「それで、壊理ちゃんをどうしますの?」
「このまま連れて行くしかないだろうな。出来れば先に話を通したいところだが、その間ここに壊理を置いておくと、それはそれで問題になりそうだし」
壊理はかなり不安定な状態だ。
眠って起きればもしかしたら多少は落ち着いているかもしれないが、それだって絶対ではない。
あるいは多少は落ち着いても、部屋に自分しかいないとなれば、それはそれで混乱するかもしれない。
もしくは俺が相澤に話を通しに行く間はヤオモモと拳藤にこの部屋で待っていて貰うといった選択もあるが、それはそれで色々と問題になりそうではある。
結果として、全員で一緒に雄英に行くのが一番手っ取り早いんだよな。
なので、雄英に行くという事にし……ふと、今の自分がまだ20代の姿だった事に気が付く。
壊理が知っているのはあくまでも10代の俺なので、壊理を起こした時に俺が20代の姿であるというのを見られると、驚かせる可能性があるので、再び指をパチンと鳴らして全身を白炎で包むと、10代半ばの姿に戻る。
「……凄いですわね。とにかく、分かりました。では……可哀想ですけど、壊理ちゃんを起こしましょうか」
ヤオモモが10代に姿に戻った俺を見て驚きながらもそう言い、ソファで眠っている壊理に近付き、軽く揺する。
ちなみに拳藤の方はあっさりと10代の姿に戻った俺を見て、唖然としていた。
「壊理ちゃん、壊理ちゃん、起きて下さい。出掛けますよ」
ヤオモモのその言葉は、間違いなく優しさに溢れていた。
それこそ、人によっては母親に起こされていると、そのように思ってもおかしくはない程には。
だが……何度か揺すられ、目を覚ました壊理は半ば反射的に叫ぶ。
「やああああああああああああああああああああああああああっ! 痛いの嫌なのぉっ!」
それは寝惚けているとかそういうのではなく、まさに必死の叫びと呼ぶべきものだった。
泣き叫ぶ壊理の様子に、ヤオモモは一瞬動きを止める。
どうすればいいのか、ヤオモモにもわからなかったのだろう。
そんなヤオモモの横に、拳藤が素早く近寄ると壊理を抱きしめる。
「大丈夫! 大丈夫だから、もう痛い事はないから、安心して。ほら、大丈夫大丈夫……ヤオモモ、あんたも」
壊理を抱きしめて撫でていた拳藤だったが、突然の出来事に動けなくなっていたヤオモモに声を掛ける。
そんな拳藤の声で我に返ったヤオモモは、拳藤と一緒に壊理を抱きしめ、撫でる。
2人が泣き叫ぶ壊理を抱きしめ、数分。
そこでようやく壊理が泣き叫ぶのを止める。
「ひっく、ひっく……」
「ほら、大丈夫だから」
「私達が壊理ちゃんには酷い事はさせませんから、安心して下さいね」
拳藤とヤオモモが言い聞かせることで、ようやく壊理も落ち着いたらしい。
「……ごめんなさい」
少しだけ困った様子で壊理が言う。
それを聞いたヤオモモと拳藤は、再び壊理を撫でる。
ここで声を掛けるのは駄目だろうと、俺は暫く黙ってそんな3人の様子を眺めていた。
とはいえ、まさかこの状況でTVを付けたりする訳にもいかないし、スマホを出して何かを見たりとかも……まぁ、今のところは止めておいた方がいいだろう。
そんな訳で、俺は特に何かをするでもなく、ただ抱きしめ合う3人を眺める。
とはいえ……そんな3人を見ていれば、そこまで退屈はしない。
絵画を見ているよう……というのは少し大袈裟かもしれないが、それでも何となく似たような感じに思えたのは間違いない。
そんな風に思っていると、やがて落ち着いたのかヤオモモと拳藤が……そしてそんな2人に釣られるように壊理も俺を見てくる。
「……見てた?」
恐る恐る……というか、微妙な表情でそう聞いてくる拳藤。
どうやら今の自分の行動が微妙に恥ずかしかったらしい。
とはいえ、別にそこまで気にするような事じゃないと思うんだが。
「目の前の出来事なんだから、見てない訳がないと思わないか?」
「ぐ……で、でも、そこは気を利かせて、見てなかったとか、そういう風に言ってもいいんじゃないか?」
これは、あれか?
一緒にいる時に風でスカートがまくれて、下着を見たのを、見ていないと言うようなものか?
そう思ったが、取りあえず今のこの状況でそういう事を言えば色々と不味いのは明らかなので、その辺については黙っておく。
「悪いな、気が利かなくて。……それより壊理も落ち着いた事だし、行くぞ。いつまでもここにいるよりも、さっさとホワイトスターに行った方がいいし」
そう言うと、壊理が不思議そうに首を傾げる。
ホワイトスターとか、異世界とか、そんな諸々について話をした時、壊理はもう眠っていた。
その為、俺が一体何を言っているのか……ホワイトスターというのが一体何なのか、全く分からないのだろう。
「壊理、ホワイトスターというのは、今から俺達と一緒にお前が行く場所だ」
「ほわいとすたー」
壊理も言葉の意味は分かっていないらしく、それでもただ俺の言葉を繰り返すかのように、それだけを呟く。
「そうだ、ホワイトスター。直訳すれば、白い星ってところか」
この言葉は合っているようで間違っている。
ホワイトスターという言葉をそのまま直訳すれば、それは白い星であるのに間違いない。
だが、実際にはホワイトスターというのはそんなに綺麗な言葉では……それこそ、白き魔星とでも呼ぶようなニュアンスの言葉だった。
……まぁ、ホワイトスターの役割を考えれば、そういう認識になってもおかしくはないと思うが。
ただ、それはあくまでもホワイトスターの本当の意味を知っている者でなければ分からない事だったりするのだが。
一般的には、やはり白い星という……外見そのままの表現の方がわかりやすいと思う。
「しろいほし……お星様?」
そう言い、天井を見る壊理。
白い星と言われて空を見上げる様子からは、先程泣き叫んでいたようには思えない。
さっきのは……半ばトラウマに近い状態だったんだろうな。
その事に思うところがない訳でもないが、今はまずそのトラウマを感じさせないようにする必要がある。
「そうだ、ホワイトスターだ。そこに行けば、壊理ももう怖い事はないと思うから安心しろ」
「……うん」
あれ?
てっきり今ので壊理も喜ぶかと思ったんだが、そこまで喜んでいないな。
これはちょっと……いや、かなり意外だった。
あるいは、まだ幼女の壊理はその辺について分かっていないのかもしれないな。
ホワイトスターと一口で言っても、それがどういう場所なのかというのは、それこそ実際に行ってみないと分からないし。
つまり、実際に行ってみれば分かる事になる。
「ただ、その前に色々と説明する必要があるから、雄英に行こうと思うんだけど構わないか?」
「ゆうえい?」
コクン、と小首を傾げる壊理。
そんな壊理の様子を見れば、雄英について何も知らなのは明らかだった。
けど……それはどうなんだ?
いや、幾ら雄英が日本一のヒーロー科を有する高校で、オールマイトやエンデヴァーの出身校であっても、壊理のような幼女であればその辺について何も分からなくてもおかしくはないのか?
そう思ってヤオモモと拳藤の方を見ると、2人揃って信じられないといった驚きの表情を浮かべていた。
あれ、もしかして……この様子を見ると本来なら壊理くらいの幼女であっても雄英については知っていたりするのか?
一般的に考えれば、壊理のような幼女が高校についても分からないとかであってもおかしくはないと思うんだが……まぁ、この感覚はあくまでも俺のものだ。
ヒロアカ世界においては、あるいは壊理の方がおかしくて、ヤオモモや拳藤の方が普通なのかもしれない。
とはいえ、ヤオモモは名家の出だけに、小さい頃から雄英について知っていてもおかしくはない。
拳藤は……まぁ、拳藤も同じような感じか?
生まれは一般的な中流家庭だったらしいが、それでも雄英のヒーロー科のB組で委員長になるくらいの成績優秀者なんだし。
そう考えれば、小さい頃から雄英について知っていてもおかしくはない。
何しろ、この世界の小学生や中学生が将来の希望について聞かれると、その第一希望はプロヒーローらしいからな。
そのプロヒーローを何人も産みだしてきた、日本における最高のヒーロー科を持つ雄英について、知らない者が多数いるというのは……ちょっと疑問だ。
「ああ、俺とヤオモモ、拳藤が通っている高校だ。そこに通っている以上、担任に壊理の事について話をしておきたいんだよ。構わないか?」
「……分からない」
俺の言葉に迷った表情を浮かべる壊理。
まぁ、雄英についても知らないのなら、こういう事を言ってもすぐに分かったりはしないか。
「じゃあ……そうだな、取りあえずちょっと他の場所に行ってみないか? 怖い事はないから」
「……うん」
俺の言葉にたっぷりと数秒迷った壊理だったが、それでもやがて頷く。
本心から俺がこれから行く雄英に興味を持ったというよりも、俺が行くと言ってるので、迷惑を掛けないように頷いたといった感じではあったが。
普通に考えれば、壊理のような幼女がそこまで考える事は基本的にない。
それでも今のような対応をするという事は……それだけ、俺達と遭遇する前にはそういう対応をしなければならないような環境だったのだろう。
ヤオモモや拳藤も今の壊理の様子からその辺りについては気が付いたのか、何かを我慢したような表情を浮かべている。
ここで壊理に何かを言えば、それは昔……といっても俺達と遭遇する前の話だが、とにかくその時の事を思いだしてしまうと、そう思ったのだろう。
「よし、じゃあ行くぞ。靴を持って集まってくれ」
このまま影のゲートで転移すれば、裸足のままで外に移動する事になる。
いやまぁ、それなら雄英の校舎内に直接影のゲートで転移をすれば、その辺は問題なかったりするのかもしれないが、それはそれで色々と不味いし。
そんな訳で、ヤオモモと拳藤、俺と壊理といった面々は靴を持って俺の周囲に集まる
「よし、行くぞ。……壊理は転移、影に沈むのが怖かったら、俺に掴まっていろ」
「……うん、分かった」
壊理にしてみれば、影に沈むのが本当に怖いのかどうか、俺には分からない。
だが、俺の身体にギュッと掴まる……というよりは、抱きしめる? そんな感じになる。
ヤオモモと拳藤は微妙に俺に羨ましそうな視線を向けているが、この辺りについては仕方がない。
なので、俺はそんな2人に対し、壊理の件は気にせず口を開く。
「ほら、俺に近づけ。多分大丈夫だとは思うけど、俺から離れていると影の中で俺からはぐれて、どことも知らない場所に出るかもしれないぞ」
そう言うと、ヤオモモと拳藤はピタリと俺の身体にくっついてくる。
そんな2人の身体の柔らかさを感じつつ影のゲートを使い……俺達は揃って影に身体を沈めていくのだった。
「雄英……ですわね……」
「ああ、雄英だ」
影から出ると、そこは雄英。
正確には、雄英の敷地内。
校門の側に出てもよかったのだが……嫌な予感がしたんだよな。
実際、そんな俺の予想が正しかったようで、校門のある方からはマスゴミのインタビューを求める声が聞こえてくる。
無理もない。
昨夜の、相澤達の会見を囮にし、その隙を突くかのようにヴィラン連合の拠点を襲撃し、その後ではAFOとの戦いにもなったのだ。
マスゴミ達にしてみれば、自分達がいいように利用されたと思ってもおかしくはない。
特に昨夜の会見で相澤達を追及していたマスゴミ達にしてみれば、自分達の存在そのものがピエロといったような扱いにされていたかのように思えて、とてもではないが許容出来ず……その怒りを、会見を囮にした雄英に向けてもおかしくはない。
とはいえ、マスゴミの全てがその囮に引っ掛かったのかというと、それは否だ。
実際、AFOとの戦いの時には上空をヘリで飛んでいたマスゴミもいたし。
ただ、あれは騒動を察知して生中継したという訳ではなく、何か他の取材をしている時に地上でAFOとの戦いがあったのを察して、そっちを生中継した……といった感じだったぽいが。
もっとも、出遅れたマスゴミも後からAFOとの戦闘になった場所に人を派遣して、オールマイトの『次は君だ』という映像を撮る事が出来たのだが。
「あれが……雄英……」
ヤオモモや拳藤の言葉を聞き、壊理が離れた場所に見える雄英の校舎を見て呟く。
「そうですよ、壊理ちゃん。今からあそこに行きますけど、怖い事はありませんから」
そうヤオモモが言うが……爆豪がいたりしたら、壊理は泣き叫びそうな気がする。
もしくは物間がいたりしても同じか。
もっとも、爆豪ならヴィラン連合に連れ去られた一件で話を聞くとかで雄英にいてもおかしくはないが、物間が雄英にいる可能性は……勿論ゼロではないが、それでも限りなく低い筈だ。
あるいは以前A組がプールを借りた時のように、B組でもプールを借りたりすれば話は別だが、拳藤の様子を見る限りだとそういうのはない様子だったし。
そんな風に思いつつ、俺達は雄英の校舎に向かうのだった。