「あれ? ちょ……アクセル。ほら、あれ見てよあれ」
一通り合流を喜び……テストの赤点の影響だけではなく、自分以外全員女……それも顔立ちが整っており、美人や可愛いといった者達が多くいる影響もあってか、げっそりとしていた瀬呂を励ましていると、不意に三奈がそんな風に声を掛けてくる。
何だ? と三奈の見ている方に視線を向けると、そこには人だかりがあった。
それもちょっとやそっとの人だかりではなく、かなりの人だかりだった。
さっきから何か聞こえてくると思ったら、どうやらあれが原因だったらしい。
「何だ、あれ? 誰か有名人でも来てるのか?」
このヒロアカ世界においても、アイドルや俳優、モデルといった者達は人気が高い。
日本の、あるいは海外のそのような者達が来たのなら、これだけの人だかりが出来ていてもおかしくはない。
そう思っていたのだが……
「あ」
多数集まっている人だかりの中から、一瞬……本当に一瞬だけではあったが、人だかりの間から見えたその光景に、思わず口を開く。
「オールマイトだ」
「え? オールマイト? 本当に?」
俺の言葉が聞こえたのだろう。
三奈がそんな驚きの言葉を口にする。
そして三奈のそんな声が聞こえたのだろう。
他の面々も人だかりに視線を向ける。
「アクセルさん、本当にオールマイトがいましたの?」
「あそこに集まっている面々の隙間から一瞬だけ見えた限りだと、間違いなくオールマイトだと思う」
そしてオールマイトがI・アイランドにいるという事は、やはり俺の予想通り緑谷もどこかにいる筈だ。どこかに……どこかに……え? あれ? もしかして、オールマイトを中心に集まっている人だかりの中に緑谷もいたりするのか?
もしそうだとしたら、緑谷はかなり酷い状況になっていそうな気がする。
「どうする?」
拳藤のその言葉に、それぞれ顔を見合わせる。
「どうするって言われても、あの状況で私達が行っても意味がないんじゃない? それにオールマイトならこういうのにも慣れてるだろうから、落ち着くまで待っていればいんじゃない? もっとも、オールマイトがI・アイランドにいたからって、どうしてもウチらが声を掛けないといけない訳じゃないし」
「ケロ、何かの用事でオールマイト先生がI・アイランドに来たのなら、私達が声を掛ける事で、それを邪魔する事になるかもしれないという事ね」
耳郎の言葉に、梅雨ちゃんがそう同意する。
実際、それは間違いではないのだが……
一瞬だけ麗日を見てから、口を開く。
「気のせい……本当に気のせいかもしれないけど、何だかあの人だかりの中に緑谷がいたように思えたんだけどな」
「え!?」
当然のようにその言葉に素早く反応したのは、麗日。
うん、さすが原作ヒロイン。
もっとも、緑谷が見えたというのは嘘だ。
ただ、オールマイトがいたからには緑谷もいるだろうという予想から口にした言葉でしかない。
「ちょっ、アクセル君、本当に緑谷君がいたの?」
「多分。あの人だかりの中で本当にチラッと見えたような気がしただけだから、もしかしたら見間違いかもしれないけど」
そう言うと、麗日は必死になって人だかりの方に視線を向けるが、あれだけ人が集まっている中で緑谷を見つけるのはそう簡単なことではない。
ないのだが……
「あ、いた!」
「え? マジか?」
麗日の口から出た言葉に、思わずそう口にする。
「え?」
そして当然のようにそれを聞いた麗日が、こちらに視線を向けてくる。
「えっと、アクセル君。今なんで驚いたん?」
「あー……いや。ほら、俺の場合は増強系のおかげで五感も鋭いんだよ。そんな俺がどうにか見つけられたのに、まさか麗日が緑谷を見つけられるとは思わなかったからな」
うん、咄嗟の言い訳にしてはそうおかしくはないと思う。
実際、俺の五感が鋭いのは事実だし、緑谷がこの場にいるのもほぼ間違いないと思ってはいた。
そういう意味では俺の考えというか、予想は間違っていなかった訳で……結果良ければ全て良しって事で。
「そうなんや」
実際麗日も俺の言葉に納得をした様子だったのだが……
「あれ? あれあれ? ねぇ、もしかしてそれって……恋? 恋なの?」
「ちょぉっ!?」
俺と麗日の話を聞いていた三奈が、楽しそうな笑みを浮かべてこちらに……より正確には麗日の方にやってくる。
ああ、そういえば三奈は恋バナが大好きだったな。
しかも自分が恋をするのを楽しむんじゃなくて、あくまでも恋バナをして盛り上がるのか好きだという……うん、ちょっと不思議な性癖……もとい、趣味をしている。
敢えて似ているのを出すと……ネギま世界の早乙女か?
触手でラブ臭を感じ取るというのも、三奈の頭部にある触手……もとい、角を思えば、そんな感じに見えないでもなかったし。
まぁ、それでも早乙女の如き不気味さは出していないが。
「ほら、三奈もいい加減にしな。あまりからかうもんじゃないよ」
麗日が三奈の一言で顔を赤く染めたのを見た拳藤が、そう言って三奈を落ちつかせる。
うーん、さすがB組の委員長だけあってしっかりしてるな。
とはいえ、同じ委員長という事であればヤオモモもいるんだが、今回は出遅れてしまった形だ。
もっとも、三奈の恋バナ好きはA組なら誰でも知っている。
であれば、今回のこれも結局はいつもの事だと考えて、最初から止める気がなかったのかもしれないな。
「えー、だって」
三奈が不満そうに言う。
三奈にしてみれば、絶好の恋バナの機会だ。
これを逃すといったことはしたくなかったのだろう。
「ちょっ、ウチとデク君は別にそういうのじゃ……」
麗日が必死に否定しようとするものの、頬を赤く染めながら言っても説得力はないよな。
とはいえ、麗日の様子を見る限りだと自分でもそういう気持ちはあるものの、今はそれを認めたくないとか、そんな感じか?
今までのやり取りから俺は既に緑谷はこの世界の原作のヒロイン……緑谷の恋人だというのは、半ば確信してるんだが。
もっとも、世の中には最初こそヒロインと思わせておいて、実は後から別のヒロインに主人公を持っていかれるとか、そういうのもあるらしいけど。
そういう意味では、麗日が緑谷のヒロインなのはあくまでも今の時点の話で、もしかしたら将来的には他の女に緑谷が持っていかれる可能性もあるんだよな。
とはいえ、緑谷は……うん、性格が性格だ。
麗日は緑谷とそれなりに親しくなったが、他の女が相手の場合、そう簡単に緑谷と親しくなるといった事は難しいだろう。
勿論、それはあくまでも今の時点ではの話で、将来的に緑谷が女と話すのになれたりすれば、ある程度どうにかなる可能性も……ない訳ではない。
……いや、緑谷の性格が変わって、峰田……はちょっとアレだけど、上鳴くらいの軽さで女に声を掛けるようになっているのを想像しようとしたんだが、難しい。
それはそれで見てみたい気もするけど。
そのようなやり取りをやっていると、オールマイトが素早くサインやら握手やらを終わらせていく。
いや、本当に素早いな。
瞬動を使ってるんじゃないかと思うくらいの速度だぞ、あれ。
オールマイトにしてみれば、日本のNo.1ヒーローとして長い間君臨し続けてきた。
ましてやその性格もあって、ファンサービスを求めてきた相手には可能な限り対応しようとする。
そんなのを何十年も続けているだけに、オールマイトのファンサービスの対応速度は熟練の域にある。
普通ならファンサービスよりも実力を磨けと言われてもおかしくはないのだが、オールマイトの場合は今の時点で既にNo.1ヒーローで、No.2のエンデヴァーの追随を許さない。
だからこそ、ファンサービスに力を入れても問題はないのだろう。
それに、オールマイトのファンサービスによって、ヒーロー全体を見る目が良くなるのも間違いではないし。
そんな訳で、先程までオールマイトの側に集まっていた人混みは見る間に減っていく。
サインを貰うなり握手して貰うなりして貰ったら、その場にずっといるのではなく他の者に場所を譲るという辺り、I・アイランドのオールマイトファンは質が高いな。
もしこれで質の悪いファンなら、オールマイトからのサインや握手が終わってもその場から動かず、少しでも長い間オールマイトを見ていようとか、そんな事をしてもおかしくないんだよな。
だが、I・アイランドのファン達はそんな様子はない。
I・アイランドの状況を考えると、別にここに住んでいる者達だけではなく、俺達のような観光客も多いと思うんだが。
まぁ、そういう質の高いファンだけだったのは、運が良かった、あるいはオールマイトの人徳という事にしておこう。
「ケロ、本当に緑谷ちゃんがいるわ」
オールマイトのファンがいなくなったところで、ようやくしっかりと緑谷の姿を確認出来る。
もっとも、あれだけの人だかりに巻き込まれた緑谷は、こう……ボロボロ? ズタボロ? そんな表現が相応しい様子になっていたが。
そう思ったのは、どうやら俺だけではなかったらしく……
「うわぁ……緑谷君、かなり酷い状態じゃない?」
葉隠が哀れみすら込めた様子でそう言う。
いや、そう口にしたのは葉隠だったが、俺を含めた他の面々も緑谷の様子を見て同じように思う。
そんな中、動こうとしたのは当然のように麗日。
ボロボロになった緑谷を助けようと、あるいは介抱しようと歩き出したところで、ピタリと足を止める。
「麗日?」
不自然なまでにピタリと動きを止めた麗日を疑問に思い、そう声を掛ける。
だが、足を止めた麗日の視線は声を掛けた俺に向けられることはなく、ましてや掛けようとした緑谷に向けられたのでもなく……『おじさまー』と言いながら近付いてくる女に向けられていた。
あれは……何だったか……えっと……ああ、ホッピング? そうそう、ホッピングとかいうジャンプする運動器具? 玩具? とにかくそんなのに乗って、ピョンピョンと跳ねながらオールマイトと緑谷のいる方に向かって移動している女がいた。
ホッピングに乗っているだけであれば、麗日もそこまで気にはしなかっただろう。
だが、眼鏡を掛けた金髪美人で、身体付きもヤオモモには劣るがそれに次ぐ三奈くらいには女らしいスタイルを持つ人物であるというのが、麗日には問題だったのだろう。
とはいえ、その金髪の女が口にしたのは『おじさま』であり、それはオールマイトに向けられている言葉なのは間違いない。
もしこの状況で実はその言葉がオールマイトではなく緑谷に向けられていたら……うん、それは一体何がどうなって緑谷が同年代? あるいは年上か? ともあれそんな女に『おじさま』と呼ばれているのかが気になるところだ。
……まさか、緑谷の趣味とか性癖とか、そういうのはないよな?
そんな風に思ったら、ホッピングを使ってジャンプしてきた女は、そのままの勢いで……空中でホッピングを乗り捨て、オールマイトに突っ込んでいった。
オールマイトの方も、そんな女を余裕で受け止める。
どうやらやっぱりあの女が『おじさま』と呼んでいたのはオールマイトだったらしい。
それを察したのか、先程までは微妙に怖そうな雰囲気を発していた麗日も、大分落ち着いた様子を見せる。
……これを見れば、麗日が一体緑谷をどのように思っているのかは、すぐに分かりそうなものなんだけどな。
これでも本人に自覚がないというのは……どうなんだ?
原作で緑谷と麗日の関係がどんな風に進んだのか、ちょっと気になるな。
麗日の様子が少し落ち着いたのを見ながら、そんな風に思う。
思っていたのだが……オールマイトに抱きついた金髪の女が地面に下ろされると、緑谷とやり取りをしている。
ただ……何だろうな、その距離が近い。
「羨ましい」
ポツリとそう口にしたのは、瀬呂。
あの金髪の女が瀬呂の好みだったのか、それとも好み云々以前に金髪美人というだけで緑谷が羨ましいのか。
「ふぅん」
ビクリ、と。
麗日の口からそんな声が漏れると同時に、瀬呂がビクリと動きを止める。
勿論、麗日のその今の言葉は瀬呂に向けてのものではないだろう。
だが、それでも瀬呂は麗日の放つ何か……そう、殺気でもなく闘気でもなく、何かとしか言いようがないものを察し、言葉には出せなかったのだろう。
耳郎が耳郎さんになるのとも、また違う……本当にどのように表現すればいいのかちょっと分からない、そんな麗日の様子。
とはいえ、だからといってそれについて何かを言ったりしようものなら、とばっちりがこっちに来そうなので、黙っておく。
その間も、緑谷と金髪美人は仲良く話しており……ズシャリ、と。
そんな音を立てながら麗日が足を進める。
いや、ズシャリというのはあくまでも俺がそう感じただけなのかもしれないが。
そのような幻聴が聞こえてもおかしくはないように、歩を進める麗日。
俺達に出来るのは、ただそんな麗日を見送り、緑谷の無事を祈る事だけだった。