喫茶店を出て、これからどうするのかといった事を話していた……というか、話そうとしたところで、いきなり奥の道から姿を現したのは、幼女と呼ぶべき存在だった。
薄い水色……と言えばいいのか? そんな髪の色をしていて、何より驚くべきなのは右の額から小さな角が生えている事だろう。
恐らく……いや、間違いなく個性が何らかの影響をしていると思われる。
そんな幼女が助けてと言ってきた以上、何かに追われているのは間違いない。
あるいは……本当にあるいはの話だが、友人達と鬼ごっこか何かをやっていて、逃げてきたといった可能性もある。
あるのだが、幼女の様子を見る限り、そういうのとは違う。
その表情には強い恐怖が宿っているのは見て分かるし、それはつまり何者か……そのような恐怖を抱く相手に追われているのは明らかだった。
昨日の一件から逃げ出した、ヴィラン連合の一件か……あるいはヴィラン連合とは別のヴィランの仕業か。
だが、どうする。
この幼女を追ってきたヴィラン――なのだろう存在――を、俺が倒すのでもいい。
いいのだが、問題なのは今の俺は雄英のヒーロー科の生徒としてのアクセル・アルマーであるという事だろう。
そうなると、当然ながら今のこの状況で俺の存在を相手に見られると、色々と問題がある。
なら、いっそここで20代に姿を変えるか?
そうも思ったが、ここにやってくるヴィラン……近付いてくる気配にヤオモモや拳藤が見られるのは不味い。
なら、どうするか。
まさか、この幼女を見捨てる?
さすがにそんなに格好悪い事は出来ない。
なら、近くにいるプロヒーローに応援を求めるか……いや、そもそもこの近くに都合良くプロヒーローがいる訳がない。
あるいは近くにいても、ちょうどここに顔を出すとは思えない。
そうなると……
素早く頭の中で考え、やがて1つの結論に達する。
「仕方がない、か」
そう呟くと、幼女の走ってきた方を見ながら警戒し、いつでも個性を使えるように準備をしているヤオモモと拳藤に声を掛ける。
「ヤオモモ、拳藤、俺の近くに来い」
そう指示をすると、ヤオモモと拳藤はそれぞれ一体何をするのかとか、そういう疑問を口にせず、何も言わずに俺の側までやって来る。
こういう時、何をするのかしっかりと説明しろとか、そういう風に言われないのは楽だよな。
「足下、気を付けろよ」
「これは……もしかして……」
「え?」
俺の声と同時に影のゲートを展開し、俺、幼女、ヤオモモ、拳藤は影にその身体が沈んでいく。
幼女が騒ぐかもしれないと思ったが、幸いな事に俺にぎゅっと抱きついていたのもあってか、自分の身体が影に沈むといった感触はなかったらしい。
そうして俺達の姿が影に沈んでいき……やがて完全に影に沈む前に、誰かが歩いてくる足音が聞こえてきたが……それは既に遅く、俺の姿は完全に影に沈むのだった。
「きゃあっ! ……え? ここ……アクセルの部屋?」
「……やっぱり……」
影のゲートを使い、俺の部屋まで転移をしてきた。
予想外の展開によって驚いている拳藤。
そして俺をじっと見ているヤオモモ。
……最後に、俺にしがみついたままの幼女。
また、そんな俺達の様子に気が付いたのだろう。ロボット掃除機も姿を現す。
とはいえ、不法侵入者の類ではなく俺がいるのを見て、落ち着いた様子だったが。
「とにかく……靴を脱ごうか」
玄関に転移すれば良かったのだが、咄嗟の事だったので転移した先はリビングだ。
そんなリビングに外から来たまま……つまり、靴を履いたままなのもあって、全員に靴を脱ぐように言う。
……靴を履いたままだと、もしかしたら優のようにロボット掃除機に敵対視されかねないし。
「え? あ、ああ、ごめん」
「そうですわね。まずは靴を……その、アクセルさん。その子の靴も……」
拳藤とヤオモモがそれぞれ俺に向かって言いながら、靴を脱ぐ。
けど、そうだな。この幼女の靴も脱がせる必要があるか。
「ほら、大丈夫か? 助けてって話だったから、取りあえず俺の部屋まで転移したけど……これでよかったのか?」
「……え?」
俺が声を掛けると、そこでようやく幼女は自分が先程までとは全く違う場所にいるのに気が付いたらしい。
キョロキョロと周囲を……俺の部屋を見回す。
「ほら、まずは話を聞く……前に、靴を脱ごうな。ヤオモモ、頼めるか?」
「はい、お任せ下さい。ねぇ、ここはお部屋の中なので、靴を履いたままだと駄目なの。分かりますか?」
「……うん」
ヤオモモの言葉に幼女は素直に頷き、靴を脱ぐのだが……
「あら」
「ヤオモモ?」
幼女の靴を脱がしたヤオモモが、ふと何かに気が付いた様子を見せる。
まさかとは思うが、発信機の類でもあったのか? そう思ったのだが、ヤオモモの様子からすると違うらしい。
「その……この靴、ブランドものの靴ですわね」
「何?」
ブランドものの靴……そのような靴は、当然ながら相応の値段がする筈だ。
つまり、この幼女は金持ちの子供なのか?
あれ? だとすれば……もしかしたら、さっき追ってきた誰かは誘拐犯とか、そんな感じなのだろうか?
もしかして……本当にもしかしての話だが、実は金持ちの家の子供……幼女が厳しい家から逃げ出して、子守とか世話役とか教育係とか、そういう者が追ってきていたとか、そういう事はないよな?
その場合、俺は幼女誘拐犯となってしまうんだが。
そう思いながらも、恐らくだがそれは違うだろうと思った。
この幼女が助けてと言ってきた時の様子は、知り合いから逃げているとかそういう事ではないだろうくらいには切羽詰まっていたのだから。
それを思えば、あそこで助けないといった選択肢は俺にはなかった。
……まぁ、助けを求めて来た奴が居丈高に自分を助けろと命令するような奴なら、見捨てていただろうが。
ともあれ、良いところのお嬢さんなら、誘拐犯とかに狙われても仕方がない。
あるいは何か他の理由かもしれないが……まずは事情を聞く必要があるか。
靴を全て玄関まで持っていき、改めてリビングのソファに座るのだが……
「えっと?」
何故か幼女は俺の側から離れようとしない。
普通に考えれば、男の俺よりもヤオモモや拳藤といった年上のお姉さんの方に懐いてもおかしくはないのだが。
「……」
戸惑った様子で声を上げるも、幼女はギュッと俺の腕から手を放そうとはしない。
「アクセル、その子もさっきまで炎天下の中で外にいて走っていたんだから、喉が渇いてるんじゃない?」
拳藤の言葉に幼女を見ると、なるほど汗を掻いているように思える。
それに気が付くと、ヤオモモが無言でハンカチを渡してくる。
……いや、どうせなら俺に渡さないでヤオモモが汗を拭いてくれてもよかったんだが。
まぁ、渡された以上は仕方がないし、この幼女を助けたのが俺だからか、俺に懐いているのも間違いないっぽい。
なので、ヤオモモに渡されたハンカチで幼女の顔の汗を拭いていく。
「拳藤、冷蔵庫にジュースが何本かあった筈だから、出してきてくれないか?」
「はいよ」
幼女の汗を拭きながら拳藤に言うと、拳藤は分かったと座っていたソファから立ち上がると冷蔵庫に向かう。
あー……この冷蔵庫もどうするか考えないとな。
この部屋で使う冷蔵庫という事で優と一緒に買い物をした時、最高スペックの奴……それも大きさはファミリー用の奴を買ったんだよな。
この部屋で使う分には全く問題のない大きさなのだが、寮での個室となると……具体的にどのくらいの広さなのかは分からないが、多分6畳……どんなに広くても8畳くらいだと思う。
あるいは成績優秀者だったり、クラスNo.1は特別に広い部屋を用意するとか、Plus Ultra的にそういう特典があったらいいんだけど、相澤の性格を考えるとその辺はあまり期待出来ないしな。
「アクセル、ジュースはリンゴとミカンとブドウがあるけど、どれにする?」
「……どれがいい?」
そんなに種類あったか?
そう思いつつも、冷蔵庫にあるって事は多分昨夜の打ち上げの時の残りなんだろう。
ジュースも何種類か買っていたように思うし。
「……その、リンゴ……」
幼女は俺の問いに、戸惑った様子で……だが、しっかりと言う。
この様子からすると、どうやらこの幼女はリンゴが好きなのかもしれないな。
それなら1階のスーパーで買ったリンゴパイを食べさせて見ても面白いかもしれない。
まぁ、そうなるとしたらもっと後での話だろうけど。
「リンゴがいいらしい」
「分かった。コップと氷も使うよ」
「頼む」
この冷蔵庫は高性能らしく、氷とかも普通と違う。
冷蔵庫の部分に水を入れておけば、氷が少なくなったと冷蔵庫が判断すれば、氷を追加で作る。
……その機能そのものは、冷蔵庫には普通にあったりするのだが、この冷蔵庫の凄いところは氷の質が普通の冷蔵庫と違うところだろう。
氷と一口に言っても、それこそ作り方とか、保存の仕方が、水の性質とか……色々な理由で氷の味は変わってくる。
だが、俺の冷蔵庫で作られた氷は、水道水を使った氷であっても美味い氷になる。
……もっとも、氷の味? と疑問に思いもするが。
ともあれ、俺の冷蔵庫で作られた氷は美味いとだけ思っておけばいい。
これで酒を飲むのなら、この美味い氷も思う存分利用出来ると思うんだが、生憎と俺は酒を飲まないし。
あ、ただ今は夏ということで、ざるそばやそうめんを食べる時は茹でた麺を水洗いする時に氷水を使って一気に冷ましたりはする。
ともあれ、拳藤はコップにリンゴジュースと氷を入れ、人数分持ってくる。
幼女だけにリンゴジュースを飲ませるのを、気を遣わせるかもしれないと思ったのだろう。
普通ならこの幼女くらいの年齢ならそういう事は気にしたりしないと思うんだが、見るからに事情があるのは間違いないし。
……というか、今更……こうして幼女を助けて今更の話だけど、実はこの幼女は原作で緑谷に助けられる人物だったりしないよな?
まぁ、その辺についてはもうこうして助けた後なので、どうしようもないが。
何しろ、この幼女を緑谷に任せるという事は、それはつまり今回はこの幼女を追ってきた相手から助けなかったという事になる。
それはさすがに……
「あ、美味しい……」
リンゴジュースを一口飲んだ幼女は、笑みを浮かべ……はしないものの、それでも少しだけ嬉しそうな様子で言う。
リンゴジュースを飲む際に、掴んでいた俺の腕も放してくれたので、そういう意味でも助かったな。
そんな幼女を見つつ、俺もリンゴジュースを口に運ぶ。
うーん……いやまぁ、決して不味い訳ではない。不味い訳ではないが、だからといって美味いかと言われれば、そうでもない。
いたって普通のリンゴジュースだと思う。
それをこうして美味いと言うって事は……単純にリンゴが好きなのか、それとも今までろくなものを食べていなかったのか。
いや、けど幼女を見る限りだと特に痩せている訳でもないので、食事はしっかりと食べていたのだろう。
幼児虐待や育児放棄をされていたようには思えない。
……もっとも、食事を与えないだけが虐待とかではない。
そもそもそういうのがなければ、何故逃げてきたのかといった問題もある。
とはいえ、追ってきたのが親族とかそういうのじゃなくて、誘拐犯とかだったら話は別なのだが。
ともあれ、今はまず話を進めるか。
「さて、ジュースを飲んだところで事情を……いや、その前にまずは自己紹介からにするか。俺はアクセル・アルマーだ」
そう言い、ヤオモモと拳藤に視線を向ける。
するとその視線だけで、2人共俺が何を言いたいのか分かったらしく、まず最初にヤオモモが口を開く。
「私は八百万百ですわ。親しい人はヤオモモと呼ぶので、そう呼んで下さって構いません」
「私は拳藤一佳。アクセルやヤオモモとは同じ学校に通ってるんだ」
そうして俺達3人が自己紹介をすると、次は幼女の番となる。
幼女もそれが分かったのだろう。
持っていたコップをテーブルの上に置き、口を開く。
「私は……壊理」
「壊理か。……名字は?」
「?」
俺が名字について尋ねると、幼女……壊理は何を言われているのか全く分からないといった様子で、首を傾げる。
え? あれ? これ……一体どういう意味だ?
いや、単純にまだ子供から自分の名前しか分からないって事か?
そう思いつつヤオモモと拳藤の方を見ると、当然のように戸惑った表情のままだ。
本当に、これは一体何がどうなってそうなったのか、2人にも分からないらしい。
最善の場合であれば、自分で自分の事を壊理と呼んでいるので、自分の名字を覚えていない……いや、けど幼女とはいえ、自分の名字を覚えていないって事はあるか?
ともあれ、それが最善の場合で、最悪の場合は……そもそも戸籍の類がないので壊理という名前だけを知っている。
どっちなのかは正直なところ分からないが……問題なのは明らかだった。