峰田を始めとする者達から嫉妬の視線を浴びつつ、寮を出た俺と拳藤、茨の3人は寮の裏に回る。
もっとも、この辺りには全ての学年、全てのクラスの寮が密集している場所なので、どこかの部屋からは見えていると思ってもいいだろうが。
「……それで、アクセル。一体いつまで私の肩を抱いてるつもりなんだ?」
不満そうに……いや、薄らと耳が赤くなっているのが、夜目の利く俺には分かるから、不満じゃなくて照れ臭そうにしながら拳藤がそう言ってくる。
拳藤の性格なら、本当に不満なら肩を抱いている俺の手を強引にでも外すとかしていた筈だ。
だが、実際には色々と言いつつも俺の手が拳藤の肩を抱くのを許容していた。
そのくらいは許される程度には、拳藤から好意を抱かれているのだろう。
もっとも、それを言うのなら茨の方は全てを受け入れるといった様子で、嫌がる様子も、照れ臭そうな様子もない。
それこそ寮の中で口にした、初めてを外でというのは……というのには本音が入っていたが、もし本当に俺がそれを望めば茨はそれを受け入れるだろう。
もっとも、それは俺に対して好意……男女間の好意を抱いているからではなく、あくまで信仰の対象に対する好意、あるいは敬意といったものが理由であり、個人的にはそういうのはちょっと……と思う。
勿論、それはあくまでも俺の考えで、人によっては色々と違うと思うのだが。
「悪いな。ちょっと峰田や上鳴……他にも何人かを挑発して、やる気にさせたかったんだよ」
「……あのなぁ。そんなのでやる気になると思うのか?」
「なるだろ」
呆れた様子で言ってきた拳藤だったが、俺はさっきの一件で峰田や上鳴は勿論、他の男達もかなりやる気になっているだろうと判断している。
A組においては、峰田と上鳴がいるから他の奴はそこまで目立たないものの、それでも高校生なんだから、多くの高校生が女に興味を持っているのは間違いない。
そういう意味では、男達もやる気になっているのは間違いないと思う。
女の方は……まぁ、うん。何だかその物理的な貫通力を持ってるような視線が向けられた気もするけど、多分気のせいだということにしておこう。
「まぁ、アクセルがそう言うならいいけど……っていうか、アクセルもいつまで茨の腰を抱いてるんだよ。そろそろ離せて」
「あら」
「……そこで残念そうな声を出すのは、どうなんだ?」
茨の口から出た言葉に、拳藤が呆れたようにそう言う。
茨にしてみれば、崇める俺という存在に触れられるのは決して嫌ではない……といったところなのだろう。
普通に考えれば男に腰を抱かれるというのは……いや、その辺は俺がどうこう考えるような事でもないのか。
ともあれ、拳藤の目が厳しくなってきたこともあったので、俺はそっと茨の腰から手を離す。
「全く、アクセルもあまり迂闊にそういう行動をするなよな。勘違いする奴も出てくるかもしれないんだから」
「勘違いって?」
「いや、だから、つまり……その、そういう事だよ!」
具体的に言うようなことはなかったものの、何となく拳藤の言いたいことは理解出来た。
もっとも、だからといってその辺りについては実際に口にするのはどうかと思わないでもなかったので、直接言ったりはしなかったが。
「それで、結局俺に会いに来たんだったよな? どうすればいいんだ?」
「茨に聞きなよ」
ふんっ、と。
微妙に拗ねた様子で拳藤が言う。
ちょっとやりすぎたか?
そうも思ったが、拳藤の性格を考えると本当に嫌な場合は、それこそ即座に手刀を放ってくる筈だ。
……もっと嫌であったりした場合は、手刀ではなく拳の一撃になるだろうが。
そういうのがないって事は、実際にはそこまで嫌がっている訳ではないという事なんだろう、多分。
「それで、茨?」
「……こうして、アクセルさんの近くにいるだけで、充実します」
すぅ……はぁ……と、深呼吸する茨。
それって、もしかして俺の臭いを嗅いだりしていないか?
そうも思ったが、それを聞くと平然とした表情で『そうですが、何か?』とか、そんな風に言われそうな気がするんだよな。
「……そうか」
なので、詳しい話を聞くでもなく、茨の好きにさせる。
まぁ、純粋に俺の体臭だけを嗅ぎたいとかそういうではなくて、俺の……信仰の対象である俺の側にいるというのが、茨にとっては大きいのだろうと思っておく。
「B組の圧縮訓練の方はどうだ?」
俺の側で目を瞑っている茨はそのままにしておき、拳藤に尋ねる。
そんな俺の言葉に、先程までは少し拗ねていた拳藤も多少は機嫌を直したのか、それとも拗ねていても意味がないとでも思ったのか、とにかく普通に口を開く。
「悪くないよ。厳しい訓練だけど、個性を伸ばす為に頑張ってる」
「拳藤もか?」
「私の場合は……そうだね、言っても別に悪くないか。それに仮免試験はそれぞれ別の場所でやるって話だったし。私の場合は、今まで以上に手が大きくなるようになったよ。もっとも、そこまで極端に以前よりも大きくなったって訳じゃないけど」
「なるほど。……ちなみに、そのうち大きくなるのは手だけじゃなくて、足や身体、顔も大きくなって、優、マウントレディみたいに巨大化の個性になったりとか、そういうのはあると思うか?」
「え? う、うーん……それは……さすがにちょっと難しいんじゃないかな?」
俺の質問というか、ある意味での願望に拳藤は困ったようにそう言う。
とはいえ、個性というのは現在俺達がやっている圧縮訓練のように伸ばす事が出来る。
であれば、圧縮訓練によってしっかりと個性を伸ばせば、将来的には本当に優のような巨大化といった個性に成長してもおかしくはないと思う。
もっとも、それはあくまでもそうなったらいいなと思うだけで、実際のところは分からない……いや、拳藤の様子を見る限りだと難しいとは思うが。
「とはいえ、自分で出来ないと思えば全てが出来なくなる。そういう意味では、絶対に出来る……とまではいかないが、それでももしかしたら出来るかもしれない、出来たらいいなといったように思った方がいい」
「うーん……アクセルがそう言うのなら、試してみてもいいけど」
拳藤が完全に信じた様子ではなかったものの、それでも俺の言葉にある程度の納得を見せる。
この辺は、俺の正体について拳藤も理解しているからこそ、素直にこのように口にしたのだろう。
とはいえ、俺が今まで経験してきたことと、このヒロアカ世界についてはかなり違う……というか、このヒロアカ世界が特殊な存在であるのは間違いないので、あまり頼りにされるのも、それはそれで違うと思うのだが。
その辺りについては、拳藤には自分で判断して欲しい。
「まぁ、試すだけ試してみたらいいんじゃないか? それで駄目でも……訓練そのものは決して無駄にはならないだろうし」
どのような訓練であっても、訓練そのものが無駄にはならないと思う。
勿論、それはあくまでも俺がそのように思っているだけで、実際には違うかもしれないが。
また、訓練と言いつつ無意味なことをしていたりした場合は、さすがにそれは無駄になると思うが。
「で、茨の方はどうなんだ?」
俺に向かって崇める……とまではいかないが、側にいるだけで何かこう、違うといった感じの、充実したといった感じの茨に向けてそう尋ねる。
茨はそんな俺の言葉に、すぐに笑みを浮かべて口を開く。
「しっかりと成果を出しています。私の髪が伸びる長さの限界と、伸びる速度は以前よりも間違いなく増していますので」
そう言う茨の言葉に、なるほどと思う。
元々が真面目な性格をしている茨だ。
であれば、俺がここでどうこうといったように言わない方がいいか。
……俺を崇めている茨だけに、俺から何かを言えば何がどうなってもそれをやってのけるようとするだろうし。
勿論、それが出来るのであればそれが一番いいんだろうけど、だからといって無理にでもそうさせるというのはあまり好ましい事ではない。
「そうか、頑張ってるようで何よりだ」
そう言うと、茨は嬉しそうに……それこそ満面の笑みといった表現が正しいような笑みを浮かべる。
茨にしてみれば、俺という神――あくまでも茨にとってだが――から直接褒められたのだから、それを嬉しく思うなという方が無理なのだろう。
もっとも、俺としては別にそこまで気にしなくてもいいと思うのだが。
とはいえ……茨をこうして変えてしまったのは俺なんだよな。
勿論、俺が意図して茨をこのようにした訳ではないのは間違いない。
それこそ茨が一体何故あの時……体育祭の打ち上げの時にいきなり俺を崇めるようになったのかとか、そういうのは正直なところ分からない。
分からないが、それでもやはり今の状況に思うところがあるのも事実なのだ。
であれば、茨をこのように変えてしまった以上、その責任は取る必要があるだろう。
具体的にどうするのかとなると、それこそホワイトスターに連れていき、エルフ達と引き合わせるといった感じだが。
「これからも、アクセルさんに喜んで貰えるように頑張ります」
「あー……うん。まぁ、頑張ってくれ」
適当に返したのだが、それでも茨は嬉しそうな……それこそ天にも昇りそうなような、そんな表情を浮かべる。
うーん、これ本当に大丈夫なのか?
そう思わないでもなかったが、茨がこうした態度を取るのはあくまでも俺に対してだけだと思えば、そこまで心配はない筈だ。……多分。
「さて、じゃあ……何だかんだとA組の寮に来てからそれなりに時間が経つし、私達はそろそろ戻るよ。あまり遅くまで寮の外にいるのを見つかると、先生に怒られるかもしれないから」
「……残念ですが、そうさせてもらいます」
このままではいつまでも茨が満足しないと思ったからだろう。
拳藤が寮に戻ると言えば、茨もそれには反対しない。
多分だけど、もしここでまだ俺と一緒にいたいと言えば、それで俺や拳藤に迷惑が掛かると、そう思ったのだろう。
こういう風に考えることが出来る辺り、茨もしっかりと常識を理解はしているのだろう。
「分かった。じゃあ、圧縮訓練が終わるまでもう少し……お互いに頑張ろうな」
「……頑張ろうって言われても、アクセルは訓練をする側じゃなくて、訓練を手伝う側に回ってるって聞いてるけど?」
どこからそれを聞きつけたのか……と思ったが、その件については別に隠しているような事でもないしな。
それこそ拳藤なら三奈やヤオモモ辺りから聞いたりしていてもおかしくはない。
「本当に、羨ましいです。出来ればこの身もA組であればと、ここまで残念に思ったことはそうありません」
しみじみといった様子で、茨が言う。
そこまで思う事か? と思わないでもなかったが、考えてみればそうおかしな話でもないか。
単純に茨が俺を崇めているから一緒にいたいという思いがあるのも間違いはないのだろうが、それ以外にも俺が圧縮訓練に協力する事によって、それでA組の圧縮訓練が……個性の伸ばし、必殺技を修得する者が増えているのも事実なのだ。
具体的なところだと、葉隠なんかがそうだろう。
まだレーザーの威力は低いものの、それでも目潰しとして使えるのは間違いないし、威力も多少ではあるものの増してきている。
また、三奈の酸を放つ奴もイメージの問題からか、それなりにかなり圧縮された酸を放つような事が出来るようになってきた。
三奈としては、最終的には酸の弾丸みたいな感じで、ピンポイントに……それもかなり離れた場所に対して、酸を命中させられるようになりたいらしい。
また、当然ながらその際には酸の濃度を自由に調整し、例えば命中した建物の一部を溶かすとか、あるいは命中したヴィランを溶かしはせずに吹き飛ばすとか……そんな感じ。
後は……分かりやすいところでは、爆豪もいる。
ただ、爆豪の場合は俺が何かをした訳ではなく、独学で貫通力の増した爆破といった感じの必殺技を編み出していた。
もっとも、まだ完成度は低いらしいが。
後は、それこそ残りの圧縮訓練でどこまで完成度を高められるかといったところか。
他にも色々と手助けをしていて、それによってA組の圧縮訓練の効果は非常に高くなっている。
それと比べると、B組の方はいまいち……とまではいかないが、それでも俺が訓練に協力しているA組に比べるとどうしても効率が悪いのだろう。
とはいえ、それについては頑張れとしか言えない。
実際、A組は俺が協力しているからこそ、大きな成果が出ているものの、B組はB組で相応に成果を出しているのは間違いないのだから。
そういう意味では、B組の圧縮訓練こそが正常なのは間違いない。
そんな風に思いつつ、拳藤や茨と別れて、寮に戻る。
……当然のように峰田がモギモギを使って飛び込んできたが、それをあっさりと迎撃する。
そうした日々を楽しみつつ、いよいよ仮免試験の日が来るのだった。