雄英を出発してから約1時間後……俺達は停まったバスから下りていた。
下りていたのだが……
「何だ、ここ?」
誰かがそう言う声が聞こえてくる。
その声の内容は俺にとっても十分に理解出来た。
普通なら、バスで移動中に停まるとなれば、サービスエリアとかそういう場所だろう。
実際、相澤が出発直後に1時間後に停まるという話をした時、俺はてっきりサービスエリアに停まるのだとばかり思っていたのだから。
サービスエリアには、場所にもよるが名物料理があったりするので、それを楽しみにしていたのに、停まったのはサービスエリアの類ではなく、普通の……下に森のある高台的な? そんな感じの場所だった。
「トイレ、トイレはどこだよ……」
峰田が股間を押さえながらそう言ってるのが聞こえてくる。
出発してまだ1時間なのに、もうトイレに行きたいのか?
普通ならバスに乗る前にトイレに行っておいたりするものだと思うんだが。
「というか、B組はどこだ?」
峰田から視線を逸らして周囲を見るが、この高台にあるバスは俺達が乗ってきたバスだけで、B組が乗っているバスはない。
他にも車が1台あるが……何なんだろうな?
「アクセルさん、私……微妙に嫌な予感がするのですけど。気のせいですかしら?」
ヤオモモが俺の隣に立って、そう言う。
ヤオモモも何度か相澤の合理的虚偽に騙されてきた経験を持つ。
それだけに、このような状況は間違いなく何かがあると、そう思ったのだろう。
そんなヤオモモの声が聞こえたのか、それとも偶然なのか。
とにかく相澤が口を開く。
「何の目的もなくでは、林間合宿の意味が薄いからな」
一体どういう意味だ?
俺とヤオモモ、他にも今の相澤の言葉を聞いた何人かが、説明を求めるようにして相澤に視線を向けるが……そのタイミングを待っていたかのように、バス以外に存在していた1台の車の扉が開く。
「よーう、イレイザー」
そう嬉しそうな声が聞こえると、相澤は頭を下げて『ご無沙汰してます』と言う。
あの相澤がこういう態度を?
そう疑問に思い、声を掛けてきた相手に視線を向ける。
そこにいたのは2人の女。正確にはもう1人子供もいたが。
とにかくその2人の女がA組の面々の視線を集めたのを理解したのか、不意にポーズを取る。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
『ワイルド・ワイルド……プッシーキャッツ!』
うーん、これ、何というか、うーん……
いやまぁ、こういう名乗り? 名乗りって言ってもいいのか? とにかくヒーローぽいっていうか、特撮っぽいのは子供に人気だったりするので、そういう意味ではプロヒーローとして悪くはないのか?
もっとも、この場にいる子供は若干呆れの視線を2人に向けているが。
プッシーキャッツという名称からも分かるように、猫をモチーフにしたヒーローコスチュームを着ているな。
手には猫の手を模した手袋……いや、寧ろ着ぐるみの手の部分だけ? そんな感じの奴を装備しており、頭部には何だ? 猫耳を模した……スピーカーか何かか? そんなのを2人揃って装着している。
他のコスチュームも、大体が同じで色だけが赤と青で違う。
そして……最近のヒーローコスチュームの流行と言うべきか、2人揃ってヘソが出ていた。
……いや、これ流行か?
俺の知ってる限りだと、今の流行というのはピッチリとした身体のラインを強調するようなタイプのヒーローコスチュームだと思うんだが。
とはいえ、2人共揃ってかなり顔立ちの整っている美人だ。
もっとこう……大人っぽいヒーローコスチュームにしていれば……いや、本人にしてはそういうのと関係なく、自分のポリシーに従ってこういうヒーローコスチュームを着ているんだろうな。
「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」
そう相澤が説明すると、オールマイトオタクだけではなく、ヒーローオタクである緑谷が即座に口を開く。
「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意としているベテランチームだよ! キャリアはもう今年で12年になる……」
「心は18!」
緑谷に最後まで言わせず、青いヒーローコスチュームを着ている女が、猫の手の肉球で緑谷の顔に叩き付ける……というか、年齢を口にさせないようにしようとする。
とはいえ、緑谷が言うように12年のベテランとなると、もし高校卒業直後にサイドキックとかの経験もなしにプロヒーローとしてやっていたという最速の状況でも30歳になる訳か。
女にとって30歳というのは大きな意味を持つ。
それはプロヒーローであっても変わらないのだろう。
「つまりミッドナイトと同年代……っと」
「心は18! ……へぇ」
緑谷の言葉から年齢について口にしようとしたところで、青いヒーローコスチュームの女が緑谷に続いて俺に肉球を叩き付けようとしてくるが、それを回避する。
青いヒーローコスチュームの女は、まさか自分の一撃を回避されるとは思わなかったのか、驚きの声を上げる。
「君、知ってるよ。体育祭は見ていたし、ステインの動画も見たし」
どうやら向こうは俺の事を知っていたらしい。
ステインと動画では俺はヒーローコスチュームを着ていたんだが……まぁ、ネットではあっさりと正体を見破られていたしな。
「喜んで貰えたようで何よりですね」
「ほら、いい加減にしなさい」
赤いヒーローコスチュームを着た女が、青いヒーローコスチュームを着た女を窘めるように言う。
その言葉に青いヒーローコスチュームの女は、その声に俺から離れ……緑谷の方に行き、『心は?』と聞かれ、緑谷は『18』と答えていた。
……うん。やっぱり俺が予想していたよりも年齢に強い拘りを持っているらしい。
その年齢が何故18歳なのかは分からないが。
そんな相棒に呆れの視線を向けた赤いヒーローコスチュームの女は、小さく息を吐いてから下に見える森……正確にはその先にある山を指さす。
「あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」
『遠っ!?』
何人もが、思わずといった様子でそう叫ぶ。
いやまぁ、実際に遠いのは間違いないしな。
しかも林間合宿に参加するプロヒーローがこうしてここで待っていたという事は、偶然ではないだろう。
そして相澤の存在を考えると……
1学期を通して相澤の性格を知っている者達は、俺と同じ予想をしたのだろう。
何かを誤魔化すように口を開く。
「いやいや……」
「バス……戻ろうか。な? 早く。あんなに遠い場所に行くんだし」
砂藤と瀬呂がそれぞれ言うが、赤いヒーローコスチュームの女はそれを無視して言葉を続ける。
「今は午前9時半。早ければぁ……12時前後かしらん」
「駄目だ……おい」
「戻ろう!」
切島と三奈がそれぞれに言い、その言葉に従って多くの者達がバスに向かうが……俺は特に行動せず、やり取りを見守る。
「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「悪いね、諸君。合宿はもう……始まっている」
赤いヒーローコスチュームの女に続き相澤がそう言い、それが合図だったかのように青いコスチュームの女が地面に触れると、次の瞬間には高台の土が溢れ……それこそ津波や土砂崩れ、もしくは土石流といった表現が相応しい形でA組の生徒を地上に向かって流していく。
……瞬動を使って相澤やプッシーキャッツの2人の後ろに回り込んでいた俺以外は、だが。
「私有地につき、個性の使用は自由だよ! 今から3時間! 自分の足で施設までおいで! この……魔獣の森を抜けて!」
赤いヒーローコスチュームの女が、そう叫ぶ。
「……で、お前は何でそこにいるんだ?」
「え?」
「ちょ……」
やりきったといった様子で赤いヒーローコスチュームの女が汗を拭いたところで、相澤が俺に視線を向け、そう言ってくる。
そんな相澤の言葉に、他のプッシーキャッツの2人が始めて俺の存在に気が付いたらしい。
「いやまぁ、そう言われても……いきなりの攻撃……攻撃? とにかくそんな感じだったので、半ば反射的に」
「うわぁ……本当に将来有望……」
「そうね。全く気が付かなかったわ」
俺の言葉を聞いたプッシーキャッツの2人は、驚きと共に視線を向けてくる。
とはいえ、俺にしてみれば別にそこまで驚くような動きではなかったりするのだが。
「いいから、お前も行け。……ああ、だが、そうだな。アクセルが他の連中と協力すると、簡単になりすぎるか。お前は他の連中と協力せず、1人で合宿施設まで向かうようにな」
「え? ちょ……イレイザー? 1人ってのはちょっと厳しすぎるんじゃない?」
「大丈夫ですよ、お二人も知ってるでしょう? このアクセルは現時点においてヒーロー科1年のトップ……いえ、場合によっては雄英のヒーロー科全てを合わせてもトップかもしれない生徒です」
「……本当に本気で将来有望?」
うわ、相澤の言葉を聞いた青いコスチュームの女が、俺に視線を向けてきた。
いや、ただ視線を向けてくるだけなら俺としても構わないとは思うんだが、その目が獲物を見る目であるのがちょっと。
「ほら、行け。お前がいるとピクシーボブが危険だ」
相澤がそう言い、青いコスチュームの女を見る。
緑谷に対して心は18と熱弁していた方の女だが、どうやらそっちがピクシーボブらしい。
「その危険って……いえ、まぁ、分かりました。じゃあ、行きますね」
正確にはどちらが危険なのかちょっと分からなかったが、その辺りについて深く話を聞くと、それはそれは不味いような気がしたので、森に向かって飛び降りる。
……何だか後ろでピクシーボブが今から唾を付けておくとか何とか言っていたが、もう1人の女に止められている。
うーん、俺が見た感じピクシーボブは間違いなく美人だ。
年齢を気にしてはいるが、そこまで焦るような必要は……いやまぁ、そういうのは他人が何かを言っても意味はないんだよな。
そんな風に思いつつ、地面に着地する。
「おわっ! アクセル? お前、いないと思ったら……」
瀬呂が俺を見て、そう言ってくる。
とはいえ、俺の視線はそんな瀬呂ではなく、少し離れた場所に土の塊に向けられている。
「あれは?」
「あれは土で出来たモンスターだよ。魔獣の森だっけ? まさに言い得て妙だよな」
「おら、ヒモ野郎! てめえ……一体何をゆっくりしてやがるんだよ! 1人でサボってるんじゃねえ!」
瀬呂の言葉に続けるように、爆豪がそう叫ぶ。
なるほど、ピクシーボブがさっき土石流によって高台からA組の面々をこの森……魔獣の森? に落としたが、そう考えるとこのモンスターはピクシーボブの個性によるものなのかもしれないな。
あるいはもう1人の、赤いヒーローコスチュームの女の個性かもしれないが。
「悪いな。攻撃されたと思った瞬間には反射的に回避してたんだよ」
「ぐぎぎぎぎぎ」
俺の言葉に、爆豪は悔しそうに歯ぎしりをする。
ああ、今の言い方だと爆豪は突然の攻撃に対応出来ずに流されたって、そう聞こえたのか。
そんなつもりはなかったんだが。
そう思っていると、ヤオモモが近付いてくる。
「アクセルさん、これから皆で合宿施設に向かう事になったのですが」
「悪いな、ヤオモモ。相澤からの指示で俺はお前達と一緒に行けない」
「まぁ……それは……残念ですね」
「ああ? てめえ、1人だけで行動するつもりなのか? ふざけ……」
「相澤からそういう風に指示されたと言っただろ?」
「ぐっ……」
再び爆発しそうになった爆豪だったが、俺の言葉に何も言い返せず、黙り込む。
爆豪にしてみれば、悔しいが実際に自分はピクシーボブの個性に反応出来なかったので、言い返したくても言い返せないのだろう。
この辺りは爆豪も素直だと思う。
自分の実力不足で俺と違う対応をされていると、十分に理解しているのだろう。
「そんな訳で、他の面々に対しても悪いけど、俺は1人で行動させて貰う」
恐らく……本当に恐らくだが、本来ならこの魔獣の森を移動する中で他の生徒達と協力し、連携するのを鍛えるとか、そういう目的ではあるんだろうが……そこに俺がいないというのはどうなんだ?
いやまぁ、相澤が言っていたように俺が他の面々と一緒に行動すれば、魔獣の森の難易度は一気に下がる。
そうなると合宿の目的を果たすのは難しいと考え、相澤は俺に向かって1人で行動するように言ったのだろう。
別にそれは、そこまでおかしくはない。
そもそもの話、期末テストの実習試験において他の生徒は2人1組でそれぞれ教師と戦ったのに、俺の場合は俺1人で教師全員……それどころか、飛び入りでミルコまでやって来ての試験となったしな。
そういう意味では、俺だけが特別扱い……悪い意味でだが、とにかくそういう扱いをされるのは容易に予想出来た。
「えー……アクセル君は別行動なの? 残念」
葉隠の残念そうな声を聞きつつ、俺は軽く手を振る。
「悪い。じゃあ……先に合宿施設で待ってるから、頑張れよ」
そう言い、俺は地面を蹴って周辺の木々よりも高く跳び、合宿施設のある方に向かって虚空瞬動で跳ぶのだった。