「あーははは、私はヴィランよ、思う存分破壊するわよー」
そんな風に言いながら、優は建物を破壊していく。
仮免試験においてヴィラン役として急遽――かどうかは分からないが――参戦した優だったが、個性の巨大化を使って建物を破壊してるのは……うん、まぁ、何だか妙に喜んでいるように見える。
正直なところ、その気持ちは分からないでもない。
龍子の教えによって、最近では巨大化した影響で周囲の建物を破壊したりとかはしなくなったが、それはつまりかなり気を遣って行動しているという事になる。
当然ながら、そういう行動はストレスが溜まる訳で、そういう意味では周囲の状況を気にせずに暴れ回って、建物を壊してもいいというのは優にとっては非常に嬉しい事なのだろう。
うーん……これは、もし優のストレスを溜めすぎると、最悪ヴィランになったりしないよな?
少し……本当に少しだけ心配する。
とはいえ、今はそういうのを考えている暇はない。
それに、既に何人かの受験生が巨大化した優に攻撃したりしているものの、それらは全く効果がなく、優の一撃によって吹き飛ばされたり、叩き潰されたりしているものの、優もその辺りについてはしっかりと手加減をしている。
そう考えると、優がはっちゃけすぎて問題を起こすという可能性は考えなくてもいい。
とはいえ……さて、どうしたものだろうな。
当初は俺だけで優と戦う筈だったのだが、それなりの数の受験生がここに集まってきていた。
そうなると、俺が1人で……というよりも、サポートに回った方がいいかもしれないな。
正直なところ、てっきり大きさ的な意味で倒しやすい、あるいは連れている部下の方が倒しやすいギャングオルカの方に人が集まると思っていたのだが、これは予定外。
……まぁ、こうして集まってしまった以上は、もうどうしようもないだろう。
そんな訳で、俺は建物……当然これも最初の爆破の影響で既に半壊状態だが、身を隠すには丁度いい場所に隠れ、パチンと指を鳴らす。
すると生み出されたのは、三十匹程の炎獣。
ただし、救助活動の時に移動の補助として生み出した馬のような炎獣ではなく、獅子虎、豹、狼、鷲……それ以外にもグリフォン、ユニコーン、ペガサス、翼を持つ蛇といったようなモンスターの類も生み出す。
ちなみにドラゴンの炎獣も作ろうと思えば作れたのだが、何となく龍子の顔を思い浮かべ、止めておく。
それにドラゴンの炎獣ともなればかなりの大きさになるだろうから、他に戦っている者達の邪魔になるかもしれないというのもある。
「行け。ただし、基本的には本気で攻撃したりせず、問題ない程度のダメージを与えるとか、あるいは危なそうな受験生がいたら助けてやれ」
そう指示をすると、炎獣は一気に行動に出る。
「ちょっ、これ……アクセルね!」
突如戦場となった場所に姿を現した、大量の炎獣。
それを見た優は、咄嗟に叫ぶ。
……正解だけど、ヴィラン役のお前がそういう風に俺の名前を声に出すというのは、それはそれで問題だったりするんじゃないか?
そう思ったが、会場に入る前に優が龍子と共に俺に会いに来たのは結構な面々に知られているのだから、今更か。
ともあれ、炎獣が優の行動を邪魔したり、あるいは危なそうな受験生を助けたりといったようにしている。
この状況で直接俺が戦闘に参加すれば、間違いなくこっちが一方的に勝利するだろう。
それこそ、俺1人だけで優と戦っても余裕で勝てるのに、そこに他の受験生達もいるとなると……うん。戦力過剰なのは間違いないだろう。
もっとも、優と戦っている者の全てが知り合いという訳ではないので、ちょっとした動きのミスでこっちの足を引っ張る奴がいたりしても、おかしくはないのだが。
そういう意味では、こうして多くの者達がいるというのは、俺にとっては邪魔でしかない点があるのも事実。
なので、こうしてフォローに回るのがこの場合は最善だろう。
もし本当に俺と連携をしたいのなら、最低限シャドウミラーの実働班レベルの強さは必要になる。
とてもではないが、この場にいるヒーロー候補生の面々は実力が足りない。
いやまぁ、実力が足りないなら足りないで、俺の方で調整したりとか、そういう事もやろうと思えば出来るんだが。
ただし、今この状況でそのような事をする必要はない。
これで、例えば俺以外に優に攻撃している者が数人程度しかいないのなら、俺が戦いに参加して連携を取るといった選択肢もあるのだが、10人以上……正確には13人か? それだけの人数が優に向かって攻撃しているのだから、俺が直接戦闘に参加する必要もないだろう。
「あー、もう! うざったいわねぇっ!」
受験生に向けて攻撃しようとすると、炎獣がその妨害をしたり、あるいは直接攻撃されそうな者を助けたりする。
それが優にとっては我慢ならなかったのか、苛立ちと共に叫ぶ。
やっぱりこういう嫌がらせの類が優には効果的なのか。なら……
パチン、と指を鳴らして少し大きめの……子猫くらいの大きさのネズミの炎獣を生み出す。
「お前は優のヒーローコスチュームの中に入ったり、あるいは靴の中に入ったりしろ。それが優に対しての行動の妨害となる」
俺の指示に従い、ネズミの炎獣は優に向かって走り出す。
ジョギングなりマラソンなり……あるいは100m走とかでもいい。
そういうので走っている時に、いつの間にか小石が靴の中に入ったりしていれば、どうしてもそれは気になる。
普通に走っていてもそんなに気になるのに、こうして激しい動きで戦っているとなると、当然ながらちょっとした動きが気になるだろう。
なので、そういう……嫌がらせ? いや、この場合は精神的な攻撃と表現した方がいいのか?
とにかくそんな感じで、優の行動の邪魔をする事にする。
これについては試しのようなものなので、実際にどこまで上手くいくのかは、やってみないと分からないが……それでも結構勝率は高いと思うんだよな。
「で、次は……鳥の炎獣だな。目の前を虫が飛べば、どうしても気になる。まぁ、今回は虫じゃなくて鳥だけど」
それも、先程生み出した鷲の炎獣ではなく、雀くらいの大きさの鳥の炎獣。
その炎獣は俺の指示に従って他の炎獣に翻弄されている優に向かう。
十分に優に近付くと、俺の指示に従って真っ直ぐに優の身体……まずはブーツの中に入っていく。
「え?」
雀の炎獣がブーツの中に入った効果はすぐに現れる。
優が訝しげな声を発し、その動きが僅かにだが鈍くなったのだ。
これが、例えば本当の意味で生死の懸かった場面……それこそ神野区でAFOと戦った時とかであれば、優もブーツの中の違和感など全く気にせずに戦いを行っただろう。
だが、これはあくまでも仮免試験であって、優も本当の意味で命懸けといった訳ではない。
ある程度の余裕があるからこそ、優は自分のブーツに何か違和感を覚えたのだろう。
「未だ! マウントレディの動きは鈍ったぞ! 今のうちに攻撃を集中しろ!」
優の動きが鈍ったのを確認し、そう大きな声を出す。
当然ながら優は俺の声を知っているので、声をした方に視線を向け、炎獣や他の受験生の攻撃を防ぎ、回避し、あるいは防御しながらこちらに近付いてくる。
しかし、当然ながら優が近付いてくるのを知っている以上、俺としてもいつまでも同じ場所にいる筈がない。
先程声を発したところで、すぐにその場から退避し、別の建物の残骸に隠れていた。
「くっ、面倒な事をしてくれるわね!」
俺の声がした場所を覗き込むも、当然ながら既にそこに俺の姿はない。
直接俺が優を攻撃するのではなく、炎獣を使って他の面々のフォローに回ったのが優にとっては不満だったのだろう。
あるいは俺と正面から戦いたかったのかもしれないな。
もっとも、そうなればそうなったで、俺が勝利していただけだったと思うが。
「うおおおおおっ!」
増強系なのだろう受験生の男が、そんな声を上げつつ優に向かって殴り掛かるも、優は当然のようにその行動を回避し、右手で叩き付けるようにその相手に一撃を放とうとし……次の瞬間、グリフォンの炎獣がその男を前足で捕まえつつ、その場から移動する。
一瞬前まで男の姿のあった場所を、優の右手が通りすぎていく。
「ああ、もう!」
苛立ち混じりに優は自分に攻撃してくる受験生達に対処していくものの、当然ながら受験生達も大人しく攻撃をくらったりはしない。
俺の生み出した炎獣が自分達の味方であるというのを、理解しているのだろう。
炎獣と協力しながら優に攻撃を行っていた。
それを見つつ、ヤオモモに……というか通信管制を任されている女に、ヤオモモから貰った通信機で通信する。
「こちら、アクセル・アルマーだ。そっちから見えているかは分からないが、現在マウントレディとの戦闘はこっちが有利に戦えている」
もっとも、それはあくまでも有利なだけでしかない。
巨大化の個性で巨人となった今の優は、それこそ他の受験生の攻撃を受けてはいるものの、それによって倒せるだけの威力を持つかとなると、また別の話だ。
もっとも、この最終試験はあくまでもHUCの救助が目的だ。
であれば、わざわざ優を倒す必要はない。
……いやまぁ、勿論倒せるのなら倒すのが最善なのは間違いないんだが。
俺が出れば倒せるのは間違いないけど、今は仮免試験である以上、他の面子にも活躍の場を用意する必要がある。
俺の場合は炎獣を使った貢献だけで恐らく合格だとは思うし。
であれば、俺がここでわざわざ出る必要はない。
『アクセルさんですわね? 私です』
「ヤオモモ? 何でヤオモモが?」
ヤオモモは通信機を作ったものの、その情報管制は他の者に任せていた筈だ。
だというのに、何故ここでヤオモモが通信に出るのか。
それを疑問に思うのは、そうおかしな話ではないだろう。
『実はギャングオルカの方が少し危険な状態になっているようです』
「何? 向こうには結構な人数が向かった筈だろ? それに……多分だが爆豪辺りも行ってるだろうし」
爆豪の性格を考えると、救助活動というのは決して向いてない。
それこそ、HUCの面々に『何で俺が助けなきゃいけねえんだ』とか、そんな風に言っていてもおかしくはない訳で。
そんな爆豪だけに、救助活動よりもヴィランとして登場したギャングオルカの鎮圧に回るというのはそうおかしな話ではない。
……というか、既にそれは半ば確実だろう。
だからこそ、ギャングオルカの方は大丈夫だと思ったのだ。
下水を煮込んだようなクソな性格の持ち主である爆豪だが、その能力は間違いなく高い。
俺がいるからクラスNo.2の1人という扱いになってはいるものの、もし俺がいない……つまり原作通りの流れであれば、それこそ爆豪が轟と共にクラスNo.1の座を争っていてもおかしくはない筈だ。
そんな爆豪だけに、ギャングオルカを相手にしてもそう簡単に後れを取るとは思えない。
……まぁ、ギャングオルカもプロヒーローの中では間違いなく実力者であるのは間違いないので、あくまでもヒーロー科の生徒で、まだプロヒーローにはなっていない爆豪なら、もしかしたら苦戦する可能性もあるかもしれないが。
それでも爆豪なら、原作主人公の緑谷の最大のライバルとなるだろう爆豪なら、ギャングオルカを相手にしても決して1歩も退かないと思う。
だというのに、こうして苦戦をしているとヤオモモから連絡が入るのは……
『いえ、爆豪さんはまだ来ていません。轟さんが主になって戦っています』
「轟が? それはちょっと意外だったが、だからといってそれならそれで何とかなるんじゃないのか?」
轟も爆豪と並んでクラスNo.2の座にいる実力者だ。
……いや、寧ろ広範囲攻撃を持っている轟は、それこそギャングオルカやその部下達を相手にするには向いている筈だ。
爆豪も高い攻撃力は持っているものの、それでも広範囲攻撃は今のところ持っていない。
爆破という爆豪の個性について考えれば、それこそいずれ広範囲攻撃も可能になるかもしれないが……取りあえず今のところは、そういうのがない。
なので、そういう意味では爆豪よりも轟の方がギャングオルカを相手にするには向いてると思うんだが。
『それが、その……どうやら士傑の人と争ってるみたいで』
「……は?」
この状況でか?
そう思ったが、それこそまさかこの状況でヤオモモが俺に嘘を言うとは思えない。
それはつまり、轟が士傑の相手と揉めているのは間違いない訳で……そうなると、俺には思い当たる人物がいた。
今日の仮免試験の最初から、轟を敵視していた人物……つまり、イナサだ。
他の者達に対してはかなり人当たりの良いイナサが、一体何故轟に対してはあそこまで敵意を剥き出しにするのかは分からない。
分からないが、それでも最悪の組み合わせでギャングオルカと遭遇してしまったのは間違いないらしかった。