「あら、そちらは?」
明日菜の姿を見たマンダレイが、そう俺に聞いてくる。
ピクシーボブが何かを言いたそうにしていたのだが、マンダレイが機先を制した形だ。
というか、マンダレイ的にはここでピクシーボブに好きに話させたら、それはそれで問題があると思ったのだろう。
「私は神楽坂明日菜よ。シャドウミラーの一員で、前からアクセルの事は知ってるわ」
「それなら私達も、アクセルには色々と助けて貰ってるわね」
えっと……あれ? 何だ?
何かこう、ピリピリしてるっぽい感じなんだが……明日菜とピクシーボブやマンダレイって、相性が悪かったりするのか?
そう思っていると、何故かこちらに近付いてくる龍子、優、ねじれの姿を発見する。
「アクセル、どうしたの? 何かトラブル?」
「うわ、正面から行った……さすが先輩」
「何、何? どうしたの? 不思議、不思議」
穏やかな笑みを浮かべる龍子と、どこか唖然としている優、そして不思議そうにはしゃいでいるねじれ。
「いや、その……」
出来れば、今この状況で龍子達には来て欲しくなかったというのが正直なところだ。
勿論それは、俺が龍子達を嫌っているといった訳ではない。
ただ単純に、今この場に龍子達が来たら、ただでさえ混乱しているこの状況が、余計に酷くなりそうな気がしたのだ。
そして、案の定……龍子も何故かこの場の騒動に参加する。
「私はアクセルが……そうね、こちらに来た時からの付き合いだし、雄英ではアクセルの後見人という事にもなっているのよ? ねぇ、優?」
「あ、はい。その通りです」
優は龍子の言葉に即座にそう返事をする。
何だかこう……本人の意思ではなく、無理矢理言わされたかのような、そんな感じの言葉。
あれ? 微妙に不味いんじゃ?
そう思った俺は荒垣に視線を向けるも……荒垣は関わり合いになりたくないといった様子でそっと視線を逸らす。
おい。
そう突っ込みたくなったが、それならとムラタに視線を向けると、そこでは虎と何やら話が弾んでるムラタの姿。
……というか、ムラタと虎の相性が良いというのはちょっと予想外だったな。
なら、他に……と木乃香と桜咲に視線を向ける。
明日菜の親友である2人だけに、明日菜を止めてくれるのではないかと期待したのだが、木乃香は面白そうな様子で、桜咲は自分は関わりたくないと視線を逸らしていた。
いや、桜咲の対応は分からないでもないが、木乃香のその面白そうな様子ってのは一体何がどうなってそうなった?
そう思うも、ここで俺が何かを言っても恐らく意味はないので木乃香に助けを求めるのは諦める。
なら……とこの場にいるシャドウミラーの最後の1人であるオウカに視線を向けるが……こちらは運動場の中央で向かい合っているイザークに熱い視線を向けている。
だよな、恋人が模擬戦とはいえ戦うんだから、そっちに意識を向けるなという方が無理だよな。
そうして俺が他の面々視線を向けている間に、俺を中心に起こっているピリピリ感はより一層危険な状態になっていた。
具体的には、明日菜VSピクシーボブ&マンダレイVS龍子&優……といった感じだろう。
龍子の派閥? であるねじれは、ワクワクとした様子でやり取りを見守っている。
この辺り、木乃香と同じようなスタンスっぽいな。
ちなみに優は半ば強引に龍子に巻き込まれたっぽい感じではあるからか、本人にそこまでやる気はないように思える。
あー……正直なところ、これ本当にどうしたらいいんだ?
そういう風に困っていると、やがて目良の言葉が周囲に響く。
「では、いいですね? 私が止めたらすぐに模擬戦を止める事。…始め」
普通なら『始め!』と気合いを込めた叫びが発せられてもおかしくはないのだが、この辺りが目良らしい。
いやまぁ、本人的にはそれで精一杯なのかもしれないが。
何しろ、これからヴィラン連合の拠点を襲撃するというのに、何故か模擬戦が行われる事になったのだ。
目良にしてみれば、勘弁してくれというのが正直なところだろう。
とはいえ、このような状況になってしまっては、とてもではないが止めるといったことは出来なかったが。
そうして目良の合図がされると同時に、グラントリノが動く。
かなりの速度で動くグラントリノは、真っ直ぐイザークに向かうが……イザークもそんなグラントリノに負けない速度で動く。
あれは瞬動ではなく、気による身体強化だな。
その速度は素早く、模擬戦の範囲内を2人揃って縦横無尽に動き回る。
ふと気になって見物人達に視線を向けるが、俺の知らない無名のプロヒーローとかは、イザークやグラントリノの動きに完全に目が追いついていない。
それと比べると、オールマイトやエンデヴァーを始めとした上位のプロヒーロー達は、しっかりと動きが見えていた。
……荒垣の側にいたミルコも、当然ながらイザークとグラントリノの動きは見えていた。
とはいえ、これでもお互いは本気で戦っている訳ではなく、お互いにしっかりと手抜き……という表現はちょっと不味いか。手加減をして戦っているのは間違いない。
であれば、その動きすら見る事が出来ない奴は……まぁ、多分今回の騒動ではあまり戦力としては期待出来ないんだろうな。
もっとも、ヴィラン連合のある拠点……神野区だったか。
そこは別に郊外とかそういう訳でもなく、普通に周囲に人が住んでいたり、店があったりする場所だ。
そうなると、ヴィラン連合との戦いにおいて周囲に被害が出ないようにする必要があるが、それ以前に周囲に被害が出た時の為に周辺の住人を避難させる必要があるのも間違いなかった。
戦闘力に期待出来ない面々は、そちらの方で頑張って貰えばいいだろう。
実際、公安や警察とかもそっちの方に手を回すことになるだろうし。
「拳と蹴りの戦いだな」
「そうね。でも、こういう小さい場所だと、仕方がないんじゃない?」
俺の呟きに明日菜がそう言ってくる。
実際、グラントリノの本来の実力は分からないが、イザークが本気で戦った場合、この運動場は崩壊してもおかしくはないし、そこまでいかなくても修復に結構な費用が必要になるような事態になってもおかしくはない。
だからこそ、今この場においてはお互いに……取りあえずイザークは間違いなく手加減をしてグラントリノと渡り合っているのだ。
「私から見ても、何とか目で追える程度なんだけど……シャドウミラーって一体どうなってるのよ」
不満そうな様子で優が言う。
とはいえ……何とかであっても目で追えているというのは、優は以前よりも間違いなく強くなっているという事でもある。
この辺は龍子とチームアップした結果自然と訓練をする事になったり、俺との訓練をしたり……あとは殺気を感じられるようにする為に、俺に殺気を放たれるの何度も繰り返しているのが影響してるんだと思う。
……まぁ、殺気を向けられたからといって、それで目が良くなるのかというのは、ちょっと疑問だが。
「そうだな。優に分かりやすく言えば、オールマイトが何人もいるような感じだと思って貰えばいいのかもしれないな」
「……冗談にしても笑えないし、もし本当ならもっと笑えないわね」
マンダレイがそう突っ込んでくる。
龍子とピクシーボブがそんなマンダレイの言葉に頷きながら、模擬戦を眺めていた。
「うわ、凄いね。何であんな風に動けるんだろ、不思議不思議」
ねじれが目まぐるしく動く高速戦闘を、何とか追いながら興奮した様子で叫ぶ。
……優は俺との訓練の成果で何とか目で追えるようになっているのに、ねじれは、俺が龍子の事務所にいた時はともかく、今はあまり会う機会もなくなっているのに、普通に目で追えているな。
これは、ねじれの才能によるものか。
そんな風に思っている間にも、イザークとグラントリノの戦いは続き……グラントリノの速度が少し……本当に少しだけだが落ちたのを見た瞬間、イザークはグラントリノとは逆に身体強化に回している気の量を少しだけ多くし、結果として速度が増す。
グラントリノの速度が落ちたのが影響し、一層イザークの速度が増したように見える。
グラントリノは回避するのが難しいと判断してか、カウンターで蹴りを放とうとする。
だが、グラントリノは小柄だ。
峰田と同じくらい……いや、峰田よりはちょっと大きいか?
とにかくそんな訳で、本来手より長い攻撃範囲を持つ足だったが、それでもイザークの手の方が長く、速度も上なので……次の瞬間、イザークの拳がグラントリノの眼前でピタリと止められていた。
「そこまで」
それを見た目良が、相変わらず覇気のない様子でそう宣言する。
「えー……まぁ、見ての通り、アクセル代表率いるシャドウミラーに所属する方々の実力は非常に高いです」
目良の言葉に、不満そうな様子を見せる者はまだいたが、実際にそれを口にする様子はない。
グラントリノは年齢もあってプロヒーローとしてはあまり活躍していないっぽい感じだし、プロヒーロー側の様子を見るとグラントリノについて知らない者もそれなりにいるっぽい。
だが、そのような者達であっても、今のグラントリノの動きを見れば、不満は言えないのだろう。
自分達よりも実力が明らかに上だというのは、今の戦いを見れば明らかなのだから。
しかもイザークにしろグラントリノにしろ、本当の意味で本気を出していないでこれだしな。
なら、お前が戦ってみろと言われたりしたら……まぁ、うん。
間違いなくどうしようもない筈だ。
勿論、トップヒーロー達であればイザークを相手にしても戦いになるかもしれないが。
ただ、これはあくまでも俺達の……シャドウミラーの実力を示す為のもので、グラントリノとの戦いでしっかりとその実力を見せつけたのだから、これ以上やる必要はないだろう。
とはいえ……まぁ、うん。
イザークはこうして戦ったのだが、荒垣は実はシャドウミラーの協力者ではあっても、シャドウミラーの所属ではないし、ましてや実働班でもないんだよな。
勿論、ペルソナを使うというトリッキーな戦闘――ヒロアカ世界基準でだが――をするので、半ば初見殺しに近い感じになるが。
ただ、荒垣は魔力や気を使える訳ではない。
……ペルソナが使えるから、それを思えば本人の戦闘力が低いのはあまり気にする必要もないのだが。
一応荒垣は不良達の間ではかなりの強さを持っているという事で知られていたものの、言ってみればその程度の強さでしかない。
ヴィラン連合の者達を相手に、どうにか出来るかどうかは……正直、微妙なところだろう。
なので、荒垣の戦い方としては本人は少し後ろ気味にいて、ペルソナで戦うといった感じになるだろう。
あるいは誰か……そこまで強くないプロヒーローか、もしくは刑事や公安の面々が荒垣の護衛をした方がいいか。
いや、もしくは量産型Wの方がいいか?
今、量産型Wはまだバスに待機しているが、その量産型Wを荒垣の護衛に回すというのは悪くないと思う。
「さて、ではシャドウミラーが今回のヴィラン連合の襲撃に参加するのに不満を持つ方はいませんね?」
確認を込めて尋ねる目良に、誰も不満を言う様子はない。
無理もないか。
もしここで誰かが不満を言おうものなら、それなら次はお前が戦ってみろとか、そんな風に言われてもおかしくはないのだから。
「どうやら、不満な方はいないようですね。シャドウミラーについては、何かあったら公安の方で対処しますから、安心して下さい」
目良のその言葉に、公安がそう言うのなら……といった具合で、まだ残っていた不満は若干ながら収まる。
こうして見ると、公安ってやっぱり相応の実力があるとは認められているんだな。
もっとも、だからといって本当に公安が俺達をどうにか出来るかと言えば、それは微妙なところだろう。
取りあえず俺が見たところ、公安直属といった扱いでそこまで強いプロヒーローはいないように見えるし。
勿論、そういう戦力があっても、公安は公安でそう簡単に俺達にその戦力を明かすといった事をするとは思えない。
それこそ俺にとっては、いっそそういう戦力を見せてくれた方が助かるんだけどな。
……とはいえ、もしそういう奥の手があっても、本当に俺達を相手にどうにか出来るかというのは、微妙な話だが。
ここに来た戦力は、シャドウミラーの中でも精鋭……とまでは言えないが、それでも十分な強さを持っている者達なのだから。
そんな風に思っていると、エンデヴァーが俺をじっと見ているのに気が付く。
何でエンデヴァーが俺を見る?
そう思ったが、エンデヴァーにとって俺は色々な意味で理解出来ない、そんな存在なのは間違いないんだよな。
とはいえ、以前……体育祭での一件や、ステインの一件で俺の正体が分からなかったものの、今となっては俺という存在がシャドウミラーという組織に所属しているという意味で、以前と比べると理解出来ないといった様子は減った……と思いたい。
そう思いながら、俺はエンデヴァーからそっと視線を逸らすのだった。