青い炎……蒼炎。
それが燃えたのを見れば、誰かこれをやったのかは分かる。
分かるが……あの口裂け男はさっき俺が倒した筈。
いや、正確には倒したというか、ある程度ダメージを与えたところでグズグズに崩れたといった表現の方が正しいと思うけど。
とにかくそんな風になったのは間違いなく……だというのに、またこうして蒼炎が来たのは疑問ではある。
「お前、倒したよな?」
「そうだったか?」
俺の言葉に木々の間から姿を現す口裂け男。
これもまた疑問だ。
俺が気配を……それも殺気を感じなかったという事なのだから。
とはいえ、これについては開闢行動隊とやらがヴィラン連合の特殊部隊的な感じの存在である事を考えれば、どうやったのか想像するのは難しくない。
黒霧も来ているな。
となると、場合によってはシラタキも来ている可能性があるのか?
いや、シラタキの性格を考えると、自分が現場にいればそれを隠したりせず、堂々と前に出て来るだろう。
USJの時の経験からすると、だが。
……ショッピングモールで緑谷と遭遇した時の事を考えると、ある程度は目立たないといった事が出来てもおかしくはないのだが。
「シラタキはどうした?」
「何の事だ?」
きょとん、と。
惚けているとは思えない、不思議そうな表情を浮かべる口裂け男。
そんな口裂け男を見て、自分のミスに気が付く。
「死柄木だよ、死柄木。シラタキと名前が似てるだろ?」
「……ぶっ!」
予想外な事に、口裂け男が噴き出す。
どうやら俺が思った以上にシラタキというのがツボに嵌まったらしい。
この様子を見ると、口裂け男はもしかしたらシラタキと同じくらいの地位にいるのかもしれないな。
「喜んで貰えたようで何よりだ。シラタキに会ったらそういう風に言ってやれ」
「……くっ、くく……そうだな。そうさせて貰うよ」
「頑張れよ。じゃあ、俺は他に用件があるから、俺はそろそろ行くよ」
「ああ、またな。……何て言うと思うか?」
その言葉と共に、再び蒼炎が放たれる。
俺は白炎でその蒼炎を迎撃する。
「このまま素直に行かせるのが、お前にとっても悪くない選択だと思うんだがな」
「……俺の仕事はお前をここから動かさない事なんでな」
なるほど。
恐らく俺の足止めをするのは、シラタキや黒霧の指示なのだろう。
シラタキや黒霧は、USJで俺の実力について知っている。
何しろあの時にいた脳無も含めて、俺によって全員捕らえられたのだから。
もっとも、その後で逃げ出されてはいるのだが。
そんな訳で、シラタキや黒霧にしてみれば、今回の開闢行動隊の行動で俺が動くのを阻止したいと思ったのだろう。
もっとも、既に炎獣をかなりの数、森の中に放った。
また、恐らくは奥の手として用意された脳無は狛治を召喚した事によって、対処している。
「で? お前が俺の足止めを出来るのか? さっきのシルクハットの男もいないのに、1人だけで俺を止める事が出来ると思っているのか? 脳無も……あんな感じだしな」
夜空を見ると、月明かりに照らされてる中で狛治と脳無が戦っているのが見て取れる。
「……ああいう奴、雄英にいたのか?」
「さて、どうだろうな。ちなみにミルコも現在ここにいるんだが、知ってるか?」
これは、狛治が実はプロヒーローで援軍に駆けつけたのだと思わせる為に口にした言葉だ。
相澤を含めた雄英の教師やプッシーキャッツ、ミルコといった面々。
もしくは、ヒーロー科の生徒に対しては、今すぐには無理でもいずれは俺が異世界から来た存在であり、召喚魔法といったことが出来るというのも教えたいとは思う。
だが……それはあくまでも味方だからこそ、話してもいいと思っているのだ。
ヴィラン連合の連中にまで話してもいいとは思っていない。
「……知ってるよ。何だってトップヒーローがこんな場所にいるんだか」
口裂け男は、狛治の件についてよりも、ミルコについて何か思うところがあったらしい。
苦々しげな表情でそう言う。
これ……もしかして、開闢行動隊の連中が何人かミルコにやられたのかもしれないな。
肝試しの時にちょっと聞いた話によると、ミルコは何かちょっと気になるところがあるって事で出掛けていたらしいし。
この口裂け男を始めとした開闢行動隊の連中が、いつからこの森に潜んでいたのかは分からない。
分からないが、こっちの様子を見て襲撃出来るようになったら襲撃しようとしていたのは間違いない訳で……
もしかしたら、そうして隠れていた者のうちの何人かが、ミルコに蹴られて確保されたという可能性は十分にあるだろう。
ミルコはウサギの個性を持つが……うん、ミルコの個性のウサギって、絶対に俺が知っているウサギじゃないよな。
それこそ肉食動物で、容赦なく相手を蹴り飛ばす戦闘力を持つウサギがベースになっている筈だ。
「不運だったな」
うん、実際にこの口裂け男にとって……いや、開闢行動隊にとってミルコがいるのは間違いなく不運だろう。
何しろ、本来ならミルコがこの合宿に参加する予定はなかったのだから。
そのミルコが合宿に参加するような事になったのは、相澤が抹消で俺の炎獣を消せなかったのが原因だ。
また、ラグドールの個性で俺の能力を把握出来なかったのも、ミルコの登場には影響しているだろう。
そういう意味で、俺がいなければミルコも合宿にはいなかったのだから、運が悪いというのは間違いない。
原作でその辺りがどうなっていたのか、というのは分からないが。
「不運だったですまされるのは、こっちとしてはあまり好ましくないんだが」
蒼炎を手に、口裂け男がそう言う。
まぁ、口裂け男にしてみれば、俺とミルコがいるという時点で最悪としか言いようがない状態なのは間違いないだろう。
もっとも、オールマイトがいないという意味では幸運……不幸中の幸いだったかもしれないが。
緑谷から聞いた話によると、オールマイトがいないのはオールマイトが良くも悪くも目立つからという事らしい。
つまり、オールマイトがいる場所で林間合宿をやっていると認識されれば、それを察知するのは……そう簡単ではないが、出来ない訳でもない。
あるいはヴィラン連合にその手の個性の持ち主がいれば、もっと簡単にどうにか出来るかもしれないしな。
「ともあれ、お前が俺の足止めをしたいのは理解出来た。なら、さっさと倒す……」
そこまで言い、一度言葉を止める。
先程俺が倒した口裂け男は、ある程度の時間が経過してからいきなり現れた。
移動については恐らく黒霧の個性を使っているのだろうが、それを考えても倒してから出て来るのに時間が掛かりすぎる。
というか、そもそもの話、口裂け男にしろ、さっきのシルクハットの男にしろ、多数寄越せばいい筈だ。
シラタキや黒霧から俺達……B組はともかく、A組についての情報は相応に入手している訳で、あるいは体育祭の放送で俺達を見たにしろ、とにかく俺の足止めをするのなら口裂け男が1人よりも、3人、4人、5人……10人、100人といったように口裂け男の数を増やせばいい。
だが、口裂け男は1人ずつしか俺の前に姿を現してはいない。
勿論、この森全体の事を考えれば、蒼炎の個性を持つこの口裂け男は主力級なのは間違いない。
だが……それでも俺の足止めという事を考えると、1人しかやってこないのはおかしい。
それはつまり、大きなダメージを与えれば残骸に戻るこの個性……多分開闢行動隊の中の誰かの個性なのだろうが、とにかく自分の想像した誰かを生み出すとか、もしくは実在する人物の分身を生み出すとか、多分そんな個性なのだろうが、その個性でも1人につき1人……1体? 1個? とにかく1つしか分身は作れないという事なのだろう。
そう考えれば、先程俺に倒された――という表現がこの場合正しいのかは分からないが――口裂け男が、こうして姿を現したのにも納得は出来る。
であればこの口裂け男は倒さない方がいいのだろう。
もっとも、最初に遭遇した口裂け男も、別に殺してはいないのに残骸になった。
それを思えば、殺すのは勿論、出来るだけダメージを与えないようにして無力化する必要があるのだが……
最善なのは、気絶……いや、眠らせるのがいいのか?
しかし、その手段はと考えると、すぐに思い当たる。
「ほら、いくぞ!」
その言葉と共に蒼炎を放ってくる口裂け男。
俺はそれを白炎で受けると同時に、瞬動で間合いを詰める。
そして、俺の白炎が口裂け男の蒼炎を飲み込んだのを横目に、間合いを詰める。
この口裂け男、見た感じでは典型的なヴィラン……よりは少しはマシだが、蒼炎を操る個性が強力なだけに、今までヴィランとしてそれだけで生きてきたのだろう。
俺の白炎に多少なりとも拮抗出来るこの蒼炎は、それだけ強力な個性なのだから。
だからこそ、その個性で今までどうとでもなってきたのだろう。
身体の動かし方を見る限りだと、多少は心得の類があるようではあったが、あくまでも多少であって、全く何も知らない素人よりはマシといったところだろう。
だからこそ、口裂け男は俺の行動に対応出来ない。
一瞬にして間近まで迫った俺は、鬼眼を発動する。
鬼眼は、相手に何らかの状態異常を与える魔眼だ。
厄介なのは与える状態異常がランダムだという事だろう。
多種多様な状態異常を与えられるのだが、それはあくまでもランダム。
使った俺ですら、意図して特定の状態異常を相手に与えるような事は出来ない。
だからこそ、今回も何らかの状態異常を与えることは出来るだろうが、それが具体的にどのような状態異常なのかは運次第であり……
「あ?」
がくり、と。
口裂け男がそんな言葉と共にその場に倒れた。
後ろに跳んで、口裂け男から距離を取る。
一体口裂け男がどのような状態異常を食らったのかは、観察してみないと分からない。
取りあえず呼吸をしている様子なのは顔や身体の動きを見れば分かる。
つまり、死んではいないという事だろう。
その事に安堵する。
多種多様な状態異常を与える鬼眼だが、その中には相手を即死させるといった効果もあるのだから。
即死が状態異常か? と疑問に思わないでもないが、鬼眼の効果の1つとして存在している以上は、それで間違いないのだろう。
そんな風に思いつつ、口裂け男をしっかりと観察する。
動く様子がない事から考えると、これは……麻痺、か?
眠っているのかとも思ったが、口裂け男の目はしっかりと開いている。
それどころか、強烈な視線で俺を睨み付けてすらいた。
そう考えると、やはりこの状況は麻痺で間違いないだろう。
まさに、ラッキーだな。
睡眠が最善だったのは間違いないが、麻痺もまたこの口裂け男を殺さず、そして残骸になるダメージを与えるような事もせずに無力化出来たのだから。
「さて、そうなると……」
麻痺して動けない口裂け男を見る。
一瞬、本当に一瞬だけスライムで吸収するか? と思ったが、すぐにそれを否定する。
口裂け男の個性の蒼炎は、白炎と比べても下位互換だ。
いや、勿論これは分身か何かっぽいから、もしかしたらオリジナルの方はもう少し違うのかもしれないが、それでもやはりこの口裂け男の個性をスキル欄の空きスロットを1つ使ってまで欲しいかと言えば、答えは否だ。
まぁ、もっとも分身っぽい何かである以上、スライムで吸収しても意味はなさそうな気がするけど。
それにスライムで吸収すれば当然ながら口裂け男は死ぬ事になり、そうなるとまた分身っぽいのが送られてくるだろう。
つまり、この口裂け男は麻痺した今の状態のままここに残しておいた方がいい。
……もっと言えば、この麻痺した奴を相澤のいる場所まで運んで捕虜にしてしまうのが最善なんだろうが。
麻痺したままで残骸にならないという事は、つまりこいつは自分の意思で残骸になるといったことは出来ないという事を意味している。
そうなると、開闢行動隊は勿論、ヴィラン連合についての情報も引き出せるかもしれないのだから。
ただ、麻痺をしている間は動けない、つまり喋る事も出来ないし、麻痺から復活するような事があれば即座に暴れて周囲に被害を与えるか、もしくは自害するかだろう。
いや、口裂け男の性格を考えると自害はまずなさそうだな。
「エ……ヴァー……」
おう?
麻痺している状態にも関わらず、まさか言葉を発する事が出来るとは思わなかった。
微かな、本当に微かな声だったので、具体的に何を言いたいのかはちょっと分からなかったが。
とはいえ、鬼眼で麻痺になったのに、まさか言葉を口に出来るとは思わなかった。
これは俺にとってもかなり予想外の内容だったな。
執念か、あるいは蒼炎の中に何か麻痺状態に対抗出来るような要素があるのか。
その辺りはしっかりとは分からないが、このまま麻痺した口裂け男を放っておく事は出来ない、か。
そうすると、どうすればいいのか。
少し迷うが……やがて、大きく息を吐いて少しでも情報を聞き出す為には仕方がないと、新たに馬の炎獣を生み出して、その背中に口裂け男を縛って乗せると、相澤のいる方に向かうように指示をするのだった。