木椰区ショッピングモール。
そこは静岡県の中でも最多店舗数を誇るショッピングモールで、休日になると多くの者が買い物に、あるいは遊びに来る場所だ。
俺の普段の行動範囲からは少し離れているんだが……
「うわぁ……さすがナウでヤングな最先端な場所」
少し離れた場所で、緑谷が感嘆したように言う。
いや、けどナウでヤングって……何だか古すぎて、1周回って最先端のような気がしないでもない。
「うわ、私もここに来てみたかったけど、こうして実際に来るのは初めてなんだよな」
そう言うのは、俺の側にいる拳藤。
昨日LINで聞いてみたところ、拳藤も買い物に行きたいと思っていたということで、一緒に来る事になったのだ。
どうやらB組の方では林間合宿に向けて皆で買い物に行くといった計画はなかったらしい。
あるいは俺達が誘った後でそういう計画はあったのかもしれないが。
「アクセルさんのいらっしゃる所であれば、どこでも聖なる場所と化すでしょう」
……で、何故か茨もいたりする。
いやまぁ、何がどうなってそうなったのかは分からないが、俺を信仰する茨だ。
木椰区のような場所に俺が行くとなれば、一緒に来てもおかしくはない……のか?
元々拳藤と茨はB組の中でもかなり仲が良いらしい。
ただ、それなら取蔭とか小大とか、他の拳藤と親しい奴が来てもおかしくはないと思うんだが。
「体育祭ウェーイ!」
「上鳴!?」
「ぶっ!」
話していると、通行人が俺達の事に気が付いたのか、不意にそう声を掛けてくる。
俺の言葉に、近くにいた三奈が噴き出す声が聞こえてきた。
ちなみに三奈はヤオモモの家――というか屋敷――で勉強会をやった時もそうだったが、露出度の高い服装を着ている。
夏らしく涼しさや動きやすさを重要視したのだろうが……太股なんかはかなり露出しているし、Tシャツもかなり裾や腕が短めの奴で、腹やら脇やらがチラチラと見える為に、緑谷が何度か顔を真っ赤にしていたりする。
……それを見た麗日が若干不満そうな様子を見せているのは、やはり原作ヒロインといったところなのだろう。
とはいえ、本人はまだ緑谷を意識したりは……ん? あれ? 何だか微妙に意識してるっぽい?
そんな風に思っている間に、声を掛けてきた面々とのやり取りを、他の面々が行っていた。
「あ、あんた……ステインを倒した人だよな? アークエネミーだっけ? 握手してくれるか?」
話し掛けてきたうちの1人が俺の存在に気が付いてそう言ってくる。
……いやまぁ、俺のヒーローコスチュームはそこまで変装って感じじゃないから、俺を俺だと、アクセル・アルマーだと認識するのは分かるんだが、アークエネミー?
俺がステインを倒したのは、映像でもう消しようがない程に拡散してるから、それはいい。
それはいいんだが、アークエネミーというヒーローネームは、まだそこまで広まっていない筈なんだが。
「握手はいいけど、1つ聞かせてくれ。俺のアークエネミーというヒーローネームはどこで知ったんだ? 本名については体育祭で普通に知られてるけど、ヒーローネームについてはそこまで知られていない筈なんだが」
握手をしながら尋ねると、男は嬉しそうに……そして自慢げに口を開く。
「掲示板だよ。ネットの掲示板。中には雄英の生徒と思しき連中も書き込んでたりするんだぜ? アクセルの専用スレもあるぞ」
「……あるのか」
いやまぁ、体育祭で優勝し、ステインを倒した映像がネットにアップされている以上、専用のスレッド……スレが出来ていてもおかしくはない。
おかしくはないが、それでもこう……何だか微妙な感じがするな。
ともあれ、雄英の生徒も書き込んでいるのなら、俺のヒーローネームが知られているのはそうおかしな事ではないのか?
いや、けどこのヒーローネームはあくまでも仮のものだ。
例え雄英の生徒であっても、それこそ普通科、サポート科、経営科の生徒であれば、知っている筈もない……いや、そうでもないか?
自分で言うのも何だが、俺は雄英の1年の中でも……いや、雄英全体で考えても、かなりの知名度を持つ。
オリンピックの代わりとなった体育祭の優勝や、ヒーロー殺しとして有名だったステインを倒した映像というのは、それだけの大きな影響力がある。
であれば、ヒーロー科以外の生徒、具体的には経営科辺りか? その経営科の生徒が俺の情報を得ようとヒーロー科の生徒に声を掛け、雑談の中から俺のヒーローネームを聞き出したとしてもおかしくはない。
……まぁ、ミッドナイトもこのヒーロネームが公式のものになったりするのは珍しくないと言っていたし、それを抜きにしても今でこそヒーロー科にいるが、それはプロヒーローになる為ではなく、あくまでも公安からの依頼で他の生徒の壁として存在する為だ。
そういう意味では、プロヒーローとしてアークエネミーと名乗る事はないので、このヒーローネームが広がるのは別に構わないんだよな。
「ああ、ある。……まぁ、その、何だ。中には悪意のあるアンチって連中もいるから、そういうのが嫌ならあまり見ない方が……ああ、でもアンチは結構玩具になってるから、見るなら見てもいいのか?」
握手していた手を離すと、男がそう言ってくる。
アンチか。
まぁ、世の中には自分よりも相手が優れている、人気があるのが許せないという者は幾らでもいるだろうしな。
しかも雄英のヒーロー科の受験における競争率は、脅威の300倍だ。
そこを首席で合格した俺は、雄英の入試で落ちた者達にとって嫉妬の対象になってもおかしくはない。
……とはいえ、雄英のヒーロー科の入試は、本気で受けるつもりはなく、記念受験的に受ける奴も多いからこそ、300倍という競争率になってるんだろうが。
「情報ありがとな。今度見てみるよ」
どういう事が書かれているのか少し興味深い。
そうして声を掛けてきた連中がいなくなると……それから他にも何人かに声を掛けられ、いわゆるファンサービスをする。
……まだプロヒーローじゃないのに、ファンサービスとかする必要があるのか? と疑問に思ったが、他の連中も自分に声を掛けてきた相手と笑みを浮かべてやり取りをしていた。
なるほど。プロヒーローを目指す者として、そのくらいは普通にやる必要がある訳か。
ともあれ、そういう行動も一段落したところで、これからどうするのかといった話し合いをする。
俺のようにスーツケースを買いたい者、靴を買いたい者、ピッキング用品と小型ドリルを買いたい者……って、おい?
「ぎゃあああああっ、痛っ、痛い痛い痛い!」
耳郎が峰田の顔面を鷲掴みにし、峰田が悲鳴を上げていた。
うわぁ、耳郎……いや、耳郎さんを怒らせるとか、馬鹿な事をするな。
とはいえ、ピッキング用品や小型ドリルを買おうとするのは、ある意味で峰田らしい。
ちなみにそんな峰田の横では上鳴が固まっていた。
多分、峰田の相棒として峰田の言葉の後に何かを言おうとしたところで、それを言うよりも前に峰田が耳郎さんに顔面鷲掴みにされたのだろう。
USJで耳郎が耳郎さんになったところを、上鳴はその目で見ている。
畏怖か恐怖か……とにかくそんな感じで動けなくなっても仕方がない。
なので、上鳴の代わりという訳ではないが、俺が耳郎に声を掛ける。
「あー、ほら、耳郎。その辺にしておけ。ただでさえ葡萄っぽい峰田の頭部がグシャリとなって果汁が弾け飛んだら、どうする?」
「峰田がプロヒーローになったら、性犯罪を起こして問題になると思わない? なら、ウチがここでプチッと潰してあげた方がいいと思うけど」
「おいいいいいいぃっ! アクセル、助けてくれぇっ! こいつ、本気だ。本気でオイラを潰そうとしている。メキって……ああああ、メキって!?」
峰田が叫ぶ。
そこには余裕の色はなく、かなり切羽詰まっている状態だ。
あ、これちょっと不味いな。
「耳郎、その辺にしておけ。峰田が性犯罪者になる可能性が高いからといって、ここで危害を加えると、耳郎がプロヒーローになれるかどうか分からないぞ」
「……そうね。残念だけど峰田がウチの汚点になるのは避けたいし、止めておくよ」
そう言う耳郎に、手から……アイアンクローから解放された峰田が何か言いたそうにするものの、ここで何かを言えばまたアイアンクローで顔面を鷲掴みにされると思ったのか、そっと上鳴の後ろに隠れる。
「……ふぅん」
ビクリ、と。
耳郎の口から出た言葉に、峰田に盾にされた上鳴が動けなくなる。
耳郎の視線が上鳴に向けられ、上鳴は必死に耳郎と視線を合わせないように視線を逸らす。
「ケロ? 響香ちゃん、どうしたの? そろそろお買い物に行くわよ?」
そんな緊張した空気を破った……というか、全く気にせずにそう声を掛けてきたのは、梅雨ちゃんだった。
人の機微に聡い梅雨ちゃんの事だ。
当然この場の雰囲気とか状況とかそういうのについては察しているだろうが、それでもこうして声を掛けてきたのは、峰田を助けようと思ったからか。
「ああ、うん。そうだね、ごめん。じゃあ、買い物に行こうか。……峰田、妙な物を買ったりしたら、どうなるか分かってるよね?」
前半は嬉しそうに梅雨ちゃんに、後半は笑みを浮かべていない真顔で峰田に言う耳郎。
そんな耳郎に対し、梅雨ちゃんも峰田も何も言わない。
とはいえ、そこにあるのは2人揃って同じ表情ではない。
梅雨ちゃんは嬉しそうな様子を見せているのに対し、峰田の表情は引き攣っていた。
耳郎のこの行動で、峰田の性欲もどうにかなってくれればいいんだが。
とはいえ、性欲というのは押さえようとしてもそう簡単に押さえられるものではない。
耳郎にこうして脅されても、今はともかく、耳郎がいなくなったら、すぐにその恐怖が消えて、また峰田は性欲に支配されてもおかしくはない……と思う。
あくまでもこれは俺の予想であって、峰田がどう思うのかはまた別の話だが。
「ほら、アクセルもスーツケース……キャリーバッグを買うんでしょ? 行くわよ」
「分かった」
「……ヤオモモから昨日カタログを貰うって話だったけど、貰ったの?」
「昨日貰ったな」
「AIだっけ? そういうので何か良さそうなのはあった?」
こうして俺と話す耳郎は、既に耳郎さんではなく、普通の耳郎だ。
とはいえ、怒らせると耳郎は耳郎さんになるので、注意する必要があるのも事実だが。
「それなりに興味深いのはあったな。ただ、そのスーツケースがこの木椰区のショッピングモールにあるとは限らないが。俺としては出来ればあって欲しいとは思うけど、気に入る物がなければないで、通販か何かで買えばいいしな」
ロボット掃除機のAIとスーツケースのAIがどういう関係を持つのか、興味深い。
なので、既に俺の中からAI搭載のスーツケース以外……それも最高性能のAIが搭載されたスーツケース以外は選択肢に入っていない。
もっとも、それはあくまでも今の状態での話で、もし何の脈絡もなく俺が気に入るようなスーツケースがあったら、もしかしたらそれを購入する可能性はあったが。
「後は靴も出来れば欲しいところだな」
「アクセル君、靴は履き慣れているものを選ぶべきだと、上鳴君にも言って……いや、でもやっぱり目的別に……」
何故か俺の靴を買うという言葉に思い切り反応した飯田だったが、すぐに落ち込んだ様子を見せる。
上鳴……そう言えば、さっき上鳴も靴を買うとか言って飯田に何かを言われていたな。
飯田は真面目なのはいいんだが、生真面目というか、何かこう……融通が利かないってのがちょっとな。
勿論、それはそれで飯田の長所だとは思うが。
「あー、靴か。ウチも靴はちょっと欲しいかも。林間合宿ってことは、多分自然のある場所でしょ? そういう場所で歩きやすい靴があったら便利そうだし」
「あ、それは私も興味があるな。一緒に行ってもいいか? ……茨の事を考えると、そうした方がいいだろうし」
俺達の会話を聞いていた拳藤が、そう言ってくる。
いやまぁ、うん。俺がスーツケースや靴を買うと言えば、俺の下僕という認識を持っている茨も、当然のように一緒に来るだろう。
「えっと、ウチは構わないけど」
耳郎が頷くと、最終的には俺、瀬呂、ヤオモモ、耳郎、拳藤、茨の6人がスーツケースを買いに行く事になる。
「なら、目的バラケてっし、時間決めて自由行動にすっか」
俺達の様子を見ていた切島の言葉もあり、結果として俺達はそれぞれで纏まってグループ行動をすることになる。
ちなみに、峰田は飯田と一緒に行動する事になったので、ピッキングとか小型ドリルとか、そういう峰田が欲しがっていたものが購入される可能性はまずないだろう。
もっとも、峰田のことだ。
それこそ場合によってはこっそりと買いに行く可能性も否定は出来ないし、もし今日買わなくても林間合宿までにその手の諸々を通販とかで購入しないとも限らないので、安心は出来ないのだが。
まぁ、そうなったら耳郎さんの出番だろうと思いつつ、俺は一緒に行動する面々とともにスーツケースを売ってる店に向かうのだった。