ヤオモモが通信機を渡し終わっても、まだ数分の時間があったので治療器具を作る。
胸元から突然生み出される治療器具……というか、てっきり治療器具となるとハサミと包帯とか薬とか、そういうのを出すのだとばかり思っていたんだが、まさか治療器具……というよりは、病院にあるような治療用の機械? を生み出すというのはちょっと意外だった。
具体的にその治療用の機械がどういう性能を持つのか分からないが……こういう機械って、数百万、数千万……場合によっては億単位の値段がするんだよな?
そしてヤオモモが創造によって作った物は、時間経過で消えたりとか、そういう事はない。
普通にずっと残り続ける訳で、そう考えれば最悪数億円単位の機械をぱっと作り出したという事になる訳だが。
そんなヤオモモの様子を見ていると……
「見損なったぜ、ナンパテンパ野郎!」
不意にそんな峰田の声が聞こえてくる。
何だ? と思って声のした方に視線を向けると、そこでは峰田と上鳴によって詰められている緑谷の姿があった。
峰田の様子を見た感じだと、多分女関係だろう。
1学期中……いや、夏休みも含めて女関係で峰田に絡まれ続けた俺には、今の峰田がどういう理由で怒っているのか、即座に判別出来るようになっていた。
うーん……嬉しくない、この技術。
まぁ、ナンパとか言ってたし、そういうのがなくても分かる奴には分かるのかもしれないが。
とはいえ、緑谷が女関係でああいう扱いになるのは……考えられる可能性となると、1次試験中に麗日と何かあったか?
実際、1次試験の突破は緑谷と麗日、それと瀬呂も一緒だったらしいしな。
原作主人公と原作ヒロインと考えれば、そんな感じになっても不思議ではないのかもしれないな。
何故それを峰田や上鳴が知ってるのかは疑問だが。
かと思えば、士傑の生徒達と爆豪が何かを話していたり、イナサと轟が話をしたりもしている。
まぁ、士傑の生徒達と爆豪の間は和やか……和やか? 取りあえず険悪な雰囲気ではないのは間違いないけど、イナサと轟の方は何か問題があるっぽい。
また、開始時間まで残り少ないというのもあって、知り合いだったり、あるいは知り合いではなくても協力出来そうな相手と話をしたりとか、そんな感じになっていた。
「な……なぁ、ちょっといいか?」
そうして周囲の様子を見ている俺に、声を掛けてくる者がいる。
見覚えのある顔だな……と思ったが、すぐにそれが誰なのかを思い出す。
まだ1次試験を突破した者が100人になる前、テーブルに座っている俺がリスの炎獣を出した時、見ていた男だ。
「どうしたんだ?」
「あんた、あの炎獣って奴……馬だけじゃなくて、リスとかそういうのも作れるよな?」
「そうだな」
「なら、別に馬だけじゃなくて、そういう小さな炎獣って奴を作って、それで要救助者を見つけてもいいんじゃないか?」
ああ、なるほど。何を聞いてくるのかと思えば、そういう感じか。
だが……けど、どうするべきだろうな。
まさか俺がやりすぎるとお前達が活躍をする機会がなくなって、最終試験で合格出来ないぞとか、そういう風に言うのもどうかと思うしな。
壁としての役割を期待されている以上、それはそれでいいのかもしれないが……ただ、それでもやはりその辺については少しは手加減をする必要があるだろうと思えるのも事実。
となると、適当な理由を……そうだな。
「炎獣は小さければ小さい程に頭が悪くなる。場合によっては、小さな炎獣を大量に放つような事をしたら、その時は他の連中の邪魔をしてしまう事にもなりかねないんだよ」
なので、適当にそんな嘘を言う。
……未だに治療用の機械を作り続けているヤオモモがジト目をこちらに向けているものの、その辺については気にしないでおく。
とはいえ、ヤオモモは俺についてこの場にいる誰よりも詳しいものの、それでも全てを知っている訳ではない。
それこそ炎獣についての全てを知っている訳でもないので、今の俺の言葉が真実かどうかは、確信はないと思うが。
だが……ヤオモモは今の俺の言葉が嘘であると、そう確信しているかのような視線をこちらに向けていた。
もしかしたら、俺が知らない間に……そう、壊理を連れてホワイトスターの家に行った時、ヤオモモと拳藤は女同士の話があるということで、レモン達に連れて行かれたりしていたので、もしかしたらあの時に炎獣について色々と聞いたのかもしれないな。
まぁ、だからといってヤオモモがその事を指摘するとは思わないが。
実際に、機械は終わったのか包帯やガーゼといった物を作りながらも、ヤオモモは沈黙を保っているし。
「そう、か。……そうだよな。個性っていったって、何もかも出来るって訳にはいかないか」
俺の言葉に、男は残念そうにしながらも納得した様子を見せる。
実際には個性というのは筋肉と同じで鍛えれば鍛えるだけ伸びる。
俺達が体育館γで行った圧縮訓練とかは、まさにその為の訓練だったしな。
……実際には林間合宿でその辺を鍛える予定だったらしいが……まぁ、うん。色々とあったしな。
それが神野区の件にも繋がったりしていた訳だし。
「アクセル、ちょっといい……あれ、邪魔した?」
三奈が近付いてきてそう声を掛けてくる。
「あ、ううん。俺の方はもう終わったから。ありがとな」
そう言い、男は俺の前から離れていく。
「えっと……良かったの? やっぱり邪魔しちゃったんじゃない?」
申し訳なさそうに言ってくる三奈だったが、俺はそれに対して首を横に振る。
「いや、もう話は終わってたしな。話を打ち切るって意味では、丁度よかったよ」
「そう? 何の話をしていたのか、聞いてもいい?」
その問いに、別に隠す必要もないので素直に教える。
「炎獣についてだよ。さっきリスの炎獣をテーブルの上に出しただろ? あの時に見ていたらしい」
「ふーん」
炎獣についての話だったのは間違いないものの、内容そのものは微妙に違う。
まぁ、その辺については気にする必要もないだろう。
実際に三奈もその話を聞いたところで、納得した様子を見せていたのだから。
「それよりどうしたんだ?」
「えっと、アクセルの炎獣の馬にちょっと乗せて欲しいと思って。救出が開始したら、実際に乗れるかどうか分からないから」
「それは構わないけど……」
俺が最後まで言うよりも前に、ジリリリリリといった音が控え室の中に響く。
「残念ながらタイムアップだな」
「むぅ」
俺の言葉に頬を膨らませる三奈。
そんな三奈の様子に笑みを浮かべていると、俺の言葉よりも先に目良の言葉が控え室に響く。
『ヴィランによるテロが発生! 規模は○○市全域! 建物倒壊により傷病者多数! 道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ! 到着するまでの救助活動は、その場にいるヒーロー達が指揮を執り行う! 1人でも多く救い出す事。……START!』
言葉の途中で、控え室の扉が四方に開いていく。
1次試験が始まる前に俺達がいた場所も開いたのを思えば、多分この仕掛けを作った奴の趣味か、あるいは合理性を考えた結果そうした方がいいと判断されたのか。
その辺りは俺にも分からないが、とにかく最終試験が始まったのは間違いない。
STARTの声と共に、また開くシステムかよと、驚き……あるいは呆れていた者達も、すぐにそれぞれ散っていく。
どうやら10分の間に自分がどこに行くのかといったような事についてもあらかじめそれなりに決めたり、あるいは他の面々と相談していたりしたらしい。
当然ながら、ヤオモモを始めとして、救護室……いや、展開したからもう救護室じゃなくて救護所とでも呼ぶべきか? とにかく、その手伝いをする為に残った者もいる。
「皆さん、まずは怪我人が来た時、すぐ治療に移れるように効率的に設備を設置します。それと、各人が持っていった通信機と連絡で情報を集める為の人員もお願いします」
ヤオモモが鋭く指示を出していく。
試験が始まってすぐの今は俺もやる事がないので、ヤオモモの作った治療用の機械をヤオモモの指示する場所に移動させていく。
なお、当然の事ではあるが、これらは機械である以上、動かすのには電気が必要だ。
……あるいは上鳴をここに残せば良かったのかもしれないが、当然ながらヤオモモはその辺についてもしっかりと考えており、発電機やガソリンも創造で生み出していた。
そうして救護所の準備をしていると、情報管制を任された女が口を開く。
「ビル街のいつ崩壊してもおかしくはない場所の奥に、1人怪我人が残されているそうです。小柄な方、あるいはそのような状況で対処可能な個性の持ち主、いますか?」
『俺は炭酸水をコントロール出来る個性だ。丁度ビル街の側にいるから、すぐにそっちに向かう!』
聞こえてくるそんな声。
にしても……水を操るんじゃなくて、炭酸水限定って……いやまぁ、それでも1次試験を突破してきたんだから、それでもしっかりとした個性なんだろうけど。
どんな個性であっても、鍛えればそれは自分にとっての武器になっていく……ってのは、誰が言ってたんだったか。
実際、個性がショボくてもサポートアイテムがあれば、それで十分プロヒーローとして活躍出来るしな。
……それはつまり、極論無個性であってもしっかりと身体を鍛えれば、サポートアイテムで対処してどうとでも出来るという事になる訳だが。
まぁ、その辺については誰も気が付いていないとは思えないので、恐らくは無個性という時点で全員が諦めるとか、そういう感じなんだろうと思うけど。
『ちょっ、こっち木が変な……芸術的? な感じで倒れてて、その奥に子供がいるんだけど!?』
再び聞こえてきた通信。
というか、さっきのビルもそうだったが、HUCの面々はどうやってそんな場所に入ったんだろうな。
「近くに木を切る個性を持つ人、いますか!?」
『えっと、俺の個性は腕を刃物にする個性だけど、いるのは街中のエリアだから山はちょっと遠い、えっと、炎獣だっけ? それを出してくれれば、行けると思う!』
「えっと、その……あっと……炎獣、どうですか?」
オペレータをしていた女が、俺に向かって視線を向け、そう聞いてくる。
「問題ない」
その言葉に、パチンと指を鳴らして先程控え室で見せた馬の炎獣を生み出す。
「どこか分かりやすい場所にいるようにと向こうに伝えてくれ。……で、お前は向こうの方、街中になっている場所で男が待っているから、そいつを乗せて山に向かえ」
前半を男と通信をしていたオペレータの女、そして後半を馬の炎獣に言う。
どちらもすぐに理解し、行動に移る。
馬の炎獣を見送っていると、老人を背負った耳郎がこっちに走ってくるのが見えた。
耳郎も俺の存在に気が付いたのか、厳しく引き締まっていた顔が少しだけ安堵した様子になり……
「ヤオモモ、怪我人を連れて来たから治療を!」
「分かりましたわ、こちらに!」
ヤオモモがすぐに指示を出し、地面の上に置かれたベッド――当然ヤオモモが創造で作った――の上に老人を乗せる。
それにしても、HUCという職業だからこそなんだろうが、特殊メイクか何かでしっかりと怪我をしたように見えるのは凄い。
まぁ、こういうのは他の世界でも映画とかドラマとかで使われているから、そこまで珍しいものではないんだろうけどな。
そんな風に思いつつ、パチンと指を鳴らして小さなスライム……液体状ではなく、涙型的な感じの小さなスライムの炎獣を生み出すと、怪我人を温める為に移動させる。
絶対にそうだとは断言出来ないが、それでも怪我人は暖めた方がいい。
湯たんぽ代わりだな。
「アクセル、そっちはどう?」
「炎獣を送ったり、後はヤオモモの作った治療用の機械を動かしたりしていたな。まぁ、試験が始まってからまだそんなに経ってないから、もうすぐもっと忙しくなるとは思うけど」
ただ……こうして怪我人を救出するだけで本当に仮免の最終試験になるのか? と思わないでもなかったが。
いやまぁ、今のこの状況でもそれなりに難易度は高いとは思うけど、それでもこう……まだ何か一波乱ありそうなんだよな。
「まだ何かあるかもしれないから、耳郎も気を付けろよ」
「ありがと。じゃあ、行ってくるね」
笑みを浮かべ、耳郎は俺の前から走り去る。
耳郎の個性のイヤホンは、それこそ音で誰ががいるかを判別したり、あるいは崩れそうになっているのを音で判別したりと、こういう時にかなり便利な個性を持っている。
……まぁ、純粋な攻撃力も十分に強いし、それが耳郎さんになったりしたら、もっと強力になったりするんだけどな。
取りあえず、この試験中には耳郎さんにはなって欲しくないと思いつつ、俺は治療所で仕事を続ける。
耳郎の後にも何人もの受験者が怪我人を連れて来ているのを見ながら、スライムの炎獣を生み出すのだった。