夜の森の中……というより、森の木々の上を虚空瞬動で走る。
ダークシャドウの暴走の件が解決したところで、敵に……開闢行動隊に狙われている爆豪を護衛する為に向かった緑谷達と別れ、マンダレイ達がいる肝試しのスタート地点に向かう。
虚空瞬動を使えば、移動時間はかなり少なくなる。
実際、緑谷達と別れてからすぐに目的地が見えてきたのだが……
「うわ」
混沌精霊であるが故の視力で、夜にも関わらず戦闘をしている光景が見える。
マンダレイが戦っているのは、異形系のヴィラン。
リザードマンと言えば分かりやすい表現だろう。
そして虎が戦っているのが……何て言えばいいんだろうな。
サングラスを掛けた、がたいのいい男。
それだけなら特に言い淀むこともないのだが、虎と戦っている動きがなんとなく男っぽくない? そんな感じだ。
……まぁ、その印象はともかくとして、マンダレイと虎はそれぞれヴィランと互角に戦っているのは間違いない。
「なら、まずは……」
空中から地上に向け……ちっ、リザードマンの方はマンダレイと近接戦闘でやり合っている状態か。
リザードマンが持つ巨大な武器を回避しながら、一撃を与えていた。
なら、サングラスの男は……と見ると、丁度虎との一連の攻防を終え、お互いに距離を取ったところだった。
そして少し離れたところでは地面にピクシーボブが倒れている。
……夜の森の中に結構な数の炎獣を放ったつもりだったが、ここには来ていないらしい。
あるいは……少し考えられないが、開闢行動隊の連中に倒されたか?
普通ならMSが相手でも倒すことは難しくても、そう簡単にやられるようなことはない炎獣だが、この世界は個性が存在する。
混沌精霊の俺であっても、個性を使った攻撃では普通にダメージを受ける事は珍しくない。
だからこそ、もしかしたら炎獣がやられる可能性はあった。
そんな風に思いつつ、虎と距離を取っているサングラスの大男に向け、空中から白炎を放ち……その白炎がどこからともなく現れた蒼炎によって押し止められる。
どこからともなくというか、蒼炎を使う開闢行動隊のヴィランとなると、あの口裂け男しかいない。
だが、あいつは……正確にはその分身は俺が殺さずに生け捕りにして、馬の炎獣に乗せて確保した筈だ。
口裂け男との戦いの経験からすると、生み出せる分身は1人につき1人だけ。
そうなると、今の蒼炎はオリジナルが出て来たのか、それとも俺が生け捕りにした口裂け男が何らかの手段で脱出したのか、あるいは殺されたのか。
そんな事を考えている間に白炎は蒼炎との拮抗を崩し、蒼炎を飲み込んでサングラスの大男に向かう。
だが、開闢行動隊という特殊部隊に所属するヴィランだけあって、自分が狙われているのはすぐに理解出来たのだろう。
白炎と蒼炎が拮抗した僅かな時間で、既に先程いた場所から離れていた。
それを見ながら、俺はピクシーボブの前に着地する。
「アクセル!?」
マンダレイがリザードマンの持つ巨大な武器……というか、ナイフとか包丁とかをくっつけて作った、そんな武器の一撃を回避するとリザードマンの身体を蹴り、その反動で距離を取りつつ、俺の名前を叫ぶ。
虎もまた、サングラスの大男から目を離さないようにしながらも、俺の存在については察知していたらしい。
「こういう時、お待たせって言えばいいのか? ……まぁ、お邪魔虫もいるようだけどな」
マンダレイに言葉を返しつつ、蒼炎の飛んできた方を見る。
そこにいたのは、予想通り口裂け男。
「どう思う?」
「それを俺に聞くのかよ?」
あっさりと返す口裂け男だったが、微妙に俺に対する視線が鋭い。
これは……自分の蒼炎が俺の白炎に勝てなかった事に、思うところがあるらしい。
となると、この口裂け男は俺が先程生け捕りにした個体ではないのだろう。
「答えてくれれば、ラッキー程度だと思ってな。……で? お前はまた新しい分身か? 黒霧の奴も毎回俺のいる場所にどうやって転移させてるのやら」
「黒霧……ですって? それはヴィラン連合の……」
俺の言葉を聞いたマンダレイが、驚きと共にそう言う。
「そうだ。この連中は自称開闢行動隊。どうやらヴィラン連合の特殊部隊的な存在らしいな」
「あら……貴方、誰からそれを聞いたのかしら?」
サングラスの大男がそう俺に聞いてくる。
……なるほど、どうも仕草が男っぽいとは思わなかったが、どうやらそっちのタイプらしい。
「さて、一体誰だろうな。お前達が爆豪を狙う理由を教えてくれたら、俺も答えてもいいけど」
「そう言われて、わざわざ教えると思うのかしら?」
「思わないな。……けど、お前達がヴィラン連合の一部となれば、あのシラタキの事だし。何となく考えは分かるような気がしないでもない」
「シラタキ?」
どうやらこれについては本気で分からなかったらしい。
サングラスの大男が戸惑うのを見て、別にこのくらいの情報は話してもいいと考え、口を開く。
「シラタキ……ヴィラン連合だと死柄木とか名乗ってるみたいだな」
「ぶっ!」
そう口にした瞬間、サングラスの大男が吹き出し……
「ぶはっ!」
口裂け男もまた同様に噴き出す。
……なるほど。やっぱりこの口裂け男は俺が生け捕りにしたのとは違う奴だな。
生け捕りにした奴も、シラタキについて話した時に噴き出していた。
そうである以上、ここでまた同じように噴き出したりはまずしないだろう。
しないよな?
実は口裂け男にとってシラタキというのが完全にツボで、一度笑ってもまた何度も笑ってしまう……そんなことになる可能性があってもおかしくはないのだから。
となると、馬の炎獣から何とか逃げ出して再び俺の前に現れたとかそういう訳ではなく、また新しい分身なのだろう。
そんな風に思いながらマンダレイに視線を向けると、マンダレイは俺が何を言いたいのか分かったのだろう。微かに頷く。
よし、これで俺にはテレパスは届かないものの、俺以外の関係者にはしっかりと開闢行動隊とやらの情報と、ヴィラン連合の特殊部隊であるという情報も伝わったと思って間違いない。
「お前達が狙っている爆豪もしっかりと護衛の戦力は用意した。こうなると、お前達が他に何か出来る事はないぞ。素直に降伏してくれると、こっちとしても面倒がなくていいんだけどな。……どうだ?」
多分降伏はしないだろうと思いつつ、それでも念の為に尋ねる。
これについては、時間稼ぎの一面が大きい。
開闢行動隊にとって、時間は敵だ。
向こうの戦力は決して多くはない。
いや、脳無がいたり、分身を作ったりといった事が出来るので、そういう意味では相応の戦力があるのは間違いないものの、こちらの戦力について考えれば、時間が経てば経つ程にこっちが有利になるのは間違いないのだ。
だからこそ、今は多少なりとも時間稼ぎをする。
だが、当然ながら向こうもこっちが何を考えているのかくらいは理解しているらしく、口裂け男があっさりと首を横に振る。
「そんな事をするとでも? だが……ん? おい、スピナー?」
「アクセル・アルマーぁあぁあぁあぁあぁっ!」
何故か話の途中でリザードマン……口裂け男が言うには、スピナーとかいう名前らしいが、そのスピナーが手作り感満載の刃物の塊といった武器を構えて俺に向かって突っ込んで来る。
え? 何だ?
スピナーはリザードマン的な顔をしているので、その表情は分かりにくい。
分かりにくいのだが、それでも憎悪で顔を染めていると分かるくらいには怒り狂い、俺に向かって刃物の塊を振り下ろしてくる。
「アクセル!?」
マンダレイが叫ぶが、それを制するように蒼炎が放たれてマンダレイの動きを牽制する。
虎も動こうとした、サングラスの大男がそれを邪魔するように動く。
とはいえ、見た感じではこの刃物の塊は何らかの個性によって作られた物ではない。
つまりステインの時と同じく、この一撃を受けても俺がダメージを負うような事はない。
……もっとも、ステインが血を舐めた相手の動きを止めるといった個性があったように、スピナーがどのような個性を持っているのか分からない以上、この刃物の塊にぶつかったから大丈夫だとはいえ、素直にそれに命中するような事をしようとは思わない。
幸いにもスピナーは異形系で身体能力は一般人よりも高い……高い? ん? そうでもないか?
刃物の塊を振り回しているのだから、力はあるんだろうが。
ともあれ、憎悪の突き動かされて振るわれた刃物の塊だったが……
ひょいっ、と。
あっさりと回避すると同時に、スピナーの足を引っ掛ける。
「うおおおっ!」
へぇ。
てっきり突っ込んで来た速度のままで転ぶのかと思ったんだが、予想外に耐えることが出来たらしい。
あるいはこの辺が異形系ならではの能力……いや、これが個性なのか?
とにかく何とか転ばずに体勢を立て直そうとしたスピナーに対し、俺は手を振るう。
白炎による一撃がスピナーの持つ刃物の塊を襲う。
このままスピナーを白炎で焼いてもよかったんだが、どうせ分身だろうし、下手に倒してしまうと黒霧によってどこに転移させられるか分からないんだよな。
なので、今は取りあえずスピナー本人ではなく、武器を狙う。
……スピナーは分身で生み出せても、この刃物の塊はそうもいかない……いかない……どうなんだろうな?
口裂け男は毎回同じ服装で姿を現しているのを考えると、分身は恐らく服装とかも同様に生み出せるのだろう。
であれば、スピナーが持っている刃物の塊ももしかしたら分身で生み出せる……のか?
まぁ、その辺についてはそこまで気にする必要はないだろう。
見掛けでは物騒極まりない武器であるものの、それでも実用性という意味では……相手に恐怖を与えるという意味では非常に凶悪なのは間違いないが、実際にそれを使いこなせるかとなると、話は違う。
まぁ、スピナーがもっと腕を磨いて、刃物の塊を使いこなせるようになったら、多少は厄介かもしれないが……とにかく、今は邪魔なので刃物の塊を白炎で燃やす。
「き……貴様ぁっ!」
白炎によって金属部分がドロリと溶けた刃物の塊――もう刃物は数える程しか残っていないが――を、俺に向けて投擲するスピナー。
怒声と共に投擲されたその武器は、しかし再度白炎を生み出して一瞬にして燃やしつくす。
スピナーが分身の可能性も考えてなるべく殺したくなかったのだが、武器についてはその辺について考えなくてもいい。
なので、白炎を強力にして刃物の塊を即座に燃やしつくした。
「な……」
まさか自分の武器がこれだけあっさりと燃やされるとは思ってもいなかったのか、スピナーが驚きの声を出す。
「さて、落ち着いたところで聞きたいんだが、何故俺をそこまで憎む? 俺は恨まれる筋合いはない……とは言わないが、それでも初対面のお前にそこまで恨まれるような事はないと思うが?」
「ふざけるな、貴様ぁっ! 貴様がステインを……ステインを!」
あー……なるほど。
今の言葉でスピナーが何故俺を睨んでいるのかを理解出来た。
保須市で行われていた、ステインのヒーロー殺し。
最終的に俺がステインを倒す映像がネットにアップされた。
もっとも、同時にそれはステインが自分の理念を口にした事もあって、それを見た者の中にはステインの理念に同調する奴も生み出してしまったが。
スピナーもまた、そのよう者達の1人なのだろう。
だからこそ、あの映像においてステインを倒した俺の存在が許せなくてもおかしくはない。
実際、ネットにアップされた俺がステインを倒した映像に書かれているコメントの中には、ステインを……ヒーロー飽和社会と呼ばれる現在の状況に異を唱えたステインを倒したということで、責めるコメントも多いらしいし。
他にも体育祭の時から存在しているらしい俺の専用スレにおいて、ステインの件があってからアンチが多くなっているので、見ない方がいいと上鳴から言われていたりもする。
そんな諸々について考えれば、スピナーの対応も分からないではなかった。
だからといって、そんなスピナーの行動に俺が付き合う必要があるのかと言われれば、それは否なのだが。
とにかく今のこの状況で俺がやるべきなのは、ステインのシンパであるスピナーの相手をする事ではない。
「お前がステインのシンパだってのは分かった。まぁ……あいつに一種のカリスマ性があったというのは、俺も同意するけどな」
「ならば、何故!」
「ステインがヴィランだからに決まってるだろ」
ステインが幾らカリスマ的な人気を持っていようとも、俺にしてみればヴィランでしかない。
特に飯田にしてみれば、尊敬する自分の兄が半身不随にさせられたのだ。
それを思えば、スピナーが幾らステインに思うところがあろうが、それで引け目に感じる事は俺にはない。
……もっとも、これはあくまでも俺の認識でしかなく、それに同調しろとまでは言おうとは思わなかったが。