騒がしい中でも当然ながらバスは進み続け……やがて、バスの速度が遅くなるのが分かった。
勿論今までも信号があったりしたが、窓の外を見た感じではどうやらそういう理由ではないらしい。
バスが駐車場に停まり、そして扉が開く。
「では、皆さん下りて下さい。ただ、まずは周辺の住人の避難を優先します。……ヴィラン連合との戦いで周辺に被害が広まる可能性もありますので」
刑事の塚内が、疲れたようにそう言う。
目良じゃないんだから……と思うが、塚内に限らず刑事は林間合宿の襲撃があった直後から、ヴィラン連合の拠点を探す為に動いていた。
俺が黒霧のワープゲートにフラッシュグレネードを放り投げた事によって、最終的には神野区にあるバーがヴィラン連合の拠点であると判明したものの、それでも神野区にあるバーを見つけるまでがかなり大変だったのは間違いない。
そうしてバーを見つけたら見つけたで、即座にこうしてヴィラン連合の拠点を襲撃する事になっているのだから。
……勿論、連れ去られた爆豪やラグドールを無事に取り戻すというのを考えれば、急ぐ必要があるのは間違いない。
もっとも、ラグドールの個性のサーチは既にAFOに奪われたと思った方がいいだろうが。
だが、個性を失っただけで終わるとは思えない。
ラグドールは美人というよりは可愛い系の顔立ちだが、それでも顔立ちが整っているのは間違いない。
つまり、ヴィラン連合の中に妙な事を考えるような奴がいたら、ラグドールがどうなるか分からないのだ。
もしかしたら、こうしている今もラグドールは暴行を――暴力的な意味ではなく性的な――受けている可能性もある訳で、そう考えるとマンダレイがバスの中で明日菜と言い争いをしていたのは自分の中にある不安を誤魔化したいと思ってのものだったのかもしれないな。
そんな風に思いながらマンダレイを見ると、その顔には真剣な色がある。
それこそ、これからラグドールを――ついでに爆豪も――取り戻すといった感じだ。
「じゃあ、行くか」
誰にともなくそう言うと、俺は席を立ちバスを下りる。
当然ながら俺の横に座っていた明日菜や、周囲に座っていた他の面々も同様だ。
そうしてバスを下りると、もう1台のバスからも次々に人が下りてきているのが見える。
その多くが緊張した表情を浮かべ、これから起こる事がどれだけ困難なのかをしっかりと示していた。
勿論、全員がそんな感じではなく、中にはこれから起きる事態に期待しているように見える者もいるが。
そういう連中は、多分腕自慢といったところなのだろう。
公安や刑事にもそういうのがいてもおかしくない。
そんな事を考えている間に、次々とバスから下りてくる。
最初からあまり人目につかない場所に目星を付けていたのか、オールマイトを始めとしたトップヒーローが集まっているにも関わらず、人が集まってくる様子はない。
普段なら、それこそスマホを手にした者達が集まってくるんだが。
そういう意味では、この場所を用意した……警察か公安かは分からないが、とにかく大したものだとは思う。
「襲撃に参加する人達は周辺の避難が終わるまで待って下さい」
目良がそう言ってくる。
そんな目良に、周辺にヴィラン連合の手の者がいたらどうするのかと思ったが……まぁ、警察や公安、あるいは拠点に襲撃には参加しないとはいえ、プロヒーローが参加するのだ。
そう考えれば、例えば相手が隠そうとしてもヴィラン連合の手の者だったりすれば、見抜けるだろう。
……寧ろ、ヴィラン連合とは何も関係のない一般人が警察や公安、プロヒーローに避難を促された事で何かあるかもしれないとネットに書き込みがあったりした場合、どうなるんだろうな。
というか、どうなるとかそういう感じではなく、多くの者が普通にスマホを持っているとなると、絶対に誰かしら情報をネットにアップするだろう。
勿論ネットに情報をアップしないようにと言うだろうが……それを素直に聞くとは思えないしな。
それこそ俺達にとっては、そのネットの情報をヴィラン連合が把握する前に襲撃する必要があるので、避難は出来るだけ急いだ方がいいのは間違いない。
「ねぇ、アクセル。その外見でいいの? 今のアクセルって、雄英の生徒なんでしょ? その姿で。そうなると、今のままの姿で堂々と拠点の襲撃に参加するのは不味いんじゃない?」
明日菜の言葉に、それもそうかと思い、指をパチンと鳴らすことよって、俺の身体が白炎と化す。
ざわり、と。
それを見ていた者達がざわめき、エンデヴァーを始めとした何人かはヴィランの攻撃だとでも思ったのか、周囲の様子を警戒する。
あ、しまったな。外見を変える前に知らせておけばよかった。
俺が外見を変えられるというのを知ってる面々……プッシーキャッツやミルコ、それとオールマイトやミッドナイトといった面々は、俺の身体が白炎に包まれてもそこまで驚いた様子はない。
いや、知っていてもいきなり俺の外見が白炎に包まれれば、それはそれで驚いてもおかしくはないのだが……まぁ、それでもエンデヴァーを始めとする周囲を警戒している面々よりはマシだろう。
「安心してくれ。別にヴィランからの攻撃という訳じゃないから」
ざわり、と。
エンデヴァーを始めとした面々がざわめいたのは、白炎に包まれた俺が一切の苦痛もなくそのように言ったからか、それとも俺の姿が10代半ばから20代のものになっていたからか。
ともあれ、俺の外見が変わったのは間違いなく……
「ヴィラン連合の中には俺の顔を知ってる奴もいるからな。念の為だ」
そう言っておく。
実際、USJで俺と戦ったシラタキと黒霧は当然ながら俺の顔を忘れてはいないだろうし、開闢行動隊の面々の生き残り――捕まったのであって死んだ訳ではないのだが――も、当然ながら俺の顔を知っている。
であれば、プロヒーロー達と一緒に、それもシャドウミラーというプロヒーローではない者達を率いて雄英のヒーロー科の生徒としての俺が行動するのは、色々と不味い。
だが、こうして外見を変えれば……今の20代の俺を、ヒーロー科の生徒であるアクセル・アルマーと同一視することはまず出来ないだろう。
……あ、でもAFOがサーチの個性を既に入手していたら、サーチ不可能という意味で今の俺をアクセル・アルマーであると認識する可能性は否定出来ないか?
もっともサーチ不可というのが混沌精霊である俺だけなのか、それとも異世界の存在は全てサーチ不可なのか、その辺は分からないが。
林間合宿の時もラグドールがサーチを使ったのは俺だけで、シャドウミラーの面々は当然のようにその場にはいなかったんだし。
であれば、サーチの性能についてはまだ分からない。
……もっとも、ラグドールもまさか異世界の存在にサーチを使ったりするなんて事は想像もしていなかったろうけど。
「……ふぅん」
俺の姿が変わって、そんな呟きを口にしたのは、ミッドナイト。
意味ありげなその言葉にどう反応すればいいのか分からない。
いや、俺がこの外見……20代の姿になれるのは、ミッドナイトも知っていた筈だ。
そういう意味では、わざわざ今のような声を発する必要はないんじゃないか? と思わないでもなかった。
「お前は……一体何をした?」
ベストジーニストが、理解出来ないといった様子で視線を向けてくる。
爆豪の髪型についてはベストジーニストを知ってはいるが、こうして個人的に話をするのは初めてだな。
もっとも、ベストジーニストにしてみれば俺と一体どういう風に接すればいいのか分からなかったのかもしれないが。
爆豪の髪型の件について聞きたいとは思うんだが、今のこの状況でそのようなことをする余裕がないのも事実だしな。
あるいは爆豪の救出が終わった後で、改めてベストジーニストにその辺について聞いてもいいかもしれないな。
「何をって言われても、見ての通りだ。外見年齢を変えただけだ」
「……一体どういうジーンズだ?」
「は?」
何故ここでジーンズが出てくるのか分からず、そんな風に疑問を口にする。
ただ、ネットで調べた事を思い出す。
ベストジーニストは、かなりジーンズに強い興味を持っており、ジーンズのCMに出たり、あるいはどこぞのブランドとジーンズのタイアップをしているとか何とか。
「えっと、ジーンズについては分からないが、どうやって外見を変えたのかというのを聞きたいのか? そういう意味では、俺の能力の1つだとしか言えないな」
ベストジーニストは、まだシャドウミラーについては何も知らない。
いや、今こうしてここにいる俺達がシャドウミラーであるというのは知っているだろうが、だからといってそのシャドウミラーがどのような存在なのかというのを知らないのだから、その辺りについて今ここで説明する事は出来ないんだよな。
だからこそ、シャドウミラーの存在についてすぐに説明する事は出来ないが、俺の能力であると、そう説明するしかなかった。
「ふむ」
俺の説明に納得したのかどうか、ともあれそう口にするベストジーニスト。
「つまり、悪いジーンズではないという事か」
いや、悪いジーンズって何だよ?
そう思ったが、今のこの状況でベストジーニストとジーンズについて話をしても、俺に理解出来るとは思わなかった。
ただ……まぁ、ベストジーニストが普通ではないというのは、きちんと理解出来たのも事実。
俺がここで何を言っても、それこそあまり意味がないように思える。
「アクセル少年、気にしなくてもいい。彼には彼の世界がある」
オールマイトが俺に向かってそう言ってくる。
ベストジーニストとのやり取りで俺がどのように反応すればいいのか分からなくなったのを理解したのだろう。
「アクセル少年というのはどうなんだ? 今の俺の外見を見て少年という言葉は合わないと思わないか?」
「……そうだね。なら、アクセルと呼ぼう」
それはそれでどうなんだ?
そのように思ったのだが、実際にここでどのように言うのが正しいのかは、ちょっと分からない。
ホワイトスターと繋がった今となっては、ムウの名前を名乗る訳にはいかにし……イザークの名前は、それ以上に論外だしな。
そんな訳で、アクセルという名前はそのままでいいかと思い直す。
今の俺を見てオールマイトがアクセルと呼んでも、この世界で一般的に知られているアクセル・アルマーと今の俺ではまさか同一人物とは思えないだろう。
あ、でもこの世界には個性があるから、幻影であったり、他人を一時的に成長させる事が出来たりしてもおかしくはない。
まぁ、それは心配しすぎなような気もするが。
「確認しておく。お前は本当にアクセル・アルマーで間違いないんだな? 焦凍と同じA組の」
俺とオールマイトのやり取りを見ていたエンデヴァーが、そう聞いてくる。
今のこの状況で実は人違いです、お前の知ってるアクセルではないとか、そんな風に言ったらどうなるんだろうな。
そう疑問に思ったが、もし本当にそういう事を言ったら、それはそれで問題が起きるような気がするので、やめておく。
「そうだ。体育祭やステインの一件で多少お前と話したりしたアクセル・アルマーで間違いない。……今の俺を見れば、エンデヴァーの知っているアクセル・アルマーと同じように思えないか?」
「それは……」
エンデヴァーが困った様子で何も言えなくなる。
今の俺を見れば、10代半ばのアクセルの外見と似た部位はしっかりと把握出来る筈だ。
そう考えると、エンデヴァーが今の俺と10代半ばの俺にはっきりとした類似性を見つけるのは難しい事ではない。
「そうして黙ったのが、俺をお前の知っているアクセル・アルマーであると認識した証拠だろう?」
そう言うと、エンデヴァーもそれ以上は何も言えなくなる。
他の者達……いきなり俺の外見が変わり、成り行きを見ていた者達も、俺とエンデヴァーのやり取りを見て、何も言えなくなったらしい。
「外見が変わったが、それで以前のように戦えるのか?」
結局エンデヴァーが聞いてきたのは、そういう内容だった。
いやまぁ、実際に身体の大きさがここまで違うのならと心配になってもおかしくはないのだが……
「問題ない」
あっさりと俺はそう答える。
あるいはこれが何かもっと他の方法で外見が変わっていたのなら、あるいは身体の大きさが変わる事によって戦闘に支障が出る可能性があったが、混沌精霊として身体の大きさが変わるのも影響しているのか、その辺については全く問題ないんだよな。
とはいえ、これはあくまでも混沌精霊の俺だからこそ認識出来る事であり……あ、いや、巨大化の個性を持つ優なら、あるいはエンデヴァーが言うように戦い方が難しくなったりするのかもしれない。
もっとも、大きくなった優の様子を見た限りでは、俺と同じように特に何の問題もなく戦うことが出来ていたようだったが。
そんな風に思いつつ、俺は時間になるまで話を続けるのだった。