「で? 何で俺の隣が明日菜なんだ?」
「……何よ、不満なの?」
バスで目的地に向かっている最中、俺の隣に座っている明日菜が不満そうに見てくる。
「いや、別にそういう訳じゃないけどな。木乃香とか桜咲と一緒の席じゃなくてよかったのか?」
「しょうがないじゃない。あの2人の邪魔をする訳にはいかないんだし」
俺の言葉に不満そうな様子でそう口にする明日菜。
まぁ、その言葉の意味は分かる。
このバスは普通のバスで、座席は通路を挟んで2人用の座席がそれぞれ並んでいるのだから。
そうなると、木乃香と桜咲が並んで座ると、当然ながら明日菜は1人で座る必要がある。
もっとも、それを言うのなら別に通路を挟んで隣だったり、あるいは木乃香達の席の前か後ろの席に座ればいいだけだと思うんだが。
まぁ、それを言うと明日菜の機嫌が悪くなりそうだったので、それを口にするつもりはないが。
「いや、別に不満はない。こうして明日菜と一緒に隣り合っているってのも、悪くないしな」
「ばっ……いきなり何を言ってるのよ」
叫びそうになった明日菜だったが、それでも今自分がバスに乗っている……それこそプロヒーローの面々や公安、警察の面々がいるのを思い出したのか、小声で不満を口にする。
「何って言ってもな」
「あら、それなら私の席に来る? 私がアクセルの隣に座ってもいいわよ?」
そう声を掛けてきたのは、後ろの席に座っているマンダレイ。
何故かその隣のピクシーボブが不満そうにしているが……これから爆豪とラグドールを助けに行く訳で、そういう意味ではお前達が緊張していないといけないんじゃないのか? と思うんだが。
あるいは、緊張しているからこそ、その緊張を解す為に声を掛けてきているのかもしれないな。
ピクシーボブやムラタの様子を見る限りだと、そんな俺の予想が外れているようには思えない。
勿論、あくまでもそれは今のこの状況で俺がそう思っているというだけであり、実は違うといった可能性も否定は出来ないのだが。
「バスはもう動いてるんだから、わざわざ席を入れ替えなくてもいいと思うけど?」
「別にバスが動いていても別の席に移るくらいの事は普通にあるでしょ?」
「ぐ……やるわね、この女」
ボソリと呟かれる明日菜の言葉。
いや、お前は一体誰と戦っているんだ?
そう思ったが、明日菜の性格を考えると、ここでそのようなことを言えば、それはそれで問題になりそうなので止めておく。
とはいえ、このままにしておけば明日菜とマンダレイの言い争いが増していきそうな気がしたので、一応口を挟む。
「言っておくけど、結構見られているぞ」
『うぐ』
俺の言葉に、明日菜とマンダレイが黙り込む。
実際、こうして見ている限りだとバスの中にいる結構な人数がこっちに注目しているのが分かる。
これが、例えば林間合宿に向かう途中のバスの中なら、皆で騒いだりしていてもおかしくはないのだが、今は違う。
このバスが向かっているのは、ヴィラン連合の拠点。
そしてこのバスには……実はこのバスだけでは足りないのでもう1台のバスがこのバスの後ろを走っているのだが、ともあれこれから起きるのはヴィラン連合の拠点の襲撃だ。
当然ながら林間合宿に向かう時のように騒いでいる者はいない。
せいぜいが近くにいる者と話をしている程度だろう。
中には意識を集中する為か、目を瞑っている者もいる。
そんな中でこうして騒いでいれば、目立つなという方が無理だろう。
そして多くの者がこちらに視線を向けている。
……あるいはこれが、プロヒーロー達が騒いでいるのなら、そこまで気にするような事はなかったかもしれない。
しかし、騒いでいるのは殆どの者がどのような存在なのかは分からない……それでいてかなりの強さを持つ集団。
公安の保証があるから、多くの者が黙っている、突っ掛かっていかなかったりもする。
あるいは俺達の実力が上だと、分かっているからこそなのかもしれないが。
もっと単純に、俺達が怪しいのは間違いないものの、ヴィラン連合の拠点を襲撃するのに戦力は幾らあっても構わないと思っているのかもしれないな。
「俺達はともかく、マンダレイはその辺を特に気にした方がいいんじゃないか?」
シャドウミラーは異世界の存在なのだ、最悪何をやってもこの世界を出ていって、ゲートを破壊してしまえば、どうとでもなる。
だが、マンダレイはこの世界の住人である以上は、俺達と同じような事は出来ない。
……もっとも、それはあくまでも出来るというだけであって、実際にやると決まった訳ではないのだが。
あるいは何の特徴もないような世界であれば、そういった事をする可能性も……いや、そういう世界であっても、使い道はあったりするんだよな。
具体的には宇宙開発がまだそこまで進んでいない世界であれば、そういう世界の宇宙を自由に使えるというのは大きいし。
そして宇宙を自由に使えるようになれば、シャドウミラー的にも美味しい。
……いやまぁ、宇宙を自由に使えるという意味では、このヒロアカ世界も宇宙開発が殆ど進んでないんだけどな。
サポートアイテムとかを見る限りだと、この世界の技術力はかなりのものだ。
であれば、宇宙開発とかが行われていても不思議ではないんだが。
個性によって混乱が起きた一件が影響してるのかもしれないな。
「ふふん」
「むぅ」
何故か明日菜が勝ち誇った様子で笑みを浮かべ、マンダレイは悔しそうな様子を見せる。
いや、それはそれでどうなんだ?
そう思ったが、ここで何かを言って、それが原因でまた言い争いになったりしたらどうかと思うので、止めておく。
「そう言えば、洸汰はどうしたんだ?」
取りあえず話題を移そうとして、そう尋ねる。
林間合宿において、緑谷があそこまでの重傷を負って倒したヴィラン。
そのヴィランに狙われていたのが、洸汰だった。
緑谷の緑谷を殴った、あの洸汰。
とはいえ、それでも緑谷に助けられた事によって、洸汰は緑谷を尊敬するようになったっぽいんだが。
「洸汰は……知り合いに預けてきたわ。取りあえず大丈夫だと思う」
そう言いながらも憂いの表情を浮かべるマンダレイ。
洸汰はマンダレイにとって、義理の甥……だったか? とにかくそんな感じだったと思うんだが、こうして改めてマンダレイを見ると……うん、どことなく未亡人感があるよな。
年齢不相応な色気と言うべきか。
千鶴的な感じで。
そう思った瞬間、不意に背筋に氷を入れられたかのように冷たくなる。
「うひゃう」
「……いきなり、何を変な声を上げてるのよ、アクセル」
隣の明日菜が、呆れの表情でそう言ってくるも……俺はそれに答えられない。
何となく……本当に何となくだが、今のこの状況は千鶴が何かを察して俺にお仕置きしようとか、そんな風に思ってこんな感じになったような気がするんだよな。
勿論、あくまでもこれはそういう予想であって、実際にそうだと決まった訳ではないのだが。
ただ、俺に向かって千鶴がそういう風に思っているのを、何となく予想出来てしまったのも事実。
「いや、何でもない。……多分千鶴がちょっとな」
「……あんた、また何か馬鹿な事をしたんでしょ?」
明日菜が呆れの視線で見てくるので、そっと視線を逸らす。
ここで俺が何かを言えば、そんな明日菜の言葉を証明するようなものだと、そう思った為だ。
「えっと、それで洸汰だけど……ああ、いや。切島から連絡が来て、緑谷の意識が戻ったそうだぞ」
「それ、本当!?」
驚きと嬉しさが混ざった様子で、マンダレイがそう聞いてくる。
マンダレイにしてみれば、洸汰の命の恩人なのだから、その緑谷の意識が戻ったのは、それだけ嬉しかったのだろう。
「ああ、本当だ。今日のヴィラン連合の拠点の襲撃が無事に終わったら、明日にでも病院に行ってみたらいい。緑谷も洸汰を見れば喜ぶだろうし」
俺が見舞いに行った時に見た感じだと、緑谷は怪我はしていたものの、魔獣の森で見た時と比べるだと大分治っていた。
多分、リカバリーガールの個性による治療だろう。
あの夜の戦いで怪我をした者はそれなりに多かったが、緑谷はそんな中でも恐らく最も重傷だった筈だ。
それを考えれば、リカバリーガールが最優先で治療をするのは当然だろう。
ましてや、緑谷はこの世界の原作主人公……というのは抜きにしても、オールマイトからOFAを継承した存在なのだから。
あれ? リカバリーガールって、緑谷とオールマイトの関係とか、どこまで知ってるんだろうな?
もっともリカバリーガールの性格を思えば、そういうのを知らなくても緑谷の治療をしたとは思うけど。
「そう。じゃあ、明日……はちょっと難しいかもしれないけど、明後日にでもお見舞いに行ってみるわ」
「そうしてくれ。緑谷も喜ぶと思うし」
オールマイトオタクであると同時にヒーローオタクでもある緑谷だ。
それを示すように、林間合宿が始まった時にプッシーキャッツ……ピクシーボブとマンダレイが出た時、かなり喜んでいたし。
もっとも、ピクシーボブの年齢を口にしようとした結果『心は18』と迫られていたけど。
うん……いやまぁ、その辺りについては、俺がどうこう考えたりしない方がいいか。
ともあれ、プロヒーローとしても有名なプッシーキャッツが見舞いに来れば……しかも、今日の襲撃でラグドールを取り戻せて、プッシーキャッツが全員揃った状態で見舞いに来れば、緑谷なら喜びそうだよな。
もっとも、少し心配なのは、爆豪はともかく、ラグドールはサーチの個性がAFOに奪われないかどうかといったところだろう。
サーチを使えば具体的にどういう風に見るのかは分からないが、AFOに……それこそ個性を奪う個性を持つAFOがサーチを持っていると、かなり危険な事になりそうなんだよな。
もっとも、今日もし本当にAFOがいたら、その時はオールマイトだけではなく俺を含むシャドウミラーでも戦いに力を貸した方がいいかもしれないけど。
「じゃあ、その……アクセルも一緒に来てくれる?」
「うわ、マンダレイ攻めるわね」
マンダレイの言葉にピクシーボブが呟いてるのが気になるが……
「そうだな。一緒に行ってもいいぞ」
本来なら、昨日に引き続き今日も見舞いに誘われていた。
だが、今日はヒロアカ世界にやって来たシャドウミラーの面々の相手をしたりする必要があり、とてもではないが見舞いに行く余裕はなかったのだ。
であれば、これから行うヴィラン連合の拠点の襲撃を終えた後、明日見舞いに行ってもいいだろう。
「ちょっと、アクセル? あんたいいように使われてるわよ?」
「何がだ?」
今の話の流れでどこに俺がいいように使われているのかと疑問に思う。
だが、明日菜は真剣な様子で俺を見ていた。
「あら、別に私はアクセルをいいように使おうとは思っていないわよ? 洸汰……私の預かっている子供を助けて貰ったんだから、見舞いに行くくらいはおかしな話じゃないでしょ?」
「そうかもしれないわね。でも、それなら貴方とその子供だけで行けばいいじゃない。なんでわざわざアクセルを連れて行こうとしてるの?」
……言われてみればそうなのか?
いや、でも俺の場合は今日見舞いに行けなかったので、それを思えば明日見舞いに行くのはそうおかしな事ではないと思うんだが。
とはいえ、この状況を見る限りでは俺が何かを言ってもそれはそれで問題になりそうな感じだしな。
なら、ここは俺が黙っていた方がいいのは間違いないだろう。
そんな風に思っていると、ピクシーボブが大変ねといった視線を向けてくる。
うーん……林間合宿が始まった時は、マンダレイとピクシーボブの役割が逆だった気がするんだけど。
「あら、どうせならアクセルと一緒に行った方がいいと思わない?」
「……別に一緒に行く必要はないと思うわ」
「ねぇねぇ、私知ってるよ。これ修羅場っていうんだよね?」
不意に聞こえてくるねじれの声。
ねじれが……というか、龍子達が座ってるのは俺達からちょっと離れた場所なのだが、そこからでも明日菜とマンダレイの言い争いは普通に聞こえていたのだろう。
そもそもの話、言い争いはバスの中にかなり響いていたし、ねじれにも聞こえたのは当然だろう。
「ちょっ、いきなり何を言ってるのよ!」
そしてねじれの声に即座に反応するのは、当然ながら明日菜。
まぁ、実際明日菜と俺の関係は、友人と言ってもいいだろうが、修羅場とかそういうのを作るような関係ではない。
であれば、明日菜がそんな風に言うのも分からないではない。
「あかんえ。明日菜は正直やないんや。今はじっくりと、黙って見ていた方がええ」
「ちょっ、このちゃん!?」
「そうなの? 不思議不思議」
そして木乃香がねじれに何かを言い、それを聞いていた桜咲が慌てたように声を掛けていた。
そんなこんなで、結局バスの中はこれからヴィラン連合の拠点を襲撃するとは思えないような、和やか……いや、和やかじゃないな。とにかく、騒がしい感じで進むのだった。