背後からの手刀によって、一瞬にして意識を刈り取られた口裂け男は、そのまま地面に倒れ込む。
それをやったのは、狛治。
そんな狛治に向かって口を開こうとしたところで……
「誰っ!?」
「くっ、また新手か!」
マンダレイと虎が狛治を前にそれぞれが構える。
あー……うん。まぁ、狛治の外見を見れば新手のヴィランだと認識してもおかしくはない。
おかしくはないのだが、それでも我慢が出来ずに思わず噴き出す。
「ぷっ!」
「……アクセル?」
狛治がヴィランに間違われた事に噴き出す俺に、マンダレイは狛治を警戒しながらもこちらに視線を向けてくる。
虎もまた、狛治を警戒しながら一瞬だけ視線を俺に向けてきた。
そして狛治は、半ば呆れ、半ば面倒そうにしながら俺に視線を向けてくる。
「おい、アクセル」
狛治が俺の名前を、それも明らかに敵に対してといったものではなく、仲間に対する気軽な様子で声を掛けてきたのを聞き、マンダレイと虎はそれぞれ俺に視線を向けてくる。
「俺の仲間だよ」
「仲間ではなく召喚獣ですけどね」
俺の言葉に被せるように狛治が言う。
召喚獣という言葉に、マンダレイと虎が全く理解出来ないといった視線をこちらに向けてきた。
「アクセル、どういう事?」
「それが何に対してのどういう事かというのは分かりませんが……狛治に対してなら、概ね間違っていませんよ。俺の仲間にして召喚獣といった感じで。混沌精霊の能力の1つと言えば分かりやすいかもしれませんね」
本来なら、狛治についての情報は可能な限り隠すべきなのだろう。
だが、どのみち相澤を始めとして今回の林間合宿に参加している大人達は俺の混沌精霊が個性ではないという事を知っている。
それこそ、厳密にこの世界の区分で考えた場合、俺は無個性なのだから。
ただ、無個性ではあるが俺がとてもではないが普通の存在ではないというのは、当然のように知っている筈で、狛治もそんな俺の秘密の1つだと認識して貰えばいい。
「色々と言いたい事があるのは分かりますけど、今ここで説明しても相澤先生やミルコ、ブラドキングといった面々にもう1度説明する必要があるから、後で纏めて説明しますよ。……それよりも今は、その口裂け男を拘束する必要があるんじゃないですか? 後は相澤先生を呼んで個性を消して貰い続ける必要もあるだろうし」
今はヴィラン連合……より正確にはそこに所属する開闢行動隊の面々が撤退した事を喜びつつ、どのような状態なのかを調べる必要がある。
森には毒ガスもあったし、他にもヴィランや脳無がそれなりに潜んでいたっぽいし。
「そうね。まずはイレイザーを呼んできてこのヴィランの分身が個性を使わせないようにしないと。それに、ピクシーボブもいつまでも地面に寝かせておく訳にもいかないし」
マンダレイの言葉に、ピクシーボブに視線を向ける。
少し離れた場所で気絶しているピクシーボブは、これだけ大きな騒動になったにも関わらず、まだ目を覚ます様子がない。
「ピクシーボブはもしかして、ガスの個性にやられたんですか?」
「え? ガス? ……いえ、ヴィランの持っている武器に頭を思い切り殴られたのよ」
マンダレイの言葉に、スピナーが置いていった……その重量から持っていくことが出来なかった、刃物の塊に視線を向ける。
あの武器で殴られた割には、斬り傷とか刺し傷とか、そういうのがピクシーボブにはないように思えるけど。
プロヒーローが使うヒーローコスチュームは、基本的に相応の防御力を持っている。
だが、マンダレイは今、ピクシーボブは頭を殴られたと口にした。
そしてピクシーボブのヒーローコスチュームは、頭部を守るような何かは……まぁ、ヘルメット的なのはない。
頭部に何らかの装置っぽいのはあるから、それを使えばある程度の防御力はあるかもしれないけど。
ただ、それでも顔に刃物の傷が1つもないというのは、素直に疑問だ。
「ああ、私が戦っていた……スピナーって言ったかしら? あの異形系のヴィランが持っていた武器じゃなくて、虎が戦っていたヴィランが持っていた武器で殴られたのよ」
なるほど、俺が見た時は武器を持っていなかったので素手で戦うタイプなのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
まぁ、その辺については俺がどうこう考えたところで意味はないけど。
「なら、まずは合宿施設にピクシーボブを運ぶ必要がありますね。……相澤先生とか他の人達も合宿施設に戻ってくるでしょうし」
「そうね。……悪いけど、ピクシーボブを運ぶのはアクセルにお願い出来る? 今は少しでも早く状況を把握しないといけないし」
「分かりました。……取りあえず狛治がこのまま一緒にいると、相澤先生とかはともかく、生徒達には何が何だか分からないので一度召喚を解除しておきますね。説明する時にまた召喚しますから」
「ええ、お願い。……一応、見ててもいい?」
そうマンダレイが俺に聞いてきたのは、好奇心からというのもあるのが、決してそれだけではないだろう。
マンダレイ本人が言っていたように、今はそのようなことをしている余裕はないのだから。
そのような状況であっても狛治の召喚を解除するところを見たいというのは、プロヒーローとして少しでも俺についての情報を知っておきたいという事なのだろう。
「分かりました。……じゃあ、狛治。一旦召喚を解除するぞ。またもう少ししたら召喚すると思うから……どうした?」
そのつもりでいてくれ。
そう言おうとしたのだが、狛治が微妙な表情で俺を見ているのに気が付き、そう尋ねる。
「いや、その、何だ。アクセルが敬語……と言えばいいのか? そういう言葉遣いをしているのが珍しくてな」
ああ、なるほど。
狛治の知っている俺なら、そういう言葉遣いはしないか。
「今は公安からの仕事で雄英の生徒になってるしな。生徒である以上、教師とかプロヒーローに向かっていつも通りの言葉遣いは出来ないんだよ」
そう言うと、マンダレイと虎がマジマジと俺を見てくる。
あれ? これってもしかして俺が公安からの依頼を受けて雄英の生徒をしているというのは、知らなかった感じか?
相澤が公安と連絡をしていたし、その辺りについても既に説明されているのかと思ったんだが。
「その件についても、後で纏めて説明しますよ。……とにかく今は後始末を優先しないと。狛治、いいな?」
「ああ、構わん」
そう狛治が言ってきたので、あっさりと召喚を解除する。
数秒前までそこに狛治がいたとは、とうてい思えないような感じで狛治の姿は今はもう完全に消えていた。
「え? あれ……もう?」
狛治が消えたのを見たマンダレイが、戸惑ったような声を上げる。
マンダレイにしてみれば、恐らくは召喚魔法という事だったので、もっとこう……分かりやすく魔法陣とか、そういうのがあるとでも思ったのかもしれないな。
だが、実際にはこうしてあっさりと姿を消してしまった訳で……それが完全に予想外だったのだろう。
「はい、終わりました。じゃあ、俺はピクシーボブを合宿施設まで連れていきますね」
そう言い、倒れているピクシーボブを横抱き……いわゆる、お姫様抱っこで持ち上げる。
「むぅ」
ピクシーボブを抱き上げたところで、不意にマンダレイの方からそんな声が聞こえてきた。
何だ? と視線を向けうると、マンダレイの隣にいる虎が口をひらく。
「ピクシーボブの意識があったら、恐らく跳び上がって喜んだだろうな」
「……えっと……どうなんでしょうね」
虎の言葉にどう反応すればいいのか迷う。
ピクシーボブが俺に強い視線を向けているのは知っていた。
自分で言うのもなんだが、俺の裏……というか真実を知らなければ、俺は将来有望なヒーロー候補生だ。
体育祭では優勝し、ヒーロー殺しのステインを倒し、この林間合宿でもプッシーキャッツよりも早く合宿施設に到着していたくらいなのだから。
……もしかしたらプッシーキャッツが林間合宿の依頼を受けたのは、将来有望な男を見つけて唾を付けておく為だったと言われても、ピクシーボブの言動から考えて否定は出来ない。
で、そんなピクシーボブが俺に横抱き……お姫様抱っこをされているこの状況を知れば、虎が言うように嬉しくなるだろう。
それは分かっているが、それに対してどのように反応すればいいのかまでは、ちょっと分からなかった。
「取りあえずピクシーボブを運んできます。今、合宿施設に誰がいるのかはちょっと分かりませんけど。それとそこで気絶している口裂け男についてもお願いします」
肝試しが始まる前なら、相澤とブラドキング、そして補習組がいた。
だが、開闢行動隊の襲撃があった以上、教師2人が何もしないとは思えない。
……いや、実際には補習組を守る必要があるので、どちらか1人は合宿施設に残って、もう1人は生徒達の救助に回るなり、あるいはヴィランの迎撃に出るなりしてもおかしくはない。
まぁ、その辺はここで考えても意味はない。
ピクシーボブを合宿施設まで連れて行けば、嫌でも分かるだろう。
「ええ、そうね。こっちはこっちでやっておくから、ピクシーボブをよろしく」
「はい、それと森の中には炎獣を百匹近く放ってますので、何かあったら炎獣に指示をするなりして貰えれば」
「え? ……その、本当に炎獣を百匹も?」
炎獣の件は、どうやらマンダレイにとっても予想外だったらしい。
驚きながらそう言ってくる。
「はい。炎獣のお陰で、生徒達の被害も……皆無という訳にはいきませんが、減っているのは間違いないと思います」
この世界の原作について、俺は知らない。
知らないが、それでも炎獣によって被害が少なくなったのは間違いないと思う。
もっとも、口裂け男の分身が何度も出て来たり、脳無を結構な数投入してきたりと、俺への対策と思しきものがそれなりにあった。
そう考えると、もしかしたら俺の影響で原作よりもこの合宿の襲撃に集められた戦力は多かったのかもしれないな。
その辺りについては、ここで俺がどう考えても意味はないか。
そんな風に考えながら合宿施設に向かう。
念の為に周囲の様子を警戒しつつ、気絶しているピクシーボブに視線を向ける。
普段の言動が色々とアレではあるが、こうして気絶しているピクシーボブを見ると、顔立ちが整っていて、間違いなく美人と呼ぶに相応しい。
こんな美人なのに、何で男に恵まれないんだろうな。
ピクシーボブがその気になれば、それこそ幾らでも相手は見つかりそうだけど。
あるいは恋人は出来るけど結婚は無理とか、そんな感じだったりするのか?
あくまでも俺の予想でしかないが。
そのピクシーボブを運びながら進んでいると、やがて視線の先に合宿施設が見えてくる。
「うわ、結構燃えてるな」
合宿施設には見て分かる程の焦げが存在していた。
……それでも、俺が最初に森の中で見た巨大な蒼炎を思えば、合宿施設の被害そのものはそこまで多くはない。
場合によっては、それこそ合宿施設そのものが燃えつきていても不思議ではなかったのだから。
そういう意味ではこの程度の被害なのは幸運だったのだろう。
「アクセル、無事だったの!? ……って、は? 何してるの?」
俺が合宿施設に近付いたということは、当然ながら合宿施設にいた者達からも俺の姿が見える訳で、合宿施設の前にいた三奈が俺を見ると嬉しそうに近付いてきたものの、俺がピクシーボブをお姫様抱っこしているのを見ると、ジト目を向けてくる。
「いや、何でそういう目で見るんだよ? 何って、ヴィラン連合に……開闢行動隊に気絶させられたピクシーボブを連れてきただけだぞ?」
「……ふーん……でも、そういう抱き方をするのはどうかと思うんだけど」
「おい、アクセル。現在の状況はどうなっている?」
三奈を押し寄せるように、相澤が前に出て俺にそう聞いてくる。
よく見れば、A組の補習メンバーにB組の物間、ブラドキングといった面々も集まっていた。
どうやら俺と三奈の会話が聞こえて、外に出て来たらしい。
「取りあえず開闢行動隊……相澤先生にはヴィラン連合って言った方がわかりやすいかもしれませんが、そいつらは撤退しました」
「撤退? ……そうか」
俺の言葉に相澤は眉をピクリと動かす。
ブラドキングもまた、相澤と同じように少し身じろぎをしていた。
「おお、やったなアクセル。漢を見せたな!」
そんな中、切島が俺に向かってそう言ってくる。
「アクセルが無事なようで何よりだよ。……ピクシーボブは大丈夫なのか?」
上鳴もそう俺に言ってくるが……
「アクセル、撃退じゃなくて撤退って言ったのか?」
瀬呂が相澤やブラドキングの様子を見て、そう俺に聞いてくる。
『え?』
切島、上鳴、三奈が瀬呂の言葉にそう疑問を口にする。
「あれあれあれぇ? 何でそんな事に気が付かないのかなぁ? B組よりも優秀なA組の生徒なら、そのくらい分かってもいいと思うんだけどなぁ。そもそも、何でB組よりも優秀なA組から4人も補習を受けてるのかなぁ? あれあれぇ? 何でだろうねぇ?」
うわ、ここぞとばかりに物間が煽ってくる。
……物間も補習を受けている以上、そういうのを言えないと思うんだが。
そんな風に思いつつ、まずはピクシーボブを休ませる事にするのだった。