オールマイトがシラタキに向かい、AFO――その名称を口にすることはなかったが――はどこにいると、そう詰問し、それに対してシラタキがお前が嫌いだと叫んだ瞬間、空中に黒い何か、多分液体だろうと思しき物が浮かび上がったかと思うと、そこから複数の脳無が姿を現す。
「脳無!? ムラタ!」
「エッジショット!」
俺がムラタの名前を呼ぶのと同時に、グラントリノもエッジショットに向かって叫ぶ。
「無力化してある」
「気絶している! こいつの仕業ではないぞ!」
そしてムラタとエッジショットがそれぞれに言葉を返してきた。
だが、次々に出てくる脳無。
こいつは一体何だ?
いや、脳無だというのは十分に理解している。
だが一体どうやって脳無をこのバーに転移させてきたのか。
ヴィラン連合の中で転移の個性を使える黒霧は、既にムラタとエッジショットによって無力化されている。
そう考えると、何かもっと別の……まだ、俺達には何の情報もない何者かがいるのは間違いなく……
「げぼっ」
「は?」
不意に聞こえてきた声。
それが例えばヴィラン連合の誰かの上げた声であれば、そこまで気にはしなかっただろう。
しかし、その声を発したのが爆豪となれば話は違ってくる。
そして振り向いた俺が見たのは、口からゲロ……というか、黒い水? ちょうど脳無が転移してきた時に見た黒い液体を吐き出している爆豪の姿だった。
転移、不味い、爆豪、連れ去られる。
瞬時に頭の中で考えた時には、既に俺は爆豪の身体を覆っている黒い水……いや、黒い泥か? それに突っ込んでいた。
……その泥に触れた瞬間、何か強力な……そう、拒絶のようなものが感じられた。
それを感じた瞬間、俺はこの泥ワープについて完全にではないにしろ、理解する。
あるいは、これは俺が影のゲートという転移魔法を使えたり、黒霧の持つ転移の個性を経験したことがあるのが影響してるのだろうと。
つまり、この黒い泥を使った転移は俺の影のゲートや黒霧の転移の個性とは違い、相手を指定して転移させる……つまり、この場合は爆豪の身体が黒い泥に覆われた時点でどうしようもないと。
だとすれば、俺がこのまま爆豪を覆っている黒い泥に突っ込んでも意味はないだろう。
……ただし、それは俺が普通であればの話だ。
何故そうしたのか、出来ると思ったのかは分からない。
分からないが、俺はそのまま爆豪を覆った泥に突っ込み……そして気が付いた時、俺と爆豪は全く見知らぬ場所にいた。
爆豪は?
そう思うと、俺のすぐ側で咳き込んでいる爆豪の姿を発見し……そして俺は反射的にとある方を見る。
「ほう、君は……一体どうなっているのかな? 爆豪君を転移させた個性は、指定した人物だけを転移させる個性で、指定された人物以外は転移出来ない筈なのだが」
興味深そうに聞いてくるその人物を見た瞬間、なるほどと納得する。
これが……この男が、オールマイトの宿敵にして、原作的には緑谷が倒すべき敵であろう、AFOだろうと。
「さて、何でだろうな。俺にもその辺は分からないな」
「おや」
俺が立ち上がり、そうAFOに答えると、AFOは意外そうな様子で声を発してくる。
もっとも、AFOは顔面がなんというかこう……マスク? 拘束具? とにかく顔全体が何らかの布で覆われている。
オールマイトが胃を全摘出する負傷をしたらしいが、AFOもまた無事ではすまなかったという事なのだろう。
実際、オールマイトはAFOに勝利したという事になっているのだから、オールマイトよりもAFOの方が重傷であってもおかしくはない。
また、AFOは当然ながら裏社会の人間である以上、表立って治療は出来ない。
……いやまぁ、見た感じAFOはかなり損傷した状態になってはいるが、それでも相応に治療はされているようだったが。
闇医者とか、そんな感じの存在か?
まぁ、個性の存在する世界だ。
中には治療系の個性があって、表に出る事が出来ないヴィランを相手に高値で治療するとか、そういうのはありそうだしな。
「何が、おやなんだ?」
そう言いながら、周囲の様子を確認する。
周囲にはまるで爆発したような痕跡があり、何人ものプロヒーローが倒れている。
……リューキュウやマウントレディ、ネジレちゃんの姿もあるのを考えれば、ここは別働隊が襲撃した脳無の生産設備のある場所だったのだろう。
顔見知りが倒された光景を見せられて苛立ちもあるが……それでも取りあえず気絶はしていても死んではいないのは間違いない。
そのことに安堵し、俺は念の為に周囲の気配を探り……は?
え? えっと……あれ? 緑谷達がいる?
気配を探ったところ、緑谷の気配を察知する。
しかも緑谷だけではなく、他にも何人か。
俺と親しい面子……いわゆるいつもの面子の中では、ヤオモモの気配もある。
それだけではなく、他にも何人か。
何でここに……AFOのいる場所に緑谷達がいるんだ?
そう疑問に思うが、それを表情に出す事は絶対にしない。
緑谷達が何故ここにいるのかは分からないが、幸いな事に……本当に不幸中の幸いなことに、現在AFOはまだ緑谷達の存在に気が付いている様子はない。
この脳無の生産設備のある場所を襲撃したプロヒーロー達がいる事から、そちらに意識を奪われているのだろう。
あるいはそれだけではなく、まだ咳き込み続けている爆豪がいるというのも、影響しているのだろう。
……あの黒い泥、結構な悪臭がしたしな。
混沌精霊で五感が常人よりも圧倒的に鋭い俺だけに、当然ながら爆豪よりも黒い泥の悪臭は効果がある。
効果があるのだが、それでもこれまでの経験からその辺を我慢する事が出来る。
これが例えば、普通なら絶対に我慢出来ない悪臭の類であれば、俺もそれに耐える事は難しかったかもしれない。
しかし、幸い……と言ってもいいのかどうかは分からないが、黒い泥は悪臭は悪臭だったが、それでも俺にしてみれば我慢出来る程度ではある。
口から黒い泥が出た爆豪にしてみれば、悪臭以外にも単純に気持ち悪さがあるのかもしれないが。
ともあれ、咳き込んでいる爆豪がいて……リューキュウやマウントレディといった面々がいたのを思えば、AFOもまさか緑谷達がこの近くにいるというのは気が付いていないらしい。
もっとも、俺と同じく気が付いているが表情……いや、AFOの表情は判別出来ないから、態度か。その態度に出していないだけかもしれないが。
ただ、緑谷がいるというのは不味い。
何しろ緑谷はオールマイトの、OFAの後継者にして、原作主人公だ。
それを思えば、ここでAFOに緑谷の存在を知られる訳にはいかない。
となると、何気なく……AFOに気が付かれないようにして、その意識をこっちに向ける必要があるという事だろう。
幸いにも、AFOがここにいる以上、オールマイトはすぐにでもやって来る筈だ。
そうなれば当然ながらAFOの意識はオールマイトに向けられる筈で、それなら俺がAFOの意識を自分に向けさせるのはそこまで長い時間ではない筈だ。
「いや、自分で言うのも何だけど、僕は外見がこうだろう? それに……これもまた自分で言うのもなんだけど、対峙している相手に圧迫感を与えてしまう事も珍しくはないんだ」
「ふーん」
AFOの言葉にそう返す。
さて、これでどう反応する?
自分の言葉……もしくは権威? それが通じないと思って苛立ちを露わにするか、それとももっと別のアプローチをしてくるか。
それによって、AFOの意識を自分に向ける方法を変える必要がある。
……もっとも、実際のところ俺はAFOから特に何も感じていない。
いや、正確には圧迫感のようなものはあるが……言ってみればそれだけだ。
これでも数え切れない程の修羅場を潜り抜けてきたのだ。
そんな俺にしてみれば、この程度の圧迫感はどうという事もない。
それこそニュクスであったり、シュウ・シラカワであったり、バジュラ・クイーンであったり、他にも多数の、それこそ数え切れないくらいの強敵と戦ってきた。
そんな俺にしてみれば、AFOは確かに圧迫感を発しているのかもしれないが、それだけでしかない。
特に気にする程度のものではないのも事実。
「へぇ」
すると、AFOは俺に向かって興味深そうな様子で言う。
どうやらAFOの注意を引く事は出来たらしい。
「げほっ、げほっ……お、おい、てめえらっ! 俺を……」
「ちょっと黙ってろ」
ようやく咳き込んだのが終わったらしい爆豪が何かを言おうとするものの、一瞥する事で押さえる。
爆豪が勝ち気というか、負けず嫌いなのは分かっている。
だが、だからといってここでAFOに喧嘩を売るような事をした場合、俺が爆豪を守り切れるとは限らない。
オールマイトから聞いた話だと、AFOは個性を奪い、与える事が出来るらしい。
脳無が複数の個性を使っているのも、AFOの仕業だ。
そして個性というのは千差万別、一体どんな個性があるのかは分からない。
ましてや、今のAFOがどんな個性を使うのか分からない以上、自分で自分の身を守れない爆豪がAFOを挑発するのは避けた方がいい。
勿論俺も爆豪を守るつもりではあるが、AFOがどんな個性を使ってくるのか分からない以上、対処はむ難しい。
いっそ、影のゲートを使って爆豪を緑谷達のところに避難させるか?
さっきのバーでは大量の脳無が出て来ていたので、向こうに戻すのは難しいだろうし。
それに脳無が出て来たタイミングから考えると、AFOはあのバーの様子を何らかの手段で把握していた筈だ。
そうなると、俺が影のゲートを使ったのも把握している可能性は十分にあった。
「おや?」
そんな風に思っていると、AFOが興味深そうに俺を見てくる。
何だ?
そう疑問に思ったが、爆豪から注意を逸らす事が出来るのなら、俺としてはそれに何の問題もない。
寧ろ俺にとっては悪くない事でもある。
「どうした?」
「いや、君の能力を見てみたんだけど、文字化けというのかな? そんな状態で見る事が出来なくなっているんだ。何故かな?」
「さあな。そもそも、お前は今のその状態で周囲の状況を把握出来るのか?」
仮面? マスク? それっぽい感じの奴で顔を覆っているAFOだ。
当然ながら視覚も封じられている筈であり、そういう意味では一体どうやってこっちを認識しているのか分からない。
もっとも、AFOの個性を思えば何となく予想は出来るが。
「色々とあるんだよ。今の僕は色々と不便ではあるけど、だからといってしっかりと君を認識する事は出来ている。……それよりも、折角こうして会ったんだ。自己紹介といかないか?」
「他人に名前を尋ねるのなら、まずは自分の名前から言う方が先じゃないのか?」
「おや、僕を知らないと? それは残念だね。こう見えても僕はそれなりに有名人なんだけど。……まぁ、いい。残念だけど君との楽しい話の時間も終わりのようだよ」
そうAFOが言うと同時に、先程バーで脳無が転移してきた時と同じように、空中に黒い泥が浮かび上がり、そこからあのバーにいたヴィラン連合の全員……それこそ、無力化した筈の黒霧までもが姿を現す。
……ちっ、1人どころか、誰も確保することは出来なかったか。
いやまぁ、それも分からないではないが。
何しろ黒い泥を媒介にして転移するのだが、その黒い泥はどこからともなく現れるのではなく、対象の口の中から現れるのだから。
これが口の中から現れるという制限があってそうなっているのか、それとも黒い泥が敵に見つからないようにした結果、体内に黒い泥を潜ませていたのか、その辺りは俺にも分からない。
ともあれ、悪臭を放つという欠点はあるようだったが、それを抜きにすれば黒い泥はかなり有効な個性ではあったな。
「げほっ、げほっ……お前は……」
爆豪と違ってすぐに咳から立ち直ったシラタキが俺を見て訝しげな様子で言ってくる。
シラタキにしてみれば、俺は初めて見る相手だ。
……まさか、USJで遭遇し、自分を捕らえた相手だとは思いも寄らないだろう。
「なるほど、全員に対して何かあった時の保険は掛けていた訳か」
「さて、どうだろうね」
シラタキの声を無視して尋ねる俺に、AFOはそう惚ける。
本気で惚けているのか、それとも何か他の理由があってそのように言ってるのか。
その辺りは生憎と俺にも分からなかったが、今の俺が客観的に見てピンチなのは間違いない。
何しろヴィラン連合の主力が勢揃いし、その上でヴィラン連合を裏から操っているAFOまでがそこにいるのだ。
そう考えれば、普通に見てピンチなのは間違いない。
もっとも、俺が対処しようと思えばどういう風にでも出来るとは思う。
……思うのだが、そうなると炎獣を使ったりする必要がある。
あるいは鬼眼とかそういうのか?
鬼眼はともかく、炎獣を使うと、炎獣が特殊すぎるのもあってか、俺がアクセル・アルマーだと……雄英高校のヒーロー科のアクセル・アルマーであると認識されてしまう可能性は高い。
そうなると、その辺を誤魔化しながらどうにかする必要があるんだが……さて、どうしたものだろうな。