どさり、と。
ピクシーボブが地面に倒れ込む。
いや、正確には倒れ込むというか、尻餅をついたといった表現の方が正しいか。
「はい、終わり」
「……ちょっと、イレイザー。この子本当にヒーロー科の生徒なの? っていうか、本当に個性は使ってないんだよね?」
尻餅をついた状態で、ピクシーボブが離れた場所で昼食を食べる時に使ったテーブルに置いた書類を見ていた相澤に向かって不満そうに言う。
後半は俺に対してだったか。
「さっきも言ったと思いますが、アクセルは純粋な実力だけなら既にプロヒーローとしてやっていけるだけのものがあります。常識や知識面が若干微妙ですが」
相澤がそう返し、それに俺が続くように口を開く。
「個性は使ってないですよ。素の身体能力を使っての格闘技です」
もっとも、俺の場合は混沌精霊という個性を持っていることにしてはいるが、実際には個性ではない。
こうして普通に身体を動かしているだけでも混沌精霊であるのは間違いなく、そういう意味では俺が個性を使っていないというのは嘘になる。
とはいえ、大分力を抑えて戦っているので、そういう意味では今の言葉はそう間違っている訳ではないのだが。
既に午後2時を回っている。
昼食を食べ終え、休憩し……午後に自主訓練という形で、俺はピクシーボブやマンダレイと生身の模擬戦を行う事になった。
ピクシーボブやマンダレイは、実力のあるプロヒーロー……それこそ雄英の林間合宿に協力するくらいには実力のあるプロヒーローだ。
その辺のプロヒーロー……有象無象の連中とは比べものにならないだけの実力がある。
あるのだが、それでも俺にしてみれば、誤差でしかない。
そんな訳で、以前龍子の事務所にいた時、龍子やねじれ、優といった面々とやったように、個性を使わない模擬戦をしていた訳だ。
俺の全戦全勝だったが。
「……凄いわね。本当にまだ生徒なのにこれだけの実力があるなんて。……ねぇ、アクセルだったわよね? インターンで私達のとこに来るつもりはない?」
尻餅をついているピクシーボブにスポーツドリンクを渡しながら、マンダレイが俺にそう聞いてくる。
インターンというのは、俺も知っている。
ねじれが龍子の事務所で働いているような感じの奴だ。
「うーん、多分リューキュウの事務所になると思います」
「あら、なんで? 職場体験の時にリューキュウの事務所に行ったのなら、インターンでは別の事務所に行くのもありでしょう?」
そう言い、マンダレイは俺にもピクシーボブに渡したのと同じスポーツドリンクを渡してくる。
「あー……その……相澤先生?」
「構わん」
書類を見ながら、そう返してくる相澤。
どうやら俺が何を聞きたいのか、既に分かっていたらしい。
そんな俺達のやり取りを見て不思議そうな表情を浮かべるピクシーボブとマンダレイ。
ピクシーボブの方は、既に立ち上がり、マンダレイの隣で俺に視線を向けていた。
相澤の許可も貰ったので、俺は事情を説明する。
「簡単に言えば、俺は個性事故の影響で色々とあって、現在は龍子が俺の後見人になってるんですよ」
「……龍子?」
「あ、すいません。リューキュウです、リューキュウ」
いつも龍子と呼んでいるし、話の流れからも龍子という本名の方が慣れていたのもあって、つい龍子と呼んでしまったのに気が付き、そう言い直す。
「へぇ……龍子、ねぇ」
だが、ピクシーボブは今の俺の言葉に何があったのか、意味ありげにそう呟く。
「えっと……?」
「ねぇ、アクセル。もしかしてアクセルって女好きなの?」
「……は? えっと、なんでいきなりそんな話題に?」
いやまぁ、20人以上も恋人がいるのを考えると、女好きかと聞かれれば女好きだと答えるしかないだろうけど。
とはいえ、今の話の流れで何故そうなったのか、素直に疑問だ。
「だって、昼食の時にも言っていたでしょ? B組の子と、それも2人と良い感じだって」
「いや、それは……」
「で、今度は龍子。年齢的にもかなり年上でしょう?」
俺の本当の年齢はともかく、今の俺は15歳? 16歳? とにかく高1だ。
というか、俺の本当の年齢って何歳なんだろうな。
そもそもこのヒロアカ世界もそうだが、ゲートを設置してホワイトスターと固定をしないと、時差がある。
また、ホワイトスターにいたらいたで、外の1時間が中では48時間の魔法球とか普通に使っているし。
これで普通に年齢を重ねるのなら、それを見て何歳くらいと予想も出来るだろう。
だが、俺の場合は人ではなく混沌精霊だ。
ホワイトスターの面々と違い、時の指輪とかそういうのを抜きにして、素の状態で不老だ。
なら、精神年齢が変わるのかと言われると、それもそれで違う。
何と表現すればいいか……精神年齢についても半ば固定しているような感じなんだよな。
勿論、それも絶対という訳ではなく、今の10代半ばと20代の時では微妙に違っていたりするが。
精神年齢の件はともかく、今は龍子というのをどう誤魔化すかだな。
「俺は雄英に入学する前に龍子の事務所に居候してましたからね。後見人という事もあって、親しいんですよ」
「ふーん……それだけとは思えないけど。……ね? 年上好みなら、私もありじゃない?」
そう言い、色っぽい仕草をするピクシーボブ。
元々の顔立ちが整っているので、そういう仕草も様になっている。
もっとも、俺との模擬戦で土埃が付いていたりするのが、それを台なしにしているが。
とはいえ、ピクシーボブについても本気で言ってる訳ではないだろう。
半ば……というか、殆どからかっているらしい。
となると……そうだな。なら、以前美砂に教えられたのをやってみるか。
瞬動を使い、ピクシーボブに近付くと、その腰に手を伸ばして抱き寄せる。
10cm……いや、数cm程の距離で俺はピクシーボブの目を見る。
「え? ちょ……」
「ピクシーボブが本気なら、俺もその気になるけど、どうする?」
「……あ……え……?」
そっとピクシーボブの顔に自分の顔を更に近づける、
ピクシーボブは結婚願望は強いものの、このような行為には慣れていないのだろう。
顔全体が赤く染まり、潤んだ瞳で俺を見てくる。
……あれ? これちょっとやりすぎたか?
俺としてはピクシーボブが照れてパニックになるといった行動を期待していたのだが、まさかこんな反応になるというのは予想外だった。
「えっと……ピクシーボブ?」
「……っ!?」
俺が美砂から以前教えて貰った態度を止めてピクシーボブにそう声を掛けると、それでようやくピクシーボブも我に返ったのだろう。
俺から離れようとし……だが、ピクシーボブの腰には俺の手が回っていたこともあってか、動けない。
「ちょ……アクセル、手、手!」
そんなピクシーボブの言葉に、その腰から手を放す。
するとピクシーボブは数歩後ろに下がり、上下左右、色々な場所に視線を向ける。
うん、このピクシーボブの様子を見ると、やっぱり男女関係については疎いというか、あまりそういう経験がないのだろう。
男に言い寄るというか、挑発をするというか、そういう事をする割にはな。
いやまぁ、人によってはそういうのがいいと主張する者もいるかもしれないが。
「この……女誑し」
驚きからか、それとも照れからか、羞恥からか……とにかくピクシーボブはまだ微妙に潤んだ視線を俺に向け、そう言ってくる。
「まぁ、クラスメイト……爆豪にはヒモ野郎とか言われてますけどね」
「……ヒモって……まぁ、うん。それはそれで悪くないかも?」
おい?
何でヒモ野郎というので、微妙に気になった様子を見せる?
そう思ったものの、もしかして……というのもある。
以前、エリナだったか、ミナトだったか……ちょっと忘れたのだが、仕事の出来る女の中には、自分がこの男を助けなければと思う、駄目な男を好きになる者がいるらしい。
ダメンズ好きとか何とか。
これは仕事が出来て自立した女にそういう傾向があるらしいんだが……そこでピクシーボブを見る。
「……何よ?」
先程の影響もあってか、そっと視線を逸らしながらそう言ってくるピクシーボブ。
ヒーロービルボードチャートにおいても、トップ10には入らないが、かなり上位に位置しており、ヒーローの中でも間違いなく上澄みだろう。
チームとしてだけではなく、個人としても土を操ってモンスターを生み出したり、土石流を生み出したりと、かなり強力な個性だ。
その上で、見た感じだと恋愛に強い興味はあったものの、学生時代はヒーローになる為に一生懸命で、高校――あるいは大学かもしれないが――を卒業してからは仲間と共に作ったヒーロー事務所を盛り上げるのに必死だった。
つまり、ピクシーボブ本人は恋愛に強い興味を抱きつつ、30歳になってしまったと。
……うん、ダメンズ好きになる条件は見事に満たしているように思える。
とはいえそれはあくまでも俺がそのように思っているというだけであり、実際にそうだとは限らない。限らないのだが……今の一連のやり取りで俺を意識しているっぽいのを見ると、当たらずとも遠からずといった感じのように思える。
あるいは、美砂が用意……設定? そんな感じで作ったあのシチュエーションがピクシーボブに見事にヒットしただけなのかもしれないが。
ただ……うん。ぶっちゃけ、このままピクシーボブを押せば口説けてしまいそうな気がするのがちょっとな。
これぞまさにチョロインと呼ぶに相応しい。
もっとも、そういう意味では茨は特に口説いたりとかしていないにも関わらず俺に心酔している訳で、チョロインどころじゃない話なんだが。
チョロインよりもチョロいヒロインって、どう表現すればいいんだろうな。
……あ、いや。でも茨は別に男女間の好意を俺に抱いている訳ではないのか。
茨が俺に抱いている気持ちは、あくまでも信仰心だ。
その信仰心が強い、強すぎる為に身も心も俺に捧げると常日頃から言っており、だからこそ俺が抱かせろと言えば一切の躊躇なくそれを受け入れる訳で。
恋心と信仰心では、似ているようで大きく違う。
字面とかそういうのを見る限りだと、とてもではないが似ているとは思えないんだが。
「ちょっと、何よ。何か言いたい事があるのなら、しっかりと言いなさい」
俺の視線に何かを感じたのか、ピクシーボブが不満そうな様子で言ってくる。
「えっと……ピクシーボブが誰かと付き合うような事になったら、ピクシーボブだけでその相手を判断するんじゃなくて、マンダレイとかに見て貰ってからの方がいいと思いますよ」
「……それ、私の男を見る目が信用出来ないっていう事?」
そうだ。
そう断言したいところだが、もしそういう風に言ったら恐らく……いや、間違いなくピクシーボブは怒るだろう。
とはいえ、幾ら美砂プロデュースのヒモ系の台詞や態度だったからといって、今のピクシーボブが俺を意識してしまっているのは間違いない。
そうなると、やはりピクシーボブの男を見る目というのは……うん。
これが一般人とヴィランを見極める目とか、そういうのだったらプロヒーローとしての経験から得意かもしれないけど。
「あくまでも俺から見た限りでは、そういう風に見えたってだけです。……ちなみに、マンダレイはどう思います?」
「え? ちょっと、ここで私に話を振るの?」
まさか自分がそのように言われるとは思っていなかったといった様子で、マンダレイが言ってくる。
何でこの流れでマンダレイに話を振らないと思ったのか。
ピクシーボブがいいなと思った相手は、そっち方面では焦っていないマンダレイに頼むのがいいという俺の考えは、そう間違っていないように思える。
あくまでもそう俺がそう思っているだけで、もしマンダレイが表には出していないものの、ピクシーボブと同じくらい結婚に焦っているのなら話は別だが。
「俺が見た限りだと、マンダレイは落ち着いて、冷静に判断出来そうですしね」
「……え? そう」
マンダレイにとって俺のその言葉が意外だったらしい。
もっとも、それは悪い意味ではなく、良い意味での意外だったようだが。
「そう思いますよ」
「ちょっと、私を口説いたと思ったら、今度はそっち?」
そして何故かピクシーボブがジト目を向けてくる。
いや、別にマンダレイを口説いている気はないんだが。
「そう言えば……これは独り言ですが、アクセルは特に用事がない日は毎日のように放課後にクラスの面々や知り合いと一緒に自主訓練をしてるんですが、その時は当然ながら教師が一緒にいます。そして何故かアクセルが希望する教師は、毎回のようにミッドナイトでしたね。あくまでも独り言ですが」
独り言であると2度も言って強調する相澤だったが、その内容を聞いたピクシーボブは、俺に意味ありげな視線を向け……
「ふぅん」
短くそう言い、個性を使って土のモンスターを生み出すのだった。