「では、シャドウミラーの実力を理解出来たところで、そろそろ出発します。丁度……という言い方はどうかと思いますが、外も暗くなっている時間ですし。地下駐車場にバスを待たせてあるので、移動をお願いします」
塚内がそう言う。
模擬戦については目良が仕切っていたが、そもそも今回のヴィラン連合の拠点の襲撃についての纏め役は警察である以上、塚内が仕切るのも当然なのだろう。
プロヒーローの出現によって、警察はヴィランの受け渡し係とか、そういう風に言われることも多いのだが、それでも実際にはプロヒーローよりも立場は上という事も珍しくはない。
もっとも、その辺りは時々によって変わってくるので、絶対にそうだという訳ではないのだが。
それにしても、バスか。
いやまぁ、オールマイトを始めとしたトップヒーローが集まっているのを見れば、間違いなく騒ぎになるだろうし、ネットにも即座にアップされるだろうから、当然か、
俺にしても、今日はヒーロー科の生徒、アークエネミーとしての行動ではなく、シャドウミラーを率いるアクセル・アルマーとしての行動だし。
そうである以上、当然ながらヒーローコスチュームを着てはいないし、そうなると俺がプロヒーローの面々と一緒に行動している映像がアップされると、非常に困る。
……あとは明日菜とかと一緒にいる光景とかアップされると、それはそれで問題になりそうなんだよな。
そういう意味でも、バスで移動するというのは悪い話ではない。
「アクセル少年」
「オールマイト? グラントリノも、どうした?」
バスに移動しようかと思った時、不意にオールマイトに声を掛けられる。
俺に声を掛けてきたオールマイトの横にはグラントリノもいる。
ステインの騒動の時に何度か話す機会はあったが、だからといって俺はグラントリノとそこまで親しい訳ではない。
だが……それでこうして俺に声を掛けてきたとオールマイトの側にいるという事は、何か理由があってのものなのだろう事は明らかだった。
もっとも、具体的にそれがどのような理由から声を掛けてきたのかは分からないが。
「少し話をしたくてな。オールマイトに頼んで声を掛けさせて貰った」
オールマイトではなく、グラントリノが俺に向かってそう言ってくる。
「俺に話を? 俺とグラントリノはそこまで関係はなかったと思うけど。敢えて関係ありそうな人物となると、緑谷関係とか?」
職場体験において、緑谷はグラントリノの事務所に行っていた。
そして俺は緑谷と同級生だ。
……もっとも、それを抜きにしても俺は緑谷がこの世界の原作主人公であるというのを知っているので、そういう意味では何気に深い繋がりがあると言ってもいいのかもしれないが。
ただ、その辺りについて知っているのは俺だけ……いや、見た感じオールマイトはグラントリノに何かこう、遠慮しているように見える。
まさか、弱みを握られているとかそういうのじゃないだろうし……あれ? もしかしてグラントリノはOFAについて知っているとか、そんな感じか?
まぁ、オールマイトも別にAFOと戦っていた時は1人で戦っていた訳ではなく、仲間と一緒に戦っていたと考えるのが自然だ。
だとすれば、グラントリノとの間にそういう関係があってもおかしくはない……のか?
「そっちもあるが……こいつの身体を治したと聞いてな」
「……オールマイト?」
「すまない、アクセル少年! だが、グラントリノは私の事情を知っているし、何よりも私のちょっとした動きで見抜いてきたんだ! 決して私が自分から話した訳ではない!」
小声で叫ぶといった器用な事をしながら、オールマイトが言う。
なるほど、この状況でオールマイトが嘘を言うとは俺にも思えないし、そうなると意図せず見抜かれたというのは多分本当なのだろう。
「……いつまでもここで話している訳にもいかないだろうし、まずは地下駐車場にあるバスに向かいながら話そう」
ふと気が付けば、運動場にはもう殆ど残っていない。
目良と塚内が何をしているのかといったようにこちらに視線を向けているのも分かる。
今はまず目的地のバーに向かうべく進むのを優先する必要があると言いたいのだろう。
「分かった」
グラントリノも運動場の様子については既に理解していたのか、地下駐車場に向かうという俺の言葉に異論はなく、素直に頷く。
そうして運動場を出て、廊下を歩きながら話をする。
「それで、オールマイトの治療についてだったか?」
「そうだ。……正直なところ、お主が一体どのようにして治療をしたのかは分からん。この馬鹿も具体的にどんな治療をしたのかという事については口を割らないしな」
「あ、あはは……」
グラントリノがオールマイトに視線を向けてそう言うと、その視線を向けられたオールマイトは困ったように笑う。
なるほど、どうやらオールマイトは俺が思った以上に律儀らしい。
俺達シャドウミラーについての情報は、まだ知っている者は少ない。
……少ないとはいえ、それなりに結構な数がいるのは間違いないし、そう遠くないうちにシャドウミラーの情報は広まるように思えるが。
ただ、それでもとにかく今はその辺りについて知っている者は少なく、だからこそオールマイトも今はその情報については話さない方がいいと判断したのだろう。
見た感じだと、オールマイトはグラントリノに頭が上がらないといった感じなのだが、それでもこうして黙っているのは、オールマイトがそれだけシャドウミラーの治療に感謝をしているという事なのだろう。
「ただまぁ、どういう治療をしたのか、あるいはどういう個性を使ったのか……もしくは個性を使わない何かで治療をしたのかは分からないが、こいつは俺にとって……そうだな。不肖の弟子とでも言うべき存在だ。そんな不肖の弟子の身体を、どうしようもない身体を治療してくれたんだ。……ありがとう」
そう言い、歩いていた足を止めたグラントリノは俺に向かって深々と頭を下げてくる。
これは……ちょっと予想外だったな。
いやまぁ、こういう風に感謝をされて嬉しくない訳ではない。
ないのだが、それでもこうしてグラントリノが頭を下げてくるとは思わなかったのだ。
「別にそこまで気にする必要はない。何もこっちだって無償でオールマイトの治療を引き受けた訳ではないしな」
オールマイトの細胞が入手出来たというのは、レモンにとって……そして量産型Wにとって、非常に大きな意味を持つだろう。
それにこっちは半ば駄目元での話だが、タルタロスにいるヴィランを何人か引き渡すようにというのもある。
つまり、全てが善意からの行動という訳ではないのだ。
また、単純にこの世界に原作があるというのを俺は理解しており、だからこそこの世界で有数の力を持つオールマイトを、万全の状態……とまではいかないが、原作よりもマシな状態にするというのは、俺にとっても決して悪い事ではない。
あるいは……本当にあるいはの話だが、もしかしたら原作では何らかの理由でオールマイトが完全とはいかないまでも、ある程度回復するイベントがあったのを、俺が介入した事によってそのイベントが消えてしまったという可能性も十分にあった。
そう考えると、オールマイトの治療は言ってみれば俺が介入した結果なくなった――かもしれない――回復イベントの代わりという表現も出来る訳なんだよな。
とはいえ、それはあくまでも俺の予想であって、もしかしたらの話でしかない。
そんな訳で、俺としてはグラントリノにここまで深く感謝をされるような事ではないと思っているんだが。
……それに、グラントリノがこうして深々と頭を下げるのは、オールマイトにとっても予想外だったらしく、見るからに慌てているし。
まさに、あわあわしているといった表現の方が相応しい、そんな様子だ。
そんなオールマイトを見て、そしてグラントリノを見て……ついでに先を進み、足を止めている俺達を待ちながら、早く来いといったように俺達を待っているイザークを見る。
「そうだな。なら……そこまでオールマイトの治療について感謝しているのなら、今日の一件が終わった後で、健康診断でもさせてくれ」
「はぁ?」
グラントリノにとって、俺の言葉はそれほど予想外だったらしい。
下げていた頭を上げ、一体何を言っている? といった訝しげな様子でこちらを見てくる。
「話はするから、地下駐車場に向かうぞ」
そう言い、俺が歩き出すとグラントリノやオールマイトもこっちを追ってくる。
そうして再び歩きながら、俺はグラントリノに向かって口を開く。
「AFOについては、オールマイトや校長から聞いて、俺も知っている。そのAFOと戦う際に、グラントリノも戦力として数えたい」
「いや、だが……」
「分かっている。年齢の問題だろう?」
オールマイトですら、既に初老と呼ぶべき年齢なのだ。
そんなオールマイトの師匠ともなれば、当然ながらグラントリノはもうかなりの年齢だろう。
マスク……目と顔の大半を隠せるマスクをしていても顔の皺はしっかりと見て取れるし、髪の毛は白髪だ。
杖を手にしているのもあって、何も知らなければただの老人……いや。プロヒーローのコスプレをしている老人といった風に思えるだろう。
だが、そのグラントリノはどちらも本気ではなかったとはいえ、イザークとそれなりにやりあえるだけの実力を持っているのだ。
であれば、健康診断をして悪いところがあったら治療し、その際にグラントリノの細胞を貰って……と考えれば、シャドウミラー的にも十分にメリットはあるのだ。
「だからこそ、オールマイトと同等……とまではいかないが、リカバリーガールの個性よりも強力な治療効果を期待出来る俺達の治療を受けてみるというのは悪くないんじゃないか? ……まぁ、グラントリノがAFOと戦いたくない、AFOと戦うのは緑谷に任せるとか、そういう風に思うのなら無理に治療をしろとは言わないけど」
「ふんっ、いいだろう。アクセルだったか。お前の言葉に甘えさせて貰うよ。……ちなみに治療をするのなら、腰の辺りを頼む」
最初はやる気満々といった様子で言ってきたのに、腰の治療を頼んでくる時は……うん、ちょっと微妙だな。
いやまぁ、年齢が年齢だ。
腰が痛くなっていてもおかしくはないのだろう。
そして、シャドウミラーならその辺りの治療も……本気でやれば、どうとでもなると思う。
それどろか、レモンならグラントリノの身体を量産型Wの身体にして、身体を強引に若返らせるといった事も……出来ない訳ではない筈だ。
もっとも、グラントリノがそれを望むかどうかはまた別の話だが。
「分かった。なら、オールマイトの治療をした奴にそう連絡を入れておくよ」
そう言ったところでちょうとエレベーター前まで来て、そしてタイミング良くエレベーターが止まる。
とはいえ、さっきの運動場にいた者の多くがエレベーターに乗って地下駐車場に向かったのだろうから、そう考えれば別にこれはおかしくない。
「それにしても、まさかバーが拠点だったとはな。ちょっと意外だった」
先程のグラントリノの治療の件から全く関係のない話題を振る。
エレベーターに乗っているのはシャドウミラーの面々とグラントリノ、オールマイトだけだが、それでも一応念の為だ。
まぁ、エレベーターに盗聴器とかそういうのがついているとは思わないけど。
あ、いや。でもこのホテルは公安の拠点の1つでもあるという話だったし、それを思えばもしかしたら盗聴器や隠しカメラとか、そういうのが仕掛けられている可能性もあったりするのか?
いや、けどそれを言うのならそもそもの話、運動場やそこから歩いて話をしてた時にも危なかった訳で。
そういう意味では、その辺について考えても今更の話だろう。
「アクセル君の機転が上手く働いた形だね。……もっとも、塚内君を始めとした警察の動きがあってのものだとは思うけど」
「何だかんだと、この世界でも警察の捜査能力は高そうだしな」
そう言うと、何故かオールマイトは嬉しそうな表情を浮かべる。
何がそこまで嬉しいんだ?
そんな風に疑問を抱くも、別にどうしても知りたい訳ではないので、特に追及はしないでおく。
……あるいは、警察にオールマイトの恋人とかがいるのかもしれないな。
俺が調べた限りでは、オールマイトにそういう相手はいなかった。
だが、No.1ヒーローのオールマイトだ。
それこそ言い寄ってくる女はかなり多かった筈だ。
そう考えれば、オールマイトに隠れた恋人の1人や2人いてもおかしくはない。
もっとも、このヒロアカ世界のマスゴミの事を考えると、その辺りはどうやってでもスクープを入手しようとするだろう。
それを避けた上でまだ付き合っているのなら、それはそれで凄いとは思うが。
そんな風に考えている間にもエレベーターは下がり続け……やがて、地下駐車場に到着するのだった。