こちらが正式な4488話となります。
静岡最大の店舗数を誇るだけあって、木椰区のショッピングモールにはスーツケースを扱っている店も幾つかあった。
そんな中で俺達が選んだのは、品揃えに自信のある店。
いや、勿論同じようにスーツケースを取り扱っている他の店も同様に品揃えには自信があるとか、あるいは他の店よりも安いとか、ポイント換算をすればお得だとか、色々な売りがあるらしい。
そんな中でこの店を選んだのは……
「これは、八百万のお嬢様。いらっしゃいませ」
店の店長と思しき男が、ヤオモモを見て深々と頭を下げる。
そう、この店はヤオモモの家……八百万家と取引のあるグループの店らしい。
とはいえ、普通ならこの店の店長がヤオモモについて知らなくても……ああ、でも体育祭とかでヤオモモは結構活躍したし、職場体験でもCMに出たりしているので、顔はそれなりに売れている。
そういう意味では、ヤオモモについて知っていてもおかしくはないのだが……ただ、もしヤオモモが昨日にでもこの店……いや、木椰区のショッピングモールでスーツケースを売ってる店に行くとか言っていれば、ヤオモモの両親が気を回してこの店の所属するグループに話を通しており、そのお偉いさんから失礼がないようにと店長に指示がされていた可能性は十分にある。
「こんにちは、お店の商品を見せて貰ってもいいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ。何か分からないことがありましたら、すぐにでも店員に聞いて下さい。可能な限り説明させて貰いますので」
店長は再度頭を下げると、俺達の邪魔にならないようにと店の奥に引っ込んでいく。
「えっと……ヤオモモ、もしかしてここってヤオモモの家の系列店とか、そんな感じ?」
「いえ、系列店ではありませんね。ただ、うちと取引があるグループの系列店です」
拳藤の言葉に、あっさりとヤオモモが言う。
それを聞いた他の面々……瀬呂、耳郎、拳藤があんぐりと驚きに口を開く。
茨は特に驚いた様子もなく俺の側に控えており、俺もまた予想はしていたので特に驚きを表情に出したりはしない。
もっとも、瀬呂は期末テストの演習試験の赤点が決まって林間合宿でも補習があるらしいので、その辺りの落ち込みからまだ完全に復活していないのもあってか、驚きはしているが、他の2人よりも驚きは小さいようだったが。
「す……凄いんだね」
「以前テスト前に勉強会をしにヤオモモの家に行ったけど、家じゃなくて屋敷という表現が相応しかったよ」
拳藤の呟きに耳郎がそう言う。
「うわぁ……見てみたいような……」
「あら、でしたら一佳さんも遊びに来ますか? お友達を招待出来るなんて、楽しみですわね」
拳藤の言葉を聞き逃さず、すかさずヤオモモがそう言う。
ヤオモモにしてみれば、友達を家に招待するというのはかなり楽しみなのだろう。
誰かを招待するだけなら、それこそ幾らでも機会があるし、八百万家の事を考えれば行きたい者は幾らでもいる筈だ。
だが、ヤオモモにしてみれば、そういう相手を招待するよりも雄英で知り合った者達を招待したいらしい。
……そう考えると、案外闇が深いな。
いやまぁ、ヤオモモはそういう一面を見せないものの、八百万家の後継者としてそういうのにも慣れているのだろうが。
「あー、うん。機会があったら行かせて貰うよ。それよりも、今はスーツケースだろ? アクセルが欲しいのはあるのか?」
話を誤魔化したという訳ではないのだろうが、拳藤がそう俺に言ってくる。
その事に突っ込んでもよかったのだが、実際にいつまでも店の入り口近くでこうして纏まって話しているのも店の邪魔にしかならないので、スーツケースを探し始める。
「あ、こっちこっち、アクセルが欲しがってるAI搭載型のスーツケース、こっちにあるよ」
店そのものはそこまで広くもないので、耳郎がすぐに見つける。
そうして耳郎の声のした方に行くと……そこには、俺が購入しようとしていたAI搭載のスーツケースがあった。
それも昨日俺がヤオモモから貰ったカタログにあるのは大抵揃っている。
あれ? AI搭載型のスーツケースは、マイナー……という程ではないにしろ、そこまで売れている商品という訳ではない筈だ。
一応昨日俺もヤオモモからカタログを貰った後、ネットで調べてみた感じでは、そんな感じだった。
なのに、この店ではこうしてかなりの広場を使って商品を並べている。
これ……もしかしてだけど、ヤオモモから話を聞いたヤオモモの両親がこの店の所属するグループに話を通した結果、こういう感じになったとか、そういう事じゃないよな?
まぁ、それならそれでこうしてAI搭載のスーツケースが揃っているんだから、俺にとっては悪い話じゃないけど。
「アクセルさん、どのスーツケースを? 私もアクセルさんと同じスーツケースが欲しいのですが」
「それは……いや、でも俺が買うのは一番高い奴だぞ? わざわざ同じのを購入しなくても、いいと思うんだが」
茨にしてみれば、自分が仕える――俺にそんな気はないのだが――俺と同じスーツケースを購入したいと思ったのだろう。
ペアルック……いや、この場合はちょっと違うか?
とにかくそんな感じで俺と同じのを買いたいらしいが、公安のクレジットカードを使いたい放題の俺と違い、茨は決して金持ちという訳ではない。
貧乏という訳でもなく、いわゆる中流家庭らしいが。
そして当然ながら茨もまた出身は静岡ではないので、実家から雄英に通っているのではなく、俺と同じ1人暮らしだ。
であれば、金に余裕がある訳でもない。なら……
「俺が買ってやるよ」
「アクセルさん!? そんな、恐れ多い。私が使うスーツケースは、あくまでも私自身で選んだ物です。であれば……」
「けど、俺が選んだから茨も買うんだろう? それに……こういう言い方はなんだけど、茨は俺に仕えるんだろう? なら、そのくらいはさせろ」
何だか自分で外堀を埋めていっているような気がしないでもないが、茨に無理に俺と同じ高額なAI搭載のスーツケースを買わせるのなら、俺が買った方がいい。
普通なら公安からストップが掛かるかもしれないが、俺が言ったように表にはあまり出さないようにしているものの、茨は俺に仕えるといった感じになっている。
であれば、俺に仕える者のスーツケースを買うくらいはいいだろう。
まぁ、どうしても公安持ちが無理なら、俺のポケットマネーで支払ってもいいが。
何しろ俺が公安から受けた依頼の報酬は、月100万。
そして今は7月なので、4月から6月までの給料300万を自由に使える。
実際にはその300万の中からそれなりに使っていたりするので300万そのまま残っている訳ではないのだが。
「……ありがとうございます、アクセルさん。大切に使わせて貰います」
茨が感謝の視線をこちらに向け、そう言ってくる。
他の面々は今のやり取りに微妙な様子を見せてはいたが……感心したのは、茨が買って貰ったから自分もとか、そういう風に誰も言ってこなかった事だろう。
もしこれが上鳴や峰田とかなら、普通に自分も買って欲しいと言ってきてもおかしくはない。
そういう意味では瀬呂もどちらかといえばそっち側のグループだったりするのだが。
ただ、今日の瀬呂はまだ赤点のショックから完全に立ち直っておらず、いつも通りとはいかない。
「気にするな。その分、頑張ってくれればいいし」
茨の俺に対する思い……いや、想いは理解している。
それこそ体育祭の打ち上げを俺の部屋でやった時に口にした、身も心も捧げるというのは冗談でも何でもない。
それこそ俺が抱かせろと言えば、茨は躊躇なく抱かれるだろう。
……ただ、それは俺に好意を持っているからではない。
いや、勿論好意はもっているのだが、その好意はあくまでも信仰に近いものであって、男女的な意味での好意ではないのだ。
そう考えると、こう……うん。
俺としてはそういう感情で抱かれて欲しくはない。
なので、取りあえず今は一緒に行動する相手として茨を認識している。
「ありがとうございます。アクセルさんの期待に添えるよう、頑張ります」
「ほらほら、茨もその辺にしておいたら? このままだとお店の人も困るでしょうし」
深々と俺に向かって頭を下げる茨に、拳藤がそう声を掛ける。
そんな拳藤の言葉に、茨は慌てたように頭を上げる。
俺を信仰……というか、心酔? している茨だが、こういう一般常識を持っているのはありがたいよな。
これで、自分の信仰こそ全てといったように主張するような事があったら、俺も困るし。
いやまぁ、信仰とかそういうのは自由だと思うけど、それによって他人に迷惑を掛けるのはどうかと思うし。
「すいません。……では、他の人のスーツケースも見ていきましょう」
「……何だかこう、もやっとするんだけど」
「響香さんもですの? 私もこう……ええ、何故こうなっているのかは分からないのですが」
耳郎とヤオモモの会話が聞こえてくるが、取りあえずそちらについては気にしないでおく。
俺が言うのもなんだが、ここで触れると面倒な事になりそうな気がした為だ。
ともあれ、ここにあるAI搭載のスーツケースの中でも一番高い……最高性能の奴を購入する。
ただのスーツケースではなく、AIが搭載されているだけに他のスーツケースよりも高額だ。
ましてや、最高級グレードであるのを考えると、素材とかもかなり高級な物を使われているので、値段は結構なものなのは間違いない。
「耳郎はどういうスーツケースを買うんだ?」
「ウチは普通の奴で十分かな。……アクセルが買うAI搭載の奴は興味深いけど、値段がちょっとね」
「瀬呂は?」
「俺も同じかな。というか、AI搭載の奴ってちょっと高すぎないか?」
「まぁ、ただのスーツケースにプラスして、AI搭載のプラスαだしな。普通のスーツケースよりも高くなるのは、仕方がない」
そうして店を見て回り、スーツケースを購入し……上鳴達と連絡を取り、靴屋に行く。
スーツケースの店と同じように……いや、靴という普段から使う物である以上、靴屋はスーツケースの店よりも木椰区のショッピングモールにはかなりの数の店がある。
「アクセル、スーツケースの方はもういいのか?」
「ああ。靴もそろそろ新しいのを欲しいと思ってな」
俺を見つけて声を掛けてきた上鳴に、そう返す。
「あ、ヤオモモも来たんだ。靴を買うの?」
「ええ、あって困るものではないですし」
三奈とヤオモモの会話が聞こえてくる。
そうして会話をしながら、靴を選んでいく。
「上鳴はどんな靴を買ったんだ?」
「え? 俺? やっぱり動きやすい靴だな。林間合宿で履いていく靴だし。林間合宿ってくらいだから、かなり動くことになるだろうし」
上鳴の言葉に、だよなと思う。
動く時に靴というのは非常に大きな意味を持つ。
例えば山の中を歩くのにスポーツサンダルとか、女ならヒールの高い靴というのは、全く向いていない。
きちんと動きやすい靴……スポーツ用の靴とかそういうのの方が圧倒的に動きやすい。
そういう意味では、きちんとした靴というのは出来るだけ購入をして……そう思った、時、不意にジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリという警報が鳴り響く。
「ちょっ、何? 火事!?」
そう叫んだのは一体誰だったか。
あるいは俺達のグループではなく、他の客だったかもしれない。
「おい」
「ええ」
「はい」
俺の言葉に即座に答えたのは、ヤオモモと茨。
それに少し遅れて、他の面々も反応する。
もっていた荷物……先程購入したスーツケースも含めてその場に置き、店を出る。
だが、今の警報は俺達がいた靴屋だけに鳴ったのでなく、どうやら木椰区のショッピングモール全体に鳴っているらしい。
「火事……とかじゃないようだね」
拳藤が周囲の様子を見ながらそう言う。
実際、常人とは比べものにならないくらいに鋭い俺の嗅覚でも、火事の時のような煙臭さは感じない。
いやまぁ、ショッピングモールに入っている料理屋の換気扇で外に流れている煙があったりするので、そういうのは普通に嗅ぎ取れるが。
「そうだな。焦げ臭さとか、そういうのはないと思う」
「だとすれば……あ、ちょっと待って。LINにメッセージが……」
耳郎がスマホを見て表情を引き攣らせる。
何だ?
そんな耳郎の様子に、俺も自分のスマホでLINを起動させ、クラスのグループを表示させる。
するとそこには麗日からのメッセージが書かれていた。
どうやら緑谷がヴィランに……それもただのヴィランではなく、ヴィラン連合のシラタキと遭遇してしまったらしい。
マジか。
そう思ったが、同時に緑谷がこの世界の原作主人公である事を考えると、納得もする。
緑谷にしてみれば、何で自分がとは思ってもおかしくはない。
……とはいえ、シラタキが憎んでいるのは間違いなく俺だ。
なのに、俺ではなく緑谷と遭遇するのは……うん。緑谷にとっては不運だな。
ただ、怪我らしい怪我はないらしいので、そういう意味では安心だったが。