影のゲートを使って転移をした場所は、明日菜のいる場所だった。
正確には、治療を行う木乃香と、その護衛として桜咲と明日菜がいる場所。
他にも行ける場所は多かったのだが、総合的に見てここが一番安全だと判断したのだ。
バーから離れた場所なので、敵の戦力も少ない……と思ったのだが、転移した先には何人……いや、何匹? 何体? とにかく大量の脳無が倒れていた。
死体なのか、それとも気絶してるだけなのか、その辺りについては俺も生憎と分からない。
バーの中で黒い泥の転移によって大量の脳無が現れた時の事を思えば、バーの外や、離れた場所であっても回復魔法を使える木乃香がいるという意味では非常に重要な場所だけに、多くの脳無が襲ってきてもおかしくはない。
……もっとも、当然ながら明日菜や桜咲、更には量産型Wもいるので、結局のところこうして脳無は無力化されたようだったが。
「無事だな?」
「アクセル! ちょっと、どうなってるのよ! 何でいきなりこの脳無とかいうのが大量に転移してくるの!?」
俺の姿を見た明日菜が不満をぶつけるように言ってくる。
もっとも、明日菜も別に脳無が転移した件は俺が何かをしたからだという風には思っていない。
いつものように俺に不満をぶつけてきただけだろう。
「アクセル……?」
明日菜の言葉を聞いた切島が、俺を見てそう言ってくる。
しまった、アクセルという名前を出さないように言っておくのを忘れたな。
とはいえ今の俺は20代で、俺を同級生のアクセル・アルマーとは思わない……と思う。
「どうやらAFOにしてやられたみたいだな。そんな訳で、守る対象にこいつらも頼む」
「……分かったわよ。木乃香、刹那さん、いいわよね?」
「1人も2人も構いません」
「いいえー、何かあったら治すから心配いらんえー」
明日菜の言葉に、桜咲は全く問題なといった様子で返事をし、木乃香は気軽に……それこそ、TVのリモコンを取って欲しいと言われたかの如く返事をしてくる。
それを聞いた爆豪が頬をヒクつかせていくが……まぁ、この状況でもし爆豪が明日菜や桜咲に襲い掛かっても、それこそ手も足も出ないだろう。
爆豪はA組のNo.2ではあるが、それでも明日菜や桜咲との間にある力の差は圧倒的だ。
……尚、もう1人のNo.2である轟は爆豪程に露骨に態度の変化はせず、冷静に周囲の様子を警戒している。
爆豪と轟のどっちがNo.2に相応しいのかと言われれば、やっぱり轟だよな。
だが、爆豪の場合はそういう態度であってもNo.2になれるだけの実力を持っているのも間違いなく、そういう意味ではやはり総合的に2人がNo.2なのだろう。
「じゃあ、頼む。……それで、バーの中がどうなったのかは分かるか?」
「もう外に出て戦ってるし……脳無だっけ? それも殆どが倒されたみたいよ」
明日菜の言葉に、それを聞いた緑谷達が驚いた様子を見せる。
まぁ、脳無の強さについては、実際に自分の目で見て知ってるしな。
とはいえ、脳無と一口に言っても個々で強さはそれなりに違ったりするのだが。
例えば、USJで始めて遭遇した脳無は、対オールマイト用と言われているだけあって、かなりの強さを持っていた。
具体的にどのくらいの強さかと言われれば、今まで遭遇した脳無の中では最強ではないかと思うくらいに。
……もっとも、ステインの一件でも脳無が出て来たし、林間合宿でもかなりの数の脳無が出て来たが、どちらも俺は殆ど戦っていない。
ステインの時はエンデヴァーを始めとしてステイン目当てに集まっていたプロヒーロー達が倒したし、林間合宿では狛治とミルコが戦っていたので、俺が戦った脳無は……いない訳じゃないが、かなり少ない。
そんな訳で、俺にしてみれば脳無の強さについてはそれ程詳しくなかったりする。
明日菜や桜咲が倒した脳無が具体的にどのくらい強いのかと言われても……そちらについては、正直なところ分からないというのが正直なところだったりする。
もっとも、実際にはこうして倒しているのだから、脳無の強さについて心配する必要はないだろう。
……ただ、この騒動が終わった後で警察や公安は大変なことになるだろうというのは予想出来たが。
何しろ林間合宿の時でも結構な脳無を確保しているのだ。
それに加えて、数十……いや、百以上の脳無を確保したと考えると、収容する場所で困る筈だ。
まぁ、その辺は俺がどうこうと考えるような事ではない。
あるいはどうしても脳無の収容場所に困るのなら、シャドウミラーが受け取るといった選択肢もあってもいいかもしれない。
こちらにとっても、脳無というのはそれなりに興味深い存在なのは間違いないし。
レモンが脳無の生産設備を欲している事からも、その辺は明らかだろう。
とはいえ、今はまずオールマイトだな。
「この辺りには何の問題もないんだな?」
「当然でしょ」
俺の言葉に胸を張る明日菜。
それだけ自分の……いや、自分だけではなく桜咲や木乃香、量産型Wの戦力を信じているからだろう。
「そうか。じゃあ、俺は行くけどいいよな?」
「どこに行くのかは分からないけど、頑張ったら?」
素っ気ない言葉だったが、明日菜とそれなりに付き合いの長い俺は、それが激励の言葉だというのを知っている。
「分かったよ。じゃあ、行ってくる。木乃香と桜咲も明日菜のお守りを頼む」
「あはは、任せてや」
「ちょっ、アクセル!?」
そんなやり取りをしつつ、俺はまずバーの方に向かう。
バーのある場所に向かう途中でも、多くの脳無が地面に倒れていた。
……当然だが、中にはプロヒーローが怪我をして、仲間に肩を借りて歩いているといった光景もそこにはあった。
ただ、骨折を始めとした怪我の者はいるが、致命傷の者はいないように思える。
あるいはそういう連中は既に木乃香が治療したのかもしれないが。
怪我をしている者達が向かっているのも、木乃香達のいる場所だし。
そう考えれば、脳無との戦いは激戦ではあったものの、同時にそこまで致命的なものではなかった……という事か。
もしこれをAFOが知ったらどう思うだろうな。
AFOにしてみれば、今回の一件でプロヒーロー側に大きなダメージを与えるつもりだったのは間違いないと思う。
でなければ、これだけ脳無の大盤振る舞いをしたりはしないだろうし。
だというのに、プロヒーローを1人も殺せず……勿論、実は俺が気が付かないだけで何人か死んで、その死体は既に運び去られている可能性もあるのだが、とにかく俺達が受けた被害が少ないのは間違いない。
そんな風に思いつつバーのある場所にやって来ると……
「アクセル代表!? 一体何故ここに!?」
そこには、何人かの部下を従えた目良の姿があった。
勿論公安だけではなく、塚内率いる警官達もいて、早速倒した脳無をどこかに運ぼうとしていた。
まぁ、こうした通路に脳無が大量に倒れていれば、この辺りに住んでいる者達が戻ってきた時、大きな騒動になるだろうし。
……それを抜きにしても、脳無は巨体が多いので、それが大量に倒れていれば邪魔でしかない。
「捕らえられていた爆豪は取り戻した。後は、AFOが現在オールマイトと戦っているんだが、ヒーロー科のA組の生徒が何人かいてな。オールマイトの戦いに巻き込まれないように、こっちに避難させた」
「なっ!? ……そう、ですか」
目良にしては珍しい驚きの表情。
いやまぁ、AFOのいる場所に何故かA組の生徒がいたと聞かされれば、それに驚くなという方が無理だろうし。
もっとも、この世界は原作の存在する世界で、そう考えると原作のイベントである以上は、原作主人公の緑谷が関わるのは分からないでもないが。
ただ、この世界に原作があるというのを知らない目良にしてみれば、まさか……といった展開なのだろう。
目良に話した事で雄英側にも伝わる……いや、オールマイトが知ってしまった以上は、隠しようはないだろうが。
ともあれ、緑谷達が無茶をしたのは間違いなく、そういう意味では後でしっかりと相澤に叱って貰った方がいいだろう。
「そんな訳で、爆豪達を連れて一度こっちに……木乃香達のいる場所まで戻ってきた」
「なるほど、事情は分かりました。……あそこにいる限り、脳無を相手にしても安心は出来るでしょう。彼女を連れて来てくれたアクセル代表には感謝しかありません」
そう言い、深々と頭を下げる目良。
この様子を見ると、多分公安の面々が……あるいは警官達もかもしれないが、脳無との戦いで相応に怪我をして、木乃香の回復魔法の世話になったのだろう。
……こうして見る限りだとバーのすぐ外にも結構な数の脳無が転移してきたっぽいし、外に残っていたプロヒーロー……エンデヴァー達だけでは対処が難しかったのだろう。
「そうか。公安の面々が無事で何よりだし、俺も木乃香達を連れて来た甲斐があった。……まぁ、その話はそれでいいとして、エンデヴァー達はどこに行った?」
「エンデヴァーを始めとする、ここにいたプロヒーローの面々はオールマイト達を追って行きました」
「見事なまでのすれ違いだな」
そう考えると、俺がわざわざ影のゲートを使って緑谷達を連れてくる必要はなかったか?
エンデヴァー達が向こうに来たのなら、そっちを任せれば、俺もAFOやヴィラン連合の相手に集中出来たんだが。
……いや、敵の狙いは爆豪なんだから、爆豪が戦場となっている場所にいる時点で危険なのは間違いない。
であれば、やっぱり即座に爆豪をこっちに避難させることが出来たのは幸運だった筈だ。
後の問題は、爆豪の体内にまだは黒い泥が残っていないかという事だが……まぁ、その場合は明日菜が咸卦法を使ったり、あるいは桜咲が神鳴流を使ってどうにかしてくれると、そう思っておこう。
あるいは木乃香の魔法で……いや、さすがに回復魔法でどうにかするのは無理か?
「そうなると、もうここは安全なのか?」
「ええ、そうだと思います。……ただ、これ以上脳無の襲撃がなければ、ですが」
「その辺の心配はいらないと思うぞ」
あの黒い泥を使った転移は、AFOの仕業だった。
だが、そのAFOは現在オールマイトの相手をしており、新たに脳無を転移させるような余裕はない。
あ、でもそうなると爆豪が黒い泥で強制的に転移させられるといった心配もしなくていいのか。
そういう意味では、爆豪の件を心配しなくてもいいのは楽だな。
……しまった、そうなると一度木乃香に爆豪を治療して貰うように言ってくればよかったな。
もし爆豪の体内に黒い泥が残っていても、木乃香の魔法があればどうとでも対処は出来るだろうし。
出来る、よな?
最善なのはホワイトスターでレモンに調べて貰う事なんだが、それは今はまだちょっと難しいしな。
とはいえ、レモンなら爆豪を調べる……つまり、個性を調べる事が出来るということで、寧ろ喜んでやってくれると思うが。
実際、爆豪の爆破という個性は単純に個性として見れば魅力的だ。
もっとも、爆破の個性を持って生み出された量産型Wが、爆豪の如きドブの下水で煮込んだような性格になったりしたら、それはそれで困るが。
とはいえ、現在の量産型Wは金ぴかの細胞が使われているものの、性格そのものは金ぴかとは全く違って、まさに量産型Wといった性格のままだ。
それを思えば、量産型Wに爆豪の個性を持たせても問題はないと思うんだが。
まぁ、その辺についてはともかくとして、今ここが新たな脳無に襲われる心配をしなくてもいいのなら、俺がここにいる必要はないということか。
「なら、俺はオールマイトとAFOの戦いの援軍に向かう」
「そうですね。エンデヴァーを始めとして、ここにいた人達もそちらに向かいましたし。ただ……」
「目良?」
何か言いたげな様子の目良に疑問を感じ、尋ねる。
「いえ、ここはバーに突入する前に避難するように周辺に通知しましたから、脳無との戦いも問題はなかったのですが、現在オールマイトが戦っている場所の付近は……当然ですが、避難をするように勧告したりはしてませんよね?」
「どうだろうな。リューキュウ達が向こうにはいたし、そう考えると脳無の生産設備に突入する前に避難をするように……いや、難しいか」
ヴィラン連合の拠点であるバーに突入する前に周辺の住人に避難するように言えたのは、警察と公安の協力あってこそだ。
この辺りの避難をさせるには、当然ながらプロヒーローが1人いるよりも、警官や公安に所属する者達が何人もいた方が効率的だ。
そう考えると、リューキュウ達の方はプロヒーローだけだったので、周辺の住人に避難をするように言う時間があったとは思えない。
いや、そもそもの話、さっき俺がいた場所……工場の周辺には人がどのくらい住んでいるのかも分からない以上、やはりその辺については分からない。
となると、オールマイト的には全力を出せない可能性もあるのか。
そう考えると、向こうに行ったらその辺りについてもしっかりと対処する必要があるのは間違いなかった。