雄英の校訓である、Plus Ultra……それを全員で口にしたところ、さり気なく近付いて来ていた男が、いきなりそれに参加してきた。
もっとも、慣れている俺達とは違ったので、タイミングが少しずれたが。
そうして少しずれたからこそ、A組の面々は乱入者の存在に気が付く。
……なお、ヤオモモを中心に集まっていた一団から離れた場所にいた爆豪なら、近付いて来ている奴に気が付いていただろうが、特に何も言うような事はなかった。
仮免試験の会場に来ているのだから、こうして近付くにしろ、何らかの悪意を持っているとは思わなかったのだろう。
実際、俺も悪意や敵意、殺意の類は感じていなかったし。
「で? いきなり乱入してきたお前は一体誰なんだ?」
いきなりの行動で黙ってしまった面々を代表するように、俺が乱入者に尋ねる。
てっきり相澤が何かを言うのかと思ったんだが、相澤も特に何も言わなかったしな。
ここで自分が割って入るのは合理的ではないと判断したのか。
ただ、俺が相澤に視線を向けた時、少し……本当に少しだけだが、驚きの表情を浮かべていた。
もしかしたら相澤はこの乱入してきた男を知ってるのかもしれないな。
あるいは、俺が知らないだけで何らかの理由で有名人だったりするのかもしれないが。
そんな俺の問いに、乱入してきた男が口を開こうとした瞬間、まるでそのタイミングを狙っていたのかように、口を挟んでくる者がいた。
「勝手に他所様の円陣に加わるのはよくないよ、イナサ」
学帽を被った男……というか、声を掛けてきた男以外にも、周囲にいる者達全員が学帽を被っているのを見れば、恐らくそれが制服なのだろうと思う。
改めて見れば、この制服は……
「ああ、しまった。どうも大変、失礼致しました!」
ガァン、と。
勢いよく謝った男……イナサと呼ばれた男が地面に頭を叩き付ける。
土下座……って訳ではないが、屈みながの謝罪。
いや……まぁ、うん。
何だこの凄いテンションの男は。
もしかして、何か妙な薬でもやってるんじゃないだろうな?
少しだけそう思ったが、ヒーローの仮免試験をする場で、薬をやってるような奴がいるとは思えない。
となれば、これが素の性格なのか、あるいは個性の影響でこんな感じなのか、どっちなんだろうな。
もしくはそれ以外……俺には想像出来ないような何かって可能性もあるが。
「何だこのテンションだけで乗り切るような人は」
「飯田と切島を足して二乗したかのような」
上鳴と瀬呂がそれぞれに言うが、上鳴の場合はお前が言うなといったような内容だったし、瀬呂の場合は……まぁ、うん。何となくその言葉は間違っていないような気もする。
ただし、瀬呂に名前を出された飯田と切島は微妙な表情をしていたが。
そんな風に思っていると、ただでさえ雄英だという事で、あるいは俺が女を侍らせているという事で注目を集めていたのが、今まで以上に注目を集める事になってしまう。
「待って、あの制服……」
「あ! マジでか!?」
「アレじゃん! 西で有名な、雄英と張り合っている」
ああ、なるほど。
周囲の者達の言葉を聞いて、それでようやく何で見た制服だったのかを思い出す。
「東の雄英、西の士傑」
爆豪が呟いたように、それは士傑の制服だった。
士傑はいわば西の雄英と言ってもいいような、エリート校だ。
実際に士傑出身のプロヒーローも多いらしい。
とはいえ、俺から見れば雄英の方が明らかに格上といった認識だが。
原作主人公が通う原作の舞台というのもあるし、他にもオリンピックの代わりに雄英の体育祭が全国放送されるというのもある。
だが、士傑にはそういうのがない訳で……それによって、雄英が1位、士傑が2位という認識が俺にはあった。
実際、これは俺だけの認識という訳ではない。
多くの者達もそう思っているのはネットとかを見れば明らかだ。
とはいえ、2位だからといって決して侮っていい訳ではない。
2位というのは、それはつまり日本に多数あるヒーロー科の中で2位であるという事なのだから。
「一度言ってみたかったす、Plus Ultra! 自分、雄英高校大好きっす! 雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっす! よろしくお願いします!」
額を地面に叩き付けた衝撃で血が流れているのだが、本人は全く気にした様子はない。
それこそ全身で雄英大好き! といった雰囲気を発しつつ、叫ぶ。
うわぁ……これもまた、濃いなぁ。
メタ的な読みだが、ここまで濃い性格となると、もしかしたらこのイナサと呼ばれた男も緑谷のライバルになるのかもしれないな。
元々が士傑は雄英のライバル的な存在なのだから、そこに緑谷のライバルが1人いてもおかしくはないだろう。
せめてもの救いは、ライバルと一口で言っても良きライバルって感じで、敵対するようなタイプではないといったところか。
そんな風に思っていると、先程声を掛けてきた男が他の面々と共にこの場を立ち去る。
イナサも俺達に向かって再び一礼すると、その場を立ち去る。
「夜嵐イナサ」
そんなイナサの後ろ姿を見て、相澤が呟く。
名字まで知っているのを考えれば、相澤はあのイナサについて知っているのだろう。
「先生、知ってる人ですか?」
葉隠の質問に、相澤は小さく頷く。
「嫌な奴と同じ会場になってしまったな。あいつは強いぞ。昨年度、つまりお前らの年の推薦入試においてトップ合格したにも関わらず、何故か入学を辞退した男だ」
それはつまり、今のイナサは推薦入学の試験当時は轟やヤオモモよりも実力が上だったという事になる。
勿論、それあくまで推薦入学の時の話だ。
USJの一件や体育祭、保須市のステインとの戦い、I・アイランドの戦い、林間合宿。
今まで大きな戦いだけでそれだけの経験を轟はしてきたのだ。
俺が行っている自主訓練にも、体育祭が終わった頃からはそれなりに顔を出すようになっていたし。
その辺の状況を考えれば、轟やヤオモモの実力は間違いなく以前よりも……推薦入学の試験を行った時よりも上がっている筈だ。
勿論、イナサも士傑で1学期と夏休みにたっぷりと訓練をしているのだろうが……それでも、原作の舞台であるからこその騒動に巻き込まれた俺達の方が、間違いなく実戦経験は上だ。
そんなイナサについて考えていると……
「イレイザー? イレイザーじゃないか!」
不意にそんな声が聞こえてくる。
その声を聞いた瞬間、相澤が固まった。
……そう、あの冷静沈着な相澤とは思えないくらいに、その動きが固まったのだ。
そして、ギギギ、と壊れた人形の如く顔を動かして声のした方を見る。
当然ながら、俺を含めた生徒達もそちらに視線を向け……へぇ、美人だな。
相澤に声を掛けてきた女は、水色の髪をバンダナで覆っている女だった。
その外見は、10人が見れば8人……いや、9人は美人だと断言してもおかしくないような、そんな顔立ちの女だった。
そんな美人に話し掛けられた相澤は、青ざめているといった表現が正しい。
相澤が女に興味がないのはそれなりに知られている事実だが、だからといってこんな美人に声を掛けられたのに青ざめるってのはどうなんだ?
実際、峰田は相澤を半ば睨み付けている。
万が一……相澤の様子を見ればまずないと思ってもいいだろうが、相澤がここで声を掛けてきた女とイチャついたりしようものなら、峰田はいつもの如く血涙を流しても不思議ではない。
いやまぁ、俺に対するのと同じように攻撃したりとかは……さすがにないとは思うけど。
とはいえ、それでも峰田なら有り得ないと断言出来ないところがちょっとな。
「あの人は……」
そんな中で緑谷が呟く。
緑谷が知ってるっぽいって事は、多分あの女もプロヒーローなのだろう。
まぁ、今日この仮免試験が行われる場所に来ているのはヒーロー科の生徒達で、大人となればやっぱりそういう事なのだろうというのは予想出来るが。
「結婚しようぜ」
「しない」
いきなりプロポーズする女と、即座に断る相澤。
うーん……相澤は生徒思いの教師ではあるが、普段はだらしない生活をしているので、どうしても女には縁がない。
相澤自身も女には興味がない様子を見せているしな。
その辺りの状況を考えれば、ああいう風に女からガンガン攻めるというのは決して悪くない事だとは思うんだが。
もっとも、本人の様子を考えると、それでも興味がないといった様子を見せてはいたが。
「わぁっ!?」
そしてクラスの中でも恋愛に強い興味を持つ……女子高生らしいと言えばらしいのだが、とにかく三奈が嬉しそうな声を上げながら相澤達を見ている。
いや、相澤は結婚を思いきり断ったんだけどな。
「しないのかよ、ウケる!」
女はその言葉通り、ぶはぁっと噴き出す。
美人のいきなりの行動に峰田や上鳴が呆気に取られた表情をしていたが。
まぁ、うん。美人が周囲の様子を気にせずに思い切り噴き出しているのだから、それを思えばこんな風に意表を突かれてもおかしくはないか。
そんな様子を見ていると、緑谷があの女……相澤からジョークと呼ばれた女について説明していた。
ヒーローネームはミスジョーク。個性は爆笑。近くの人を強制的に笑わせて、思考や行動を鈍らせるらしい。
ミスジョークのヴィラン退治は狂気に満ちているとか。
いやまぁ……うん。緑谷の話を聞いている限りでは何だかもの凄い個性だな。
というか、その強制的に笑わせるというのは、具体的にどのくらいの強制性を持ってるんだろうな。
例えば、オールマイトには通じるのか。AFOには通じるのか。そして……俺には通じるのか。
その辺りがちょっと気になるが、もしAFOに対しても強制的に笑わせられるのなら、その能力はかなり凄いと思う。
個性に驚いている間に、相澤とミスジョークのなれそめが説明されていたようだが、どうやらミスジョークの一方的な片思いらしい。
……片思いされていると聞いて、やっぱり峰田と上鳴が悔しそうな、羨ましそうな、そんな表情を浮かべている。
これについては……まぁ、うん。ミスジョークは美人なのは間違いないものの、かなり癖が強い性格なのは間違いない。
それでもやはり美人というだけで、峰田や上鳴にしてみれば嫉妬の対象なのだろう。
そして当然ながらミスジョークがここにいるのは今日の仮免試験を受けるヒーロー科の付き添いとしてで、ミスジョークが担任を務めている傑物学園高校の生徒が呼ばれてこっちに来る。
当然のように、2年だ。
「おお! 本物じゃないか!」
そう口にしたのは、爽やかそうな好青年……のように見える男。
いや、傍から見れば間違いなくそういう感じの好青年なのは間違いないんだが、何となく俺には本性が理解出来てしまう。
自慢じゃないが、俺はこれまで色々な……本当に色々な相手と会ってきた。
その経験からすると、この一見して爽やかそうな男は自分では上手く猫を被ってるように見えるものの、実際には完全に猫を被り切れていないといったところか。
ちょっとした仕草であったり、目つきであったり。
そういうので中身を見て取れる。
ちなみに、この猫を被った男以外……こっちを見て、TVで見た顔だと驚いていたり、緑谷とは違う方向でブツブツと呟いている男とかは、素の様子のように思える。
……まぁ、俺が見抜けないように猫を被っている可能性もあるから、絶対にそうだとは断言出来ないが。
そういう意味では、士傑でイナサと一緒にいた女もちょっと違和感があったんだよな。
「俺は真堂! 今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」
そう言いながら猫を被っている男……真堂は一番近くにいた緑谷の手を握り、握手をする。
緑谷はそんな真堂に対して戸惑った様子を見せる。
まぁ、緑谷は決して社交的な性格という訳でもないので、そんな真堂に対して戸惑った様子を見せていたが。
だが、真堂はそんな緑谷の様子はスルーし、他の面々とも握手をしていたのだが……
爆豪には不愉快そうに鼻を鳴らしながら、握手を求めた手を叩かれていた。
「ふかんしてんじゃねえ。顔と言葉が合ってねえんだよ」
「おや、どうやら気に食わなかったようだね。残念。……じゃあ、最後はアクセル君。君と少し話をさせて貰えるかな?」
「俺とか? てっきり、俺には興味がないと思っていたんだけどな」
そう言うのは、真堂が今まで何度か俺の方に視線を向けたりしていたものの、それとなくスルーされていた為だ。
だからこそ、俺には興味がないとばかり思っていたのだが。
だが、そんな俺の言葉に真堂は首を横に振る。
「まさか、そんな事はないさ。何しろ君は雄英の1年ヒーロー科の中では……いや、場合によっては、雄英のヒーロー科3年まで全てを合わせた中でも目立ってるし、実力があるしね。そんな良きライバルを、気にしない方が間違いだろう?」
そう言い、真堂は俺に握手を求めて来る。
緑谷とかの場合は強引に手を握っていたのだが、今は俺が自分の手を握るのを待っているのだった。