「あー……なるほど、これが狙いだった訳か」
「アクセルにとっても、悪い話じゃないだろ? な? 頼むよ」
上鳴が俺に向かってそう言ってくる。
現在俺達がいるのは、打ち上げをやるカラオケボックスの部屋の1つ。
ただし、普通の部屋……多くても10人前後くらいしか入れないような普通の部屋ではなく、30人くらいは余裕で入れる部屋だ。
当然ながらこのような部屋が普通ではなく、俺の前は巨大な……それこそ金魚鉢といった表現が相応しい入れ物に入った巨大なパフェがある。
この部屋は勿論普通に借りる事も出来るのだが、このチャレンジメニューを頼み、その上で20分以内に食べきった場合、3時間までこの巨大な部屋の料金が無料になる。
あくまでも無料になるのは部屋の利用料金だけで、他の食べ物とかを注文した場合は普通に料金が掛かるが。
そして当然ながらチャレンジメニューに失敗すれば、この巨大なパフェの料金も払わないといけないし、この部屋の利用料金も普通に掛かるようになる。
で、上鳴はお好み焼き屋とかで俺がチャレンジメニューを制覇してるのを知っているし、あるいは毎日昼休みに学食でかなりの量の料理を食べているのを知っているので、これに挑戦させようとした訳か。
「では、準備はいいですか?」
店員の言葉に頷く。
……ちなみに、他の面々の多くはこうしている今も既にカラオケを楽しんでいたりする。
店員がここにいるのは、やはり誰かが見ていないと不正を……具体的には1人だけではなく、大勢でパフェを食べるとか、そういう事をするかもしれない……あるいは以前実際にそういう事があったからなのだろう。
そんな訳で、店員が聞いてくるのに頷く。
「では……スタート!」
その言葉に、真っ先に手を伸ばしたのは、パフェに刺さっているコーンアイスのコーンの部分。
本来ならパフェのチャレンジメニューの時は、こういうコーンは口直しの時に食べるとかするらしいが、俺の場合は関係ない。
「あ、ちょっ、アクセル!? そのコーンは後で、後でだってば!」
耳郎がそう言ってくるものの、その言葉は取りあえずスルーしてコーンを食べる。
というか、パフェに刺さっているコーンだから、食べ進めると落ちたりしそうなのがちょっとな。
チャレンジメニューでコーンを落とした場合はどうなるのか、俺には分からない。
分からないが、やらない方がいいのならそうした方がいいのは間違いないだろう。
そんな訳でコーンを片付けると、パフェの上にあるアイスを口に運ぶ。
これは……へぇ、素直に美味い。
こういうチャレンジメニューのアイスって、それこそ適当な安物を使っている事が多いんだが、このパフェに使われているアイスはかなり美味い。
バニラは濃厚な牛乳の味があり、チョコのアイスはしっかりとしたチョコの味を楽しめ、中に入っているチョコチップがいい食感がある。
また、パフェに飾られている果物……イチゴやバナナ、パイナップルといった果物の酸味が甘いアイスとのバランスを上手い具合に取っていた。
うーん……いや、これは素直に凄いな。
そうして食べ続けていくと、やがて金魚鉢の中に入っているコーンフレークの層に到達する。
これもまた、サクサクとした軽い食感が楽しい。
とはいえ、コーンフレークはこれだけだと食べ続けると飽きてくるので、まだ残っているアイスや果実、もしくはチョコソースと一緒に食べ進めていく。
そうしてコーンフレークの下にはショートケーキ……いや、スポンジケーキの層があり、これもまた美味い。
出来れば生クリームとかもしっかりとあって、ショートケーキと食べる事が出来たら嬉しいんだけどな。
「うわぁ……見てよ梅雨ちゃん。アクセルの食べる速度って凄くない?」
「ケロ、そうね。三奈ちゃんだったら、食べられるかしら?」
「無理無理無理無理、無理だって。それにあんなのを食べたら、体重計を壊してしまいかねないわ」
「ケロ、乙女ね」
そんなやり取りを聞きながら、俺は巨大パフェを食べ進める。
とはいえ、まだ10分も経っていないのに、既に俺の前にあるパフェは残り3割くらいまで減っている。
そこまで急いで食べた訳ではなく、しっかりと味わいながら食べていたのだが。
ともあれ、そんな感じで食べ進め……やがて、15分が経過した時、既にパフェの入っていた金魚鉢は空になっていた。
「……おめでとうございます。完食、確認しました」
店員が驚いた様子ではありながら、そう言ってくる。
店員にしてみれば、俺がここまで早く食べきるとは思っていなかったのだろう。
あるいはこのチャレンジメニューを初めて食べきったのかもしれない。
……いやこのカラオケボックスが出来たのは最近であるのなら、俺が初めてというのはそうおかしな事ではないかもしれないな。
「その、お客様。写真を撮ってもよろしいでしょうか? このチャレンジメニューを達成したということで、写真を貼りたいのですけど」
「あー……うん。別に構わない」
写真と聞いてどうしようか少し迷ったが、このくらいならいいだろうと許可をする。
空っぽになった金魚鉢と一緒に写真を撮る。
この写真、俺がホワイトスターのアクセル・アルマーとして表に出たら、何だかんだでもの凄い価値になりそうな気がするな。
もっとも、俺がシャドウミラーを率いる立場として表に出る時は、20代の姿での話だ。
今の10代の姿を見ても、20代のアクセル・アルマーと似ているとは思うだろうが、まさかそれで同一人物であると認識はしないだろう。
そう思ったが、このヒロアカ世界には多種多様な個性がある。
中には幻影であったり、もしくは肉体年齢を変えることが出来る個性とかがあってもおかしくはない。
それで今の俺と20代の俺と同一人物と認識出来るかどうかは、また別の話だが。
そんな風に考えている間に店員は空になった金魚鉢を持って部屋を出ていく。
「やったな、アクセル。アクセルのお陰で、3時間はこの部屋の利用料金は無料だぜ」
上鳴が俺の側にやってくると、嬉しそうにそう言う。
実際、この広い部屋の利用料金が3時間無料というのは、学生にしてみればありがたいだろう。
俺の場合は公安のクレジットカードもあるし、あるいは公安から毎月100万の報酬を貰っている事もあってか、この部屋の料金くらいは簡単に支払えるのだが。
ただ、それはあくまでも俺の事情だ。
俺以外の面々は、それこそ毎月限られた小遣いでやりくりしている。
雄英のヒーロー科だと、バイトもそう簡単には出来ないしな。
もし出来るとすれば、それこそ今日のように早く終わった時とか、夏休みとかだろう。
夏休みには林間合宿もあるが、それだって別に夏休み中ずっとという訳ではない。
俺の知っている高校生と比べるとどうしても休みは短くなるが、それでも結構な長期休暇になるのは間違いないのだから。
家が金持ちのヤオモモや、父親がNo.2ヒーローの轟とかなら金の心配をしなくてもいいだろうけど、それ以外の者達となると金にそこまで余裕があるとは思えない。
特に家から通っている者なら家賃や食費とかそういうのを考えなくてもいいが、実家から静岡まで通うことは出来ず、アパートやマンションを借りている者の場合は、家賃を含めて結構な金額を貰えるだろうが、それで食費や日用品とかそういうのも買う必要がある訳で、金に困っているだろう。
そんな訳で、上鳴が言うように俺がチャレンジメニューを食べきった事によって、この広い部屋を3時間無料で使えるというのは大歓迎といったところか。
「喜んで貰えて何よりだよ」
「でも、私のおうちにもカラオケルームはありますし、そこで打ち上げをやっても良かったのではないですか? 夜にお泊まりも出来ますし」
金魚鉢のパフェを食べきった為に、甘いものだけを食べて喉が渇いたと思ったのだろう。
ヤオモモがそう言いながら、水の入ったコップを渡してくる。
「なるほど、言われてみればヤオモモの家で打ち上げをやってもよかったのかもしれないな」
「ええ、前もって言って下されば、どんな物でも用意いたしましたのに」
プリプリとしながらも、残念そうに言う。
この前の勉強会の時も思ったが、ヤオモモは家に誰かを呼ぶとか、そういう経験をした事はあまりないらしい。
勿論、両親の商談の相手とか、親戚とか、そういう者達ならヤオモモの家に行ったことはあるかもしれないが、学校の同級生が家に来るといったのは、ヤオモモにとって凄く喜ばしい事だったのだろう。
……ヤオモモの性格を思えば、それこそ中学校時代にも友人は結構いると思うんだが。
あるいはヤオモモの家が大金持ちだという事で、高嶺の花の如く扱われていたのかもしれないな。
「今回は流れでこのカラオケボックスに来たけど、今度何かで打ち上げをやる時、ヤオモモがいたらヤオモモの家でやってもいいかもしれないな」
「楽しみにいています」
俺の言葉に嬉しそうに……やる気満々といった様子でヤオモモが言う。
うん、もしヤオモモの家で打ち上げをやる場合、もの凄く派手で豪華な打ち上げになりそうな気がするな。
もっとも、ヤオモモの家で打ち上げをするとなると、当然ながらヤオモモがいる状態での話だが。
さすがに何らかの打ち上げをやる際に、そこにヤオモモがいないのに打ち上げの会場としてヤオモモの家を使うというのは……うん、とてもではないが出来そうにないな。
「おーい、アクセル。この部屋を使えるようになったのはお前のお陰なんだから、何か歌ってくれよ」
切島がヤオモモと話している俺に向かって、そう声を掛けてくる。
「俺は歌、あまり得意じゃないんだけどな」
とはいえ、こういう場で歌わないというのも、それはそれで空気を読んでいない。
そんな訳で何か分かる曲はないかと曲が書かれている本を流し読みしていく。
個性の件で暗黒期になった影響もあるのか、ここに俺の分かる曲となると……あ、でも他の世界にあったのと似たような曲もあるな。
そんな訳で俺は幾つか選び、それを歌う。
「うーん……何て言えばいいんだろ。決して下手じゃない。下手じゃないけど、でも上手いとも言えないんだよね」
耳郎の批評に微妙な表情を浮かべる。
これならいっそ、最初から下手な方がまだよかったと思う。
だからといって、下手すぎて、他の面々も耳を押さえる……とか、そういう風になるよりは、今の方がマシだったが。
ちなみにそう批評した耳郎は、俺が聞いてもなかなかに上手いと思えた。
シェリルには到底及ばないが、もっと頑張ればプロになってもおかしくはない、そんな感じの上手さ。
既に素人の域ではなく、セミプロと呼ぶのが相応しい歌だった。
「うおおおっ、耳郎、お前すげえな!」
耳郎の歌が終わると、真っ先に上鳴が耳郎の歌を褒める。
そんな上鳴に続いて他の面々も耳郎の歌を褒めていき……そうして褒められるのになれていないのか、耳郎は頬や耳を赤く染めていた。
そうしているうちに次の曲が始まり、瀬呂がマイクを取る。
「……ねぇ、アクセル。ウチの歌どうだった?」
パフェの後の口直しと、フライドポテトを食べていた俺に、耳郎がそう聞いてくる。
先程皆に褒められて頬や耳が赤く染まったままなのがいつもの耳郎と違って面白い。
「上手かったと思うぞ。あれだけの歌声を持っているんだし、歌手を目指してもよかったんじゃないかと思うくらいには。もっとも、もし耳郎が本当に歌手を目指しているのなら雄英のヒーロー科にもいなくて、俺もこうして耳郎と会ったり出来なかったんだろうけど」
「そう考えると、やっぱりヒーローの道を選んでよかった。……あ、言っておくけどアクセルに会えたからって今みたいな事を言った訳じゃないからね! 三奈達と会えて良かった意味だから、変な勘違いしないでよ!?」
そう言う耳郎の側では、耳から伸びた2本のイヤホンがゆらりと、蛇の如く空中を動いている。
これ、もしここで何か妙な事を言ったら、即座にあのイヤホンが飛んできそうだな。
耳郎をからかうのは面白いんだが、やりすぎると耳郎は耳郎さんになってしまうので注意が必要だったりする。
「分かってる。俺も耳郎と会えたのは嬉しかった……うおっ!」
何故かその言葉の最中に耳郎のイヤホンが飛んできたので、咄嗟に回避する。
え? あれ? 何で今のでこうなる?
「おい、耳郎?」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
「ちょっ、おい、誰か。耳郎が乱心した!」
2本のイヤホンが飛んでくるのを回避しながら近くにいる面々に助けを求めるが、誰も俺と視線を合わせようとしない。
それどころか、視線が合いそうになるとそっと視線を逸らされる始末。
俺、何か悪い事をしたか?
そう思いながら、俺は耳郎の癇癪に付き合い……やがて5分程で、ようやく耳郎が落ち着く。
そこからは、打ち上げを十分に楽しむのだった。