「あ……え……」
一瞬にして生み出された、百匹程の炎獣。
それを見た鉄哲が、何が起きているのか理解出来ないといった様子で声を上げる。
日中に行った個性を伸ばす訓練では、当然ながら鉄哲も炎獣を見ている筈だった。
いや、見ているどころか切島同様に個性を使った状態で炎獣に体当たりとかをされていた筈だ。
そういう意味では、鉄哲も炎獣は十分に見慣れていてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……それでも今のように何が起きているのか理解出来ないといった様子なのは、炎獣は炎獣でも日中に見た炎獣とは明らかに違うからだろう。
無理もない。
日中に生み出した炎獣は、犬や猫、鳥といった小柄な炎獣だった。
だが、今生み出した炎獣は、獅子、虎、豹、熊といった肉食獣を始め、鷲やフクロウのような猛禽類……更には、ユニコーンやペガサス、ケルベロス、キマイラ、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコア、サラマンダー、サーペント……といったような、ファンタジー世界のモンスターを模した炎獣も含まれているのだから。
勿論、炎獣の形が違うからといって、その形態と同じ能力を持っている訳ではない。
だが、それでも圧倒的なまでの強さを持つ炎獣であるのは間違いない。
「アクセルさん? 一体何をするのですか?」
「決まっている。ヴィラン……確証はないが、恐らくはヴィラン連合の襲撃があったんだ。それなら相応のもてなしをしない訳にもいかないだろう?」
「でしたら私も……」
ヤオモモがそう言ったのは、ヤオモモが茨とそれなりに仲が良いからだろう。
あるいは……今の状態の俺を1人にする訳にはいかないと思ったのか。
だが、それでも今この状況でヤオモモを連れていく訳にはいかない。
「駄目だ」
「何故ですか、アクセルさん。私ならアクセルさんのお役に立ちます!」
「だからだ」
「……え?」
「ヤオモモの個性があれば、ガスマスクは幾らでも作れるだろう? なら、ガスが充満している森の中で、それに対処する手段を持っているのはヤオモモだ」
「あ」
俺の言葉に、ヤオモモも自分が今出来るベストな手段について理解したのだろう。小さく声を出す。
「分かったみたいだな。ヤオモモがガスマスクを作って配れば、このガスを生み出しているだろうヴィランを無力化出来る」
まぁ、ガスマスクをすればしたで、激しい呼吸が難しくなったり、視界が狭まったりと、決してメリットばかりではないのだが。
しかし、それを込みで考えてもやはりヤオモモにはガスマスクを量産して貰い、森の中にいる生徒達に配って貰うのが一番助かる。
それに……そこで夜空に、正確には合宿施設のある方に視線を向ける。
森の木々によって遮られ、しっかりと見る事は出来ない。
出来ないが、それでも視線の先には微かに炎が……青い炎、蒼炎とでも呼ぶべきものがあったのは間違いない。
蒼炎、ね。
俺の白炎と似ている個性だな。
というか、俺の知ってる限りだとヴィラン連合にこんな個性の持ち主はいなかった筈だ。
だとすれば、このガスもそうだが、新たなヴィラン連合の幹部のお出ましというのが一番可能性が高いんじゃないか?
そして合宿施設には、三奈を始めとした補習組が……後はついでにB組の物間もいる。
このガスが合宿施設に向かうかどうかは分からないが、それでもとにかく向こうにも出来ればガスマスクを持っていった方がいいだろうし、何よりも相澤やブラドキングの無事を確認し、何らかの指示が欲しいところだ。
「俺は襲撃してきた連中の迎撃に回る。ヤオモモは茨や鉄哲と一生に他の生徒にガスマスクを配っていってくれ」
「ですが……いえ、分かりました。私がアクセルさんと一緒に行動しても、足を引っ張るだけでしょうし」
ヤオモモの言葉に、微かに頷く。
実際にはヤオモモがいればいたで、創造の個性によって色々便利なのは間違いない。
だが、今の状況で俺と他の連中のどちらにヤオモモが必要なのかと考えれば、やはりこれは後者となるだろう。
ヤオモモもその辺りについては十分に理解し、だからこそ俺と別行動するのを受け入れたのだろう。
「鉄哲、お前はヤオモモと茨の護衛だ。……一応炎獣を一匹つけるが、それでも途中でヴィランと遭遇した時、ヤオモモ達を守るのはお前だ。幸い、お前の個性は防御に向いているしな」
「お……おう」
すぐには返事がなかったものの、それでも俺の言葉を了承する鉄哲。
これが切島だったら、すぐにでも俺の言葉に反応するのだろうが。
この辺りが場数の違いという奴か。
多分、切島がB組に、鉄哲がA組にいた場合、その時は切島が今の鉄哲のようになっていた可能性が高い。
まぁ、その辺りは個性が似ているだけではなく個人の資質とかそういうのもあるので、一概には言えなかったりするのだが。
「じゃあ、お前。ヤオモモ達と一緒に行動しろ、指示については、ヤオモモに従え」
近くにいた、ユニコーンの炎獣に向かってそう指示を出す。
するとユニコーンの炎獣は素直に頷くとヤオモモの側まで移動した。
「え? アクセルさん、これは……」
「この森にヴィランがどのくらいいるのかは分からない。であれば、移動している時にヴィランと遭遇する可能性も十分にある筈だ。その時はそのユニコーンが俺の代わりにお前を守る」
「……分かりました。ですが、アクセルさんも気を付けて下さい。今、この森で何が起きているのかは、まだ分からないのですから」
「だろうな。それについては俺もそう思う。……とはいえ、それでも俺なら何とかなると思うから安心しろ」
「……はい。では鉄哲さん、行きましょう」
「お、おう」
ヤオモモに促され、鉄哲は茨を抱いたまま移動しようとするのだが……うん?
ユニコーンの炎獣が、鉄哲の前で軽く身を屈める。
一体何を求めての事なのかは、最初鉄哲は分からない様子だったが……ヤオモモに茨をユニコーンの背中に乗せるように言われると、素直にそれに従う。
いや、けど……これ、大丈夫なのか?
ユニコーンは護衛としての役割もある訳で、そうなると咄嗟の時に背中の茨を落としたりしそうなんだが。
いざという時は鉄哲が前に出るから大丈夫だと思っておこう。
そんな風に思いながら立ち去るヤオモモ達の背中を見送ると、俺は自分のやるべき事をやる。
何だかんだと時間を置いた為か、今の俺は先程……炎獣を生み出した時と比べると、大分落ち着いたという自覚があった。
勿論、だからといって全く何の問題もないという訳ではないのだが。
それこそ目の前にガスを生み出すヴィランがいたら、問答無用で――それでも殺さないように手加減をして――殴っている自覚はあるが。
ともあれ、それでも今俺のやるべき事は決まっている。
「行け。生徒を助け、ヴィランがいたら倒せ。ただし、殺すな」
本来なら基本的に敵は殺すというのが俺のスタイルだ。
だが、今の俺はあくまでも雄英の生徒だ。
そうである以上、ヒーロー候補生としてヴィランが相手であっても殺すような事は出来ない。
……とはいえ、1人くらいならいいとは思うんだが。
具体的には、強力な個性を持っているヴィラン。
I・アイランドの一件でステータスのスキル欄が増えたのだから、強力な個性なら確保しておきたい。
ガスの個性は遠慮したいが。
茨の件があったからそのように思っている訳ではない。
ガスは当然ながら敵味方が識別出来る訳ではない。
つまり、仲間と一緒に行動している時は使いにくいのだ。
もっとも俺は今のように個人で行動する事も多いので、そういう意味ではそれなりに使いやすいのかもしれないが。
それがあっても、やっぱり茨の件で印象が悪いので、あまり欲しくはないが。
別に俺のスキルには相性とかそういうのはない。
ないのだが、それでもイメージの悪いスキルとなると、使いたくないという気持ちが先に来て、使う機会がなくなってしまう。
これでどうしてもそのスキルではないと駄目だとか、そういう事なら話は別なのだが……生憎と俺の場合、そのスキルが使いたくなかったら他でどうとでも出来たりするんだよな。
なので、ガスの個性はいらない。
そんな風に思いながら周囲の様子を確認する。
既に炎獣は俺の指示に従って、森の中を移動していた。
なので、今ここにいるのは俺だけとなる。
……さて、じゃあ行くか。
暗い夜の森の中、移動を始める。
耳を澄ませば、戦闘音が聞こえてきたり、悲鳴や怒声が聞こえてきたりする。
その多くが炎獣を見て驚いたA組やB組の生徒達というのが、ちょっとアレだが。
というか、炎獣は日中に見ているんだからそこまで驚かなくもいいだろうに。
まぁ、日中に見た炎獣と森の中に放った炎獣では、同じ炎獣でも大きさが違う。そして受ける迫力が違う。
だからこそ、こうして悲鳴とかが聞こえてくるのだろうが。
そんな風に思っていると、向こうから2人の男が姿を現す。
1人は何かこう、口が変になっている奴。
一瞬異形系かとも思ったが、それ以外の様子からすると異形系ではなく、何らかの怪我の後遺症っぽい感じだ。
そしてもう1人は、シルクハットに仮面という……マジシャン的なイメージを受けるような、そんな格好をした男。
「誰だ?」
「お前がアクセル・アルマーか。俺達は開闢行動隊だよ」
開闢行動隊? 初めて聞く名前だけど……あれ? これ、もしかしてヴィラン連合とは別の組織が来たのか?
原作的な流れから考えて、今回の襲撃はヴィラン連合の仕業だろうと思っていたのだが……もしかして、その予想が思い切り外れてしまった形か?
相手の言葉に少し驚くも、それを表情に出さないようにして言葉を続ける。
「それで、森の中のガスはお前達の仕業か?」
「だとすれば、どうする?」
「……取りあえずヒーロー科の生徒として、お前達を捕縛させて貰おうか」
「出来ると思うのか?」
そう言い、口裂け男と呼ぶべき男は掌から蒼炎を生み出す。
……蒼炎?
チラリと先程巨大な蒼炎が生み出された、合宿施設の方を見る。
個性というのは、似たような個性もある。
あるのだが、炎を生み出すという個性では同じだとしても、その炎の色が青いとなると、話は別だ。
だが、合宿施設の方に見えた巨大な蒼炎を考えればこれをやったのがこの男なのか? と疑問を抱く。
「勿論出来ると思っているよ」
そう言い、口裂け男に対応するように俺もまた掌に白炎を生み出す。
「……へぇ」
俺の白炎を見た口裂け男は笑みを浮かべ……その隙を窺うように、シルクハットの男が動く。
こちらとの間合いを一気に詰めるシルクハットの男。
何だ? 何だか自分の手に絶対に自信を持っているかのような、そんな行動だ。
それなりの身体の動かし方は、見ている限りだとそれなりに訓練をしているのははっきりと理解出来る。
そちらに向け、白炎を放つ。
とはいえ、命を取らないようにする必要があるので、狙うのは手足だ。
シルクハットの男は一瞬にして手足が白炎によって燃やされ……次の瞬間、崩れ落ちる……いや、溶け落ちる。
「は?」
「どうした、隙を見せるのが早すぎるぞ!」
その言葉と共に口裂け男が蒼炎を俺に向かって放ってくる。
これは不味い
ガスの時と同じく、科学的に作られたガスならともかく、個性によって作られたガスの場合、俺に影響がある可能性がある。
それはつまり、この口裂け男の個性によって生み出された蒼炎も混沌精霊の俺に影響を……もっと言えばダメージを与えられる可能性が十分にあった。
心操の件もある以上、確証はない。
確証はないが、その可能性があるのならこの蒼炎を意味もなく受ける必要がある筈もなかった。
そんな訳で、俺は再度白炎を生み出し手を大きく振るう。
俺の手の動きに合わせるように白炎の壁が生み出され、それが出来た瞬間、瞬動をつかって白炎の壁を迂回するような形で口裂け男との距離を詰める。
「は?」
口裂け男は、いきなり自分の側に現れた俺の姿に一体何が起きたのか理解出来なかったのだろう。
間の抜けた声を口にする。
恐らくは自分と同じ炎系の個性、それも色こそ違うが普通の炎ではなく、色つきの炎という事で、炎同士による戦いになるとでも思ったのだろうが、別に俺は白炎を使ってはいるものの、白炎だけに頼っている訳ではない。
白炎は……そして炎獣もそうだが、あくまでも俺の攻撃手段の1つでしかないのだ。
だからこそ、今この場で俺は白炎だけによる攻撃を行うのではなく、口裂け男に向かって拳を振るう。
ボギッ、と。
咄嗟に口裂け男は自分の手を盾にしたものの、殺さないように手加減をした一撃であっても、骨を折るには十分だった。
十分だったのだが……
「は?」
奇しくも、俺は口裂け男と同じような声を出す。
その理由は、シルクハットの男と同じように、口裂け男の身体も崩れ落ちていったためだ。
最初はシルクハットの男の個性なのかと思ったが、口裂け男がこうなると……一体何がどうなっている?
そんな疑問を抱く間にも完全に口裂け男の身体は崩れるのだった。