操兵闘技大会の団体戦が始まった。
イシュカークの1回戦の相手はガ・モーキンという国だ。
列強とまではいかないものの、帝国の従属国の中ではそれなりの国力を持っている国。
当然ながら、そんな国の代表にしてみればイシュカークという聞いた事もないような国を相手にするのだから、自分達の勝利は間違いないと思っているだろう。
闘技場にある観客席の下に用意された駐機場、一言で表現するのなら選手控え室といったところか?
周囲には操兵鍛冶師達が狩猟機の整備を行っている。
そんな場所で俺は特にやる事もなく黙っていた。
「少しいいかしら?」
マイルフィーの様子を見ていると、不意にそんな風に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにはアーシェラの姿。
俺が初めてデュマシオンと顔合わせをした時にいた女の1人だ。
最初から敵意を剥き出し……とまではいかないものの、気に食わないといった態度を取っていたミアと違って敵意を見せたりとかはしなかったものの、何かがあると、そう俺に思わせた女がこのアーシェラだった。
ちなみに、デュマシオンとの顔合わせが終わった後で酒場に戻った時に聞いた話だが、マウがボコボコにされていたのはこのアーシェラが原因だったらしい。
……いや、アーシェラが原因というのはちょっと違うか。
より正確には、デュマシオンがルーランと交渉している時にルーランは殺気、あるいは剣気や闘気か? とにかくそういうのを放ったらしい。
だが、デュマシオンはそれに耐えた。
俺が見た限りだと、デュマシオンは決して戦いが得意という訳ではない様子だったが、それでもルーランの発する殺気の類に耐えたのだから大したものだと思う。
ルーラン大好きなマウにしてみれば、デュマシオンがルーランの殺気に耐えていたのが面白くなかったらしい。
また、俺達が拠点にしている酒場は傭兵が集まってくるような場所でもあるので、酒場にいた傭兵達が見るからにお坊ちゃんといったデュマシオンを屈服させることが出来ないでいることに、ルーランの技量を怪しんだというのもあるのだろう。
マウはそれが許せずデュマシオンに短剣を投擲した。
もっともマウも最低限の事は分かっているらしく、デュマシオンに当てるつもりはなかったらしいが。
だが、そんな短剣を目の前のアーシェラは腕で受けた。
その結果として、余計な手出しをし、そして女を傷つけた事も許せず、ルーランとリロイによってマウはボコボコにされたらしい。
ちなみにデュマシオンはアーシェラに短剣が刺さったのを見てマウに攻撃しようとしたらしいのだが、そこに姿を現したのがサイガの赤鬼と呼ばれるアグライアだった。
アグライアも傭兵なのだから、あの酒場に来るのはおかしな事ではないが。
で、デュマシオンとアグライアは知り合いだったらしく、アグライアもまたイシュカークの団体戦に出る事になった訳だ。
……小国とはいえ公子のデュマシオンが、一体何故、名高いとはいえ傭兵でしかないアグライアと知り合いなのかは俺にも分からなかったが。
そんな風に考えながら、俺は声を掛けてきたアーシェラに向かって口を開く。
「ああ、構わない。試合まではまだ少し時間があるしな」
そう言うと、アーシェラは笑みを浮かべる。
もっとも、それはあくまでも口元だけの笑みであって、目は一切笑っていない。
「私はディア……デュマシオン殿下が個人的に雇っている人物よ」
「それで?」
「仕事柄、私はそれなりの情報に触れることになるわ。そして私が知ってる限りでは、プール三兄弟は有名な傭兵として知られているけど、貴方についての情報は得られなかった。……いえ、勿論プール三兄弟と一緒に行動してからの情報はあるわ。けど、それ以前の情報は全くない。プール三兄弟と並ぶ程の腕なのに、ここまで名前が知られていないというのはどういう事かしら?」
「そう言われてもな。そういう風だったからとしか言いようがない」
まさか、俺が突然この聖刻世界に転移してきたとか、そんな風に言っても説得力はないしな。
事実は小説よりも奇なりと言われる事があるが、まさにそんな感じだ。
「そう。そういう事もあるかもしれないわね」
あれ? 予想外にあっさりと俺の言葉を信じた……というか、受け入れたな。
そう思ったが、アーシェラの俺を見る目にはそれでも強い警戒の色がある。
「でも……貴方からは、何か得体のしれない力を感じるわ。まさか、貴方は練法師……いえ、まさかね。今の言葉は忘れてちょうだい」
練法師?
アーシェラの口から出た言葉に疑問を抱くも、アーシェラはそれ以上は何も言わず、軽く頭を下げると俺の前から立ち去る。
練法師……名前からすると、もしかしたら魔法使い的な存在か?
魔法を使うのが魔法使い、魔術を使うのが魔術師……まぁ、Fate世界の中には魔術師じゃなくて魔術使いと称される者もいるらしいが。
それに倣うと練法を使うのが練法師で、その練法というのが魔法的な存在と思ってもいいのかもしれないな。
なら、俺がアーシェラを気にする――男女的な意味ではなく――のは、アーシェラが練法師だから、そういう風に感じるのか?
そんな風に思っていると、ルーラン達がデュマシオンの狩猟機……ソレイヤードという名称らしいが、その狩猟機を見ている。
何でそこまでデュマシオンの狩猟機を気にするのか分からないし、何よりアーシェラもいなくなってマイルフィーの整備の方も問題はないので、俺はそちらに向かう事にした。
「おい、どうしたんだ? 何でこの狩猟機にそこまで興味を持っている?」
ソレイヤードのコックピットを見ているルーラン達に尋ねると、マウがこっちにやってくる。
「なぁ、アクセル。あの坊ちゃんの操兵……シュルティ古操兵だって知ってたか?」
周囲に聞こえないようにといった感じで、そう聞いてくる。
そうして小さな声でも甲高い声なのは……まぁ、これはもうマウの特長である以上は気にしても仕方がないが。だが……
「シュルティ古操兵? 本当か?」
「兄貴が言ってるんだから、間違いないだろ。……まさか、俺もこんなところで見ることが出来るとは思わなかったぜ」
シュルティ古操兵……それは現状の操兵と比べても、かなり性能の高い操兵だという。
それこそ龍の王と呼ばれた人物が、そのシュルティ古操兵を使って広大な王国、俗に言う龍の王国を築いたくらいには強力だったらしい。
まさか、そんなシュルティ古操兵がこうもあっさりと見つかるとは思えなかった。
「ルーラン、ちょっと俺にも見せてくれ」
「構わんぞ。儂はもうしっかりと見たしな」
そう言い、ルーランはあっさりと俺に場所を譲る。
そうしてソレイヤードのコックピットを見るが……
「普通の狩猟機と違わないな?」
「そうだ。恐らくは工呪会の手が入っているのだろう。だが……それはそれで疑問が残る」
「何がだ?」
「工呪会も、古操兵を……特にシュルティ古操兵を熱心に集めている。それこそ遺跡から古操兵の部品の一つでも出れば、かなり高額で買い取るくらいにはな。それに、工呪会は操兵の取引においては信用出来るが、古操兵絡みとなると裏の顔を出す。それこそ、間者を使って夜襲不意打ち奇襲をするといった具合に」
この場合の間者というのは、いわゆる破壊工作とかそういうのをやる連中の事だな。
分かりやすい感じだと、忍者か?
けど……なるほど、工呪会にはそういう一面もあるのか。
「けど、それなら何でソレイヤードを?」
「さあな。それは儂にも分からん」
純粋な疑問にルーランは首を横に振る。
普通ならそこまでして古操兵を欲しているのなら、工呪会がこのソレイヤードに手を入れた時……つまり修復した時に何らかの理由をつけてソレイヤードを奪えばよかっただけの話だ。
勿論、ただ奪うといったような事をすればデュマシオンも黙ってはいないだろうが、例えばソレイヤードを引き渡す代わりに新品の狩猟機を数機引き渡す……そんな条件を出せば、ソレイヤードが古操兵であるというのを知らないデュマシオンはそれを受け入れていただろう。
あるいは工呪会が古操兵を入手するのに手段を選ばない一面があるというなら、ソレイヤードを引き渡さなければイシュカークに操兵を売らない、あるいは操兵のベースとなる素体をイシュカークの操兵工房に売らないと言えば、デュマシオンも従うしかない。
工呪会がシュルティ古操兵を見逃すという事は、そこには何らかの理由がある筈だ。
それが具体的に何かは分からないが、それでも工呪会がそのようなことをすると思えば……もしかしたら本当にデュマシオンがこの世界の原作の主人公なのかもしれないな。
そんな風に考えていると、やがてイシュカークの出番となる。
操兵闘技大会の会場は、数十機の操兵が戦うにしても問題ないくらいの広さがある訳で、その中に向かって俺もマイルフィーに乗って進む。
とはいえ……さすが弱小国と言うべきか、プール三兄弟とアグライア、あるいは工呪会を相手にデュマシオンが入手したという操兵、それ以外にもローエンが国から呼び寄せたという操兵、そして俺のマイルフィー。
見るからにバラバラで、とてもではないが国の代表とは思えない。
実際、俺達が闘技場に入るとそれを見た観客達から笑いの声が漏れる。
ましてや、貴族……いや、皇族が見に来たという事で渋々ながらやってきた貴族達も失笑や嘲笑を浮かべている事だろう。
……ちなみに、ローエンから聞いた話によると普通なら皇族が1回戦から試合を見に来るといった事はない。
そもそも現在の皇帝は病弱で、近衛騎士団長のバロックとかいう男が宰相気取りで好き勝手に政治を行っているらしいし。
だというのにこうして1回戦から皇族が見学に来ているのを考えると、やっぱりデュマシオンがこの世界の原作の主人公なのかもしれないな。
「見るからにこっちを侮っているな」
イシュカークとガ・モーキンはそれぞれ闘技場である程度の距離を置いて睨み合っているが、ガ・モーキン側からは雰囲気だけでこっちを侮っているのが分かる。
ガ・モーキン側は横二列に密集して並び、列の後方には大将機と旗手役の操兵、それと念の為にか護衛が1機で、正面から一気に力で押し潰そうというのが狙いなのだろう。
まぁ、ガ・モーキン側は操兵を全て同じ色で揃えているし、そのようなことも出来なかったイシュカークは、警戒する相手ではないと思ってもおかしくはない。
個人戦二連覇を成し遂げたローエンがいるものの、言ってみればそれだけだと、そのように思われてもおかしくはない。
……もう少ししっかりと情報を集めていれば、まだそこまで名前は売れていない俺はともかく、プール三兄弟やサイガの赤鬼と呼ばれるアグライアがイシュカークにいる事も分かり、警戒したのかもしれないが。
軍楽隊が太鼓を派手に鳴らす中、ソレイヤードに乗っているデュマシオンが命令する。
『全機、抜刀!』
その言葉と共に、イシュカーク側の操兵はそれぞれ武器を構える。
ちなみに抜刀と言われてはいるが、俺が操縦するマイルフィーの武器は槍だったりする。
まぁ、抜刀というのは戦闘準備的な意味もあるので、それはそれで間違いないのだが。
ガ・モーキン側の操兵も、こちらに対応するように長剣を構えてた。
ガ・モーキン側の操兵は全機が長剣を装備している。
ドドドドドド、と太鼓の音が次第に大きくなっていき……やがて、その時がやって来た。
『かかれええぇっ!』
デュマシオンの命令によって、イシュカーク側、ガ・モーキン側の双方が同時に動き出す。
『じゃあな、アクセル。ヘマすんなよ』
そう言ってきたのは、マウ。
マウを含めたプール三兄弟は、この試合において敵の大将を直接狙う為に大きく迂回して移動する。
……本来なら幾ら広いとはいえ、闘技場の中での行動だけにそんな事をしても見つかると思うんだが、向こうもこれが初戦という事で問題ないだろうというのがローエンやルーランの考えだ。
そんな中、俺はどうするのかというのが、最初は問題になった。
プール三兄弟と一緒に行動しているので、敵の大将機を狙う遊撃隊に入れるのがいいのではないかという意見もあったのだが、ルーランが自分達は3機だけで問題ないと判断し、俺は普通に前線で戦う方に組み込まれている。
その代わりという訳ではないが、俺は派手に暴れる事によって敵の意識を可能な限り自分に向けさせ、少しでもプール三兄弟に注意が向けられないようにする役目があった。
そんな訳で、俺の操縦するマイルフィーは槍を手にガ・モーキンの操兵部隊に向かって突っ込んでいくのだった。