結局ヤオモモと拳藤は、一度家に帰る事になる。
いやまぁ、ヤオモモの場合は家が家だけに、まさか1人娘を外泊させるというのが難しいと言われれば、そうかとしか言えない。
ヤオモモ本人は俺の家に泊まりたいと思っていたようだったが。
林間合宿の時は? と思ったが、学校行事で外泊するのと個人の用事で……しかも拳藤がいるとはいえ、男の家に泊まるというのは、さすがに許されないと思ったらしい。
これが例えば幼馴染みの関係とかで、ヤオモモの両親も小さい頃から俺の事を知っているとか、そういう事であればまた話は違ったんだろうが。
生憎と、俺はヤオモモと幼馴染みとかそういう関係じゃない。
で、ヤオモモが帰るとなれば、当然ながら拳藤もまた自分だけで俺の家に泊まるのは避けたいという事になる。
あるいはこれで、壊理の面倒を見るのが俺だけしかいないとかなら、ヤオモモや拳藤も壊理の為に……と俺の家に泊まったかもしれないが、幸いなことにこの家には俺の恋人達が多数いて、その中にはマリューや千鶴のように母性の強い……子供の面倒を見るのが好きな者もいる。
何故か壊理を妹認定して、自分を姉と呼ばせているラピスもいるしな。
……正直なところ、ラピスがここまで壊理を可愛がるとは思わなかった。
ルリ曰く、いつもは自分が妹なので姉になってみたかったという事だが……ともあれ、そんなラピスには壊理も懐いているので、その辺はあまり問題ない。
「よし、じゃあ……そろそろ行くぞ。時間も時間だし、もう交流区画には人が残っていないから、一気に転移区画まで移動するけど、構わないよな?」
そう言うと、ヤオモモと拳藤はそれぞれ頷く。
ただ、少しだけ残念そうに見えるのは、壊理を俺の家に預けて、そのまま帰るという事に思うところがあるからだろう。
とはいえ、それでも帰らない訳にはいかず……俺とヤオモモ、拳藤は転移区画まで影のゲートで転移するのだった。
「うわ、もう暗いな」
転移区画でゲートを使い、ヒロアカ世界にやって来たところで周囲の様子を見て拳藤がそう呟く。
夏だというのに、既に周囲は真っ暗だ。
それを見れば、今がもう完全に夜だと理解出来るだろう。
もっとも、それを言うのならホワイトスターもゲートによって時間はしっかりと同期している訳で、そういう意味でも別にそこまで驚かなくてもいいと思うんだが……やっぱり、異世界に行ったからこその感想なのかもしれないな。
今のところ、このヒロアカ世界でホワイトスターに……異世界に行った事があるのは、オールマイトと校長、そしてヤオモモと拳藤だけだしな。
ましてや、オールマイトと校長がホワイトスターに来たのは、オールマイトの治療の為だ。
本当に……純粋な意味でホワイトスターに来たというのは、ヤオモモと拳藤が最初になる。
……あ、でもヤオモモと拳藤も壊理を保護するのが目的だったことを考えると、本当に純粋にホワイトスターに来たというのとはちょっと違うか?
まぁ、それでも理由はともあれ、ホワイトスターに来たというのは非常に大きい。
ヒロアカ世界にとって異世界という存在が初めてとなると、教科書に載ってもいいレベルの出来事ではあったりする。
その理由がヴィランによる壊理に対する暴力だというのも……まぁ、悪い例として教科書に載るかもしれないけど。
そういう意味では、壊理は非常に大きな意味を持つ存在であったという事になるのだろう。
巻き戻しという個性も、俺には効果がなかったが一般人を相手にした場合、それはもの凄い事になるだろうし。
……もっとも今はまだ壊理も個性をしっかりとコントロール出来ていないので、非常に危険ではあるが。
ただ、壊理が個性を使えるようになれば、怪我人や病人の治療も出来るし、本人が決して望みはしないだろうが、敵を倒す武器ともなる。
この辺はレモンが興味を持っていたようだったので、恐らく研究がてら、壊理に個性をしっかりと使えるように訓練をするのだろう。
それによって、どのくらい個性が使えるようになるのかは……壊理の頑張り次第だが。
「それで、ヤオモモと拳藤はどうやって帰る?」
「私は、連絡をすれば車で迎えに来てくれるので問題はありません」
「ヤオモモは迎えに来るという事は、拳藤は俺が送っていくか? まぁ、送っていくっていっても、電車で帰るんじゃなくて影のゲートを使って転移するだけだが」
「……いえ。拳藤さんには悪いですが、今日は念の為に私の家に泊まった方がいいかと」
「ヤオモモ?」
拳藤が訝しげにヤオモモの名前を呼ぶ。
拳藤にしてみれば、何故ここで自分がヤオモモの家に泊まるように言われたのか、分からなかったらしい。
この辺、拳藤もまだ甘い……というか、プロヒーローを目指してはいても、ヒーロー科の生徒でしかないと考えれば、これが当然なのかもしれないな。
……まぁ、拳藤のアパートまで送っていくと言った俺がそのような事を言っても説得力はないだろうが。
「俺達が壊理を助けたと壊理に逃げられたヴィランが知ったら、そのヴィランはどうすると思う?」
「それは……けど、アクセルの転移……影のゲートだっけ? それで転移しただろう? なら、壊理ちゃんを私達が助けたというのは分からないんじゃないか?」
「普通ならそうだろうが、あるいは何らかの個性があって、それで俺達の事を知ったらどうなると思う? あるいは個性じゃなくても、あの辺に防犯カメラのある店から映像データを盗むなり、買い取るなりすれば、俺達の存在を見つけ出す事も不可能じゃない」
「今も言ったけど、アクセルの転移があるのにか?」
「あるのにだ」
繰り返し尋ねてくる拳藤に、俺は頷く。
「防犯カメラとかの映像を確認すれば、俺達が壊理を連れてあの場を逃げ出したとは思わない。だが……それは同時に、確かに俺達は防犯カメラに映っていて途中までは足取りを追えても、特定の場所……具体的には壊理と遭遇した場所だな。あの辺から俺達の姿を確認する事は出来なくなる」
「それは……」
拳藤は俺の言葉に何と言っていいのか、迷う様子を見せる。
「勿論、あの人通りの多さである以上、すぐに俺達を特定出来るとは思わない。ましてや……今は夏休みで、多くの学生が街中にいるし。その中から3人を見つけるというのは、簡単じゃない」
もっとも、そう言いながらも絶対に見つからないとは限らないのだが。
特にヤオモモや拳藤は顔立ちが整っているし、何よりヤオモモは大人顔負けの、発育の暴力と呼ばれる程のボディラインをしている。
そうなるとどうしても人目を集める事になり、防犯カメラの映像とかでも目立つだろう。
……もっとも、それでもやはり映像には大量の人物が映し出されているので、そう簡単に見つける事は出来ないと思うが。
これが警察なら、人員もいるし設備もしっかりとしたのがあるので、その辺りについてもどうにか出来たりするかもしれない。
だが、ヴィランとなると……いや、勿論脳無を培養していた施設のように、そういう高度な施設を持ってるヴィランもいる。
しかし、当然ながらそのようなヴィランは本当に一握りの者達だ……壊理に暴力を振るっていたヴィランがそのような施設を持っている可能性は、そう大きくはない。
ただ、心配なのは壊理も恐らく原作に出て来る人物であり、そうなると最終的にそのヴィランは緑谷達が倒す相手で、そうなると話の展開的に高度な設備とかそういうのを持っていてもおかしくはないという事だろう。
「ともあれ、映像から俺達の事が調べられると、もしかしたら家で待ち構えている可能性は否定出来ない」
「だから、ヤオモモの家に……って、ちょっと待った! もしアクセルの言ってる事が正しかったら、もしかして私の実家の方にも人をやるかもしれないって事じゃないのか!?」
そう、拳藤が叫ぶ。
とはいえ、それも無理はないだろう。
拳藤にしてみれば、自分の家……つまり、家族がもしかしたらヴィランに襲われるかもしれないという事なのだから。
ヤオモモの家は名家で、当然ながら護衛もしっかりと雇っているだろう。
俺の場合はそれこそ言うまでもない。
だが、この3人の中で唯一拳藤だけが一般人であり、当然ながら家に護衛の類がいる筈もない。
……まぁ、もしかしたら拳藤の家族には強力な個性の持ち主がいて、ヴィランをどうにか出来るといった可能性も否定は出来ないが、それに期待するのは間違っているだろう。
拳藤の家族の襲撃。それを避ける為には、家族をどうにかする必要がある訳で……
「ヤオモモ、どうにかなるか? そっちで無理なようなら、こっちで人を派遣するけど」
もしヤオモモの方で人を……護衛を派遣するのが無理なら、量産型Wを派遣しよう。
コバッタでもいいんだが、コバッタが持つ戦闘力そのものは決して高くない。
……そもそもコバッタは、あくまでも普段生活する上でのフォローというか、色々な雑用をしてくれる存在なのだから。
だからといって、普通のバッタはそれなりの大きさがるのでどうしても目立つし、メギロートやイルメヤなんかは言うに及ばずだ。
そういう意味でも、個人でしっかりとした戦闘能力を持つ量産型Wは護衛として派遣するのにこれ以上ない人材だった。
問題なのはヘルメットを被っていなければいけない事だが……あ、いや。このヒロアカ世界であれば、異形系の個性という事でどうにかなるか?
「はい、お任せ下さい。アクセルさんの……シャドウミラーの秘密を知った者同士、拳藤さんのご家族は私の方でどうにかしますわ」
量産型Wを出すつもりだったのだが、どうやらヤオモモの方でどうにか出来るらしい。
まぁ、ヤオモモの家……八百万家のような金持ちであれば、警備会社とかプロヒーローとかに繋がりがあってもおかしくはない。
なら、わざわざ量産型Wを派遣するよりも、どうせならヤオモモの伝手に頼った方がいいか。
拳藤の家族から、量産型Wについて疑問を抱かれると対処は難しいものの、ヤオモモの家の方で手を回したのなら、どうとでも誤魔化せるだろうし。
ヤオモモと拳藤が友人で、一緒に出掛けている時にヴィランの行動を見て、その結果もしかしたら拳藤の家がヴィランに襲われるかもしれない……そう言えば拳藤の家の方でも納得するだろう。
もっとも、そうなると護衛を雇うのに掛かる費用をどうするのかという事になるが……ヤオモモの家の事を思えば、その辺の心配はない。
ただ、拳藤の両親という事を考えると、それこそ八百万家に甘える事は出来ないと言うかもしれないが……まぁ、その辺は両方の家で話し合って貰えばいい。
それにヤオモモの家なら口の上手い奴も雇っているだろうし、その辺はどうとでもなりそうな気がするし。
「そうか。じゃあ、その辺はヤオモモに任せる。……まぁ、その、何だ。驚かすような事を言いはしたけど、絶対にそうなるとは限らないし。あくまでも念の為と考えておいた方がいい」
そもそも、この辺りは雄英の生徒がそれなりに多く暮らしてる。
当然ながらアパートやマンションの大家とかオーナーとかであっても、その辺については十分に理解している筈だ。
もしヴィランに拳藤について色々と聞かれても、それこそ雄英に知らせるなり、プロヒーローに知らせるなりすればいい。
……まぁ、その場で脅して拳藤についてすぐに教えろと言われればどうしようもないかもしれないが、プロヒーローや雄英でもその辺りの対処については十分に理解してる筈だろうし、あまり心配はない。
……唯一の心配事となれば、それはやはり壊理の一件が原作にも関わっているという事で、もし原作に関わるとなると、やはり他の県まで足を伸ばすとか、そういう事をしてもおかしくはないんだよな。
「そ、そうなんだ……じゃあ、その……少しだけど安心した」
俺の説明は、拳藤を安心させることが出来る程度の説得力はあったらしい。
そんな訳で、拳藤についてはヤオモモに任せる事にする。
……幸いなのは、2学期からは寮生活になるという事だろう。
もし映像データを何とかして入手しても、既にその時には拳藤がアパートにいない可能性もあるのだ。
もっとも、アパートをすぐに退去したからといって、拳藤の情報が削除される訳ではない。
データとして残しておくといった可能性は十分にある。
そうなると、やっぱり実家の方に人を回される可能性もある訳だ。
それでも取りあえず拳藤本人の安全については、寮に住むので問題なくなり、それは大きな意味を持つが。
「じゃあ、拳藤は今日ヤオモモの家に泊まってくれ。俺は……取りあえず俺の住んでいるマンションと拳藤の住んでいるアパートを外から見て、見張ってる奴がいないかどうかを確認してくるから。まぁ、今日が大丈夫だからといって、ずっと大丈夫という訳じゃないけど……それでも確認しないよりはマシだろう?」
そう言う俺の言葉に、ヤオモモと拳藤は揃って頷くのだった。