「アクセル、イレイザーが戻ってくるまで暇だし、少し手合わせをするぞ!」
相澤が森の奥に移動してからそんなに経っていないのに、ミルコが不意にそんな風に言ってくる。
「いや、いきなり何を言うんです?」
「……ああ、手合わせをする前にその辺について言っておかないとな。何だってお前はそんな気持ちの悪い話し方をしてるんだ? 以前はもっと普通だっただろう」
「気持ち悪いって……一応、今の俺は生徒ですし、当然でしょう。あの時はテストだったからああいう風になっていた訳で」
「いいんだよ。それで。私には以前のような話し方でいい」
「そう言われても……」
ミルコはそれでいいと口にしているものの、実際にその通りにした場合、恐らく……いや、間違いなく相澤に注意されるだろう。
それこそ場合によっては、反省文の提出とかそういう風になりかねない。
いやまぁ、目良と相澤の話次第では、場合によっては俺が雄英に通うといった事はなくなるかもしれないので、その辺についてそこまで心配する必要はないのかもしれないが。
「イレイザーには私から言っておく。だからその気持ち悪い話し方を止めろ」
「……まぁ、ミルコがそう言うのなら」
ミルコがここまで言うのなら、その辺は特に気にしなくてもいいのか。
これでミルコが何かを言っても、相澤が俺に注意をしてくるような事はない……と信じたい。
まぁ、目良が具体的にどこまで相澤に説明しているのかは分からないから、今の状態では何とも言えないが。
「ちょっと、ミルコ。それはずるくない?」
「あん? 何がだよ?」
俺とミルコが話していると、ピクシーボブが不満そうな様子でミルコに言う。
とはいえ、ピクシーボブもプロヒーローの中では上澄みなんだろうが、それでもミルコに比べるとどうしても劣ってしまう。
ミルコの場合は、上澄みどころか文字通りの意味でトップクラスの1人だしな。
「だから、言葉遣い! 何でミルコだけ普通の言葉遣いをするのよ。おかしいでしょ?」
「おかしいって……何がだ? 私はそういう風に思ったから今のように言っただけだぞ。お前もそうしたかったら、言えばいいだろ」
「だーかーら! 今のこの状況でそんな事を言える筈がないでしょ!」
騒ぐピクシーボブ。
ミルコもそうだが、プッシーキャッツの面々も俺が色々な意味で怪しいと思い、相澤からの要望で最悪捕らえようとしていたのだ。
そういう意味では、ピクシーボブにしてみれば今の状況で俺と気楽に話しているミルコの存在が理解出来ないのだろう。
とはいえ、俺としてはそこまで気にしなくてもいいと思うが。
何しろ、もし相澤が俺を捕らえようとしても、実際にそれは無理なのだから。
何しろ俺の混沌精霊は個性という事になってはいるが、実際には個性ではない。
そうなると、ヴィランを相手にして致命的な個性である抹消も俺には何の効果もない訳で。
そうなると、俺を捕らえられる可能性は……まぁ ミルコに頑張って貰うといったところか?
「それはそれ、これはこれだろ。それにイレイザーの様子を見る限り、お前が考えているような事にはならないだろうし」
「ううう……」
ミルコの言葉に、ピクシーボブが反論出来ずに黙り込む。
実際のところ、そこまで簡単な話ではなかったりするんだが……まぁ、その辺については俺がどうこう言ったところで意味はない。
何がどうなるのかは、それこそ実際にその時になってみないと分からないのだから。
「それに、お前も羨ましかったら、アクセルに頼めばいいだけだろ」
「そう言っても……私にも立場が……唾を付けるにも……っていうか、そもそもミルコだってアクセルよりも年上なんでしょ! なら……」
「年齢が何か関係あるのか?」
「うぐっ……」
ミルコの言葉に、分かりやすくダメージを受けるピクシーボブ。
まぁ、本人は30歳を超えてしまった事で結婚を焦っているらしいしな。
そんなピクシーボブに比べ、ミルコは結婚願望とかそういうのはない、あるいはあってもかなり低いように思えるし。
この辺は、個人の性格によって大きな違いなのだろう。
「それで、用件はもういいのか? なら、アクセル。早速手合わせをするとしようか」
そう言い、獰猛な笑みを浮かべるミルコ。
もっともミルコの場合は蹴りが攻撃のメインなので、手合わせというよりも足合わせといった方が正しいのかもしれないが。
「あのなぁ。今この状況で手合わせをしようものなら、間違いなく問題になるだろ」
現在、相澤が目良から諸々と事情を聞いているところだ。
そんな中でいきなり俺がミルコと手合わせを始めたりしたら、相澤は俺がこの状況から逃げようとしてミルコがそれを止めた……そんな風に考えてもおかしくはない。
そうなると、間違いなく問題になるだろうし、面倒な事になるだろう。
俺としては今のこの状況でそのような状況は絶対に避けたい。
「うるせええっ! 蹴らせろ!」
だが、ミルコは一体何をどう思ったのか、まるで暴君の如き言葉と共に地面を蹴る。
次の瞬間にはミルコは俺の目の前におり、既に蹴りが放たれる寸前だった。
おい、本当に何を考えている?
ミルコの性格からして、俺と戦いたがっているのは分かっていた。
分かっていたが、だからといってこうして問答無用で蹴り掛かってくるというのは、明らかにおかしい。
一体何がどうなってそんな気持ちになった?
というか、戦う積もりがない相手に問答無用で蹴り掛かってくるのって、プロヒーローとして問題はないのか?
そんな風に思いつつ、俺は素早く後ろに跳ぶ。
俺の目の前数cmの場所を、ミルコの足が通り抜けていく。
「ちょっ、ちょっとミルコ!? いきなり何してるのよ! あー、もう、皆でミルコを止めて!」
ピクシーボブ……ではなくマンダレイが、突然のミルコの行動に叫ぶ。
するとすぐに他の3人がミルコに向かうが……
「うるせえ! 蹴れば分かる!」
理解出来ない事を口にしながら、個性によるものだろう高い跳躍力で空中に跳ぶ。
いや、蹴れば分かるって……何だ、それ?
もしかしてミルコの足には、蹴った相手がどういう奴なのか分かるような、何らかの特殊な能力でもあるのか? もしくは、サポートアイテムか。
ミルコの事だから、野生の勘と言われても信じるけどな。
「えっと、マンダレイ? これはどうすればいいんですか?」
「……アクセルには悪いと思うけど、ミルコを捕らえてちょうだい」
「いいんですか? 俺は自分で言うのもなんだけど、色々と怪しい存在ですよ?」
「さっきのやり取りを考えると、その心配はいらないでしょう。……でも、そうね。それなら公の場じゃない時は、私にもミルコと同じような口調で喋ってくれると嬉しいわ」
……え? 今の流れで何でそうなる?
「ちょっと、マンダレイ!?」
マンダレイの言葉が聞こえたのか、ミルコを追おうとしていたピクシーボブが足を止めてそう叫ぶ。
まぁ、その気持ちは分かる。
何がどうなってそういう風に言ってきたのか、生憎と俺には分からない。
それはラグドールや虎も同じだったらしく、こちらも足を止めて不思議そうな視線をマンダレイに向けていた。
「ほら、それよりも早くミルコをどうにかしないと、イレイザーが戻ってきた時に面倒な事になるわよ」
「ちょ……この件は後できっちりと話すからね!」
ピクシーボブが何かを言いたいが言い返せない様子で叫ぶと、ミルコを探し始め……
「っと!」
「イチャついてんじゃねえっ!」
上から降ってきたミルコが、踵落としを放ちながら叫ぶ。
その一撃を回避し、どうするべきかを考える。
期末試験の時の重りを装備した状態とは違って、今日のミルコはハンデも何もない素のままの状態だ。
その速度は以前俺が模擬戦で戦った時と比べて明らかに上がっている。
上がっているが……それに対して何も出来ないのかと言われれば、それは否だ。
今のこの状態であっても、容易に対処出来るのは間違いない。
間違いないが、ここでミルコを倒したりしたら……それを相澤に見られるような事になったら、どうなるか。
考えるまでもなく、面倒な事になるだろう。
目良が色々と説明しているのに、それがご破算になりかねない。
そうなると、巡り巡って俺が希望しているスキルの空欄を増やすサポートアイテムの追加生産が難しくなる可能性が十分にあった。
何が困るって、ぶっちゃけこれが一番困る。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、あのサポートアイテムを使えばスキルの空欄を無限に増やせるかもしれないのだから。
そこまで俺に都合よくいかなくても、もう幾つかの空欄は入手出来る可能性がある。
俺にしてみれば、余程の事がない限り、それを逃す手はない。
……何しろ、俺のスキル欄が完全に埋まってから、一体どれくらい経った事やら。
最後に取得したスキルが気配遮断って事は、Fate世界での一件が最後か?
だからこそ、俺としては今、公安との協力関係を切る訳にはいかない。
まぁ、あのサポートアイテムを俺に渡すと言いながら、それを口実に俺をいいように使っているとか、そういう事でもあったら話は別だが。
とはいえ、公安も俺がどういう存在を知っている以上、そういう事はしないと思うが。
俺を雄英に入学させたのも、壁になって欲しいというのは正直なところだろうが、同時に好き勝手に暴れないで欲しいという思いからのものもあるだろうし。
そんな風に考えながら、踵落としからの連続蹴りを回避し続ける。
ミルコも、あくまでも狙いは俺だけらしく、マンダレイに蹴りが当たるようにはしていない。
マンダレイもプロヒーローの1人、その中でも上澄みでもある以上、ミルコの攻撃を回避するくらいは出来てもおかしくはないと思うんだが。
「いい加減に……蹴られろ!」
その言葉と共に頭部に向かってのハイキックが放たれる。
本来なら、ハイキックというのはどうしても動作が大きくなる為に隙が出来やすい蹴りだ。
だが、さすが蹴りの専門家と言うべきか。
ミルコの蹴りは普通なら……それこそ相応の実力を持つ者であっても対処するのは難しいだろう、そんな蹴りだった。
……その蹴りを回避するでもなく、防御するでもなく、受け止め、足首を掴んだが。
「ちぃっ!」
足を掴まれたと判断した瞬間、ミルコは掴まれた足を軸足にし、もう片方の足で俺に向かって蹴りを放ってくる。
だが、不安定な体勢で放った蹴りは、当然ながら十分な威力を発揮しない。
その辺のヴィランとかを相手にするのなら、十分な威力を発揮していたのは間違いないだろうが。
ただ、俺に放つには甘いとしか言いようがなかった。
空いている方の手でミルコが放ってきた蹴りを受け止め、ハイキックの時と同じようにしっかりと足を握る。
結果として、ミルコは両足を俺に掴まれた格好になり、頭を下に向けた状態で捕らえられた。
……ミルコは女として、そこまで背が高い訳ではない。
だが、その頭部からは個性によってウサギの耳が伸びている。
そのウサギの耳も含めると俺よりも身長が高くなり、結果として両足を掴まえられた今の状態では、その耳の先端が地面についていた。
「……で? これからどうすればいいんだ?」
「それを私に聞くのか?」
不満そうな様子でミルコがそう言ってくる。
まぁ、この状況でミルコにしてみれば、そのような事を自分に聞くなとでも言いたいのだろう。
とはいえ、ミルコを自由にすればまた攻撃してくるのだろうから、俺としてもミルコに好き勝手にさせる訳にはいかない。
そのまま数分、同じ体勢でいると……
「ね、ねぇ。アクセル。そのままだとミルコが苦しいんじゃないかしら?」
微妙に心配そうな様子でマンダレイが聞いてくる。
このままの状態でもいいような気がするのだが……
「ミルコ、どうする?」
「下ろすなら下ろせ」
そう言ってくる。
うん、取りあえずミルコはまだ反省が足りないようだし、もう暫くはこのままって事でいいだろう。
そんな訳で、ミルコはそのままにしておく事にする。
「それにしても……良かったわね」
不意に、ピクシーボブがしみじみとした様子でそう言ってくる。
「何がだ?」
「だから、アクセルの件よ、アクセルの件。本当に最悪の場合、私達がアクセルと戦わないといけなかったんでしょう? そういう事がなくてよかったと思って」
「そうね。昨日の模擬戦でも、私達2人掛かりでもアクセルに手も足も出なかったし」
「ほう」
マンダレイの言葉に、今までは黙って様子を見ていた……というよりも、寧ろ俺を警戒していた様子だった虎が興味深そうに呟く。
いやまぁ、うん。プッシーキャッツの中でも虎は最前線で戦う前衛だしな。
さっきの個性を伸ばす訓練の時も殴る蹴るとか言ってたし。
それだけに、近接戦闘には自信があるのだろう。
「何? おい、アクセル。なんでこいつらはよくて、私は駄目なんだ。納得出来ないぞ!」
俺にぶら下げられたままミルコが叫ぶも、俺は聞こえていない振りをしてプッシーキャッツの面々と話すのだった。