振り向いた時に俺が見た、空中に浮かぶ緑谷。
それはまるで無重力の中に始めて放り出され、その中で暴れているかのような、そんな様子だった。
「えっと……あれ?」
一体、何が起きているのか。
目の前の光景が、理解出来ない。
そう思いながらも寮の中に視線を向けると、そこでは爆豪か緑谷の叫び声が聞こえたらしい麗日が驚愕の視線をこちらに向けていた。
麗日の仕業でもない、と。
今の緑谷の状態は、麗日の個性によって空中に浮かんでいるのと同じようなものだった。
なので、もしかしたら麗日が緑谷に何らかの悪戯でもしたのかと、そう思ったのだが……どうやら違うらしい。
もしかしたら、原作主人公とヒロインのラブコメ的な展開なのかと思ったのだが。
この様子を見ると、どうやら違うらしい。
となると……本当に一体何でだ?
寮の1階にいた面々が、慌てた様子でこちらに向かっているのを見ながら、俺は改めて緑谷を見る。
その緑谷は、地上から2m程の場所を浮かび、何とかバランスを取ろうと暴れている。
手足を激しく動かしているその様子は、まるで溺れているかのようにすら見える。
「緑谷、お前どうしたんだ?」
「わっ、分からないよ! 何だかいきなりこう……本当にいきなり、浮かんだんだってば! それより、助けて!」
こうして見る限りだと、少しずつ……本当に少しずつだが浮かぶ高度は上がっている様子だったが、それでも緑谷は俺に返事をするだけの余裕はあるらしかった。
そのような状況から、取りあえず緊急事態という訳でもないのだろうと判断する。
「一体何がどうなってそうなったのかは分からないが……麗日の仕業か?」
「え? ちょっ、何で私!?」
ちょうど寮を出てこっちにやって来た麗日にそう尋ねると、驚かれる。
寮の1階にいた面々の多くが……それこそ、爆豪までもが寮から出ていた。
……あれ? 爆豪は寮での謹慎処分なんだから、何らかの理由がない限り寮を出るのは禁止じゃなかったか?
例えば、ゴミ捨てとか。
まぁ、友人――本人は絶対に納得しないだろうが――が訳の分からない事になっているのを思えば、こうして思わず寮を飛び出してもおかしくはないのかもしれないけど。
そんな風に思いながら、俺は麗日との会話を続ける
「だって、ほら。今の緑谷の状態を見れば、麗日の個性と同じような感じに思えないか?」
「それはそうだけど、私は何にもしてないんやって!」
「そうですわ、アクセルさん。麗日さんはずっと私達と話していました」
そう言うヤオモモは、いつもは結んでいる髪を解いており、風呂上がりという事もあってか、受ける印象が違う。
まぁ、寮生活を始めてからある程度経っているし、髪を下ろしたヤオモモの姿というのも、今まで何度か見た事があったりするのだが。
それでも普段のヤオモモと違うというのは、新鮮なのだ。
「そうなると……発目とか?」
サポート科の発目は、体育祭でも活躍したようにかなり優秀だ。
実際、A組のヒーローコスチュームの改修にも結構な割合で絡んでいるし。
ただし、この発目……優秀なのは間違いないものの、暴走気味でもあったりする。
緑谷に聞いた話によると、サポート科の中でも発目のいる実験室に行った時、爆発して扉が吹っ飛んだとか。
あるいは自分の発明品をベイビーと称しており、性能は高いらしいが暴走する事も珍しくないとか。
そう考えれば、発目のベイビーが緑谷に何らかの悪戯を……と思ったのだが、当然ながら今の緑谷はヒーローコスチュームを着ている訳でもない。
なら、発明品の暴走か? とも思ったものの、こうして見る限りだと周囲には特に何かがあるといった訳でもない。
麗日でも発目でもないとなると……
「一体、何でそうなった?」
浮かんではいるものの、今の緑谷はそこまで危険といった様子でもない。
なので、取りあえず助ける必要もないだろうと判断して尋ねるが……
「そ、そんな事を僕に聞かれても……分からないよ」
そう、言ってくる。
緑谷の様子を見る限りだと、本当に緑谷には自分が何故今のように浮かんでいるのか、分からないらしい。
「ちっ、おいクソデク! それはてめえの個性の影響じゃねえのか!?」
緑谷の様子を見ていた爆豪、そう言う。
だが……爆豪が緑谷にアドバイス、だと?
一体何がどうなってそうなった?
そんな疑問を抱くも、なるほど爆豪の言うように緑谷の個性であるOFAは過去から継承されてきたものだ。
ましてや緑谷が原作主人公であることを考えれば、あるいは爆豪の言ってる事は……ん? 待て。俺の記憶が確かなら、爆豪は緑谷の個性をかなり強力な……それこそ使えば使用者の骨を折るとか、そういう威力の増強系だと思っていた筈だな?
なのに何で今のようなアドバイスが出来る?
あれ? これ、もしかして……爆豪、OFAについて知ってないか?
いつ爆豪がOFAについて知った……ああ、多分謹慎になった理由の喧嘩だな。
なるほど、何で爆豪と緑谷がいきなり喧嘩を、それも仮免試験が終わったその日のうちに喧嘩をしたのか分からなかったが、その理由がこれか。
恐らくは原作でもこういうイベントがあったんだろうな。
「わ、分からないけど……どうすればいいかな!?」
「そんなの、個性をコントロールすれば簡単だろ。丸顔、何かねえのか?」
爆豪は俺をヒモ野郎、瀬呂を醤油顔と呼ぶように、他の面々も基本的にあだ名? で呼ぶ。
そんな爆豪の麗日に対する呼び名は丸顔らしい。
普通なら女が丸顔とか呼ばれれば不満に思うだろうし、人によっては怒ったりもするだろう。
だが、麗日はさすが原作ヒロインとして器が広いというか、あるいは爆豪だから仕方がないと諦めているのか、とにかく丸顔と呼ばれても不満そうな様子はない。
「そう言われても、私の個性とデク君の個性は、似てるようで違うし」
困った様子の麗日だったが、それでも自分が無重力で浮かんだ状態での経験から、緑谷に色々とアドバイスをする。
浮いている理由……個性の種類そのものは違っても、浮いてるという状況そのものは変わらない。
であれば、麗日のアドバイスはそれなりに役に立ち……
「あ……僕、浮いてる……」
何とか手足を動かしたりして、空中で溺れているかのような状況から身体を固定する事に成功した緑谷は、現在の自分の状況について驚きの声を上げる。
緑谷にしてみれば、自分がこうして浮かんでいるというのはそれだけ驚くべき事なのだろう。
「でもさ、緑谷……一体何で浮いてるの?」
俺の隣にやってきた三奈が、そう聞いてくる。
いつの間にか常闇も俺の側にやって来て、三奈の言葉に同意するように頷いていた。
「さて、麗日の悪戯とか、発目のベイビーの暴走とかじゃなければ、緑谷の個性の影響だと思うけど」
「でも、緑谷の個性って強力だけどシンプルな増強系でしょ?」
「そう、深淵の闇の如く」
三奈の言葉はともかく、常闇の言葉の意味が分からない。
恐らくは深淵の闇というのがOFAの強力さを現しているんだろうが。
「深淵の闇とやらはともかく、そもそも緑谷の個性は強力すぎて身体が耐えられるまで使えなかったという代物だ。その時点で普通の個性と違うだろ」
基本的に個性というのは、幼児期に覚醒するものだ。
だが、緑谷の個性は強力すぎて、身体が耐えられるまで覚醒しなかった……という設定だった筈。
実際には緑谷は無個性で、中学校の時にオールマイトからOFAを継承したのだが。
ただ、それは言える筈もないので、そういう設定というか、カバーストーリーになっていた訳だ。
「うーん、そう言われると、緑谷の個性って明らかに普通じゃないのは理解出来るけど。でも、だからって増強系の個性が空を飛ぶ?」
「こうして目の前で実際にそういう光景があるのを思えば、そういう事もあるんだろうな。もっとも、これは空を飛ぶというよりは浮かんでいるって感じだけど」
空中に浮かぶのと、空を飛ぶというのは大きな違いがある。
……まぁ、見た感じだとどうやら始めて空を飛ぶといったことが出来たようなので、そういう意味では進化して空を自由に飛べるようになったりしてもおかしくはないと思うけど。
ただし、やっぱり俺から見るとそれは難しそうな気がしないでもないけど。
例えば、俺の虚空瞬動は空中を蹴って移動出来るといった技術だ。
それはあくまでも空を跳ぶのであって、飛ぶのではない。
跳ぶと飛ぶというのは、同じように聞こえても実際には大きく違う。
そう考えると、浮かぶと飛ぶというのもまた違うと思うんだが。
とはいえ、それでも空を飛べるようになったというのは、大きな意味を持つのだが。
「アクセルさんの個性も増強系だけど、炎獣を生み出したりと、増強系とは思えないものもありますし、そう考えれば緑谷さんの個性も同じように考えてもいいのではないでしょうか?」
俺と三奈、常闇の会話にヤオモモがそう割り込んでくる。
ヤオモモは俺の正体とかそういうのについても知っているが、緑谷とオールマイトの繋がりとか、OFAについてとか、そういうのについては知らない。
それでもこうして俺の言葉にフォローを入れたのは、俺が困っていると、そのように思ったからだろう。
実際、今のヤオモモのフォローは助かったのは事実だし。
そういう意味ではありがたい。
「轟の個性を考えれば、そういうのがあってもおかしくないのかも?」
ヤオモモの言葉を聞いた三奈が、そう呟く。
轟の個性は氷と炎という正反対の存在を操るといったものだ。
そういう意味では、三奈の言う事も正しいのだろう。
とはいえ……緑谷について問題なのは、今の状況であれば超パワーと浮かぶ……浮遊か。浮遊という2つの個性で俺や轟の個性に似ているという事で誤魔化したりも出来るが、この場合問題なのは緑谷が原作主人公であるという事だろう。
それだけに、緑谷はこの先……もしかしたら、今の超パワーと浮遊以外に他の個性を収得する可能性もある。
そもそもの話、緑谷は一体どういう理屈で浮遊の個性を使えるようになったんだ?
やっぱり原作ヒロインの麗日の個性の影響か?
そうなると、緑谷と何かの深い繋がりがある人物の個性が使えるようになるとか?
……もしかしたら、そのうち爆破も使えるようになるかもしれないな。
その辺については俺も分からないが、取りあえず後でオールマイトに相談するように言っておくか。
後は、担任の相澤にも緑谷の浮遊についての話はするべきだろう。
見た感じ、今の緑谷は浮いた状態で安定はしているものの、地上に降りる事は出来ない。
相澤に抹消を使えば、地上に降りる事も出来るだろう。
「緑谷、オールマイトか相澤を呼んでくるか?」
「え? あ、ちょっと待って。麗日さんから色々と聞いたら、何とか出来そうな感じになってきたから!」
そう言う緑谷だったが……なるほど、実際にこうして見ると、少しずつだが高度が落ちてきている。
それを見る限だと緑谷の言葉は決して間違いという訳ではないのだろう。
もっとも、本人は少しずつ高度を落とすのにも必死といった様子ではあったが。
「頑張って、デク君!」
麗日が応援をすると、それを聞いた緑谷はかなりやる気を見せている。
本人にしてみれば、この状況にも色々と思うところがあるんだろう。
何しろ緑谷にしてみれば、自分の個性が上手く使えず、それを麗日に応援されているようなものなのだから。
……ああ、でも緑谷は卑屈というか、自己評価が低いとうか、そんな感じだな。
それを考えると、今の状況でもそこまでショックを受けていたりはしないのかもしれない。
「ふぅ……何とかなったよ。麗日さん、ありがとう」
「え、えへへ……いや、そんな。デク君が頑張ったからだよ」
緑谷に感謝の言葉を口にされたのだが嬉しかったらしく、麗日が照れた様子を見せる。
麗日にとって、今日は悪くない日だろうな。
好意を抱く……そう、男女的な意味での好意を抱く緑谷が、自分と同じとは言わないが似たような個性を使えるようになったのだから。
この辺もさすが原作主人公とヒロインといったところか?
「おいおい、緑谷。お前……一体どうやってあんな風に浮かべるようになったんだよ!」
切島が興味深そうに緑谷に向かって言う。
こうして無事に着地したことで、切島も、そして他の者達ももう話し掛けても大丈夫だと思ったのだろう。
もっとも、わぁっと緑谷の周囲に集まっていく。
……気が付けば、先程までは1階にいなかった者達までもが集まっている。
恐らく緑谷が浮かんでいる間にLINを使うなりなんなりして呼んだのだろう。
「ちっ!」
そんな中、爆豪は不満そうに、あるいは不機嫌そうに舌打ちをしながらも、寮に戻っていく。
緑谷と拳で分かり合った筈なのだが……やっぱり、爆豪は爆豪という事なのだろう。
そんな風に思いつつ、俺はいつの間にか皆の中心にいる緑谷を眺めるのだった。