「わぁ、ここが駅前ですのね」
駅前に出たところで、ヤオモモが嬉しそうに言うが……いや、なんで駅前に来た程度で喜ぶ?
駅前という意味では、例えば1学期の時に自主訓練をした後で、皆で雄英の最寄り駅の近くにある店で買い食いをしたりとかしていた、他にも駅前で待ち合わせをたしたりとかしていたので、それなりに駅前に来る事はあった筈だ。
それに、体育祭の打ち上げは俺の部屋でやったが、あの時も普通にこの駅を使っていた訳で……そうなると、余計にヤオモモがこの駅を見て喜んでいるのが疑問だった。
そう思っていると、拳藤が俺の服を軽く引き、首を横に振る。
それは、野暮な事はするなと、そう視線で示していた。
……まぁ、そうか。ヤオモモもこうして喜んでいるのだから、別に無理をしてここで何かを言ったりとか、そういう事はしなくてもいいか。
そういう事をすると、ヤオモモも微妙な気持ちになったりするだろうし。
「ヤオモモ、喜ぶのはいいけど周囲の様子をしっかりと見ろよ」
多分大丈夫だろうが、それでも念の為にそう言っておく。
ヤオモモにしてみれば、こうして駅前で遊ぶのは嬉しいのだろう。
それは間違いないが、通行人にぶつかるといった可能性もある。
……とはいえ、ヤオモモは身体能力も決して低い訳ではない。
その圧倒的な強個性から、そちらに注目される事が多いヤオモモだが、その身体能力も……クラスでも最高峰とまではいかないが、それなりの身体能力を持っているのも事実。
この辺はプロヒーローになる為に小さい頃からしっかりと鍛えてきたお陰だろう。
推薦入学出来たというのは、その辺りの能力も多分見ていたのだろうし。
なので、簡単に人にぶつかったり、あるいはぶつかっても体幹が悪くて転んだりとか、そんな心配はいらない。
……ヤオモモの嬉しそうな様子を見ていると、本当に大丈夫か? と思わないでもないが。
「それで、拳藤。どこの店に行くんだ? 早いところどこかの店に行かないと、ヤオモモが何か問題を起こしそうな気がするけど」
「え? えーっと……取りあえず、ゲームセンターでも行ってみる? ヤオモモの様子を見る限りだと、そういう場所に行った経験があるようみ思えないし」
「あー……まぁ、そうだな」
上鳴から以前ちょっと聞いた話だと、雄英の最寄り駅の近くにもゲームセンターの類はあるらしい。
ただ、雄英の最寄り駅の周辺で遊ぶという事が、俺は殆どないしな。
基本的には自主訓練が終わった後で、何かを食べて帰るとか、そんな感じだし。
なので、ゲームセンターとかそういう場所で遊んだりはしないんだよな。
ただ、三奈とか葉隠とかはゲームセンターで遊びそうだし、耳郎も音楽系のゲームとかなら結構やってそうなので、女達だけで遊びに行った時にゲームセンターに行った経験があるかもしれないが。
「ヤオモモ、ゲームセンターに行った事があるか?」
「え? そんな……不良の人が行く場所でしょう?」
丁度近くまで来たヤオモモに聞いてみたのだが……まさか、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
いやまぁ、それこそ平成の初期、あるいは昭和の時代であれば、ゲームセンターというのは不良が集まる場所として広く知られていた。
だが、当然ながら今は違う。
それこそ不良どころか、一般人も普通に楽しめるような場所になっている。
だというのに、不良が集まる場所って……え? あれ、ちょっと待った。もしかして俺の認識は他の世界での事であって、このヒロアカ世界では今もまだゲームセンターには不良が集まっていたりするのか?
そんな疑問を抱いて拳藤に視線を向けると……
ブンブンブン、と。
拳藤は急いで首を横に振る。
それは今時ゲームセンターに不良などいないという事を示していた。
勿論、それも絶対ではないだろう。
例えば、どこぞの不良がゲームセンターを溜まり場にしているとか、そういう可能性は十分にある。
だが、それでもやはりヤオモモのこの知識は……
「ヤオモモ、ゲームセンターに不良がいるというのは誰から聞いた?」
「誰って……お母様ですわ」
「……どう思う?」
俺はヤオモモから拳藤に視線を向け、尋ねる。
ヤオモモの母親が、ヤオモモを騙そうとして……良く言えば、ゲームセンターとかに入り浸らないようにする為に、ゲームセンターには不良が、場合によってはヴィランがいると教えたのか。
もしくは、ヤオモモの母親という事で何となくそちらも純粋な性格をしていると思えるので、ヤオモモの母親もゲームセンターには不良がいると思ったのか。
何となく……本当に何となくだが、後者のように思える。
それこそ、昭和や平成初期の頃にゲームセンターに行ったヤオモモの先祖がそこで不良を見て、あるいは絡まれたりしたのかもしれないが、とにかくそれによってゲームセンターは不良のいる場所であると強く認識し、それが代々引き継がれてきた……といった感じで。
当然ながらその間には個性による混乱期があったのだが、それでもゲームセンターは不良のいる場所と代々言い伝えてきた可能性がある。
確証がある訳じゃないが、もしそれが本当だったら素直に凄いな。
「さぁ? けど……実際に見てみれば分かるんじゃないか?」
拳藤のその言葉に、百聞は一見にしかずといった言葉を思い出す。
「そうだな」
拳藤も俺の意見に異論はなかったのか、素直に頷く。
「え? その……本当にゲームセンターに行くんですか?」
俺と拳藤のやり取りを見ていたヤオモモが、不安そうにそう言ってくる。
ヤオモモにしてみれば、まさか自分が忌み嫌っていた……というのは少し大袈裟だったが、好んで行きたいとは思っていなかったゲームセンターに行くのを躊躇ってしまうのだろう。
少しヤオモモをその気にさせる必要があるか。
「ヤオモモは当然なからプロヒーローを目指してるんだよな?」
「その通りですわ」
それだけは曲げるつもりはないと、即座にそう返事をするヤオモモ。
こういうところはヤオモモらしいのだが……
「なら、プロヒーローになった時に何らかの理由でゲームセンターに行かないといけなくなったら、どうするんだ?」
「それは……」
「その時の事を考えれば、一度直接自分でゲームセンターに行ってみた方がいいと思わないか? それに……安心しろ、俺と拳藤も一緒にいるから、もし何かあっても助けてやるよ」
ヤオモモにとって、ゲームセンターというのは不良がいるから行きたくない場所だ。
であれば、もし本当に不良がいてヤオモモに絡んで来た時、俺が……そして拳藤が助ければいい。
……実際にはそういう事になるとは思えないが。
あ、でも不良の類はいなくてもナンパ目的の奴とかはいてもおかしくないな。
何しろヤオモモも拳藤も美人なのは間違いない。
特に今は夏休み真っ最中で、一夏の思い出を作りたい者が多い。
そういう連中にしてみれば、ヤオモモや拳藤はまさに絶好の相手だ。
唯一にして最大の難点は、ヤオモモにしろ拳藤にしろ、ナンパしてくる男を相手にはしないといったところか。
「……分かりました。プロヒーローとしての勉強と思えば、ここでいかない訳にはいきません」
ヤオモモも覚悟を決めたらしく、そう言ってくる。
……もっとも、ゲームセンターに行くのに覚悟を決める必要があるのかといった問題もあったりするのだが。
俺にしてみれば、それこそ普通の行為でしかない。
それこそ三奈とかがいても俺と同じように言うだろう。
特に三奈なんかはダンスが得意だと以前聞いた覚えがある。
そうなると、ゲームセンターにあるダンス系のゲームとか、かなりやり込んでいる可能性があった。
「じゃあ、行こうか。……確か、こっちとは違う駅の方にゲームセンターがあったと思うけど」
拳藤の言葉に、以前この辺りを散策した時に俺もそちら方面にゲームセンターがあったように思えるので、頷く。
「じゃあ、そっちに行くか」
そうして、俺達はその場を離れるのだった。
「え? これが……ゲームセンター……ですか?」
目的地のゲームセンターに到着し、中に入ったヤオモモの口からそんな声が漏れる。
どうやらヤオモモが予想していたゲームセンターとは全く違っていたらしい。
恐らくだが、ヤオモモが予想していたのはタバコの煙が充満して、不良達が集まっており、時には殴り合いだったり、もしくはカツアゲだったりをしている、そんな光景だったのだろう。
それこそ昭和や平成初期に不良達がゲームセンターに集まっていた、そんな感じのイメージで。
いやまぁ、俺は実際にそういうのを見た事はないから、何とも言えないが。
あくまでもこれは俺のイメージ的なものだ。
……あ、でもそうだな。鬼滅世界であのまま時間が流れれば、いずれは昭和になってゲームとかも開発されて、その結果として不良達がゲームセンターに集まる……そんな光景を直接自分の目で見る事が出来るかもしれないな。
もしくは、昭和や平成の初めが舞台の原作の世界に行った時にゲームセンターに行けば、そういう光景を見られるかもしれない。
ともあれ、現在俺達の……そしてヤオモモの前に広がっているのは、健全なゲームセンターといった表現が相応しい場所だった。
勿論、ゲームセンターらしいゲーム……例えば格ゲーとか、レースゲームとか、中には人型機動兵器に乗って対戦するようなのもある。
勿論それだけではなく、プリクラやUFOキャッチャー、あるいはお菓子を取るクレーンゲームとか、そういうのもある。
また、耳郎が得意そうな音楽系のゲームだったり、三奈が得意そうなダンスゲームだったり……ちょっと珍しいところでは、クイズ系のゲームとかもあるな。
後は……夏休みだけあって子供が集まっているのは、カード系のゲームの場所だ。
筐体を使う事によって、遊んでいる子供のカードがしっかりとグラフィックとして表示されるという感じの奴だな。
「どうだ、ヤオモモ。ヤオモモが思っていたような場所じゃないだろ?」
「……ええ。その、こう言ってはなんですが、普通のアミューズメントパークのような……」
そう言うヤオモモだったが、このヒロアカ世界……ではどうか分からないものの、ゲームセンター、ゲーセン、アミューズメント施設、アミューズメントパーク……といったように色々な呼び名で呼ばれた事がある。
その辺は、その時代背景とかそういうのにもよって大きく変わってくるのだが……まぁ、ゲームセンターやゲーセンといった表現が一般的なのは間違いないと思う。
「分かって貰えたようで何よりだ。……まぁ、ずっと昔、それこそ昭和とか平成初期とか、そういう時ならヤオモモが思っていたようなゲームセンターとか多かったと思うけどな。そういう意味では、ヤオモモの母親が言っていた事は決して間違いじゃないと思う」
「……でも、お母様がこの光景を見れば、一体どう思うのか。少し心配ですわね」
ふとヤオモモが呟く。
実際、ヤオモモの母親はその辺についての事情については全く知らなかったらしい。
だからこそ自分の子供のヤオモモにも自分が母親から、あるいは祖母からかもしれないが、聞いた話をそのまましたのだ。
だが、実際にこうしてゲームセンターに来てみれば、そこにあるのは聞いた話と全く違う光景。
それを見れば、自分の信じていた光景は全く違っていたと知るので、それについてどう思うのかといったところだろう。
……いやまぁ、その辺りについては俺がどうこう言っても意味がないし、実際にヤオモモが母親をゲームセンターに連れてくるか、あるいはここで写真でも撮って見せるとか、そういう風にするべきだろう。
「さて、ヤオモモの誤解も解けた事だし……まずはどうする? やっぱりゲームセンターに来たからには、プリクラでもやるか?」
プリクラの類は個人的にはそこまで好きじゃないんだが、女はこういうのが好きだというのは理解している。
何より、世の中にはプリクラ専用の手帳とか、アルバムとか、そういうのも普通に売られているくらいには流行っているのだ。
それはこのヒロアカ世界でも例外ではなく、実際に以前どこかの店でそういうのを見た記憶がある。
「まぁ、いいんですの!?」
……予想外にヤオモモが乗り気だったのはちょっと驚いたが。
「あー……まぁ、いいんじゃない? 3人で撮れる奴もあるみたいだし」
こうして見た限りでは拳藤も特に反対という訳ではなかったらしく、3人でプリクラを撮る事になる。
「ヤオモモ初体験なんだから、フレームはヤオモモが選んでもいいよ」
拳藤のその言葉にヤオモモは悩み……最終的には、何だかよく分からない柄のフレームが選ばれる事になる。
何だ、これ?
そうも思ったのだが、ヤオモモが喜んでいるのを見れば、水を差すまでもないだろと思い、そのプリクラを撮る。
他にもペンで書き込んだりとかも出来るようになっていたのだが、ヤオモモはそちらは取りあえず今回は遠慮したらしい。
そうして撮り終わると、ヤオモモはそれを大事そうに抱えるのだった。