突然シラタキが叫んだ、内容。
黒霧に対し、持てるだけ持ってこいというそれが何を意味しているのかは、俺には……いや、俺に限らず、バーの中にいる者達は容易に想像出来た。
ただ、シャドウミラー組……ムラタ、イザーク、オウカ、荒垣達はこの世界についてはまだあまり詳しくなく、情報についても通り一辺倒のものしか教えられていないというのもあってか、理解出来ていないようだったが。
この辺は、今日初めてヒロアカ世界に来た者達と、このヒロアカ世界でプロヒーローとして活動していた者達との間での違いだろう。
ただ、シラタキに指示された黒霧は、ムラタによって既に大きな……くれぐれも殺すなと言っておいたのもあってか、致命傷ではないものの、重傷と呼ぶには十分なダメージが与えられていた。
神鳴流による一撃は、黒霧のように身体の部分によっては攻撃を無効化出来る相手にも効果があったのだろう。
ある意味、俺の精神コマンドの直撃と似たような効果がある……ようなものか?
もっとも、実際には色々と違うのは間違いないのだろうが。
「ぐ……く……」
ともあれ、シラタキの指示に従って大きなダメージを負っている筈の黒霧は無理をしてでも個性を使おうとする。
なんというか、シラタキの命令に絶対服従的な感じなのを見ると不思議に思うな。
いやまぁ、もしかしたらシラタキは特殊な家……いわゆる名家とかそういう家の生まれで、黒霧はその家に代々仕えてきた家の出とか、そういう可能性も否定は出来ないけど。
とはいえ、これはあくまでも俺の予想でしかなく、真実である可能性は微妙だったりするのだが。
ただ、自分の怪我を無視してでも脳無を転移させようとしているのは明らかな訳で。
「ムラタ」
黒霧が行動を起こすよりも前に、ムラタの名前を呼ぶ。
その瞬間、ムラタは特に返事をするでもなく日本刀を振るい、黒霧を斬り裂く。
だが……やはり殺してはいけないというのを考えてか、その一撃は浅い。
これで、もし殺しても問題がないのであれば、即座に黒霧を殺すといった事も出来ただろう。
だが、そのような制限がある以上、これは仕方がない。
ただし、それでも十分な程のダメージを与えたのは間違いなく……だというのに、黒霧は床に倒れ込むようなことはせず、足を1歩前に出して持ち堪え、叫ぶ。
「あああああああああっ!」
普段の黒霧からは信じられない声――別に俺も普段の黒霧を完全に知っている訳ではないが――が周囲に響き渡る。
ムラタに斬られた傷をものともせず……あるいは最後の力を振り絞るようにして脳無を転移させようしたのだろう。
その忠誠心は凄いと思う。
凄いと思うが……だからといって、それが報われるかと言えば、当然ながらそれは否だ。
「こ……れは……」
「おい、黒霧?」
黒霧の戸惑ったような声に、シラタキが訝しげに声を掛ける。
その隙を突くかのように攻撃をしてもいいのだが、オールマイト達は動かない。
そしてオールマイト達が動かない以上、こちらもまた当然ながらプロヒーロー達のフォローというか、サポートというか、そんな感じで動く俺達が動ける筈もない。
相手が大きな隙を見せた時こそが、攻撃を出す機会なんだが。
……まぁ、それがヒロアカ世界の流儀だというのなら、仕方がない。
それに相手の希望……脳無という戦力を転移させる事が出来ないというのを見せつけて、心を折るという目的もあるのだろうし。
そんな訳で、俺は隙だらけのシラタキに手は出さず、様子を見る。
この隙を逃すのは本当に勿体ないと、そのように思いながら。
「ああ?」
俺の後ろにいる爆豪は、一体何があったのかといった様子で不機嫌そうに言う。
ヴィラン連合に捕まっていた爆豪には、一体何がどうなってこのような状況になったのか、全く理解出来なかったのだろう。
まさか、脳無の生産設備のある場所がプロヒーロー達によって襲われているとは、思いもしないだろうし。
そんな風に思っていると、黒霧が身体を……ムラタに斬られた場所を押さえながら口を開く。
「すみ……ません、死柄木弔……所定の位置にある筈の脳無が……ない!」
ムラタに斬られた傷の痛みに耐えながら、何とかそう言う黒霧。
そんな黒霧に、オールマイトがまだまだ青二才だと、警察の力を舐めるなと、そんな風に言ってるのを聞きながら、俺は黒霧の個性について少しだが理解する。
黒霧の個性である、転移。
それは当初決めてあった場所と黒霧のいる場所を繋げるといったようなものなのだろう。
例えば俺の使う影のゲートの場合、基点となるのは俺自身だ。
そうして俺のいる場所から、転移する場所……影のゲートを繋げられる、影のある場所に転移する。
だから、もし俺が今回の黒霧のように脳無を転移させようとした場合、まずは俺が一度脳無が待機している場所に転移をして、そこから再度脳無と共に影のゲートでこのバーに転移してくるといったようにしなければならない。
そういう意味では俺と黒霧の転移では、黒霧の転移の方が使いやすいと思う。
もっとも、あくまでも今この状況ではそのように思うというだけで、他にも色々と黒霧の転移をする方法……転移のバリエーション的なものがあってもおかしくはないと思うが。
ともあれ、脳無を転移させるには黒霧が自分で口にしたように、決まった場所……どこか特定の場所に脳無がいる必要があった。
だが、このやり取りを見る限りだと、脳無は自分で判断が出来たりはしない……あるいは出来るかもしれないが、その辺りの判断力はかなり低いのだろう。
そういう意味では、量産型Wの方が圧倒的に上だ。
量産型Wは自我の類はないが、その辺りの判断力はかなり高い。
それこそもし今の脳無と同じような状況になれば、自分で判断して黒霧の転移でこのバーに姿を現すだろう。
それが出来ない時点で、脳無は量産型Wに劣るのだ。
……まぁ、あくまでも判断力とかそういう面でだが。
複数の個性を自由に使えるというのは、脳無の最大の特徴なのは間違いない。
そんな風に考えていると、俺の後ろにいた爆豪がとてもではないが似合わない……憧れの視線をオールマイトに向けているのに気が付く。
なるほど、緑谷をいじめていた爆豪だったが、オールマイト好きであるという点では緑谷と同じなのかもしれないな。
そう思っていると、オールマイトがシラタキに向かい、最後通牒の如く叫ぶ。
「ここで終わりだ、死柄木弔!」
ヴィラン連合……正確にはその後ろにいるAFOを思っての事だろう。
そう宣言するオールマイトからは、強い迫力が感じられる。
これは、ホワイトスターでオールマイトの治療をしたのも影響しているのかもしれないな。
ヴィラン連合は、オールマイトが治療をしたというのは全く知らない。
AFOと繋がっているのなら、それこそオールマイトが弱っているというのは知っていてもいおかしくはないのだが……今のオールマイトを見て、そのように思う者は一体どれだけいるだろうな。
シンリンカムイの木の根に捕らえられたり、あるいはシャドウミラーの面々とやりあった結果、迂闊に動けない状態になっていた者達が、オールマイトの言葉に完全に目を、耳を、意識を奪われる。
この辺、さすが長年日本でNo.1ヒーローとしてやってきただけの事はある。
林間合宿の時に見た、ステインに心酔しているらしいリザードマンのヴィランも、目を大きく見開いてオールマイトを見ている。
「オールマイト……これが、ステインの求めたヒーロー……」
その声は、ステインの信者だからこそ口に出た言葉なのだろう。
だが……そんなリザードマンとは裏腹に、シラタキは憎々しげにオールマイトを睨み付けていた。
「終わりだと? ふざけるな、まだ始まったばかりだ。正義だの平和だの、あやふやなもんで蓋をされたこの掃き溜めをぶっ壊す。その為にオールマイトを……蓋を取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな……ここから、本当にここからなんだ。それなのに、ここで邪魔をされてたまるか」
ガリガリガリ、と。
頭を、頬を、顔を掻き毟りながら、シラタキが言う。
この様子はちょっと不味いな。
俺は今まで多くの修羅場を潜り抜けてきたし、多くの強敵とも戦ってきた。
そんな中には、追い詰められる事で覚醒したかのように強化される者がそれなりにいた。
そういう連中と、今のシラタキがどこか重なって見える。
……勿論、そのような相手とシラタキとでは、文字通りの意味で格が違う。
今のシラタキは、雑魚……というのは少し大袈裟かもしれないが、覚醒してきた連中を思えば、そのように認識してもおかしくはない。
「黒霧っ!」
そう叫ぶが、そのタイミングでエッジショットの一撃が黒霧に突き刺さり、おまけとばかりにムラタの神鳴流の一撃も黒霧の身体を斬り裂く。
ここまでされると、さすがに黒霧でもどうしようもないらしく、その場で崩れ落ちた。
……ムラタが若干不満そうな様子を見せているのは、殺せなかったからか、それとも自分の攻撃だけでは黒霧を気絶させられなかったからか。
「忍法千枚通し。この男はヴィラン連合の中で最も厄介。無力化させて貰う」
「ふん」
エッジショットの言葉に、ムラタは不満そうな様子を見せる。
ムラタにしてみれば、自分の獲物を奪われたかのような思いがあるのだろう。
とはいえ、だからといってここで自分が何かを……更に黒霧を斬る訳にはいかないと思ったのか、結局それ以上は何も口にしたり、行動に移したりはしなかったが。
「引石健磁、迫圧紘、伊口秀一、渡我被身子、分倍河原仁。数少ない情報の中、おまわりさんが夜なべをして素性を突き止めたそうだ。分かるかね? もう逃げ場ぁ、ないんだよ。……なぁ、死柄木。聞きてえんだが……お前さんのボスは今どこにいる?」
グラントリノが1人ずつの名前を呼びながら、そう尋ねる。
この場合のボスというのが誰を意味しているのかは、考えるまでもないだろう。
オールマイトはともかく、グラントリノがこのヴィラン連合の拠点の襲撃に協力した理由……それは、AFOの存在を把握し、今度こそ倒す為だと思っているからこそなのは間違いない。
そんな気迫……絶対にAFOを倒すという気迫と共に、グラントリノは叩き付けるようにしてシラタキを見る。
そんなシラタキにとって、グラントリノは一体どのように見えたのか。
それは俺にも分からないが、しかし今のこの状況を考えれば、グラントリノがオールマイト並の脅威と思えたとしてもおかしくはない。
「……」
それを示すように、シラタキは沈黙したままだ。
いつものように顔面を手で――自分の手ではなく誰かの手――隠しているので、その表情を完全に理解するようなことは出来ない。
出来ないが、それでも今の状況を思えば何かを考えているのは明らかだ。
目の前のオールマイトやグラントリノ、他にも多数いるプロヒーロー達や、俺達シャドウミラーを相手にどうにかしようと考えているのか、それとももっと別の……何らかの一発逆転の方法でも考えているのか。
普通に考えれば、拠点であるこのバーに踏み込まれた時点でどうしようもないだろう。
ヴィラン連合の戦力がかなりのものなのは間違いないが、ムラタとエッジショットによって黒霧が無効化され、他のヴィラン達も軒並み無効化されている。
であれば、この状況からシラタキが一発逆転を狙う方法はない。
それこシラタキが覚醒してこの状況をどうにか出来るようになったりしたら話は別だし、先程少しだけシラタキが覚醒するような予兆のようなものを感じた気がしたが、それはあくまでも俺の気のせいといった可能性がある。
そのような状況を考えると、もしシラタキが何かをしようしたら問答無用で無力化……気絶させるか、あるいはいっそ殺してしまう必要がある。
「ふざけるな……こんな……こんなぁ……」
シラタキの、顔を覆っている手の中から、そんな声が聞こえてくる。
先程までの苛立ち混じりのような声ではなく、それこそ心の底から納得出来ないような、そんな中で絞り出すかのような声。
その声を聞いた瞬間、プロヒーローの何人か……どころか、荒垣やオウカが反応したのを見れば、今の短い言葉に込められた虚無? 絶望? そんな感情を想像出来るだろう。
もっとも、ムラタやイザーク、そして俺は当然のように今の言葉を聞いても特に何も反応はしなかったが。
「こんな呆気なく……ふざけるな、失せろ、消えろ……」
そう呟くシラタキに、オールマイトはこのままでは不味いと思ったのか、それとも単純にAFOの居場所を少しでも早く知りたいと思ったのか。
その辺りは俺にも分からないが、睨み付けるかのようにしながら、オールマイトが口を開く。
「奴は今、どこにいる!!」
「お前が、嫌いだ!!」
オールマイトの言葉にシラタキがそう叫んだ瞬間……不意に空中に黒い何かが現れたと思うと、そこから何匹もの脳無が姿を現すのだった。