俺がこの聖刻世界で傭兵として参加した最初の戦いは、ウルミエという国に所属する貴族同士の水利権に端を発する紛争だった。
……水利権で紛争を? と思ったが、正確には水利権についてというのは理由で、どうも先祖代々敵対している貴族同士の争いという事らしい。
本来であれば、操兵を使った紛争というのが起これば、すぐに帝国軍なり帝国政府の人員がやって来て、それを仲裁したり止めたりするらしいのだが……昨今、帝国の力は衰えている。
政治家や貴族、帝国軍の上層部……あらゆる場所に腐敗が広まっているらしい。
そんな訳で、このウルミエという国は帝都からそう離れていない場所だというのに操兵を使った紛争が起こっていた。
もっとも、当然ながら高級外車や戦車くらいの価値を持つ狩猟機を数多く集められる訳もなく、俺達が味方をする貴族が用意出来た戦力でも、10機程の狩猟機だけとなる。
それにプラスして、雇い主が要している20機の狩猟機で合計30機程の狩猟機がこちらの戦力となる。
なお、従兵機もそれなりに数がいるが、力はともかく運動性や機動性という点では狩猟機の足下にも及ばないので、その辺の理由から戦力には数えていない。
いやまぁ、俺は狩猟機に乗っての初めての戦争である以上、従兵機にもしっかりと気を付ける必要があるんだが。
『自分で言うのも何だが、儂らは腕利きだ。そんな儂らが雇われたと知った上で、敵の貴族は和睦を申し出てきたりはせず、戦う気だ。どういう意味か分かるか?』
狩猟機で戦場となる場所まで移動している中で、俺の隣を歩いているルーランの狩猟機がそう声を掛けてくる。
狩猟機の性質上、その声は威嚇するような低い声になっているものの、俺はそれに気にした様子もなく、答える。
「つまり、プール三兄弟がいても勝てると……そう思える根拠が向こうにもあるんだろう?」
『そうだ。流れてきた情報によると、どうやらサイガ党には及ばないものの、それなりに有名な傭兵団が向こうについたらしい』
「サイガ党?」
『ああ、そうか。アクセルは知らないか』
そう言い、ルーランはサイガ党について説明する。
何でもこのサイガ党という傭兵団は元々精強な傭兵団として有名で、しかも普通の傭兵と違って乱暴狼藉、略奪の類はしない傭兵団として有名だったらしい。
だが、そんな戦力だけにサイガ党が拠点としていた場所……辺境のヴァーキンとかいう小国が国に仕えるようにと命令したが、過去に何らかのトラブルがあったとかで、サイガ党がそれを拒否。
腕が立つとはいえ、一介の傭兵団に面子を潰されたとして、ヴァーキンという国はサイガ党の拠点……里を滅ぼそうとして軍隊を派遣したものの、サイガ党によって大損害を被ったらしい。
もっとも、その戦いでサイガ党を率いていた人物は死んでしまったらしく、現在は元々はNo.2だったその人物の妻がサイガ党を率いているとか。
一介の傭兵団が一国の軍隊を敵に回して互角以上に戦って実質的に勝利をしたという事で、この業界においてサイガ党の名前は今まで以上に広まったとか。
もっとも、この帝国の中には国を挙げて傭兵を主力産業としているゴッツァルという国もあるらしいので、傭兵と一口に言っても色々といるだろう。
ともあれ、俺達がこれから戦う相手はそのサイガ党には名声では及ばないものの、実力では互角か、あるいは勝っていると公言している傭兵団だとか。
「で? 実際にそんなに強い相手なのか?」
『強いか弱いかで言えば、間違いなく強いだろう。だが……サイガの赤鬼に勝てるかと言われれば……』
最後まで言わなかったが、言葉の流れからルーランがどのように思っているのかは容易に想像出来た。
詳しく聞くと、サイガの赤鬼というのはリロイと同じ重量級狩猟機を使っていて、ヴァーキンとの戦いで死んだ人物……こっちはサイガの青鬼と呼ばれていたらしいが、その人物の妻で、現在のサイガ党を率いている人物らしい。
部下の傭兵を指揮する能力も高く、本人の戦闘力も非常に高い。
……ルーランの様子を見る限りだと、どうやら直接の顔見知りらしいな。
もっとも、ルーランはプール三兄弟として知られている凄腕の傭兵だ。
であれば、同じように傭兵として有名なサイガ党を率いる人物と知り合いであってもおかしくはない。
「つまり、それなりの強さはあるものの、言う程に実力がある訳でもないと?」
『そうなるな。……そういう意味では、アクセルの初陣に丁度いい相手でもある』
いや、それはどうなんだ?
公言する程の実力はないにしろ、それでも十分な強さを持っているんだろう?
だとすれば、素人が相手をするのは厳しい筈だ。
……まぁ、それは俺が本当の意味で素人ならの話だが。
操兵についてはまだ素人に近いが、今まで多くの人型機動兵器に乗ってきた俺にしてみれば、確かに丁度いい相手なのかもしれないな。
もっとも、混沌精霊で物理攻撃は無効化されるので、俺が死ぬ事はなく、だからこそ思い切って行動に出られるというのも強みではあるが。
そうして話をする事、しばし……その間も俺の知らないこの世界の情報について聞いていたが。やがて広い草原で両軍が向かい会う。
こちらの代表……恐らくは俺達を雇った貴族の狩猟機が前に出ると、向こうからも狩猟機が1機出てくる。
そうして何やら舌戦を繰り広げ……まぁ、その内容は特に言う事はない下らないものでしかなかったが。
ともあれ、そうして舌戦が終わるとそれぞれが戻り、戦闘が開始される。
うーん、これが紛争……戦争ね。
まぁ、ある意味ファンタジー世界らしいと言えばらしいのか?
そんな風に思いつつ、俺はプール三兄弟と一緒に前に進む。
ちなみにプール三兄弟の次兄リロイの機体は重量級狩猟機なので、どうしても動きが遅くなる。
……だが、そんな中で何故か動かない狩猟機が何機かいた。
俺達を雇った貴族の部下だが……この状況については、ルーランから聞いている。
狩猟機……というか、操兵は精神的に仮面と繋がっている部分が大きく、パイロットが本人がやる気であっても、心の奥底で怯えていたりした場合、乗っている狩猟機が動かなかったりする事もあるらしい。
もっとも貴族に連なる者がそのような事を認められる筈もなく、整備を任されている者達は悪いところ、故障しているところはないのに何度も点検をさせられるらしい。
とはいえ、今のこの場は既に戦闘が始まっている。
当然ながらここまで整備員……操兵鍛冶師と呼ばれる者達は連れてきていないので、この状況でどうにかする為には自分で何とかするしかないのだが。
そうなると、そのような者達を守る為に従兵機が護衛とした行動する事になり……結果として、こっちの戦力は減る。
もっとも、そういう事になっているのはこっちだけではなく敵対している貴族も同様で、この状況でも動いていない従兵機がいた。
そんな訳で、俺はプール三兄弟と共に行動する。
本来であれば、この程度の数での戦いとはいえ、貴族の指揮下に入って指揮官の命令に従って行動するべきなのだろう。
実際、俺達以外に集まった傭兵の大半はそうしている。
しかし、そんな中でプール三兄弟は指揮下に入っていない。
そのようなことが出来たのは、やはりプール三兄弟が凄腕として知られているからだろう。
貴族も最初はプール三兄弟を自分の指揮下にいれようとした様子だったが、ルーランはあっさりと断った。
得意そうな様子のマウを見れば、これがどれだけ特別なことなのかは分かる。
……実際、俺達以外の傭兵の中にはそんなプール三兄弟の特別扱いに……あるいはプール三兄弟と一緒にいる為に同じように特別扱いになった俺に不満そうな様子を見せたりしていたりもしたし。
そんな風に特別扱いされた以上、しっかりと結果は出す必要があった。
『アクセル、来るぞ。準備は良いな?』
ルーランの言葉にモニタ――正確にはガラス板だが、性能としてはモニタと同じだ――を見ると、こちらに向かってくる8機の操兵の姿があった。
そのうちの5機が狩猟機で、残り3機が従兵機。
こちらの数が4機だとすれば、戦力比は1:2となる。
向こうもプール三兄弟がいるのを見て、同数の戦力ではどうしようもないと判断したらしい。
「任せろ。こっちはいつでもいい」
『よし……なら、行くぞ!』
ルーランの言葉と共に、最初にマウの軽量級狩猟機が突出する。
それを追うように、俺とルーランの狩猟機が追い、背後から重量級狩猟機の為に機動力という点では劣るリロイが追ってくる。
とはいえ……俺はあくまでもプール三兄弟と一緒にいるというだけで、扱い的には別だ。
それにルーランにこの戦いで自分の実力を示す必要もあった。
その為、途中でルーランと別れる。
するとこちらに向かっていた8機の操兵のうち、狩猟機1機だけが俺の操縦するケファルスに向かって突っ込んでくる。
なるほど、やっぱりあの8機の操兵は主にプール三兄弟に対するものだったという事だろう。
その件については、俺も特に責めるようなことは出来ない。
向こうにしてみればこちらの貴族の最大戦力であるプール三兄弟こそが最大限に警戒すべき相手で、そのプール三兄弟と一緒にいたとはいえ、俺は名も知られていない1人の傭兵でしかないのだから。
そういう意味では、従兵機を寄越すのではなく狩猟機を迎撃に当てただけ、俺をある程度評価していると言ってもいいのだろう。
それに俺にとってもこれは悪くない。
何しろ、これが俺の狩猟機を使った初めての実戦だ。
それこそ訓練らしい訓練の類もしていないのだから、幾ら今まで数え切れないくらいの戦いを経験してきたとはいえ、敵の数が1機なのはこちらにとってもありがたい。
『うおおおおおっ!』
伝声管から聞こえてくる雄叫びの声と共に、敵の狩猟機は長剣を振り下ろしてくる。
他の操兵に比べると速度という点では勝っている。
これは狩猟機そのものがそのような設計となっているのか、あるいは改良しているのか。
その辺りは分からない。
だが、分かる事は間違いなく俺のケファルスよりも性能の高い狩猟機だという事だろう。
……まぁ、ケファルスは帝国において最も多く製造された狩猟機だという事だし、その性能はどうしても他のもっと高性能な狩猟機には劣るという事なのだろう。
もっとも、だからといってそれで負けるとは限らないが。
ケファルスを後ろに数歩下がらせる。
それによって敵の狩猟機が振るった長剣は、ケファルスのすぐ前を通りすぎる。
長剣の一撃を回避したところで、槍の一撃を放つ。
まだ完全にケファルスの操縦に慣れた……つまり機体性能の全てを使いこなせている訳ではないが、それでも敵の狩猟機が見せた隙を突くには十分で……
「あ」
ケファルスの放った槍の穂先は、あっさりと敵狩猟機のコックピット……操手漕を貫く。
当然そうなれば操手漕の中にいた操手が生きていられる筈もなく、そのまま地面に倒れる。
まさかこうもあっさりと敵を倒せるとは思っていなかったのだが、この辺は狩猟機を使うのは初めてであっても、これまでの実戦経験が功を奏したのだろう。
ともあれ、これでこの狩猟機は俺の物になった訳だ。
……ちなみにプール三兄弟と同じく傭兵として雇われた俺だが、当然ながらプール三兄弟のように実績がある訳ではないので、報酬そのものはかなり安い。
ただ、ルーランが交渉をしてくれた結果、俺が個人で倒した狩猟機の所有権は俺の物になるという風な契約になったので、この素早さを重視した狩猟機は俺の所有物となる。
とはいえ、ルーランにこのケファルスを買って貰ったばかりだと考えると……簡単に乗り換えるというのもな。
狩猟機は高級外車や戦車といったような価値があるのを思えば、余計にそう思う。
まぁ、ルーランはその辺りについて気にしたりはしないだろうが。
そんな風に思っていると、プール三兄弟と戦っていた操兵の中から2機の従兵機がこちらに向かってやって来る。
仲間を助けようとしたのか。あるいは狩猟機を渡さないようにしたのか、それともこの状況で俺を自由にするのが不味いと思ったのか。
ともあれ、こちらに向かってくる従兵機をこちらとしてもそのままにしておくような事は出来る筈もなく、俺はケファルスの持つ槍の穂先をこちらに向かってくる従兵機に向け、歩み出す。
従兵機は力だけなら狩猟機に匹敵するものの、速度そのものはどうしても狩猟機には劣る。
狭い場所ならともかく、広々とした……特に障害物もないこの戦場において、それは致命的だ。
ましてや、相手の武器は長剣。
力だけなら狩猟機並みなのだから、槍を使った方がいいと思うんだが。
そんな風に思いつつ、俺はケファルスを操縦し……踊るようなステップを使って従兵機2機の長剣の一撃を回避しつつ、機体の外にある操手を槍で薙ぎ払うのだった。