「これはまた……随分と凄いな」
帝都ルーフェン。
数十の従属国を擁する帝国の首都というだけあって、かなり発展している。
もっとも、操兵闘技大会が行われる為にルーフェン以外からも多くの者達が集まってこれだけの人数になっている……といった一面もあるのだろうが。
『けっ、見せ掛けだけだろ、こんなの』
俺の言葉を聞いたマウの軽量級狩猟機からそんな声が聞こえてくる。
ルーフェンに思うところがあるのか、それともただ俺の言葉に不満を持っているだけなのか。
その辺は分からないが、とにかく不機嫌なのは間違いない。
『アクセル、行くぞ。こっちだ』
ルーランに案内され、帝都の中を進む。
……だが、ルーランが向かったのは華やかな大通りではない。
次第に人の姿が少なくなり、雑多な雰囲気が増していくその様子は……まさに貧民窟やスラム街といったような場所だった。
「おい、ルーラン。本当にここでいいのか?」
『構わんよ。儂らが表通りにあるような宿に泊まっていれば、帝国貴族が接触してきて面倒な事になりかねん。それを考えると、この旧市街にいれば帝国貴族の目に付くこともない……訳ではないが、それでも普通の宿に泊まるよりはマシだろう』
そうなれば、当初の目的……城にある古文書や石版の類を見に行くという本来の目的が達成出来ない。
言葉には出さなかったが、ルーランがそのように思っているのは明らかだった。
それにしてもスラム街じゃなくて旧市街か。……まぁ、言葉は違っても実際には似たようなものだけどな。
俺が操兵闘技大会の個人戦に出るのは、あくまでもカモフラージュ……ついでに俺が稼ぐ為だ。
そういう意味ではあまり自分達が目立ちたくないというのは理解出来る。出来るが……
「操兵を預かったり、整備とかはどうするんだ?」
操兵には血も流れていれば、冷却水も必要だ。
これらは消耗品である以上、ずっと同じ物を使い続けるという訳にはいかない。
目立ちたくないから旧市街で寝泊まりをするというのは分かるが、操兵をどうするのかという問題がある。
だが、そんな俺に対してルーランはあっさりと返事をしてくる。
『その辺は心配いらぬ。何も操兵工房というのは表通りにあるだけではない。このような場所にもある。……もっとも、このような場所にある操兵工房だ。値段についても表の……正規の操兵工房よりもかなり高いがな。それに場合によって粗悪品を掴まされる事もあるが……儂がいれば問題ないだろう』
なるほど、幾ら旧市街の操兵鍛冶師であっても、裏社会でも名を知られたプール三兄弟を怒らせようとは思わないだろう。
また、プール三兄弟と一緒に行動している俺もまた、同じように妙なちょっかいを出すとは思えない。
「それに俺が個人戦の予選で勝ち進めば、倒した狩猟機は俺の物になる。そうなれば、当然ながら俺が使っている操兵工房が最初に取引相手になる訳だ」
値段の交渉が纏まらなければ、あるいは他の操兵工房に話を持っていくかもしれないが、それでも最初に交渉出来るというのは大きなチャンスだ。
そういう意味では、俺の操縦するマイルフィーの整備とかについても手を抜くという事はないだろう。
『そうなるな』
ルーランは俺が予選で負けるといった事は、全く考えていないらしい。
勿論俺もそんなつもりはないが、ルーランのように腕利きで予選から勝ち上がっていく奴がいないとも限らないのだから、絶対に大丈夫とはいかないのだが。
そんな風に思いつつ、俺は旧市街をマイルフィーで移動するのだった。
試合開始の合図と共に、槍をこちらに向けて放ってくる狩猟機。
確かマウから聞いた話によると、バシューズとかいう機種らしい。
力という点では俺のマイルフィーより勝っており、だからこそ俺が動く前にその力でこっちを倒そうというのだろうが……甘い。
幾らその一撃が強力であっても、当たらなければどうという事はないのだから。
あれ? これ誰の言葉だったっけ?
そんな風に思いつつ、俺はこちらに向けて放たれるバシューズの槍をマイルフィーの持っている槍で搦め捕るようにして受け、バシューズの手から槍を空中に跳ね飛ばす。
何が起きたのか分からなかったのだろう。バシューズのパイロットは数秒動きを止め……それを見逃す程、俺は優しくはない。
マイルフィーの槍の切っ先がバシューズのコックピットを貫くのだった。
「ほら、金」
そう言い、マウは俺に結構な……とまではいかないが、そこそこの額を渡してくる。
「これだけか? もっと貰えると思ったんだけどな」
「まだ個人戦の1回戦なんだぜ? そのくらいで十分な儲けだよ。それに……お前の事を知ってる奴がそれなりにいて、倍率もそこまで高くなかったからな」
俺がマウから受け取ったのは、1回戦の賭けの報酬だ。
俺が所有する……つまり、この数ヶ月傭兵として活動して稼いだ中からある程度の額をマウに賭けて貰ったのだが、その金額は思ったよりも少ない。
倍率とか言ってるように、この金額は操兵闘技大会における賭けによって勝利したものだ。
これだけ大規模な大会だけに、当然ながら色々な裏の組織が賭けを行っている。
俺はそれに目を付けた。
金というのは、あればある程いい。
……まぁ、なければ俺の場合なら盗賊とかを襲うといった手段もあるが、それはそれで面倒臭いし、帝国の支配が弱まっている事もあって従属国が好き勝手やり、その結果食えなくて盗賊になったって奴も多い。
なので、そのような盗賊達は襲っても実際にはそこまで金を持っていなかったりする。
そんな訳で、盗賊狩りをしてもそこまで儲けることは出来ないので、こうして傭兵の仕事以外でも楽に金を稼げるのなら稼いでおいた方がいい訳だ。
もっとも、アルタイア都市連合とやらは自治都市としてこのルーフェンよりも栄えているので、そういう場所の近くにいる盗賊なら金を持ってるかもしれないけど。
あるいは空間倉庫に入っている何か適当な物を売るといった方法もあるが……それはそれで面倒そうなんだよな。
「マウ達と行動を共にしていれば、俺の事を知ってる奴も多くなって当然か」
裏の社会でも有名なプール三兄弟と一緒に行動しているのだから、どうしても俺も目立ってしまう。
下らない相手に絡まれたりしないという意味では楽なのだが、こういうところで問題だな。
もっとも、賭けについてはあくまでも小遣い稼ぎだ。
俺が今一番金を稼げるとするのは、予選の特権である倒した操兵を自分の所有物に出来るというもの。
俺が倒したバシューズは、コックピットを取り替えれば普通に操縦出来る。
仮面や心臓のような部位は当然ながら、筋肉や関節、それどころか装甲にすら特に傷を付けていないのだから。
ましてや、バシューズのパイロットも操兵闘技大会に出場するからという事でバシューズの装甲も綺麗に磨いていた為に、かなり高値で売れるだろう。
元々操兵は俺の認識だと高級外車や戦車といったような価値を持つので、それを考えればこれが一体どれだけ高く売れるのかというのは容易に想像出来る。
プール三兄弟……特にルーランのお陰で、旧市街にある操兵工房も俺達からぼったくったりはしないしな。
この操兵も……まぁ、それなりの値段で買い取ってくれるだろう。
もっとも、旧市街にある鍛冶屋にそれだけの金があるかどうかは正直なところ微妙ではあるが。
ともあれ、俺は倒した操兵を手にマウと共に旧市街に戻るのだった。
「兄貴、やっぱり断っちまったのか?」
操兵闘技大会の個人戦の予選が始まってから少し経ち……今日は俺の試合はないということで、傭兵の集まる酒場で食事をしながら話をしていた。
なお、ここは酒場だが、俺は酒を飲まない。
……もし飲んだら、一体どういう事になるのか、全く分からないしな。
最悪、この酒場はおろか帝都ルーフェンそのものが消滅してしまっても俺は驚きはしない。
そんな訳で、俺は水を飲む。
ウーロン茶のようなのがあれば話は別だったが、そういうのはないしな。
一応お茶という文化があるのは知っているが、それはこういう酒場で飲むようなものではない。
普通なら酒場で酒を頼まなければ店員や店主に嫌な顔をされたりもするのだが、その代わりという訳ではないけど料理をかなり大量に注文してるので、文句を言われたりはしない。
現在俺は3回戦まで勝ち抜き、次は4回戦だ。
その3度の戦いで勝利した操兵は、全てコックピットだけを貫いて、操兵はそのまま入手している。
……もっとも、旧市街で俺達が使っている操兵工房だけだと代金を支払えないからということで、2機目は旧市街にある他の操兵工房に、3機目は旧市街の操兵工房でも無理という事で、表通りの操兵工房に操兵を売っている。
ただ、1回戦で勝ったバシューズはともかく、2回戦、3回戦は当然のように向こうも勝ち上がってきた訳で、狩猟機の修理が間に合わなかったり装甲の傷はそのままだったりもしてか、万全の値段という訳にはいかなかったが。
その辺りについては、仕方がないだろう。
それでも狩猟機である以上は結構な値段となるのは当然で……この酒場で連日好きなだけ料理を頼むくらいは何の問題もない。
倒した相手の操兵を売る以外にも、マウに頼んで賭けて貰っているし。
もっとも1回戦からプール三兄弟の仲間ということで倍率はそこまで高くなかった上に、2回戦、3回戦でも圧倒してきたという事もあってか、もう賭けで儲けられる金額は微々たるものだったが。
そんな風に考えている間にも、マウやルーランの会話は進んでいた。
どうやら俺が個人戦で戦っている時にどこぞの国から操兵闘技大会の団体戦に出て欲しいという依頼があったらしい。
だが、ルーランはそれを断ったんだとか。
その国というのがその辺の小国ではなく、それなりに名前を知られているような、そんな国らしい。
「やっぱり面白そうじゃなかったからか?」
俺が毎日のように注文するという事で酒場も出来るだけ儲けようというのか、このような旧市街にある酒場で出るとは思えないような新鮮な魚を使ったスープを味わいながら、ルーランにそう尋ねる。
そんな俺の問いに、ルーランは笑みを浮かべるだけだ。
ルーラン……というか、プール三兄弟は凄腕の傭兵として知られてはいるが、同時にルーランは気難しいというか、気に入った、面白そうな仕事しか受けないという事でも知られている。
例えば結構な金持ちから高額な報酬で依頼をされても断る事もあれば、旧市街に住んでいる子供の依頼を引き受けたりするといったように。
「列強と呼ばれる国に協力しても面白くはないからな。儂が参加するとすれば……そうだな、弱小国であれば……そして気に入るような相手なら、受けるかもしれん」
元々プール三兄弟がここに帝都に来たのは、城にある古文書や石版の類を目的にしてのものだ。
そういう意味ではわざわざそのような依頼を受けるまでもないのだが、ルーランにしてみれば操兵闘技大会が終わるまで酒場で飲んだくれているのも暇なのだろう。
「けっ、小国が俺達を雇えるくらいの金を持ってる訳がねえじゃねえか。……まぁ、ルーランの兄貴ならそういうのを気にしないで引き受けるかもしれないけどよ」
マウのその言葉は……数日後、見事に当たるのだった。
「えっと……これ、何だ?」
4回戦を勝利し、いつものように倒した狩猟機を売る手筈をした俺が酒場に戻ってくると、そこには上機嫌なルーラン達がいた。
それだけならそれなりに珍しいとは思うが……何故か、マウがボコボコにされた状態で椅子に座っている。
まず分かるのは、マウがボコボコにされているのはルーランかリロイがやったという事だろう。
何だかんだと、ルーランやリロイはマウを可愛がっている。
もしマウが誰とも知らない相手にこうしてボコボコにされたりすれば、その報復くらいはしてもおかしくはない。
だが、こうして見る限りだとルーランの様子からすればそういう感じではない。
であれば、これを誰がやったのかというのを想像するのも難しくなかった。
「おお、アクセルか。お前も参加せぬか?」
俺を見たルーランが、上機嫌でそんな風に言ってくる。
「何がだ?」
「操兵闘技大会の団体戦だ。弱小国も弱小国のイシュカークが儂らを雇いたいと言ってきたんだが、儂はそれを受ける事にした。どうせならということで、アクセルのことも推薦しておいたぞ」
「……いや、けど俺は個人戦に出ているぞ?」
「途中で棄権すればいい」
「おいおい」
あっさりとそう言ってくるルーランに、思わずそう突っ込む。
俺はそんな風に返しながらも、それはそれでありか? と思う。
元々俺が操兵闘技大会の個人戦に出ているのは、俺の金稼ぎというのもあるが、大まかにはプール三兄弟のアリバイ作り的な意味の方が強い。
そして俺は十分に金を稼いだし、ルーラン達が操兵闘技大会の団体戦に出るのなら、アリバイについても必要ない。
それに個人戦の賭けではもう俺は殆ど儲からないが……それが操兵闘技大会の花とされる団体戦、それも弱小国なら賭けの倍率も結構なものとなるだろう。
そういう意味では、俺が団体戦に出るというのは悪い話ではないと、そのように思うのだった。