口裂け男は取りあえず縛って馬の炎獣に乗せると、相澤のいる方に向かうように指示をした。
そうして馬の炎獣と別れてから、俺は森の中を移動する。
森の中には結構な炎獣が放たれているのもあってか、それなりの明るさがある。
色々な場所から戦闘音が聞こえてくるものの、まずはそれなりに近くにある方……木々よりも高い場所まで伸びた氷のある場所まで向かう。
ヒーロー科の中で氷を使えるのは、轟だけだ。
いや、A組には誰もいないというだけで、もしかしたらB組の中には俺が知らないだけで氷を使う個性を使う者がいるかもしれないから、もしかしたら俺の進む方向にいるのは轟ではなく、B組の誰かかもしれないが……まぁ、その時はその時でいい。
そんな風に思いながら進んだ俺が見たのは、尾白を背負っている轟と爆豪が何か……どんなヴィランを相手にしてかは分からないが、とにかく戦いが行われているという光景だった。
尾白が組んでいたのは……障子だった筈。
だが、その障子の姿は見えない。
尾白が気絶しているのは、あのヴィランに何かをされたのか、それともガスによるものか。
その辺りの事情は俺にも分からなかったが、とにかくあのヴィラン……拘束具で身体を縛られ、口から何か白いのを伸ばして爆豪と戦っているのが倒すべき相手なのは間違いない。
爆豪が何とか有利に戦えているのは、轟が後方から氷によって援護をしており、数匹の炎獣が爆豪のフォローをしているからだろう。
炎獣がフォローしているのは爆豪だけではなく、轟のフォロー……というか、護衛にも回っている。
尾白を背負っている轟だけに、炎獣の護衛があるのは助かるだろう。
「無事だな?」
「アクセルか。そっちも無事なようだな」
「ああっ!? 何でヒモ野郎がここにいるんだよ!」
ヴィランの攻撃を回避しながら、爆豪が轟の声を聞き、そう言ってくる。
激しい戦いの中でも轟の声を聞き逃さないのは、爆豪のセンスを現していた。
……あるいは、いわゆるカクテルパーティ効果? パーティカクテル効果? とにかく自分の名前だったり、自分に関係のあることは聞き取れるといった奴で、轟が口にした俺の名前を聞き取ったのかもしれないが。
「氷が見えたからな。それで来たんだよ。……っと」
爆豪にそう答えると、それに反応したかのように拘束されたヴィランの口から俺に向かって何かが放たれる。
その一撃を回避し……は? いや、歯?
回避した時に見たのは、牙……とは少し違う、人の口の歯がそのまま伸びてきたかのような、そんな存在だった。
一体何がどうなってこんな事に? と思うが、すぐに納得する。
これがあのヴィランの個性なのだろうと。
「おらぁっ! ヒモ野郎なんぞに意識を向けてるんじゃねえっ!」
爆豪が苛立ち混じりに叫ぶと、爆発を起こして空中を跳び、ヴィランに向かう。
そんな爆豪の行動に合わせるように、フクロウの炎獣が空を飛んでヴィランに襲い掛かる。
ヴィランは空中で器用に身をくねらせてフクロウの攻撃を回避しながら、歯を伸ばして爆豪に攻撃する。
そうして爆豪がヴィランを引き受けているのを見ると、俺は轟に近付く。
「色々と聞きたい事があるんだが……あのヴィランを拘束したのは轟や爆豪達か?」
「いや、最初からだ」
普通なら何らかの反応があるところなのだろうが、轟は特に気にした様子もなく俺にそう返してくる。
こういう時、轟は無駄なやり取りがなくていいから助かるよな。
……もし爆豪なら、それこそ何だかんだと絡んできそうだし。
ともあれ、轟の言葉からあのヴィランの格好は最初からああいうものだというのは理解出来た。
一体何故あんな格好でいるのかは分からないが、ヴィランである以上は俺がどうこう考えても意味はないだろう。
特殊な趣味の持ち主なのだろうとは思うが……うん。
「ともあれ、あのヴィランを倒すのが先決か」
「手ぇ、出すんじゃねぇ、ヒモ野郎ぉっ! こいつは俺がぶっ殺す!」
空中で連続して爆発を起こし、歯の攻撃を次から次に回避しながら爆豪が叫ぶ。
今の俺の言葉が、爆豪には普通に聞こえたのだろう。
……そんな爆豪の叫びに悩む。
ここで俺が戦いに参加すれば、容易にあの歯のヴィランを倒せる。
それは間違いないが、そうなると爆豪の実戦経験を奪う事になってしまう。
俺が介入してきた今までの戦いにおいて、緑谷の実戦経験の機会を奪ってきた事に対するフォローは、それなりにやって来た。
自主訓練において俺との模擬戦を行ったり、ステインの時のように意図的に実戦を経験させたりといった具合に。
だが……それが爆豪となれば話は違ってくる。
そもそも爆豪は自主訓練に参加するようなことはなかったし、タイミングの問題なのかヴィランとの戦いに直接参加する機会もそう多くはない。
そう考えると、I・アイランドにおける実戦経験は貴重だったんだなとは思う。
ともあれそう考えると、爆豪がこのヴィランを相手にして実戦経験を積むのは悪い話ではない。
悪い話ではないが、今の状況は複雑すぎる。
炎獣をそこら中に散らばらせてはいるが、それでも絶対に安全という訳ではないのだ。
そうなると、爆豪が実戦経験を積むのをどうこうと考えて、それによってヴィランを爆豪に任せるといった事をした場合、どこか他の場所で手遅れになる可能性も否定は出来ないのだ。
なら、やっぱり爆豪にとっては気に食わないだろうが、ここで俺が戦いに介入してヴィランをとっとと倒した方が……
「っ!? 爆豪!」
「ああ? くそがっ! かっちゃかっちゃ頭の中でうるせえんだよ。またクソデクが何かやらかしやがったな? 戦えっつったり、戦うなつったり……ああぁっ!?」
苛立ちを込めてか、巨大な爆発を起こしてヴィランと一旦距離を取る爆豪。
だが、ヴィランはそんな爆豪に向けて再び歯を伸ばし……
「あ」
「おりゃあぁっ!」
空を飛ぶウサギ……バニーガール? いや、ミルコを見た瞬間、空中から降ってきたミルコがヴィランに対して蹴りを放つ。
ヴィランは爆豪だけに集中していた為か、どうやら空から降ってくるミルコの存在には気が付かなかったらしい。
グシャリ、と。
そんな音と共にヴィランは蹴り飛ばされ、地面に叩き付けられた。
うわぁ……肉を思い切り地面に叩き付けた時のような、そんな音がしたな。
「ああっ!?」
そして苛立ちの声を上げる爆豪。
無理はない。
自分が倒すと思っていたヴィランを、いきなり夜空から降ってきたミルコに奪われたのだから。
爆豪の性格を考えれば、これを不満に思うなという方が無理だろう。
爆豪に実戦経験を積ませようと思っていた俺にとっても、今の状況は決して好ましいものではない。
ミルコが倒すのなら、さっさと俺が倒しておけばよかったとすら思ってしまう。
ちなみに口裂け男の時と違って大きなダメージを与えたにも関わらず、ヴィランが残骸になる様子はない。
となると、残骸になるヴィランは限られているのか?
分身を作っているヴィランの個性の条件か、あるいはまた別の何かがあるのか。
「はっはぁっ! 氷があったお陰で、ヴィランを見つけやすかったぜ! ……ん? アクセル? ここにいたのか」
ヴィランを蹴り飛ばして地面に着地したミルコは、俺を見ると意外そうな様子でそう言ってくる。
「どうやらミルコは森の中を移動していたみたいだったが、どうだった?」
「取りあえず脳無は何匹か蹴り飛ばしておいたぞ」
「え」
ミルコの言葉に、思わずそう返す。
いや、ミルコは敵を倒していたというのは、分からないでもないのだが、それが脳無となると話が違ってくる。
いや、プテラノドン的な長いクチバシを持った脳無と遭遇していないのなら問題はないんだが……だが、もし俺を襲撃してきた脳無と遭遇していた場合、狛治はどうなった?
狛治は当然ながら脳無でではないものの、背中には竜翼を持ち、額からはそれなりに長い角が1本伸びている。
もし何も知らないミルコが狛治と遭遇していたら……その時、どのような反応をするのか、全く想像出来ない。
「どうした?」
不思議そうに尋ねるミルコ。
轟と爆豪も訝しげに俺を見てくる。
あ、しまったな。
この場合どう反応すればいい?
これがミルコだけなら、どうせ林間合宿が終わった後にプッシーキャッツや雄英の面々と色々と話をする必要があるから話してもいいんだが、爆豪や轟がいるとなると話は変わってくる。
「いや、俺も脳無に襲われたんでな。ミルコが戦った脳無の中には、プテラノドン的な感じで長いクチバシを持っている奴はいたか?」
「あ? ……いや、そういうのとは遭遇してねえな」
少し考えたミルコだったが、首を横に振る。
どうやら、ミルコは狛治と遭遇していないらしい。
セーフ。
「そうか。……まぁ、とにかくその話は後にして、それでさっき戦ってる時に爆豪と轟が何か変だったけど、どうしたんだ?」
「何? アクセルはマンダレイからのテレパシーを聞いていないのか? ヒーロー科の生徒に戦闘許可が出たというのと、ヴィランの狙いが爆豪だという事だ」
「何? ……あー、うん」
轟の言葉に驚くと同時に納得する。
昨日、マンダレイが俺にテレパシーを使った時の事を思い出したのだ。
マンダレイのテレパシーというのは、あくまでもこの世界の人間に向けて使う個性だ。
だが、俺はこの世界の人間ではない。
いや、そもそも混沌精霊であって人間ですらない。
ましてや俺はスキルとしてレベル11の念動力を持っている。
本来ならスキルの最高レベルは9なのだが、俺の場合は色々と特殊な事情をもあってそのスキルの限界を突破している。
念動力……つまり、超能力のレベルが限界を突破している俺に同じ超能力――ヒロアカ世界では個性だが――のテレパシーで接触した結果、具体的に何がどうなってそうなったのかは分からなかったが、とにかく念動力の影響でマンダレイは……その、絶頂してしまった。
そんな訳で、ヴィランに襲撃されている今の状況でマンダレイが俺にテレパシーを送るのは自殺行為に等しい。
だからこそ、他の面々にはテレパシーを送りはしたものの、俺にはテレパシーを送ってこなかったのだろう。
……それだと俺だけが状況を全く理解出来ないという事を意味しているのだが、俺の近くに誰かがいるというのを前提にしているのか?
なら、俺には理由があってテレパシーを送れないから、誰か近くにいる奴は俺に事情を説明して欲しいとか、そういう風に言い残しておいて欲しかったところだが。
「まぁ、話は分かった。つまり、爆豪を守ればいい訳だな? ……どういう意味で爆豪が狙われているのかは分からないけど」
「ああっ!? わざわざヒモ野郎に守って貰わなくても問題はねえ!」
俺の言葉に爆豪が怒りと共に叫ぶ。
爆豪の性格を考えれば、そういう風に言ってきてもおかしくはない。
だからといって、爆豪を放っておく訳にもいかないのは事実。
……それにしても、本当に何で爆豪が狙われる?
一体何を目的にしての行動だ?
これが例えば、緑谷が狙われているのなら、この世界の原作主人公であるのだから、狙われてもおかしくはないと思う。
あるいは、ヴィラン連合との戦いでシラタキと因縁を作った俺が狙われるのでも、納得は出来る。
だが……何故爆豪?
普通に考えれば、爆豪が狙われるような可能性はまずないと思う。
もしかして、爆豪をヴィラン連合にスカウトしようとしてるとか?
……普通に考えれば、何それ? 馬鹿じゃないか? と思ってしまうような事だが、体育祭のTV中継で爆豪がヴィランっぽい性格をしているというのは多くの者に知られてしまった。
そうなると、それを見たヴィラン連合の面々……それがシラタキなのか、黒霧なのか、あるいは他の幹部なのかは分からないが、爆豪をヴィラン連合にスカウトしようと考えても不思議ではない、か?
……あるいは、原作だともしかしたら爆豪がこの影響でヴィラン連合に所属するといったような事になったのかもしれないな。
そうなったと言われても、普段の爆豪の言動を考えると不思議とそうなってもおかしくはないと、納得してしまう自分がいる。
「爆豪、ヴィラン連合の狙いはお前なんだから、素直に守られた方がよくないか?」
「あ? ヴィラン連合だ? 襲撃してきたのはヴィラン連合の奴等なのか?」
どうやら爆豪はその辺の情報は知らなかったらしい。
……となると、マンダレイがテレパシーで伝えた情報の中にもその辺りについては入っていなかったのだろう。
そうなると、この情報は今のところあの口裂け男から聞いた俺だけが知ってるものか。
「ミルコ、爆豪の護衛を任せていいか? 俺はマンダレイのところにいって、襲撃してきたのがヴィラン連合だと伝えてくる」
「ああっ!? だから護衛なんぞ……」
「分かった、任せろ」
爆豪が言い終わるよりも前に、ミルコはそう言うのだった。