「やぁっ! はっ! えいっ!」
葉隠が俺に向かって攻撃をしてくるものの、その速度や鋭さは……まぁ、平均よりも上なのは間違いない。
そもそも葉隠の個性は透明で、身体能力そのものは個性によるプラスはない。
しかし、それでも雄英に入学したその日に行われた個性把握テストにおいて、葉隠は下位ではあったものの、最下位という訳ではなかった。
ましてや、ハンドボール投げにおいては個性を使って圧倒的な成績を叩き出した緑谷よりも、総合では上だったのだ。
……あの時、緑谷の身体は相当に鍛えられていたと思うんだが、それでも葉隠はその時の緑谷よりも、原作主人公よりも身体能力は上だった。
もっとも、1学期を終えた今となっては個性を……OFAを多少なりとも使いこなせるようになった緑谷の方が、葉隠よりも身体能力は上だと思うが。
ともあれ、そんな訳で恐らくは地道に小さい時から雄英を目指して身体を鍛えてきたのだろう葉隠だったが、それでもやはりA組の中では身体能力は下位だ。
勿論、葉隠の個性によって透明になったりすればその凶悪さは言うまでもないのだが。
「そういえば、葉隠のヒーローコスチュームの件はどうなったんだ?」
葉隠の振るう拳を回避しながら、そう尋ねる。
入学当初の葉隠のヒーローコスチュームは、殆ど何も着ていない状態だった。
そして葉隠の本気というのは、本当の意味で裸になって、相手に見つからないような、そんな状態……全裸の状態で行動するのがまさに葉隠の本気だった。
当然ながら、それは危険だ。
……いや、本当に色々な意味で。
何も着ていないんだから、ちょっとした事で怪我をする。
あるいは何らかの個性によって葉隠の存在を感知出来るようなヴィランがいた場合、葉隠は間違いなく把握され、ヴィランに捕まり……場合によっては性的な意味で襲われてしまうだろう。
何しろ何も着ていないのだから、そっち方面のヴィランにとってみれば、カモネギどころか、既に調理されて鍋として完成しており、それをはいどうぞといった感じで食べられるのを待つだけというか、とにかくそんな感じになる。
だからこそ、葉隠の髪の毛とかの細胞を培養するなりなんなりして、葉隠が着ても透明になれるヒーローコスチュームを作るって話だったが……今、こうして俺の前にいる葉隠は、相変わらず以前のヒーローコスチュームのままだ。
「2学期になったら、新しいヒーローコスチュームが届く筈、だよ! あーっ、もう! 全く当たらないんだけど!」
葉隠は喋りながらも俺に攻撃を続けていたが、俺はその全てを回避していた。
そうしながら会話をしていたのだが、葉隠が最終的にはどうしようもなくなったと判断したのか、そう叫ぶ。
「デステゴロとか、そういう格闘を得意としているプロヒーローに習うとか……いや、それならプッシーキャッツの方も独自の戦闘スタイルを築いていたな」
特に虎はプッシーキャッツの中でも最前線で戦うタイプなので、しっかりとした格闘技を習得している。
そういう意味では、林間合宿の時に葉隠も虎に話を聞いたりすれば……いやまぁ、それどころじゃなかったしな、あの時は。
とにかく個性を少しでも伸ばす為に、ラグドールのサーチによってひたすらに訓練をしていた。
そうなると、当然ながら虎に改めて格闘術について習うとか、そういうのは難しかっただろうし。
「ええいっ! やぁっ! はぁっ!」
葉隠にしてみれば裂帛の気合いとでも評するのが相応しいのだろうが、俺から見れば可愛らしい声としか表現出来ない。
そんな様子で俺に向かって次から次に攻撃をしてくるのだが、残念ながら葉隠の攻撃が俺に命中することはない。
「や……あああぁあっ!」
トン、と。
攻撃をするのではなく、1歩を踏み出し、その1歩で俺との間合いを詰めると跳躍し、後ろ回し蹴りを放ってくる、
「そんな大技が、いきなり当たる訳がないだろ」
顔面を狙ってきた葉隠の足を受け止め、そのまま掴み……
「やっぱりね!」
「うおっ!」
空中で足を掴まれた葉隠だったが、そのまま身体を捻って空いている方の左足を俺に向かって放ってくる。
チッ、と。
葉隠の左足は、クリーンヒットすることはなかったものの、俺の頬に微かにだが当たる事には成功する。
これは、また……
驚きながら、掴んでいた葉隠の足を放す。
すると葉隠は、バランスを崩しながらも、何とか転ぶことがないまま床に着地した。
「え……当たった? あれ、今、アクセル君に当てたよね!?」
不格好ながらも地面に着地した葉隠は、俺に向かってそう言ってくる。
「ああ、当たった。……正直なところ、驚いている」
これは正真正銘、本当の気持ちだ。
俺がこのヒロアカ世界にやってきてから、攻撃を受けた事は……ないとは言わないが、かなり少ない。
そんな数少ない1人に、葉隠も入ったという事になる。
「んだこら、このヒモ野郎がぁあああぁっ!」
すると、セメントスが作ったコンクリートの山の上で必殺技について色々と試していた爆豪が、掌から爆発を起こしながら俺に向かって突っ込んで来る。
「てめえっ、相手が女だからって手加減してるんじゃねえだろうな!」
これぞヴィランといった様子で叫ぶ爆豪。
この顔を見て、一体誰がヒーロー科の生徒だと思うんだろうか。
「いや、別にそんなつもりはなかったぞ。完全に意表を突かれた形だ」
とはいえ、もしこれが本当に本気の戦い……殺し合いとかであれば、俺も今の葉隠の攻撃を回避出来ただろう。
だが、今の俺はあくまでも圧縮訓練用の意識だった。
その辺の意識の違いというのは大きい。
「それに……今の葉隠の蹴りは、間違いなく予想外というか、今までと違っていた。葉隠、一体どこで今のような身体の動かし方を?」
「はーい、それは私、私!」
俺の言葉に返事をしたのは、葉隠……ではなく、酸を少しでも遠くに放てるようにと手を銃の形にして試行錯誤していた三奈だった。
……なるほど。言われてみれば俺が葉隠の右足を掴んでからの身体の動かし方は、どこか三奈を想像させるようなものだったな。
三奈はA組の女の中では1番運動神経がいい。
いや、男を込みで考えても間違いなく上位に入るだろう。
早ければ中学生から男と女の身体能力はどうしようもない程に差がつく。
高校生になれば、その差は決定的だろう。
以前……どの世界で見たTV番組だったかはちょっと忘れたが、その世界の女子テニスプレイヤーのプロ、それも世界ランク上位に位置する選手が、プロでも何でもない……勿論部活としてはかなりの成績を誇っている男子高校生と本気で勝負をした結果、男子高校生が勝利したというのを見た事がある。
男と女の身体能力の差は、それだけの差があるのだ。
そんな中で、三奈がA組でも男子含めてトップクラスの身体能力や運動神経を持っているのは、素直に凄いと思う。
もっとも、このヒロアカ世界の場合は個性が存在する。
特に異形系の個性は素で身体能力が非常に高い。
……のだが、三奈の個性は酸であり、肌の色とかからすると、もしかしたら異形系に入るのかもしれないけど、それでも身体能力とかが強化されてるようには見えない。
そんな三奈の身体の動かし方を葉隠が習い、それを実際にやって見せたというのは、素直に凄いと思う。
勿論、全く身体を動かすのが得意ではない者であれば、教えられたからといってすぐに出来るものではないだろう。
だが、葉隠は素の状態でもそれなりに高い身体能力を持っており、それで三奈からの教えを実践出来たのだろう。
それだけではなく、最後の一撃を放つまで必死に俺に攻撃をしつつ、それを防がれながらも隙を窺っていた。
これらが積み重なり、攻撃を命中させたというのが葉隠の今の一撃だった訳だ。
「ふざけんな、それで命中してんじゃねえっ、このクソが!」
俺の説明を聞いた爆豪が、不満そうに吐き捨てると爆破を使って圧縮訓練をしていた場所に戻っていく。
うーん……爆豪、相変わらずだな。
「あはは、怒られちゃったね」
困った様子で笑う葉隠だったが、爆豪の今の言葉は正直気持ちが分からないでもない部分がある。
今まで葉隠の格闘訓練に付き合ってきた俺が言うような事じゃないかもしれないが。
「もしかしたら、爆豪的には葉隠の必殺技というのは格闘能力を上げるとか、そういうのじゃないって言いたかったのかもしれないな」
「えー……そうかな? でも……うーん……アクセル君はどう思う?」
「俺が口にしたのは、あくまでも爆豪ならそういう風に言ってもおかしくはないって予想だから、ここで更に俺が何かを言うのもどうかと思うが……けど、そうだな。プロヒーローなら基本的には相応の戦闘力がある訳で、葉隠の格闘もその相応の戦闘力に入ると思う。葉隠にしても、必殺技が格闘というのは……こう、ピンと来ないんじゃないか? まぁ、さっきの蹴りは相手の意表を突けるという意味では悪くないと思うけど、それが必殺技というのはまたちょっと違うだろうし」
「う……」
どうやら葉隠にとっても今の俺の言葉には感じるところがあったらしい。
「でも、折角アクセル君にこうして訓練に付き合って貰ったのに……」
「自分ノ失敗ヲ認メルノモ大事ダ」
葉隠の呟きを聞いたエクトプラズムが、そう声を掛けてくる。
実際、エクトプラズムの言ってる事はそう間違っている訳ではない。
自分の失敗……ミスを認め、それを繰り返さない事によって成長していけるのだから。
「エクトプラズム先生」
エクトプラズムの言葉が深く突き刺さったのだろう。
葉隠はエクトプラズムを見て、感動したように言う。
いやまぁ、透明だから本当に葉隠がエクトプラズムを見ているのかどうかは分からないんだけどな。
ただ、雰囲気的にそう間違ってはいないと思う。
「えっと、じゃあ……私にはどういう必殺技がいいと思うんですか?」
『自分ノ事ハ自分デ考エルベキダロウ』
「え……じゃあ、えっと、アクセル君はどう思う?」
「……エクトプラズム先生が自分で考えるようにって言ったのに、それに対して俺が何かアドバイスをするのは……どうなんだ?」
「アドバイスくらいはいいと思うけど、エクトプラズム先生、ですか?」
葉隠がエクトプラズムに尋ねるも、エクトプラズムは特に何を言ったりとか、そういう様子はない。
どうやらエクトプラズムの様子を見れば、俺が何らかのアドバイスをするのは構わないという事らしい。
とはいえ、アドバイス、アドバイスか。
葉隠の必殺技……そう思って、以前ちょっと話した件について思い出す。
「いつだったか、葉隠の透明の方法について、いわゆる光学迷彩的な……光をねじ曲げているって感じで話したよな?」
「え? あー……うん、うん。聞いた覚えがある! 結局色々と忙しくて、すっかり忘れてたけど」
葉隠の言葉に、だろうなと同意する。
何しろ1学期だけで色々とあったからな。
大きなところでは、USJの一件、体育祭、保須市でのステインの一件、期末テストの騒動……ざっと思い当たるだけでこれだけある。
夏休みに入ってからでも、I・アイランドの一件であったり、林間合宿やそれに続くようにして神野区の一件だったりといった具合に。
また、多くの者達が経験していないという点では、壊理の件もある。
……もっとも、ヤオモモや拳藤も一緒に壊理の件には関わっているし、その件に続くようにして俺の正体、シャドウミラーについてとかも知られてしまった。
ましてや、壊理の件はまだ完全に解決した訳ではないのも事実だ。
壊理を虐待……という表現では物足りない程の目に遭わせていたヴィランについては、まだ解決していない。
壊理から色々と聞けば、あるいはどうにかなるのかもしれないが、ラピスから聞いた話によると、その件になると怖がってろくに話す事も出来なくなるらしい。
なので、まだ壊理にトラウマを与えたヴィランについては殆ど何も分かっていない状態というのが正しい。
これが、例えばヒロアカ世界で壊理を保護したのであれば、万が一を考えて少しでも事情を知る必要があるから、壊理に無理をさせなくてはならない。
だが、ホワイトスターにいるのであれば、ヴィランがやってくる可能性は……ゼロとまではいかないが。それでもまず考えなくてもいいくらいに可能性は低い。
それなら、壊理に無理をさせる必要もなく、それこそ暫くの間は壊理の心の傷が回復するまで待ってもいい。
そう判断し、今のところは無理に聞いてはいなかった。
勿論、その間もヒロアカ世界でそのヴィランが何らかの騒動を起こしているというのを考えると、思うところはあるが……そのくらいは、このヒロアカ世界のプロヒーローに頑張って欲しいところだ。
「とにかく、折角の必殺技を編み出す為の圧縮訓練なんだ。これを機会に、太陽の光をレーザーとして放つ方法とか、そういうのを試してみてもいいんじゃないか?」
そう言う俺の言葉に、葉隠は元気よく頷くのだった。