豪華な……そして非常に満足出来る食事も終わると、すぐに風呂に入る事になった。
今日の午前中には合宿施設に到着してゆっくりとしていた俺はともかく、他の面々は魔獣の森を移動した事もあり、疲れ切っている。
また、空腹から食事を先にしたが、全員が汗や土埃でかなり汚れていた。
本来なら風呂に入った後に食事……という流れの方が良かったのだろうが、そうなると疲れから食事をする前に寝てしまう者がいるかもしれないというのが相澤の判断だったのだろうし、実際に俺もその判断は間違っていないと思う。
「ちょっ、おい、アクセル……何だよその凶悪なブツは」
上鳴が風呂に入ってきた俺を見て、驚きと共に言う。
何について言ってるのかは分かる。
タオルとかそういうのを巻かないで風呂場に入ってきたしな。
何しろ、この合宿施設の風呂は露天風呂だ。
外に設置されているこの露天風呂だけに、何気に楽しみにしていた。
だからこそ、タオルを腰に巻くといった無粋な事はしたくなかった。
「気にするな、個人差もあるしな」
「いや、その黒光りしたエグいのは……俺、自信なくすよ。ウェイ……」
「おい、自信をなくするのはいいけど、風呂の中で個性を使うなよ!?」
湯船に浸かっていた瀬呂が、慌てた様子で言う。
まぁ、瀬呂の気持ちは分からないではない。
上鳴が温泉の中で個性を使ったら、一体どうなるのか。
それは考えるまでもないだろう。
これで温泉の水が電気を通さない、いわゆる純水の類であれば話は別だったが、温泉のお湯が純水な訳もない。
そんな訳で、瀬呂が慌てるのは当然だった。
「おい、アクセル。お前は早く湯船に入れって。自信をなくする奴が続出するだろ!」
砂藤にそう言われ、俺は軽くお湯を浴びてから温泉に浸かる。
「ふぅ……」
夏の温泉というのも、悪くないよな。
……もっとも、ここは森の中にある合宿施設で、明かりもあり、夜だ。
当然ながら蚊とかそういう虫が結構いそうなんだけど……まぁ、その辺は俺には関係ないからスルーしておくか。
何しろ俺は混沌精霊だ。
俺を刺しても、痒くなったりはしないし、そもそもそれ以前に物理攻撃無効である以上、蚊が刺そうとしても意味はない。
そんな訳で、俺はゆっくりと温泉に浸かる。
「あー……うあー……気持ちいい……このまま眠ってしまいそうだ」
「切島君、温泉の中で寝たら死ぬぞ!」
切島の言葉に飯田がそう突っ込む。
実際、温泉の中で寝るというのは、かなり危険な事なのは間違いない。
特に今は、魔の森を抜けてきた疲れがあり、夕食で腹一杯になり、そんな中での温泉だ。
普通に考えれば、眠くなってしまってもおかしくはない。
とはいえ、飯田が頑張っているので大丈夫だろう。
いざとなったら助けるが……取りあえずその心配は必要ないらしい。
「まぁ、まぁ……飯とかはね、ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてるのって、そこじゃないんスよ。その点、分かってるんスよオイラぁ……」
そんな訳で温泉を楽しんでいると、不意に少し離れた場所にいる峰田の言葉が聞こえてくる。
何だかそんな峰田の言葉に嫌な予感を抱き、視線を向ける。
するとそこでは、峰田が壁の前に……女用の温泉と男用の温泉を隔てている壁の前に立っていた。
「求められてるのは、この壁の向こう側なんスよ」
再度聞こえてくる峰田の言葉。
峰田の言葉とその性格、そして峰田の個性を思えば……峰田が何を考えているのかは、容易に想像出来てしまう。
「おい、峰田。その辺にしておけよ。相澤がいる中で暴走したら、それこそ最悪の結果を招くかもしれないぞ」
だが、そんな俺の言葉を無視し……あるいは極限の集中力で壁の向こう側の様子を探ってでもいるのか、峰田は壁にぴったりと耳をつける。
「ホラ、いるんスよ……男女の入浴時間をズラさないなんて事故……そう、もうこれは事故なんスよ」
いや、自分から覗く気満々だろ。
そう思ったが、何を想像したのか、男湯の方にいる面々のうち、温泉に入ってるからではなく、想像した内容で顔を赤く染める奴が何人かいた。
まぁ、男子高校生だし、そういうのに興味があってもおかしくはないけど。
ただ、そんな中でも副委員長の飯田はその堅苦しい性格から峰田を止めようとする。
「止めたまえ、峰田君! 君がやろうとしている行為は、己も女性陣も辱める恥ずべき行為だ!」
「やかましいんスよ」
うわ、いつものように血の涙を流すとかそういうのではなく、まるで……そう、何かを悟ったかのような口調で飯田の言葉を一蹴してるな。
だが、次の瞬間にはその顔は気迫の……いや、欲望の籠もった顔となり、すぐにモギモギを手に、壁を登り始める。
「壁とは越える為にある! Plus Ultra!」
「速い!?」
「校則を汚すんじゃないよ!」
モギモギで壁を登っていく峰田を見て、さすがにこれは止めた方がいいだろうと思う。
もしかしたら飯田の言葉に素直に従うかもしれないと思っていたのだが、どうやら峰田の欲望は飯田の言葉で止めるといったことは不可能だったらしい。
仕方がない。なら、止めるか。
そもそも壁があっても、ここは空だ。
壁の上を通ってこっちの会話は向こうにも聞こえている筈だろう。
別に小声で話していた訳ではないのだから。
ましてや、向こうにはイヤホンの個性を持つ耳郎がいる。
ここで峰田が壁を登っても、それを防ぐ方法は幾らでもある。
幾らでもあるが、実際にそこまでいくとさすがに相澤も峰田に罰を与える必要が出てくる筈だ。
その罰が具体的にどのようなものなのかは、俺にも分からない。
ただ、内申点的な問題で大きなマイナスとなるのは間違いなかった。
それは将来的にプロヒーローとなるのにも大きなマイナスとなるだろう。
……それ以前に、峰田が問題を起こしたということで林間合宿が中断されるといった可能性もある。
そんな訳で、鳥の炎獣でも生み出して峰田の邪魔をしようかと思ったが……
「あ、いらないな」
壁……正確には壁と壁の隙間に気配があるのを察知し、炎獣を生み出すのを止める。
そして峰田が壁を登り切ろうとした直前……壁からひょいっと子供が、マンダレイの従甥の洸汰が姿を現す。
「ヒーロー以前に人のあれこれを学び直せ」
その言葉と共に、トンと洸汰が峰田を押す。
峰田にしてみれば、欲望の暴走によって行動している最中だった。
ましてや、壁を登り切ったと思い、桃源郷が広がっていると、気を抜いたところでの一撃だけに、洸汰のような子供が押した程度の動きにも抵抗は出来なかった。
……いやまぁ、単純に峰田の身体が小さかったから耐える事が出来なかったのかもしれないが。
とにかくそんな訳で峰田の覗きは阻止され、これで面倒はなくなると安堵する。
だが、次の瞬間洸汰は何故か女子風呂の方に視線を向け……それを見た瞬間、驚きか衝撃か、その辺の理由は分からないが、とにかく洸汰も男風呂の方に向かって落下してきた。
即座に助けようかと思ったのだが、俺が行動するよりも前に緑谷と飯田が動き、洸汰と……そしてついでに峰田も助けるのだった。
「なぁ、アクセル。お前、峰田と仲が良かったよな? どうすればいいと思う?」
風呂上がり、もう寝るだけとなった時間。
いや、疲れから既に起きていられずに眠っている者もいるのだが、そんな面々をよそに、俺は合宿施設にある自販機に来ていたのだが、そこでは缶コーヒーを飲んでいる相澤の姿があった。
どうやら相澤は紅茶派ではなくコーヒー派らしいな。
紅茶派の俺としては残念ではあるものの、缶紅茶を購入する。
プルタブを開けて口を付けると……へぇ、缶紅茶としてはなかなか美味いな。
「どうすればいいって、やっぱり風呂の件ですか?」
「そうだ。今日はA組だけだったが、明日からはB組も合流する予定だ。その時に今日と同じような騒動を起こされるのはちょっとな」
B組は明日合流するのか。
魔獣の森を抜ける事が出来なかったのか、それともA組とは別の試練を課せられたのか。
魔獣の森に放されていたモンスターはピクシーボブの個性によって生み出された存在であるとすれば、土のモンスターはA組だけであってもおかしくはない。
「峰田も風呂の中で言ってましたけど、男女の入浴時間を同じにするというのはどうなんです?」
「……今日は疲れていたから仕方がないが、明日からはそうするよ。ただ、それでも峰田が覗く可能性があるんだよな」
相澤の言葉に、確かにと納得してしまう。
今日は同じ時間帯に風呂だったからという事で覗こうとした峰田だったが、峰田の性格……というか性欲を考えれば、同じ時間帯ではなくても何らかの理由をつけて覗こうとしてもおかしくはない。
それこそ一つ屋根の下だからとか、そういう理由をつけて。
峰田にとっては、まず覗くというのがあり、それを達成する為に無理矢理にでも理由を見つけるといった感じなのだから。
だからこそ、相澤が明日以降の心配をしてもおかしくはない。
「まぁ、一番無難なのは女子が風呂に入っている時は相澤先生が見張っているとかじゃないですか?」
ピクシーボブやマンダレイ、後はB組の方に行ってるらしいが、ラグドールとかは女なので、峰田と一緒にいると血迷った峰田に襲われる……いや、プロヒーローなんだし、ラグドールは分からないが、ピクシーボブとマンダレイなら今日模擬戦をやった限りだと生身でも峰田よりも強いし、襲われてもどうとでも対処出来るとは思うけど。
ただ、それでも峰田を大人の女と一緒にいさせるというのは、色々な意味で危険なのは間違いないし、相澤が見ておけるのならそっちの方がいいだろう。
「俺がか? それが一番いいんだろうが、こう見えて教師の仕事があるしな」
ああ、そう言えば。
俺は教師とかそういうのはやった事がないが、教師の仕事って場合によってはかなり過酷らしい。
雄英は日本でも最高のヒーロー科を有している高校だけに、教師の仕事も相応に忙しいだろう。
夏休み、冬休み、春休みといった学生が長期休暇の時も、教師は休みなど殆どなく仕事をしているというのを、何かで見た事があった。
別の世界での事なので、ヒロアカ世界でもそれと同じとは限らないが。
とはいえ、それでも相澤の様子を見ると忙しいのは間違いない。
勿論、それでも他に手がなければ、相澤が無理をしてでも峰田の対応をするだろうが……かといって、俺としても相澤を酷使させたいとは思わない。
となると……
「なら、こういうのはどうです?」
パチンと指を鳴らすと、俺の指が白炎と化し、そこから少し大きめの猫……具体的には普通の猫よりも大きい、イリオモテヤマネコくらいの大きさの炎獣が生み出される。
「女子が風呂に入っている時は、この炎獣に見張らせるとか」
「……期末テストの時に見せた奴か。だが……その炎獣というのは本当に大丈夫なのか?」
大きめの猫の炎獣を見た相澤は、少しだけ心配そうに言う。
まぁ、相澤はまだ炎獣について殆ど何も知らない。
そう考えれば、炎獣に任せて大丈夫なのかとそう思ってもおかしくはないだろう。
だが、そうして心配する相澤に対し、俺は問題ないと頷く。
「この炎獣はそれなりの自我を持ってますが、俺の命令には絶対服従です。……ピクシーボブが作った土のモンスターと似たようなものと思って貰えれば問題ないかと」
そう言いながら、俺は缶紅茶を持っていない方の手で猫の炎獣を撫でる。
すると猫の炎獣は俺に撫でられて嬉しそうな仕草をしてみせた。
「ね? こんな風に」
「……触っても問題ないのなら、どうやって峰田を止める?」
「その気になれば、温度も変えられますから、ちょっと熱いといったくらいには出来ますね。峰田と一緒に行動させて、覗きに行こうとした時は炎獣に止めて貰えば問題はないかと」
「……なるほど。随分と便利な個性だな」
「そう言って貰えると、俺としても嬉しいですね。それでどうします?」
「ブラドキングにも聞かないと分からないが、多分お前に頼むと思う。……ああ、そう言えば、お前は紅茶が好きなのか?」
「え?」
何故か唐突にそう聞いてくる相澤に対して戸惑うが、相澤がコーヒーを飲んでいるのに、俺が缶紅茶を飲んでいるから、そう聞いてきたのかもしれないな。
「そうですね。相澤先生はコーヒー派のようですけど、俺は紅茶派です」
「そうか。なら、もう1本買っていけ。お前の個性を頼りにするんだから、そのくらいはいいだろ。向こうの自販機に何種類かの紅茶があったし、どうせならそこから選んできたらどうだ?」
そう言い、俺に小銭を渡してくる相澤。
まぁ、そう言うのならという事でそっちの自販機に向かうが……
「あれ?」
そこにあるのは、ストレートティー、ミルクティー、アップルティーの3種類だけ。
相澤の言葉からすると、もっとあると思ったんだが……まぁ、いいか。
取りあえずアップルティーを購入し、相澤のいる場所に戻る。
奢って貰った以上、文句を言ったり出来ないしな。
そんな風に思って戻ると、そこには真剣な表情で猫の炎獣を見ている相澤の姿があった。
……あれ? もしかして猫好きなのか?
いや、以前に猫の炎獣を見た時も同じような感じだったか。