「うわああああ、何だか緊張してきた」
仮免試験の会場に向かう途中のバスの中、俺の隣に座った瀬呂がそんな風に呟く。
「そこまで緊張する必要はないだろ? いやまぁ、爆豪みたいに余裕でいろとは言わないけど」
「おいっ、聞こえてるぞヒモ野郎! 俺はやるべき事をやってきたんだから、怯える必要がある訳ねえだろうが!」
少し……というか、大分離れた場所に座っていた爆豪だったが、それでも俺の声が聞こえたらしい。
いや、別にそこまで大きな声で話していた訳ではないんだが。
それにバスの中ではA組らしくかなり騒がしいし。
……もっとも、林間合宿の時のようにカラオケをやろうとか、そういう事を言う奴はいなかったが。
それでもどういう試験をやるのかとか、あるいは世間話をしたりとか、試験を受けに来る女は美人だったり可愛いかだったりといったように、多くの者達が話をしている。
最後の奴は例によって例の如く峰田と上鳴だが。
そんな訳でバスの中はかなり騒がしかったのだが、それでも爆豪が自分の話題を聞き逃さなかったのは、カクテルパーティ効果って奴なのかもしれないな。
まさか、爆豪が俺だけに意識を集中してるとか、そういう事はないだろうし。
だが……そうか。爆豪の性格を思えばここで煽っておいた方が、仮免試験を真面目に受けるか。
「そうか、爆豪が……俺の下の存在である、クラスNo.2の片割れの爆豪がやる気なら、俺としても心強いな」
「んだごらぁっ! ヒモ野郎、てめえがいつまでも俺の上だと、思ってるんじゃねえぞがごらぁあああぁああぁああぁあっ!」
うわ、少し煽るだけにしようとかと思っての言葉だったのだが、どうやら俺が予想した以上に効果があったらしい。
まぁ、極度の負けず嫌い……その上で実際に才能マンと呼ばれるだけの才能を持つ爆豪だ。
その性格こそヴィランと呼ぶに相応しい相手ではあるが、それでもクラスNo.2の実力なのは間違いない訳で……俺が予想した以上に爆豪のツボに嵌まってしまったらしい。
「そうか。それなら今日の仮免試験で爆豪が俺に初めて……そう、初めて勝てるかどうか、楽しみにしてるよ」
「ぐぎっ、ぐがが……ぐぎぎぐがぎぎぐげどげげが……」
ついでに更に煽ってみると、どうやら爆豪の限界を越えてしまったらしく、何か妙な声を発するようになってしまう。
「お、おい、アクセル。ちょっとやりすぎじゃないか?」
瀬呂が爆豪を……隣に座る切島がいなければ、即座に俺に襲い掛かってきてもおかしくはないような、そんな爆豪を見ながら言ってくる。
「まぁ……ほら、うん。爆豪のお陰で瀬呂の緊張も解けたようだし、結果オーライ的な」
「いや、緊張は解けたけど、下手をしたらバスの中で乱闘騒ぎが起きそうだろ」
「問題ないって」
いざとなったら相澤がどうにかしてくれるだろうし。
……あるいは相澤にどうにか出来なくても、俺がその気になれば爆豪の対処は出来るから、騒動が起きてもそこまで大きくはなならない。
とはいえ……爆豪は才能はあるんだが、こうして挑発に乗りやすいのは問題だよな。
いや、爆豪のプロヒーローとしての問題は他にも幾らでもあるんだけど。
特にそのヴィランかと思える程の態度の悪さとか、色々と問題だろう。
刺さる者には刺さるかもしれないが、ビルボードチャートで上位に入るのは難しいと思う。
あくまでもそれは今の時点での話であって、あるいは将来的に……将来的に……いや、無理だな。
あるいは何かの拍子でビルボードチャートに入っても、その態度からすぐにでも落ちるような気がする。
「とにかく、瀬呂も圧縮訓練で十分に強くなったのは間違いない。今からそうして怯えていると、それこそ実力を発揮出来ないまま、落ちてしまうぞ」
「ぐ……それは……」
そういう自覚があったのだろう。
瀬呂は俺の言葉に何も言えなくなる。
……爆豪がまだ切島によって暴走しないようにさせられてはいたが、ともあれ俺達を乗せたバスは試験会場に向かって進むのだった。
国立多古場競技場。
どうやらここが、仮免試験の会場らしい。
バスから下りると、当然のように多くの者達から注目を浴びる。
「アクセル……ウチ達、何か見られてない?」
バスを下りて俺の側に来た耳郎が、周囲の様子を気にしながらそう言ってくる。
「普段から色々とあって耳郎も忘れてるかもしれないけど、俺達は雄英だからな。どうしたって、他の生徒達から……いや、教師もか。とにかく多くの者達から注目を浴びるのは当然だろ」
雄英は日本において最高峰のヒーロー科を持つ高校だ。
つまり、ここにいる仮免試験を受けに来た者達にとっては最大のライバルとなる。
……もっとも、本来ならこの仮免試験は2年になってから受ける試験で、ここにいる大半は2年……あるいは何らかの理由で2年の時に受けられなかったか、あるいは落ちた3年といったところだろう。
そんな中で雄英とはいえ1年の生徒達がいるのだから、警戒しつつも年下が生意気なと、そんな風に思ってもおかしくはない。
そう説明すると、耳郎は小さく息を呑む。
「そっか」
そうして納得した耳郎だったが……俺達を見ている者達の大半は、こう言っては何だが有象無象といった感じの連中だ。
そう考えれば、耳郎が耳郎さんになれば容赦なく蹂躙していくような未来しか見えない。
今はまだ耳郎だからこそ、侮った視線を向けていられるが……と、そんな風に思っていると、いきなり耳郎のイヤホンが飛んでくる。
「うおっ!」
いきなりの行動に驚くも、そのイヤホンを回避する。
そして、当然のように俺にイヤホンを飛ばしてきた耳郎に向かい、抗議の声を上げた。
「おい、耳郎。いきなり何をするんだよ」
「……アクセルが何か妙な事を、それこそウチにとって不満に思うようなことを考えていたように思えたから」
うわ、これもまた女の勘か?
あるいは、ヒーロー候補生の勘なのかもしれないが。
「いや、別に俺はそんな事は……」
「じゃあ、何を考えていたのか、言ってみなよ」
威嚇するようにイヤホンをユラユラと揺らしながら、耳郎が俺に向かってそう言ってくる。
これは……迂闊な事を言えないな。
もし迂闊な事を言えば、それこそ瞬時にイヤホンが飛んできてもおかしくはない。
あ、いや。でもそうだな。
どうせならここで耳郎を挑発して、周囲から向けられる視線を気にしないようにすればいいのか。
そうなれば、仮免試験で耳郎も実力を十分に発揮出来るだろうし。
……だが、その時に注意が必要なのは、耳郎を挑発しすぎない事だ。
挑発しすぎてここで耳郎さんにしてしまうと、間違いなく面倒な事になるだろうし。
「耳郎は美脚だよなと思っただけだよ。特に腰から太股にかけてのラインは一見の価値ありだ」
「……え?」
俺の言葉に、耳郎の動きが止まる。
当然ながら、先程まではまるで蛇の如くユラユラと揺れながら俺を牽制していたイヤホンの動きもピタリと止まった。
そして急速に赤くなっていく耳郎の顔。
イヤホンも再度動き出すが、その際にはブンブンと激しく揺れ動いていた。
「ちょっ、い、いきなり……何を言うのよ! ウチなんか……その……」
「あー、ねぇねぇ、アクセル君。それじゃあ私は? 私はどこが魅力?」
耳郎がテンパっている状況で、葉隠がそう声を掛けてくる。
多分だが、葉隠も緊張していて、だからこそ俺に声を掛けてきたのだろう。
耳郎が緊張を解されたように見えたので。
とはいえ、葉隠の良いところか。
何気にクラスでも大きな方である胸……と言いたいところだが、相澤がいる側でそういう風には言えないな。
なら、足ならいいのか?
そうも思ったが……まぁ、相澤が反応していないのを見れば問題ないのだろう。
もっとも、その相澤はまた峰田が何かやらかしたのか……あるいは早速他校の女をナンパでもしようとしたのか、ともあれ相澤に捕まって何やら話していたが。
「葉隠は、そうだな。柔らかい女らしい身体とか?」
「やだもう、アクセル君ったら! ストレートに言いすぎだよ!」
バンバンと、葉隠が俺の身体を叩いていくる。
とはいえ、実際葉隠は透明という個性も関係しているのか、ボディタッチが多い。
いや、ボディタッチどころか、直接抱きついてくる時とかもある。
勿論葉隠もしっかりと鍛えてはいるのだが、それでも女らしい身体の柔らかさを持っているのは間違いない。
「ふーん。じゃあ、アクセル。私は?」
そんな俺達の会話が聞こえたのか、ヤオモモと話していた三奈がこちらにやってきて聞いてくる。
ヤオモモには劣るものの、クラスNo.2の巨乳の持ち主なのだが……葉隠の時と同じで、まさかそれを言うような事は出来ない。
「女らしい曲線を持ちながら、ダンスが得意な事もあって、しっかりと引き締まってるところとか?」
「……まぁ、その……納得しておいて上げる」
三奈は桃色の肌なのだが、それでも分かるくらいには薄らと頬を赤くし、そう言ってくる。
「では、アクセルさん。私はどうしょう?」
そして最後にそう聞いてきたのはヤオモモ。
ちなみにA組には他にも麗日と梅雨ちゃんがいるのだが、麗日は緑谷の側で何か話をしており、梅雨ちゃんは相澤に叱られている……注意されている? いや、見た感じ相澤はそこまで不機嫌そうに見えないので、恐らくは何か別の話でもしてるんだろうけど、とにかくそんな感じの峰田の側にいる。
麗日は原作ヒロインなので、原作主人公の緑谷の側にいるのは特におかしくはない。
梅雨ちゃんは……まぁ、峰田を半ば弟のように思っているのもあって、相澤と一緒に何かを話しているのだろう。
そんな風に思いながら、俺はヤオモモを見つつ口を開く。
「ヤオモモの場合は、それこそ言うまでもないと思うが? 既にその身体は大人の女と思える程に豊かな曲線を描いているし」
「まぁ……でも、マリューさんや千鶴さんと比べると……」
「え? ヤオモモ、誰それ?」
俺の言葉に思わずといった様子でマリューと千鶴の名前を口にしたヤオモモだったが、それを聞いた三奈が不思議そうにヤオモモに尋ねる。
「っ!? ……い、いえ。何でもありませんわ。ちょっと勘違いをして……」
ヤオモモがそう誤魔化すものの、その内容はかなり苦しい。
俺も何かフォローをするべきか?
そう思ったのだが、俺が何かを言うよりも前に峰田や梅雨ちゃんと話していた相澤がこちらに視線を向けてくる。
「おい、そこでラブコメをしてる連中。緊張していないのはいいが、お前達は仮免試験を受けに来たのであって、ラブコメをしにきたんじゃないだろ。その辺りについて、忘れるなよ」
そう、相澤が言ってくる。
……気が付けば、先程までは雄英全体に向けられていた視線が、俺に向けられているように思える。
それも嫉妬の視線が。
まぁ……うん。A組の女全員という訳ではないが、大部分が集まってきていたんだから、周囲に集まっている生徒達……特に男に嫉妬の視線を向けられるのは、当然かもしれないが。
ヒーロー科の生徒は、相澤の言い分ではないが普通の……一般的に想像しやすい高校生活というのは、なかなか難しい。
それこそ青春とか恋愛とか、そういうのは絶対に無理とまではいかないが、他の高校生と比べると楽しむ時間がない。
……まぁ、今の俺の場合は、寮生活でも何度か夜にホワイトスターに帰って、恋人達との一夜を楽しんでいる事もあってか、青春ならぬ性春なら楽しんでいたりするが。
まぁ、俺は色々な意味で特殊なので、その辺りについては置いておくとして。
ともあれ、雄英を見ればヒーロー科はどうしても女よりも男の方が多く、それだけに多くの男……男子生徒にしてみれば、女を侍らせているようにしか見えない俺は嫉妬の対象となってもおかしくはない。
もっとも、こういう嫉妬の視線は今更の話なのだが。
何しろ俺の場合、それこそレモンを始めとした恋人達と一緒に出掛ければ、こういう視線を向けられるのだから。
「ほら、いつまでそうしてるんだ。とっとと中に行くぞ」
相澤に促され……だが、その前に切島が口を開く。
「ヤオモモ、気合いを入れる為にいつもの一発決めてくれ」
「気合い……そうですわね。今日の仮免試験は、私達にとって非常に大きな意味を持つ試験です。気合いをいれて頑張る必要もありますわね。……では、皆さん。準備はよろしいですか?」
さすが学級委員長。
ヤオモモの言葉に、周囲にいたA組の生徒達が集まってくる。
爆豪だけは不満そうな様子で離れていたが……まぁ、爆豪だしな。
轟もまた、素直に集まっていた。
体育祭が終わってからの轟は、かなり素直になったしな。
そんな訳で、爆豪以外が集まったところでヤオモモが口開く。
……あれ? 何かこっちに近付いて来ている奴がいるな。
「では、いきますわね。……Plus……」
『Ultra!』
「Ultra!」
ヤオモモの言葉に俺達が校訓を口にすると同時に、近付いて来た気配の主も、一瞬遅れて同じように言うのだった。