しん、と。
いきなりの校長の言葉に、会議室にいる者達は静まり返る。
……あ、でもミルコは元々その辺を気にしていないっぽい感じだな。
話については、色々と聞き流している。
一体何の為にミルコがこの説明会に参加したのか、全く理解出来ないんだが。
「俺としては助かるけど……公安的にはそれでいいのか?」
校長の言葉は、俺にとって悪くない。
寧ろこの雄英はこの世界の原作主人公の緑谷が通っている高校で、そういう意味では原作の舞台となる場所だ。
そこにゲートを設置出来るのなら、色々と助かるのは間違いない。
間違いないんだが……疑問なのは、校長の提案に対して、目良が何も反論しない事だろう。
目良的には……いや、この場合は公安的にはか? とにかく、自分達が俺にゲートを設置出来る土地を提供するという話になっていた筈だが、まるでそれを忘れたかのような行動だ。
「良いかどうかと言われると良くはありません。ですが、だからといって今までアクセル代表に土地を提供出来なかったのは私共のミスです。そうなると、根津校長の判断で雄英が土地を提供するのを止めさせるようなことは出来ませんから」
そう言う目良は、特に焦った様子はない。
いや、寧ろ予想通りといった様子ですらある。
これ、もしかして最初からシャドウミラーに提供する土地は雄英に出させるつもりだったのか?
そう考えれば目良のこの態度にも納得出来るし、生徒達を鍛える為に壁となるという依頼で俺を雄英に入学させたのも、納得は出来る。
とはいえ、何故そのような事をする必要があるのかは分からない。
普通に考えれば、シャドウミラーという異世界の存在との繋がりというのは、出来るだけ他人に関わらせたくないと思う筈だ。
実際、はっきりとした事は分からずあくまでも感覚の話だが、公安はシャドウミラーの存在を上に……つまりは政府とか政治家とか、そういうところに知らせていないっぽい感じがする。
それはあくまでも公安がシャドウミラーとの取引を自分達で仕切りたいと思っていたんだが、それなのに雄英を巻き込むというのはどういう理由がある?
ましてや、以前のUSJの一件や今回の林間合宿の一件を思えば、原作云々について知らなくても、何かが起こってると考えてもおかしくはない筈だ。
「何を企んでいる?」
「いえ、特には何も。実際、私も根津校長が今のような提案をするとは思ってませんでしたから」
本当か? と疑問に思うも、目良の様子を見る限りでは特に嘘を言ってるようには思えない。
となると、今の言葉は本気で言ってるのもしれないが……それはそれで疑問が残る。
そもそもの話、公安的には今回の校長の提案は決して好ましい筈ではない。
だというのに、それでもこうして目良が校長の提案に驚いていない事を考えると、それはつまり校長の提案が驚きだったのは間違いないものの、それでもそういう提案をする可能性はあるかもしれないと、そのように思っていたのかもしれないな。
「なら、何でそんなに簡単に受け入れる? 普通に考えて、公安が雄英側の提案を受け入れる理由があるとは思えないが?」
「そうですね。ですが、こちらとしても色々とありまして」
その色々について聞きたいところなんだが、この様子を見る限りだと目良がその内容を口にするとは思えない。
つまり、何かがそこには……校長の提案を受け入れる理由はあるものの、だからといってそれを俺に話すようなことは出来ないといったところか。
問題なのは、その何かなのだが……この様子を見る限りだと、俺が何を言っても結局白状しそうにないな。
「公安が何を考えているのかは分からないが、もしここでお前達が何も言わないのなら、シャドウミラーとの交渉については雄英が大きな役割を果たす事になるけど、それで構わないのか?」
「そうですね。それは仕方がないかと思います」
「……一応聞いておくが、これはお前の独自の判断とか、そういう事じゃなくて上からきちんと許可をとってのものでいいんだな?」
念の為にそう目良に尋ねるが、目良は俺のその問いに当然のように頷く。
「はい、そうなります。この件については私が委員長から全権を預かってますので」
その目良の言葉に、なるほどと思う。
目良がこのように言うという事は、やはり俺が予想したように最初から雄英に土地を提供させるつもりだったのだろう。
一体何がどうなってそのようなことになったのかは、俺にも分からない。
分からないが、それでも公安の方で……それも目良に全権を預けるという事は、しっかりと全てを承知の上で、このような流れに持っていったのだろう。
「分かった。なら、俺は校長からの提案を受け入れよう」
ざわり、と。
再び会議室の中がざわめく。
まさか今の話の流れで俺が素直に校長の提案を受け入れるとは思わなかったのだろう。
とはいえ、雄英はこの世界の原作においてメインの舞台となるのは間違いない。
そう考えると、俺としても校長からの提案は決して悪くない……どころか、渡りに船といったところなのは間違いない。
ただ……
「ホワイトスターとの間に繋がるゲートを設置した場合、当然ながらそのゲートを使ってホワイトスターから人が来る。シャドウミラーの面々は当然ながら、現在シャドウミラーと協力関係にある他の世界の人員もな」
これは、ほぼ間違いないと思う。
その世界が個性的であれば、多くの者が来るだろうというのは、今までの経験から明らかなのだから。
例えば、鬼滅世界は昔の日本、大正時代の日本という事で多くの者が訪れている。
その筆頭はエヴァだが、エヴァ以外の面々もかなり鬼滅世界に行っていた。
このヒロアカ世界も、個性が存在するという意味では間違いなく多くの者がやって来る。
だが、そうなると問題なのは、雄英の敷地内でそのような者達が行動するという事だろう。
以前……雄英に入学してすぐに起きた、マスゴミによる雄英への不法侵入事件。
あれと同じような状況になる訳だ。
もっとも、マスゴミの時と違うのはマスゴミは雄英の許可もなしに雄英の敷地内に入ってきたのに対し、シャドウミラーの場合は雄英側から土地を提供されたという事だろう。
……あれ? そう考えればそもそも不法侵入ですらないような?
「なるほど。その辺はしっかりと話し合う必要があるだろうね。敷地内をアクセル代表の仲間が歩いているのを他の生徒が見たら、不審者だと思うだろうしね」
校長の不審者という表現には少し納得出来ないところがあったが、それはあくまでも俺の認識だ。
それこそ雄英の生徒にしてみれば、生徒でも教師でもない第三者が敷地内にいるのだから、それを見れば不審者であると認識してもおかしくはない。
……そう思われた方が、それに納得出来るかどうかはまた別の話だろうが。
「雄英が土地を用意してくれるのは助かるが、その問題はどうするんだ?」
あるいは、これが雄英ではなく普通の高校ならその辺を適当に誤魔化すといった方法もあるだろう。
だが、ここは雄英。日本でトップクラスのヒーロー科を有する高校だ。
学校の体育祭がオリンピックのような扱いになっているのを見れば、雄英の知名度の高さは考えるまでもない。
そんな雄英の生徒が、例えばSNSで敷地内に不審者がいるといったような事を書いたらどうなるか。
しかも、1人や2人程度ならともかく、それが10人、20人ともなれば全国的に騒動となってもおかしくはないだろう。
雄英の生徒というだけで、それだけの影響力があるのは間違いのない事実なのだから。
「そうだね。その辺についてもしっかりと考える必要はあると思うよ。例えば敷地は用意するけど、そこと繋がっているのは雄英の外で、雄英の敷地内に入るには一度外に出て、改めて雄英の校門から中に入れるようにしておくとか」
しっかりと考える必要はあると言うものの、校長はあっさりとそう言ってくる。
多分、俺に土地を提供すると言った時点でその辺りについては予想していたのかもしれないな。
雄英の校長をしているだけあって、そのくらいの事は出来てもおかしくない。
「なるほど。まぁ、こっちとしてもホワイトスターからやって来た面々が自由に雄英の中を動き回って、それが問題になるような事になるのは困るしな。そういう意味では、校長の提案は悪いものじゃない」
「じゃあ、そういう事で決まりでいいかな?」
校長にしてみれば、早いところ話を決めてしまいたいのだろう。
もっとも、その気持ちも分からないではない。
校長にしてみれば、俺という存在……異世界からの存在というのは、それだけ警戒すべき相手なのだろうし。
まぁ、このヒロアカ世界では今まで異世界なんて存在はなかったのだから、そういう風に警戒をしてもおかしくはないけど。
……いや、けど多種多様な個性の存在するこのヒロアカ世界だ。
中にはそれこそ異世界に移動出来る個性とか、そういう個性があってもおかしくはないと思うんだが……まぁ、その辺については俺が考えるような事ではないか。
そういう個性があったら興味深い存在だっただろうし、もしヴィランならスライムを使ってその個性を貰ってはいただろうが。
「そうだな。それでいい」
「では、どこの土地を貸し出す事にするかだけど、アクセル代表は何か希望は?」
「希望か。……取りあえず雄英と明確に分断するとなると、当然ながら外側となるのは必須として、他にはゲートを設置する以外にも軽い事務所とかそんな感じの建物を用意したいから、相応の広さは欲しい」
これは嘘でもないが、これだけが全て真実といった訳でもない。
実際にそれをやる機会があるかどうかは別として、ゲートを使ってヒロアカ世界に人型機動兵器を転移させるといったような事になったりした時の事を考えてだ。
もしくは、メギロートやバッタのような無人機を出す可能性もあるけど。
戦艦の類は……まぁ、うん。その時はその時でどうにかすればいいだろうし。
また、事務所の類があれば何か緊急の連絡を俺達……というか、シャドウミラーと取りたくなった時の受付とか、そういうのに使えてもいいと思うし。
後は、ヒロアカ世界からゲートを使ってホワイトスターに行く人物の受付をするとか、そんな感じか?
とにかく何をするにしても、やはりそういう場所があった方がいいのは間違いないのだ。
「なるほど、それでは……この辺りはどうかな?」
校長がそう言うと、会議室の壁……かと思いきやスクリーン型のモニタに雄英の地図が表示される。
衛星とかを使って地上の様子を映し出した映像。
リアルタイムなのか、それとも以前のものなのか、その辺りは分からないが。
ともあれ、そうして映し出された雄英の地図の一部分、丁度何もない端の辺りをポインターを使って示す校長。
というか、校長の手でよくポインターとか持てるな。
いや、それを言うのなら校長の仕事をするのに必要なペンとか判子とか、そういうのだって校長が持てるのは凄いと思う。
あるいは校長でも持てるよう特別に作られた物なのかもしれないけど。
そんな風に考えつつ、校長の示した場所をしっかりと確認する。
ゲートは一度セットしてホワイトスターと繋げてしまうと、動かせない……訳ではないが、一度繋がりを解除して新たに別の場所にゲートを設置して再度繋げるとなると、かなり面倒な事になる。
今まで一度もそういう事をしていない……訳ではないが、とにかく面倒なのは間違いない。
だからこそ、ゲートを設置する場所についてはしっかりと決めておく必要がある。
そして校長が指示した場所は、俺がいつも使っている校門からはそれなりに離れているものの、そこから外に出られると考えれば、決して悪い立地ではなかった。
「ああ、それでいい。ただ、具体的にどのくらいの土地になるのかについては、ゲートを設置して、ホワイトスターと繋がってから政治班……シャドウミラーの担当の者に対処して貰うけど、それでもいいか? ……さっきも言ったが、それなりの土地の広さは必要だし」
「構わないのさ。交渉についてはいつでも受け付けているからね」
あっさりとこっちの要望を受け入れすぎじゃ?
そうも思ったのだが、校長には特にやってしまったといったような様子はない。
雄英の教師陣も、この辺りについては全て校長に任せておけばいいと思っているのか、校長がそれでいいのなら問題はないといった様子を見せている。
これは、それだけ校長が他の教師から受けいられているということを意味しているのだろう。
「じゃあ、そういう事で頼む。……それで、どうする? ゲートの設置については、いつ出来るようになるんだ?」
今は爆豪やラグドールの件もあるので、それが片付いてから……と思っていたのだが……
「じゃあ、これからでどうかな?」
校長の言葉は、俺にとって完全に意表を突いたものだった。