昨日と同じ……いや、ちょっと遅い、午後4時半くらいに今日の訓練は終わる。
そして当然のように、昨日と同じく料理を作る。
ちなみに昨日のカレーとは違い、今日はトンカツ、白身魚のフライ、エビフライ、唐揚げ……その他諸々の揚げ物だった。
カロリーを大量に消耗したヤオモモや男連中は喜んで食べていたものの、女子は喜んでいる者もいたが、微妙な表情の者もいる。
いやまぁ、その気持ちは分からないでもないが。
女子は体重や体型といったものを気にするだろうし。
とはいえ、揚げ物がメインではあるが、だからといって揚げ物だけって訳ではない。
野菜サラダは大量にあるし、それ以外にも野菜の煮物とそういうのも用意されている。
「上鳴ぃっ! 唐揚げにレモンはいいけど、自分が食うのだけにしやがれ!」
切島が取り分ける前の唐揚げにレモンの果汁を掛けた上鳴に怒声を浴びせる。
あー……ここでも出たか、唐揚げにレモン論争。
まぁ、切島が言うように自分が食べる分だけにレモンの果汁を掛けるのはいいんだが、取り分ける前にやるのはちょっとな。
まぁ、それでも昨日のカレー論争のように大きな騒動には鳴らなくてすんだが。
あ、でも白身魚のフライにソースを掛けるか、醤油を掛けるか、タルタルソースを掛けるかの論争は起こっているっぽい。
それだけではなく、ソースと一口に言っても、トンカツソース、中濃ソース、ウスターソースといったように何種類もあるので、それはそれで論争になる。
「どうせなら、昨日のカレーの時にこういう揚げ物が欲しかったよな」
「揚げ物ですの? カレーのトッピングとして、揚げ物はよくあるのですか?」
俺の隣のヤオモモが、呟いたのが聞こえたのかそう聞いてくる。
先程まではかなり夢中で食事をしていたヤオモモだったが、ある程度食べてどうやら落ち着いたらしい。
今は優雅に食事を続けていた。
とはいえ、まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。
ヤオモモとは学食で一緒に食べる事も多いが、その時に一緒に食べている誰かがカレーを頼む事は珍しくはないし、そのトッピングでトンカツを始めとした揚げ物をトッピングするのも、何度もあった。
そういう意味では、ヤオモモがそういうのを知っていても……覚えていてもおかしくはない。
というか、以前ヤオモモも学食でそういう風に食べていたような?
まぁ、もしそうだったとしても、林間合宿という事でその辺りについては忘れているのかもしれないな。
「ああ、カレーに揚げ物はよく合うぞ」
「私もそれは賛成。……ただ、美味しいだけにカロリーももの凄い事になるけど」
正面に座っている三奈が、しみじみといった様子でそう言ってくる。
まぁ、三奈の場合は運動が好きなので多少カロリーを取りすぎても、運動で簡単に発散させることが出来そうな気がするけど。
ダンスとか、今でもやってるらしいし。
「まぁ」
三奈の言葉に、ヤオモモがそんな声を上げる。
……もっとも、これが普通の女なら今の『まぁ』はマイナス方面での言葉だろう。
だが、ヤオモモの場合は嬉しそうな意味での『まぁ』だった。
ヤオモモにしてみれば、個性の関係上カロリーは少しでも多く摂取したいといったところなのだろう。
そんな風に食事を食べていると……
「ねこねこねこ。ご飯を食べ終わってお風呂に入ったら、今夜はクラス対抗肝試しをするよ。しっかり訓練した後は、しっかり楽しい事がある。ザ・飴と鞭!」
不意にピクシーボブが立ち上がり、A組とB組の生徒に聞こえるようにそう言う。
そんなピクシーボブの言葉に、それを聞いた多くの者達が喜びの声を上げていた。
飴と鞭とか露骨に口にしているものの、実際にこういうご褒美があると嬉しいのは間違いない。
……何人かは、喜ぶんじゃなくて震えていたりもするが……まぁ、うん。
多分そういうのが苦手な者達だろう。
具体的には耳郎とか。
ただ、林間合宿の思い出として考えれば、こういうのがあるのは、それはそれで楽しいと思う。
「耳郎、大丈夫か?」
少し離れた場所に座っていた耳郎に声を掛けると、それを聞いた耳郎は慌てたように口を開く。
「な、な、何が? ウチは別に何とも思ってないけど?」
弱みを見せたくなかったのか、あるいは単純に自分がお化けの類が苦手なのを知られるとからかわれるとでも思ったのか、耳郎はそんな風に言ってくる。
……言ってはくるが、それがかなり無理をしているというのは、耳郎を見れば明らかだ。
うーん、これ……本当に耳郎は大丈夫なのか?
まぁ、こういう肝試しというのは2人組でやるのが一般的だ。
そう考えれば、耳郎の組む相手によっては、その辺についてもどうにか出来る……と思っておけば、どうにかなる可能性は十分にあった。
いっそ、俺と組むのならそういうのは問題ないと思うけど。
何しろ俺の場合、肝試しで見る以上に酷いものを見てきたりしているしな。
……というか、もし耳郎に刈り取る者を見せたりしたら、どうなるんだろうな。
耳郎さんになってイヤホンを縦横無尽に振るうような光景しか想像出来ない。
ともあれ、そんな訳で食事が終わると後片付けをして、風呂に入る事になる。
例によって例の如く、峰田は昨日と同じように相澤の管理下に置かれていた。
相変わらず血涙を流し、自分にも自由をと叫んではいたが……まぁ、相澤に任せておけば大丈夫だろう。
「ふぅ……」
ざぶん、と。
湯船に浸かりながら、そんな声が出る。
……砂藤が『ああああああ』とか言ってるが、それはちょっと年寄りっぽくないか?
いやまぁ、今日の個性の訓練は昨日と同じように……いや、昨日よりも更に厳しかったし、砂藤が今のような様子になるのは十分に理解出来た。
もっとも、昨日よりも厳しかったものの、今日の夕食の時は昨日よりも元気はあったが。
この辺りは生徒達がまだ若いからというのもあって、それだけ慣れたからというのも大きいのだろう。
「アクセル、肝試しってそんなに面白いものか?」
お湯に浸かったまま近付いてきた轟が、そう聞いてくる。
その様子からすると、轟は今まで肝試しをする機会がなかったのだろう。
……もっとも、それを言うのなら俺だって肝試しはそこまでやった事がある訳ではない。
遊園地のお化け屋敷とかなら、まだ話は別なんだが。
「夏の風物詩ではあるな。こういう林間合宿の思い出としても、肝試しというのは定番ではあると思う」
もっとも、この辺りの知識は漫画とかそういうのを見てのものなのだが。
「なるほど。なら、楽しむか」
俺の言葉に納得したようにそう言う轟だったが、楽しむかという表現は、それはそれでどうなんだ?
いや、勿論楽しむという気持ちがあっての肝試しではあるから、轟がこうしてやる気になっているのは悪い事じゃない。
……それにしても、体育祭以降、轟もクラスに馴染んできたよな。
これも緑谷が頑張ったお陰だろう。
「楽しむって言っても、轟はお化けを見て怖がるとかそういう気持ちは分かるのか?」
ふと気になってそう尋ねたのだが、それに対して轟は何故か小首を傾げる。
あれ? これってもしかして……
「怖いのか?」
あ、やっぱり。
轟の様子を見る限り、どうやら幽霊とかそういうのは怖くないらしい。
そうなると、轟が肝試しをやっても面白くないような気がするんだが。
「アクセル、安心しろ」
「上鳴?」
「さっきのピクシーボブの言葉を忘れたのか? 肝試しはクラス対抗……つまり、相手を驚かせるのも重要なんだ。そういう面では、轟の個性はかなり便利だろ?」
そう言われると、なるほどと思う。
氷は冷たい空気を流すのに使えるし、炎は人魂とかそういうのに見せられる。
……まぁ、ぶっちゃけ人魂なら俺の炎獣でそれっぽい事も出来るんだけどな。
ただ、炎獣という名称通りにあくまでも獣……より広範囲だと鳥とか、もしくはユニコーンやペガサスのよう空想上のモンスターとか、そういうのも生み出せるのだが、人魂のような、何と言えばいいんだろうな。無機質? いやちょっと違うか。とにかくそういうのは炎獣として生み出すのは無理だったりする。
もっとも、それなら炎獣ではなく普通に白炎でやればいいんだが。
いや、白炎はその名称通り白い炎だ。
そうなると人魂のように見せても、俺の個性――という事になっている――によるものだとB組の連中にも理解出来るんじゃないか?
拳藤や茨なら、白炎について知っているし。
あるいはそれ以外の面々も何だかんだと白炎について知っていてもおかしくはない。
この林間合宿で、A組とB組は……男子もそうだが、女子はかなり仲良くなってるっぽい感じだしな。
元々、A組とB組の女子はそれなりに交流があった。
具体的には、拳藤や茨が俺と絡む事が多く、そして俺はA組女子の中心人物的な三奈やヤオモモと一緒にいる事が多い。
後は単純に、入試の時の一件でだな。
そんな訳で元々それなりに交流があったのが、林間合宿で一緒に行動するようになって、今まで以上に仲良くなった感じだ。
なら、男子はどうか……となると、女子とは違う。
鉄哲はそれなりにA組の面々と仲良くやっているものの、B組代表のアレな奴である物間が、A組に強い対抗心を持っていて、何かあれば煽ってくるんだよな。
もっともそうなるとA組代表アレな奴である爆豪が、物間の喧嘩を買ったりするのだが。
せめてもの救いは、もう1人のA組代表アレな奴である峰田は、物間が男であるという事もあってか、あまり興味を示さない事か。
これで峰田も物間や爆豪のやり取りに介入していたら、思い切り面倒な事になっているのは間違いない。
ともあれそんな訳で、男子は女子程にB組と仲良くはなっていないんだよな。
もっとも女子が仲良くなったのは、男子に比べて人数が少ないというのも関係してはいるんだろうけど。
そんな風に考えつつ、俺は風呂を楽しむのだった。
風呂から上がって動きやすい格好に着替えると、外に出る。
既に日も沈み、肝試しに丁度いい時間となっていた。
ただ、ここにいるのはA組の生徒だけだ。
B組の生徒はもう脅かし役として準備をしているのだろう。
もしかして、これってB組の方が有利じゃないか?
俺達の場合は、肝試しで俺達の順番が終わった後ですぐに脅かし役になる。
つまり、B組程に驚かす為の仕掛けとかそういうのを用意する時間はない訳だ。
これがクラス対抗であると考えれば……まぁ、その辺については相澤やブラドキングが考えた上でのものなので、何を言っても意味はないのかもしれないが。
「さて、腹も膨れた、風呂にも入った。お次は……」
『肝を試す時間だ!』
ピクシーボブのその言葉に、真っ先に反応したのは、三奈と上鳴の2人。
A組のムードメーカー的な2人だけに、それによってクラスの面々も楽しそうにし……
「その前に大変心苦しいが、補習組はこれから俺と補習の時間だ」
「ウソダロ!?」
うわぁ……本当に、うわぁ……
相澤の言葉に、肝試しを楽しみにしていた連中……その中でも特に肝試しを楽しみにしていた三奈の顔が、もの凄い事になっていた。
顔芸ってこういうのか……と納得するくらいに。
そんな顔の状態だったのもあってか、その口から出た言葉は片言だった。
うわぁ……いやまぁ、うん。それはそれでしょうがないと思わないでもないけど。
何て言えばいいんだろうな。こう……まさに、哀れとしか言いようがない。
まぁ、うん。三奈もそうだが林間合宿は非常に厳しい。
日中なんかは、本当に限界を超えて……それだけではなく、更にそこから限界を二度、三度といった具合に超えさせられている。
個性の訓練がそれだけ厳しいのもあって、そんな中でピクシーボブ曰く、飴と鞭の飴として用意されたのが肝試しだ。
だというのに、三奈を始めとした補習組の面々は補習をする必要があるのでその飴を舐める事が出来ない訳だ。
三奈が顔芸を披露するのも、分からないではない。
分からないではないが、だからといって俺はそれを止めようとは思わなかった。
厳しいようだが、補習になったのは三奈達の自業自得によるものなのだから。
……まぁ、バカレンジャーと呼ぶに相応しい連中はいたが、それでも座学の方で赤点がいなかったのは三奈もそれだけ勉強を頑張ったのは間違いないのだろう。
しかし……実技演習の方でミスをして赤点になってしまった訳だ。
ぶっちゃけこれは、ヒーロー科としては大きなミスだったのではないかと思う。
何しろヒーロー科である以上、やはり実際の動き方とか、判断力とか、そういうのが重要になるのだから。
そういう意味では、その辺りについて失敗した三奈達は今後の事を考えるとやはり補習を受けた方がいいのだろうと、そう思う。
……楽しみにしていた肝試しが出来ないのは残念ではあったが。
その辺りについては、林間合宿が終わった後で何かフォローすればいいだろう。
そう思いつつ、俺は相澤の捕縛布に拘束され、引っ張られていく三奈達を見送るのだった。