「あああ……あ……え……?」
個性の暴走に泣き叫んでいた壊理だったが、俺が抱きしめた事によってその泣き声がいきなり止まる。
「え……その……何で……あぶない、あぶないから、はなれて! おねがい!」
最初こそ壊理は一体何がどうなったのか分かっていない様子だったが、すぐに俺に向かって叫ぶ。
それは、自分の個性によって俺を傷つけない……あるいは殺さない為のものではあるのだろう。
自分の現状を理解した上で、それでも俺に向かってそのように言うのは、壊理の優しさを表していた。
壊理にしてみれば、世話になった俺を傷つけたくないという、そんなつもりなのだろう。
だが……
「安心しろ。ほら、俺は何ともない」
「え……なんで……」
取りあえず俺には壊理の個性は何も影響していないと、掌を見せてやると、壊理は驚き……というよりも、一体何が起きたのか理解出来ないといった様子でそう言ってくる。
まぁ、壊理にしてみれば何故自分の個性が俺に影響を与えてないのか、不思議で仕方がないのだろう。
これが心操の時と同じく、何らかの理由……一番考えられるのは個性がまだ未熟だから俺に影響を与えてないのか、それとも何かもっと別の理由か。
その辺を調べるには色々と検査をしたりする必要があるのは間違いないが……
「理由は分からないが、俺にはお前の個性は効かない。今はそれでいいだろう?」
「う……ひくっ、ぐす……う……」
俺の言葉に、壊理は黙って泣く。
先程の暴走の時とは全く違う、小さな声で。
そんな壊理を落ち着かせるように撫でる。
そのまま、一体どれくらいの時間が経ったのか……10分以上は経っていると思うが、30分は経っていないと思われるが、とにかくようやく壊理が泣き止む。
また、壊理から発生していた何らかの力場的なものも今は姿を消している。
どうやら壊理が落ち着いたことで、個性の暴走も収まったらしい。
これが個性の暴走が元々そこまで大きくなかったからあっさりと収まったのか、それとも俺に個性が通用しなかった事から安心し、それによって暴走が収まったのか。
その辺りは俺にも分からなかったが、とにかく落ち着いたのは間違いない。
「どうやら泣き止んだみたいだな」
「……」
俺の言葉に、しかし壊理は恥ずかしげな様子で顔を服に擦りつけてくる。
どうやら泣いたのが壊理としては恥ずかしかったらしい。
まだ壊理も子供なんだし、好きに泣いてもいいと思うんだけどな。
そう思いながら。俺は壊理に尋ねる。
「それで、壊理は自分の個性がどういうのか知ってるのか?」
「……巻き戻しって、そう……」
具体的に誰にそのように言われたのかは、俺にも分からない。
ただ、個性の……巻き戻しという名称を口にするだけで、怖がった様子を見せる事から、それが一体誰に言われているのかは、俺にもすぐに理解出来てしまう。
恐らく……というか、ほぼ確実に壊理に暴力を振るっていたヴィランだろう。
「巻き戻しか。……なるほど、強力な個性だな」
そう言うと、俺にしがみついている壊理がビクリとする。
どうやら強力な個性という言葉に何か思うところがあったらしい。
これもまた、壊理の様子からして壊理に暴力を振るっていたヴィランが壊理に対してそのように言っていたのだろう。
……いや、けどそれだけで壊理がここまで怯えるか?
考えられる可能性としては、壊理の個性が強力だからこそ暴力を振るって巻き戻しという個性は強力だと、そう言い聞かせていた……というか、壊理に対しトラウマと同じ感じで刻み込んでいたとか、そんな感じか?
あるいはもっと別の何かがある可能性もあるが……どうする? ここは一旦退いた方がいいのか?
いや、だが結局それでもいつかは話をする必要はある訳で、それなら今のうちにその辺りの話を聞いた方がいいか。
「壊理、ここにいれば俺がお前を守ってやれる。いや、俺だけじゃなくて、ヤオモモや拳藤、それにラピスもきっとお前を守る筈だ。他にも色々とな」
これが例えば門世界のように科学技術……特にネットの類が発展していない世界であれば、ラピスも本領は発揮出来ない。
いやまぁ、エステバリスを無人機として使ったり、あるいは最終的な切り札としてハシュマルを使ったりと、色々な手段はあるが……それでも、やはりラピスの本領が発揮されるのは、ルリと同じくネットの世界であってこそだ。
そういう意味では、ヒロアカ世界はラピスの実力を思う存分発揮出来る世界でもある。
それに……今は口に出さなかったが、千鶴もその母性から壊理をすぐに気に入っていた。
そんな千鶴にしてみれば、壊理に危害を加える相手に対しては、まさに鬼子母神と化すだろう。
その時点でもうそのヴィランにとっては最悪の未来しか待っていないように思えたのだが……まぁ、その辺については俺がどうこう言うようなことではないか。
「だから、安心しろ。気持ちを落ち着けろ。お前の巻き戻しという個性が具体的にどういう効果を持っているのかは分からないが、取りあえず見ての通り俺を相手にした場合は意味がない。それはこの状況を見れば分かるだろう?」
「……うん」
壊理は恐る恐るといった様子で俺を見て、本当に自分の個性が俺に何の影響もないと理解すると、強く抱きついてくる。
壊理にしてみれば、それだけ自分の個性については怖かったのだろう。
そんな壊理を落ち着かせるように撫でながら、ふと疑問に思う。
もし壊理の巻き戻しという個性が強力で……例えば人に対しても強く影響を与えるような、そんな個性であったのなら、壊理に暴力を振るっていたヴィランにこの個性を使ってもおかしくないのでは? と。
ただ、壊理の性格を考えるとそれは無理かとも思う。
まだ壊理と会って1日も経ってはいないが、それでも壊理が優しい性格をしているのは分かる。
とてもではないが、他人に……それが例え自分に暴力を振るってくるような相手であっても、そのような相手に個性を使うのは難しいだろう。
ただ、今回のような個性の暴走の場合はどうか。
普通に考えれば、暴走している以上はヴィランだからとか、そういうのは関係なく周囲に影響を与える筈だ。
そのヴィランが賢く逃げ回っていたのか、あるいはヴィランがいる時に起こった暴走は小規模で、何とか壊理がコントロール出来たのか。
……もしくは、ヴィランが何らかの手段――当然個性だろうが――によって暴走をどうにかしていたのかもしれないが。
「だから、安心しろ」
「……ありがとう」
その言葉と共に、壊理の個性の暴走は完全に終わるのだった。
「結局なんだったの?」
壊理と共にホワイトスターにある俺の家に戻ってくる。
壊理はすぐにラピスが来て、連れていった。
どうやらルリも一緒に3人で風呂に入るらしい。
……まぁ、この家の風呂は大きいしな。
何しろ俺の恋人達の多くが住んでいるし。
なので、ルリ、ラピス、壊理の3人であっても問題なく一緒に風呂に入れるのだ。
そうして子供達がいなくなったところで、レモンが俺にそう聞いてきたのだ。
レモンだけではない、このリビングで壊理の個性が暴走したのを見ていた者達……それこそヤオモモや拳藤も含めて、俺に一体どういう事なのかといった視線を向けてくる。
無理もないか。
壊理の個性が暴走した結果生み出された力場は、あくまでも俺だから……混沌精霊の俺だからこそ認識出来たもので、映像ではその力場を把握する事は出来なかったのだろう。
ましてや、壊理の個性の暴走はその力場以外には特に何か目に見えるようなものがあった訳でもない。
であれば、映像では壊理が泣き叫び、俺が抱きしめる事によって壊理が大人しくなった……そんな感じなのだろう。
とはいえ、壊理の個性の巻き戻しの暴走を受けたとはいえ、実際に俺は特に何かがある訳でもない。
「分からない。壊理の個性は巻き戻しという名称なのは聞いたが……実際、その個性を食らった俺には特に何かこれといった変化はなかったしな」
「自分でも気が付いていないだけとか、そういうのはないの?」
円が心配そうに聞いてくる。
俺の恋人の中で、円は常識枠に入る一員だ。
それだけに、壊理の個性を受けた俺が心配だったのだろう。
だが、俺はそんな円に向かって笑みを浮かべ、口を開く。
「心配するな。本当に何もないし。……それに、個性が暴走していた時に壊理の様子を見れば、壊理の個性の巻き戻しを食らえば即座に俺に何らかの異変があった筈だ。それがなかったという事は……個性を何とかコントロールした……いや、それはないな。となると、やっぱり俺には巻き戻しの効果がなかったと見るべきだな」
「具体的にはどういう事?」
円に代わり、またレモンがそう聞いてくる。
レモンにとって、個性というのはそれなりに……いや、かなり興味深いものなのだろう。
実際、上手くいけば……本当に上手くいけばの話だが、もしかしたら量産型Wに個性を使わせることが出来るようになるかもしれないのだから。
魔術はガンド程度だが、使わせる事が出来ているので、そこに個性がプラスされてもおかしくはない。
それだけに、レモンにとって個性というのは興味深いのだろう。
「今までヒロアカ世界で暮らしてきて、個性を使われても俺には効果がなかったことがある。単純にその個性の持ち主の個性を扱う技量が劣っているのか、はたまた何かもっと別の理由があるのか。その辺は俺にも分からないけど、とにかく個性が通じかなかったというのは間違いない」
「……なるほどね。詳細については分からない、と。ただ……巻き戻しという個性の名前から考えると、そのままの効果を持つ個性と考えてもいいんじゃない?」
「つまり……時間に介入する個性って事か?」
もしレモンの言葉が事実なら、なるほどそれは凄い個性だ。
時間に関する研究そのものは、シャドウミラーでもそれなりに進められている。
何しろ、シャドウミラーには時流エンジンが存在するのだから。
ブラックホールエンジン程ではないにしろ、時流エンジンも半永久機関的な性能を持つ。
それを思えば、時流エンジンに関係する研究がそれなりに行われていてもおかしくはないが……それはあくまでも、それなりだ。
技術班の面々にとっては、やはりマイナーな時流エンジンよりもブラックホールエンジンの方が興味深いらしい。
それでいながら、オーラコンバータとかそっち方面にはそれなりに強い興味を抱いたりしている訳で、その辺が一体どうなっているのかと思わないでもないが……技術班の面々を思えば、それこそ趣味だということであっさりと片付いてしまいそうなんだよな。
時間についての研究となると、興味を抱く奴がいてもおかしくはないと思うんだが。
それだけ技術班には変人が揃っているという事なのだろう。
天才はどこか普通とは違うとか、そういうのは有名な話だし。
ともあれそんな訳で、シャドウミラーにおいて時間関係の研究はそこまで進んでいない訳だ。
「恐らくだけどね」
「でも、その割には、俺はともかく他……例えば地面とか、そういう場所にも特に何も影響はなかったぞ?」
今更……本当に今更の話だが、もしあの草原で壊理の個性の巻き戻しが周囲の地面とかそういう場所にも作用していた場合、本当に最悪の場合はホワイトスターに大きな被害があった可能性もあるのか。
ホワイトスターが現在あるのは、次元の狭間とでも呼ぶべき場所だ。
その立地条件――といった表現が相応しいのかどうかは微妙だが――とゲートを使い、ランダムに異世界に行くといった今のシャドウミラーの行動が出来ている訳で、もし壊理の個性の暴走によってホワイトスターが壊れた場合、一体どうなるのか分からない。
あるいはどこか他の世界にホワイトスターが転移するのか、それともそのまま崩壊してしまうのか。
勿論、壊理1人の個性の暴走で本当にそこまで出来るかどうかは、微妙なところではあるが。
ただ、それでも十分にそういう可能性があるのは間違いない訳で……少し迂闊だったな。
あるいは前もって壊理から個性について聞いていれば……いや、その場合はその時点で個性が暴走していた可能性もあるな。
そうした話をしていると……不意に、ドスドスドスといった、そんな音が聞こえてくる。
その音に気が付いた俺が……そして他の面々も少し遅れてその音に気が付き、一体何があったのかと思うと、そこにはルリの姿があった。
……それも風呂上がりに髪も乾かさず、身体もしっかりと拭いていないので、服が濡れているという、そんな状況で。
普段ならルリもしっかりと教育されているので、こういう状況で人前に出る事はない。
だが、それでもルリが一体何故このような事を?
そう思っていると……俺達を見るルリの目から不意に涙がこぼれ落ちるのだった。