「養子……」
俺の口から出た、壊理を養子にしたいという言葉に、校長は戸惑った様子を見せる。
うん? これ……もしかして、ミッドナイトから養子の件については聞かされていなかったのか?
ミッドナイトが校長室に入ってから俺と壊理を呼ぶまで、それなりに時間があったと思う。
だというに、全くそのような様子がなかったというのは……普通に考えれば疑問でしかない。
あるいは、ミッドナイトが俺を呼ぶまでに校長に養子の件を話す余裕がなかったのか。
例えば、何か……仕事で忙しくて、その後処理の為にそれどころではなく、ミッドナイトはその後片付けをしていたので、養子の件を話す余裕がなかったとか?
……何だか普通にありそうで、ちょっと怖いよな。
そんな風に思いつつ、俺は校長の言葉に頷く。
「そうだ。俺は壊理を養子にしようとしている。……このヒロアカ世界の住人を養子にするには、それなりに問題もあるとは思う。けど、昨日相澤にも言ったがこのヒロアカ世界の法律を考えれば、壊理を守ることが出来ない」
「それは……ああ、勿論その件については聞いているよ」
俺の言葉に思い当たることがあったのだろう。
校長は苦々しげな表情を浮かべている。
このヒロアカ世界で偉人として扱われている校長ではあるが、それでも出来る事と出来ない事がある。
そんな中で、出来ない事というのは……それこそ、日本の法律をどうにかするという事だろう。
例え偉人であっても、だからといって校長の動きで法律を変えられる訳ではない。
いや、その影響力を考えれば、すぐには無理でも世論を動かしてどうにか出来る可能性も否定は出来ないが。
とにかく、その辺りの法律が今は壊理にとっても不利になっているので、もし公的な施設とかで壊理を保護したとしても、ヴィランが手続きに則って壊理を引き取ろうとすれば、行政側でそれに対処する事は不可能だったりする。
だからこそ、今この状況においてはこのヒロアカ世界に壊理を置いておく訳にはいかない。
……これであるいは、プロヒーローが壊理を保護下に置くとか、ヴィランが手続きに則って引き取ろうとしても拒否出来るようになっていれば、俺も壊理をホワイトスターに連れていくといったようなことはしなかっただろう。
だが、生憎と今この状況ではそのような事は出来ない。
そんな訳で、壊理がホワイトスターに避難するのは間違っていなかったと思う。
その流れで壊理を養子にするというのは正直自分でもどうかと思うが。
ただ、ラピスやルリの頼みだし、何より壊理もラピスと、そしてラピスには劣るがルリと離れたくないと言っているのを思えば、養子にするという俺の選択肢は決して間違っていないと思う。
そう簡単に養子の数を増やしてもいいのか? とは思わないでもないが、そっちについてはもう今更の話だし。
そもそも20人近い恋人がいるという時点で、どう考えても普通ではないのだから。
そういう意味では、やはり俺の行動はそこまで間違っていないように思う。
「なら、壊理を……こんな子供を守る為、協力して貰えるよな?」
そう俺が言うと、壊理もじっと校長を見る。
果たして、そんな俺の言葉に押されたのか、それとも壊理の視線に負けたのか。
その辺りは俺にもよく分からなかったが……
「分かった、こちらで手を打つよ」
そう、校長が言う。
根負けをしたといったところか?
あるいは校長の中にある罪悪感に負けたのかもしれないが。
とにかく校長にしてみれば、今のこの状況において引き受けないという選択肢はなかったらしい。
「校長……」
ミッドナイトも、どこか安堵した様子でそう呟く。
ミッドナイトにしても、壊理の状況を思えばヒロアカ世界の現状ではどうしようもないと、そう考えたのだろう。
……ただ、ミッドナイトは一度ヒーローコスチュームに関する法律を改正させた実績がある。
それを思えば、もしかしたら……そんな風に思ってもおかしくはない。
ともあれ、話は決まった。
……となると、あの件についても話しておいた方がいいな。
もし校長がもう少し悩んでいたり、あるいは拒否してきたら話すつもりだったんだが。
「ミッドナイト、悪いけどちょっと壊理の世話をしてくれないか? 俺は校長と話したい事がある」
「え? ……ええ、分かったわ。壊理ちゃん、行きましょうか。お姉さんとちょっと遊びましょう? あ、そうだ。ジュースでも飲まない? お姉さん、奢るわよ」
ミッドナイトが一度校長に視線を向けると校長が頷いたので俺の頼みを引き受けて壊理にそう言ったのだが……うわ、ミッドナイトらしくない。
いや、一般的なミッドナイトのイメージとは違うのかもしれないが、これもまたミッドナイトの一面であるのは間違いないのか。
「アクセルさん……」
ミッドナイトの言葉に、壊理が俺に視線を向けてくる。
少し……少しだけ困った様子を見せるのは、壊理もそれなりに俺を気を許してきたといったところか。
「いいんじゃないか? 俺はちょっと校長と話があるから、少しミッドナイトと一緒にいてくれ。雄英の自販機には、何種類かリンゴジュースがあるぞ?」
そう言うと、壊理がすぐに頷く。
壊理と出会ってから今までの経験により、壊理がリンゴを好きなのは知っている。
そして実際雄英の中にある自販機には、俺が知ってる限りでも3種類くらいのリンゴのジュースがあった。
雄英は広いので、あるいは俺の知らない自販機があってもおかしくはなく、もしかしたらそこにはまだ俺の知らないリンゴのジュースがある可能性も十分にあった。
もっとも、基本的には雄英と契約をしているのは複数の会社ではなく、1つの会社だ。
そうなると、リンゴジュースが複数あろうとも、それはあくまでも1つの会社で売ってる奴だけとなるのだろうが。
「うん」
結局壊理は、俺の言葉だから素直に聞いたのか、それともリンゴジュースの誘惑に負けたのか、とにかくミッドナイトと共に校長室を出ていく。
「……さて、ではアクセル代表。わざわざ僕に用事とは何なのかな?」
ミッドナイトと壊理が校長室を出て少ししてから……ここで話してもミッドナイト達には聞こえないだろうと判断したところで、校長が俺にそう尋ねる。
俺も別に勿体ぶったりするつもりはないので、特に隠す様子もなく口を開く。
「壊理の事だ」
「……彼女が何か? 君に言われたように、僕は養子の手続きが出来るように動くつもりだけど」
「それはありがたい。だが、他にも話しておきたい事があるんだよ」
「何かな?」
「壊理がヴィランによって暴力を受けてきたのは事実だ。だが……その暴力は、殴る蹴るといったような一般的な意味での暴力じゃない」
「……どういう事かな?」
そう静かに校長は聞いてくるが、目は鋭くなっている。
獲物を決して逃がさないというのとは、また別の鋭さを持つ視線。
「昨夜、俺の娘……これも壊理と同じく養子なんだが、それはともかくとして。壊理はその養子の1人に懐いていて、一緒に風呂に入れたんだが、その時何がどうしてそうなったのかは分からないが、壊理がヴィランにどんな暴力を受けていたのかといったような話になったらしい」
本当に何故そんな話になったのかは分からない。
ただ、ラピスにしろルリにしろ、悪気がなかったのは間違いない。
特にラピスは自分がずっとルリの妹として扱われてきたのもあってか、壊理を妹として扱うのがかなり嬉しかったみたいだし。
ルリも、ラピス程ではないにしろ、壊理を可愛がっていたのは間違いない。
であれば、当然ながら意図的にそんな……壊理がショックを受けるような話題にする筈がない。
つまり、どういう流れでその話になったのかは分からないが、意図的なものではないというのは間違いない訳だ。
「……それで、一体どのような暴力を?」
校長は聞きたくないといった様子を見せながら、それでもこのままの状態では話を聞かないといった選択肢はないらしく、そう聞いてくる。
「簡単に言えば、壊理の身体の一部を解体していたらしい。一度や二度じゃなくて、頻繁に」
「っ!? シャアアアアアアアアッ!」
俺の言葉に、校長の口からは威嚇音が放たれる。
校長にとっても、恐らくはそこまで……といったような出来事だったのだろう。
実際、俺も最初にその話を聞いた時は、怒りでどうにかなりそうだったし。
……こうして俺の口から話しても、苛立ちを感じるのは間違いない。
だが、それでも今は爆発してもどうにもならないので、我慢する。
「……すまない。僕よりもアクセル代表の方が思うところはあるだろうに」
一通り威嚇音を口にして落ち着いたのか、校長は俺に向かってそう言ってくる。
こういうところが、俺が校長を信用ではなく信頼出来ると思うところなんだよな。
「そうだな。色々と……本当に色々と、俺にも思うところがあるのは間違いない。それこそ、壊理に暴力を振るっていたヴィランがここにいたら、思いきり殴りつけてもおかしくはない程に」
「……だろうね。僕もそのようなヴィランがいたら、この自慢の前歯で噛みついてやりたいくらいだよ」
大人程ではないしろ、子供……壊理と同じくらいか、あるいはもっと大きなくらいのネズミである校長に噛みつかれたら……それこそヴィランであっても悲鳴を上げてもおかしくはない。
「俺が壊理を匿っているとなると、もしかしたらいつかそのヴィランと遭遇するようなこともあるかもしれないから、その時はしっかりと思い知らせてやるつもりよ」
「じゃあ、その時は僕の分もお願いするよ。もしくは僕が一緒にいる時に遭遇したら、思いきり噛みついてやるけどね」
そう言う校長は、ある程度は緊張を解いたのだろう。
目つきも先程の鋭いものからいつものものに戻っている。
「けど……そのヴィランは一体何故そのような真似を?」
「考えられる可能性としては幾つかある。まずは……単純に、子供が泣き叫ぶのを好む。胸糞悪い趣味だがな」
俺の言葉に同意するように校長が頷く。
「次が、壊理から聞いた話だと、どうやらそのヴィランは怪我を回復させる個性を持っているらしい。解体されるようなことをされても、壊理に怪我の痕跡がないのはその為だ。で、その個性でどこまで怪我を治せるのかを試している」
「治療系の個性なら、それこそ引く手数多だろうに」
校長の言葉に俺も頷く。
実際、プロヒーローが集まっている雄英の教師の中にも回復系の個性はリカバリーガールしか持っていない。
リカバリーガールというヒーロー名ではあるが、その年齢は既に老人だ。
それでも第一線で働かなければならないくらい、治療系の個性というのは希少なのだ。
であれば、もし壊理で個性の実験をしていたヴィランがその気になれば、ヴィランではなくプロヒーローになっていたのも間違いない。
……まぁ、個性というのはその人物の性格とか本質とか、そういうのが関係している訳でもないらしいから、性格がヴィランでも回復系の個性を持っているとか、そういうのは普通にあるんだろうな。
「俺もそう思う。ただ、壊理の件から考えると、そうして表舞台で活動するような奴じゃなくて、恐らくはヴィランに対する闇医者的な存在なのかもしれないと思っているんだよな」
ヴィランにとっても……いや、表の病院を使えないヴィランだからこそ、闇医者的な存在で治療をしてくる存在は非常にありがたい。
同じような役割としては、サポートアイテムの技術者もいるんだよな。
当然ながら、ヴィランにサポートアイテムを売るのは禁止されている。
だが、裏の世界には当然ながらサポートアイテムをヴィランに売る……それも危険な分、より高値で売られていたりするらしい。
……まぁ、今回はサポートアイテムは関係ないのだが。
「許せないな」
校長が苛立ちも露わに呟く。
その辺については俺も同感なので、その言葉に特に異論はない。
「そんな訳で、もしそのヴィランについて何か情報が入ったら俺に教えてくれ」
後で公安の方にも連絡をしておいた方がいいかもしれないな。
……I・アイランドで入手したサポートアイテムのサークレットについての進捗も聞きたいところだし。
まぁ、日本だけで判断出来ない以上、公安がどうこうするのは難しいとは思うけど。
あるいは俺達の存在もそれなりに知っている者が出て来たし、政府にシャドウミラーについて話したりするのかもしれないな。
その辺りの判断は俺には出来ないので、何ともいえないけど。
「ああ、分かった。もしヴィランに回復系の個性を使う者がいたら、それはプロヒーローにとっても危険だからね。出来るだけ情報を集められるようにはするよ」
「頼む」
「任せておくのさ。アクセル代表はシャドウミラーの代表であると同時に、雄英の生徒でもある。であれば、校長の僕が頑張るのは当然なのさ」
そう言う校長だったが……あれ、これって俺も2学期もまだ生徒として通ってもいいのか?