炎獣。
それは白炎によって身体を作られた、一種の疑似生命体と称してもいい存在だ。
混沌精霊としての俺の能力の1つ。
元々は混沌精霊になる前に闇の魔法によって魔法と一体化? 吸収? とにかくそんな感じになった時に使える生命ノ宴という技なんだが……混沌精霊となった今となっては、そういうのは全く関係なく炎獣を生み出す事が出来るようになっていた。
今現在、ここに生み出された炎獣の数は、五十。
小さいのは小鳥やリスといったものから、大きいのは獅子や虎、豹といったものまで。
……一応炎獣はユニコーンやペガサス、グリフォン、ドラゴンといったファンタジー生物にも出来るのだが、今回はあくまでも普通の生き物をベースにした炎獣達だ。
何故かと言われると、何となくとしか言えないが。
「これは……」
「何だぁ?」
オールマイトとミルコが、生み出された炎獣を見て驚きの声を上げる。
当然だろう。
ミルコはどうか知らないが、オールマイトは教師として俺の個性について知っている。
そして俺の個性である混沌精霊は、その名前とは裏腹に強力な増強系の個性であると、そう思わせてきた。
そんな中でこうして炎獣を生み出したのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
……多分、A組の面々も今頃は俺が生み出した炎獣に驚きの声を上げているんだろうなとは思う。
「炎獣……読んで字の如く炎の身体を持った獣だ」
「……面白ぇ。オールマイト、私はこの炎獣ってのを相手にするから、お前はそいつを頼む」
そう言うや否や、ミルコは手近にいた狼の炎獣に向かって距離を詰め、蹴りを放つ。
考えたり、疑問を抱いたりとかそういうのはせず、いきなりの行動に出たのは、俺が以前龍子の事務所で調べたミルコの性格からして、おかしくはない。
脳筋……ミルコはまさに、その言葉が相応しい人物なのだから。
その外見は、流行のヒーローコスチューム……身体にピッタリと密着し、女らしい豊かな曲線を持つボディラインを強調し、褐色の太股と大きく露出してるというものだ。
しかし、そんな風に女を強調する……というか、多分動きやすさを重視したのだろうヒーローコスチュームではあるが、その露出している部分……特に太股はまさに筋肉の塊といった感じだ。
そんなミルコの蹴りに、狼の炎獣は後ろに跳んで回避し、猫の炎獣がミルコに突っ込んでいく。
「アクセル少年の個性……かな? これは」
オールマイトが鋭い視線を俺に向け、そう聞いてくる。
ん? 驚くのなら分かる。
だが、ここまで鋭い視線を……かなりの迫力で聞いてくるので何でだ?
いやまぁ、今まで雄英にも俺の個性については増強系って事にしていたんだから、俺の個性について詰問してきてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……それを考えた上でも、これはちょっとやりすぎじゃないか?
そう疑問に思ったが、今はまず演習試験だな。
まさか手錠の最後の1個分はミルコのものだとは思わなかったが、それでもミルコだと判明すれば、それはそれでやりようがない訳でもない。
「ああ、俺の能力だな」
うん、嘘は吐いていない。
個性かと聞かれて能力だと答えたが……まぁ、その辺については、オールマイトが分かるかどうかは微妙なところだろう。
「なるほど。この試験が終わったら、もう少し詳しい話を聞かせて貰いたいね」
「終わった後の話は、終わってからにしよう。……まぁ、オールマイトがこの状況で素直に俺に降伏してくれば、すぐにでも話す事は出来るかもしれないけどな」
「さすがにそれは出来ないね。……さて、では始めようか」
そう言い、こちらに向かって踏み出し……次の瞬間、オールマイトの姿は俺の前にあった。
距離を詰めた上で、拳を振るってくるオールマイト。
だが、先程と同じくオールマイトの拳を受け止める。
掌に与えられた衝撃は、かなり強力だ。
強力なのは間違いないものの……あれ? さっきの一撃と比べると、若干威力が落ちてるな。
もっとも、それ自体はそこまで不思議ではない。
緑谷と爆豪との演習試験を行った上で、俺ともこうして演習試験をしているのだ。
ましてや、オールマイトの年齢を考えると、身体能力とかが落ちていても不思議ではない。
不思議ではないが……それでもやはり、弱まりすぎじゃないか?
もっとも、今のこの状況でそのようなことを考えても意味はない。
今はまずミルコを炎獣が押さえている間に、俺がオールマイトを倒してしまう必要がある。
そんな訳で、俺は足を踏ん張り、受け止めたオールマイトの拳を強引に引っ張る。
そうなると当然ながらオールマイトも俺に引っ張られないようにと力を入れるのだが、その瞬間一瞬だけだが力を弱めると、腕を引っ張ろうとしていた分、オールマイトはバランスを崩す。
オールマイトの身体能力を思えば、バランスを崩したのは本当に一瞬だけだ。
だが、その一瞬があれば、俺にとっては十分。
強引に……引っこ抜くようにオールマイトの腕を掴み、地面に叩き付ける。
一本背負いというには技がなく、力で強引に投げつけただけのものではあるが、それでもオールマイトにダメージを与えるには十分だったらしい。
「ぐっ!」
まさか腕1本で俺に投げられるとは、オールマイトにとっても予想外だったらしい。
いや、でもこのヒロアカ世界なら、個性によって俺と同じような事が出来るような者がいてもおかしくはないけど。
ともあれ、オールマイトはその頑強な筋肉と受け身によって身体を地面に叩き付けたれた衝撃に耐え……しかし、それでもやはり動きは一瞬止まる。
その一瞬を見逃さず、手錠を取り出し……その手錠を腕に嵌めようとしたとこで、オールマイトは強引に俺を振りほどこうとし、だがそれが致命的な隙となる。
今までよりも少し力を込め、オールマイトの腕を固定する。
「なっ!?」
俺を振りほどこうとしたオールマイトにしてみれば、まさか技術や速度はともかく、力で腕を上回られるとは思っていなかったのだろう。
驚きの声を発する。
それでもすぐに更に力を込めて脱出しようとするオールマイトだったが、俺が掴んでいたオールマイトの腕を放して距離を取った時、オールマイトの腕には手錠が嵌められていた。
とはいえ、あくまでも手錠を嵌めたのは片手だけ。
もう片方の手にもどうにかして手錠を嵌める必要があるのだが、その手錠はオールマイトの手にある。
そうなると、もう片方の手に手錠を嵌めるのは……
「見事だ、アクセル少年」
「え? あれ?」
これからの行動を考えている俺に向かい、オールマイトがそんな風に言ってくる。
既にその戦闘態勢を解除しており、これ以上は俺と戦うつもりがないと、態度で示している。
「うん? どうしたんだい、アクセル少年」
「えっと……手錠、まだ片手しか嵌まってませんよね?」
オールマイトの行動に驚き、言葉遣いも生徒用のものに戻る。
「HAHAHA。知らなかったのかい? この手錠は片手に嵌めるだけでも……おっと、すまない。張り切りすぎてちょっとトイレに行きたくなってきた」
「は?」
オールマイトのいきなりの言葉に、そう返す。
いや、だってついさっきまでは戦っていたのに、何故ここで急にトイレ?
だがそんな俺の疑問とは裏腹に、オールマイトは立ち上がると手錠を嵌めたまま素早くこの場を走り去る。
「え……えー……」
もしかして、俺と戦う前からトイレに行きたかったのを、いつ俺が来るかもしれないからという事で待っていたのか?
それで戦いが終わったので、こうしてさっさと逃げ出した……というか、トイレに向かったと?
えー……
これなら、まだ何か急用があってすぐに行かないといけなくなっているとか、そういう理由の方がまだ納得出来た。
ともあれ、どうやら手錠については両手だけじゃなくて、片手だけでいいらしい。
今更ながらにそう納得しつつ、俺はオールマイトが立ち去った方向から視線を逸らす。
「うおりゃぁっ! はっはぁっ! なかなかいい相手だなぁっ!」
そこでは、ミルコが炎獣を相手に奮戦していた。
驚くべきは、ミルコの蹴りで炎獣がリスや小鳥といったような小型の炎獣が何匹か倒されているということだろう。
あの炎獣は白炎で身体が構成されており、だからこそ……例えば銃弾とかそういう物理攻撃では倒せない。
これが魔力や気といったものであれば……ああ、このヒロアカ世界だと個性因子があるし、そう不思議な事でもないのかもしれないな。
そもそもの話、物理攻撃無効の俺に対しても、個性を使えばダメージを与えられる。
……いや、与えられる事もある、というのが正しいか。
中には個性を使っても俺にダメージを与えたり、個性の影響下に置いたりとか、そういうのが出来ない奴もいるし。
その典型的な例が、普通科の心操だろう。
体育祭の騎馬戦において、心操は俺を操ろうとした。
今となってはその後のトーナメントで緑谷と戦った時の件で心操の個性が洗脳という奴だというのは既に知っている。
つまり、あの騎馬戦で心操は俺を洗脳しようとした訳だ。
だが、その心操の個性は俺に対して無意味だった。
……あの時、心操が心の底から驚き、一体何がどうなっているのか分からないといった様子を見せていたが、その理由がこれだ。
心操の個性の洗脳が、何故か俺に効かなかった訳だ。
この辺りは……多分、本当に多分だけど、個性の習熟度が影響していると思う。
何らかの確証がある訳ではなく、多分そうなんだろうなと思っているだけだが、習熟度、ゲーム的な考え方だと熟練度とか、あるいはスキルレベルとか、そういうのが一定以上ないと、個性があっても俺にダメージを与えられないのだろう。
あくまでも現状における予想でしかないが、これまでの経験からするとそう間違ってはいないと思う。
で、ミルコはヒーロービルボードチャートにおいてトップ10に入っている実力者だ。
であれば、個性の習熟度についても高く、だからこそ炎獣を相手にしてもダメージを与え、倒す事尾が出来ているのだろう。
とはいえ、それでも倒すことが出来る炎獣は小さな炎獣に限る……あ、いや。
「うおりゃぁっ! よし、倒した!」
へぇ。
何度も蹴りを放った結果、狼と狐の炎獣を同時に倒したな。
その事に感心しつつ、パチンと指を鳴らす。
すると次の瞬間、ミルコと戦っていた炎獣達が一斉に白炎となって姿を消す。
「あ? おいおい……どうなってるんだ?」
「あの炎獣は、俺が生み出した存在だ。なら、俺の意思で解除する事も当然可能な訳だ」
「……アクセル・アルマーか。オールマイトはどうしたんだ?」
こちらを警戒しながら、そう聞いてくる。
いや、違うな。これはブラフだ。
ミルコ程の実力者なら、炎獣と戦いながらも俺とオールマイトの戦いについては見ていただろう。
であれば、俺がオールマイトに勝ったのも知ってるだろうし、オールマイトがトイレに行ったのも見ている筈だ。
それを知った上でこうして聞いてくるのは、体力の回復や呼吸を整える為か。
実際には炎獣との戦いでダメージを受けてはいないだろうし、呼吸も乱れてはいない筈だ。
だが、それでも……これから俺と戦う為に万全の状態にしておきたいといったところか。
ミルコの思惑を何となく理解しながら、その様子を確認する。
演習試験の最後の1人として登場したミルコだが、当然のようにその手首と足首には他の教師達と同じく重りつけられている。
オールマイトとの戦いの時もそうだったけど、出来れば重りがない万全の状態で戦ってみたかったな。
もっとも、オールマイトはそもそも緑谷と爆豪を相手に戦っている。
緑谷や爆豪が一体どれだけオールマイトに食い下がったのか分からない。
そもそも緑谷と爆豪の相性は決して良くはないし。
であれば、緑谷と爆豪がどうなったのかは……まぁ、俺の演習試験が終わってから聞けばいいか。
ただ、爆豪は何度も俺に負けている……というか、諸々で全敗しているのも影響してか、元々の伸びた鼻っ柱はへし折られている。
そういう意味では、もしかしたら意外に緑谷と協力出来たかもしれないな。
ともあれ、そんな訳でオールマイトは重りに加えて体力的にも万全ではなかった訳だ。
No.1ヒーローという立場を考えると、連戦くらいは問題ないような気がするが。
ただ、原作主人公の緑谷と、その緑谷のライバル的な存在である爆豪を相手して、その後で俺を……となると、オールマイトでも厳しかったのだろう。
そんな訳で、オールマイトはとてもではないが万全の状態ではなかったが、ミルコは俺の演習試験が今日初めての戦い……いや、ネットで調べたミルコの行動指針を思えば
あるいはどこかでヴィランを蹴っ飛ばしてきた可能性はあるな。
ともあれ、俺が見る限りだとミルコは元気一杯な訳で……
そのミルコはそれなりに回復したのか、オールマイトがどうしたと俺が言うよりも前に地面を蹴って間合いを詰めてくるのだった。