶ。
ヴィラン役だからこそ、そういう対応なのかもしれないが。
ともあれ、オールマイトの許可も出たので、瞬動を使って一気に間合いを詰める。
「その速度は見た!」
だが、オールマイトは一瞬にして懐に飛び込んだ俺に対し、拳を振るう。
……普通、オールマイトのような筋骨隆々の男の場合、懐まで入り込まれると対処出来なかったりするんだが……その辺は、さすがNo.1ヒーローといったところか。
懐の俺に対して、オールマイトの全力の拳を振るいにくいにも関わらず、器用に拳を振るってくる。
勿論それは、ただ拳を振るうといった訳ではなく、しっかりと威力が込められた……ダメージを与える事が出来る、力の入った一撃。
だが、俺はそんなオールマイトの一撃を回避する……のではなく、正面から受け止める。
ドゴン、と。とてもではないが何かを殴ったとは思えないような、そんな音が俺の掌から上がる。
「な!?」
そして音の次に聞こえてきたのは、オールマイトの驚きの声。
オールマイトにしてみれば、恐らく自分の一撃を回避するのではなく、俺が正面から堂々と受け止めるとは思ってもいなかったのだろう。
勿論、驚きの声を上げたとしても、オールマイトがそちらに気を取られたのは数秒にも満たない、一瞬だろう。
しかし、この状況で俺にとってみれば、その一瞬があれば十分だった。
「腹」
そう一言を口にし、素早く拳を振るう。
ズグン、と。
先程オールマイトが立てた音とはまた違う音が周囲に響く。
「ぐおおっ!」
悲鳴か、耐える為か、とにかくそんな声を上げながらオールマイトが吹き飛ぶ。
殴った時の手応えから、オールマイトが直前に腹に力を入れていたのは間違いない。
先程の一撃を放つ前に、殴る場所を予告した甲斐があった。
いやまぁ、勿論相手がオールマイトであるのを考えると、恐らくは今の一撃を普通に食らっていても致命傷とかにはなっていなかっただろうが。
「……やるな、アクセル少年。まさか、まだここまで力を隠しているとは思わなかったよ」
「初めてやったヒーロー基礎学の核爆弾を確保したヴィランというシチュエーションの模擬戦で、俺がオールマイトと戦いたいと言ったのが冗談でも何でもなかったと、そう思って貰えたか?」
「HAHAHA、そう言えばそんなこともあったな」
アメリカンな笑い声を上げながら、そう言うオールマイト。
以前緑谷から聞いたんだが、オールマイトは若い時にはアメリカでヒーロー活動をしていたらしい。
核爆弾を確保したヴィランとかそういうのも、もしかしたらオールマイトがアメリカにいる時、実際に経験しものなのかもしれないな。
……さすがに核爆弾とかじゃなくて、普通の爆弾だとは思うが。
「さて、じゃあ……ん?」
行くぞ。
オールマイトに向かってそう言おうとしたところで、ふとこちらに向かって突っ込んでくる気配に気が付く。
それは殺気……ではないな、闘気。そう、それもかなり純粋な闘気の持ち主だ。
何だ?
オールマイトが教師の最後の1人だった筈だが……いや、違うな。相澤を含めて9人いた教師で、渡された手錠は10個。
もしかしたら手錠を破損したかなくしたかした時に使う予備なのではないかと思っていたのだが、どうやらその考えは違ったらしい。
まぁ、もしかしたら……本当にもしかしたらと、そんな風に思ってはいたが。
けどその可能性は低いだろうと考えていたのだが、どうやらそんな俺の予想は外れてしまったらしい。
念の為に俺がオールマイトから距離を取ると、何故かオールマイトは追撃を放ってこない。
さっきの一撃のダメージがあって反応出来なかったのか、それともオールマイトにとっても新たに出現した闘気の主は予想外だったのか。それともこれがあくまでも演習試験という認識なので、こっちに向かっている闘気の主と自分が一緒に俺に攻撃するのは不味いと思ったのか。
ともあれ、オールマイトが様子見をしてくれるのはありがたい。
そんな風に思っていると、瞬動……とは違うが、工場の壁を蹴って急速に俺のいる場所に向かってくる人物の姿を確認する。
褐色の肌に白髪の女。
飛んでいる……いや、跳んでいるその姿からでも頭部から伸びている耳を確認出来る。
俺は、それが誰かを知っていた。
龍子の事務所でヒーローについて調べた時、かなりの情報量があった為だ。
プロヒーローの中で、龍子は次のヒーロービルボードチャートで間違いなくトップ10に入ると言われている。
だが、今現在……既にトップ10に入っている女のプロヒーローがいる。
それが、兎の個性を持つ女……ミルコだ。
「おらぁっ、蹴らせろぉっ!」
その言葉と共に、空中で身体を捻らせ、俺に向かって蹴りを放ってくるが、その蹴りを回避しつつ、ミルコの身体に触れて力の流れを変える。
ミルコの蹴りは、まさに一級品……いや、それ以上の威力を持っているのは間違いない。
間違いないのだが、それでも先程まで俺が戦っていたのは、No.1ヒーローのオールマイトだ。
その拳の一撃を見た後では、どうしてもミルコの蹴りについてはそこまで脅威は感じない。
「くっ、やるなぁっ!」
とはいえ、ミルコも現在唯一ヒーロービルボードチャートにおいてトップ10に入っている女だ。
力の流れを変えた程度でどうにかなる筈もなく、地面に叩き付けられる前に身体を捻り、無事に着地する。
「まさか、ミルコが来るとは思わなかったな。とんだサプライズだ」
「はっ、その割には驚いてるようには見えないけどな。私の蹴りにも反応して見せたし」
「さっきまで、一体誰と戦っていたと思うんだ? あんたの蹴りは確かに鋭いし一級品だ。だけど、オールマイトの一撃を見慣れた後だと……な」
「ちょっと、アクセル少年? 私を悪者にするのは止めてほしいんだけどな」
俺の言葉にオールマイトがそう言ってくるが、それは無視し……さて、どうしたものか。
少しだけそう考えるも、そろそろ雄英側にも俺の力の一端を教えてもいいだろう。
そう考え……俺は、指をパチンと鳴らし、白炎を……そして炎獣を生み出すのだった。