どすっ、と。
マウの投擲した短剣が、忍者……じゃないか。影とか陰とか言われる、スパイとか破壊工作員とか……いや、やっぱり忍者と表現した方が正しいような気がするな。
ともあれ、そんな感じで城の暗部と呼ぶべき者達の額に突き刺さる。
「ったく、腐っても皇帝のいる城だな。まさかこんな時にもしっかりとここを守ってるとは思わなかったぜ」
そう言いつつ、マウは先を進む。
プール三兄弟のうち、ルーランは司令塔、リロイは前衛で戦う者とすれば、マウは斥候的な存在だ。
実際、古操兵とかに関係する遺跡を探索する時は、マウが罠がないかと探索しているらしい。
そして現在俺達がいるのは、マウが言ってるように城だ。
元々のルーランの予定通り、シュルティ古操兵に関する古文書や石版を求めて潜入したのだ。
ちなみにマウが不満そうに言うのは、今日は操兵闘技大会が終わった後の晩餐会が行われているからだ。
その晩餐会には多数の者達が出席しており、帝国の従属国の国主もそれなりにいるし、デュマシオンのような公子もいる。
そんな中で騒動が起きたりすれば、帝国の面子は潰れる。
……いやまぁ、既に帝国は腐りきっており、それこそいつ帝国という大木が倒れてもおかしくはないのだから、面子も何もないと思うんだが。
もっとも、それでも何とかしている辺り……いやまぁ、その辺については俺がどうこう考える事ではないが。
とにかく、出席者達の身の安全を守る為に暗部の者達もそちらに向かっているとばかり思ったのだが、実際にはそれなりに暗部の者達がいて、マウの投擲した短剣であったり、あるいはルーランやリロイによって首の骨を折られるといった最期を迎えていたのだ。
晩餐会の方に護衛を出しているにも関わらず、それでもまだこんな……普通なら誰も来ない所にまできちんと人を配備しているのは、腐っても帝国といったところか。
これでもし晩餐会がなかったら、ここに来る事は出来なかっただろう。
俺が影のゲートを使えばその辺は問題なかったりするんだけどな。
もっともこの世界はファンタジー世界だ。
もしかしたら、影のゲートに気がつける者がいないとも限らなかったが。
「よし、マウが倒したので最後だな。後は全員散らばって何かそれらしい物を探すぞ。アクセルもいいな?」
「それは構わないが……問題なのは、具体的にどういうのが必要なのか分からないって事だろうな」
ルーラン達は今までも色々な遺跡に挑戦し、その結果としてシュルティ古操兵が使われていた時代の字とかそういうのも見てはいるのかもしれないが……生憎とこの世界に来たばかりの俺には、どれがシュルティ古操兵について書かれたような物なのかというのは分からない。
「……それっぽいのを見つけてくれ」
ルーランもその辺の知識の問題については俺に言っても無駄と判断したのか、その件で何かを言ってきたりはしない。
それっぽいのがあったら、いっそ空間倉庫に収納するとかした方がいいかもしれないな。
そう思いつつ、ルーラン達とは別行動をする。
この倉庫……倉庫? いや、倉庫というのはちょっと違うか? 取りあえずこの場所は帝国が何らかの理由で入手したものの、整理されずに置かれている場所だ。
城で働く者達がいれば幾らでも整理とか出来ると思うんだが……まぁ、その辺はどうでもいい。
単純に面倒でやっていないのか、それとも人件費だけを貰って人は配置していないのか、あるいは何かもっと他の理由かあるのか。
ともあれ、俺達にとってはまさにラッキーだった訳だ。
「ん? これは……」
そんな中、何かそれらしい物がないかと誰もいない場所を進んでいると、ふと気になる物があった。
それは、古文書……ではなく、石版。
石版というのは本に比べると重く、情報量も多くはない。
だが、それでも気になったのは何故か。
あるいは念動力が何かを感じたのかもしれない。
ともあれ、ルーランから気になった物を見つけろと言われていた事もあり、その石版を手にする。
当然ながら俺にはそこに何が書かれているのかは分からない。
分からないが……少し気になるものがあった。
それは、かなり簡易的なものではあるが、4本の足を持った馬の下半身と2本の手を持つ人の上半身。
俺の認識で分かりやすく表現するのなら、ケンタウロスだ。
……もしかして、この聖刻世界にはこういう亜人っぽいのとかもいたりするのか?
ファンタジー世界である以上、エルフやドワーフ、そしてケンタウロスといったような存在がいても、おかしくはないと思う。
思うのだが……それでもプール三兄弟と共に旅をした中で、そういう存在を見た事はない。
それなりに大きな街とか……それこそ、この帝都ルーフェンのような場所でも、そういう亜人といった存在は見た事がなかった。
そうなると……このケンタウロスは一体なんなんだ?
そんな疑問を抱きつつも、俺は似たような石版を見つけると片っ端から空間倉庫に入れていく。
ここにあった石版が軒並み消えているのが知られると、間違いなく問題になる。
……とはいえ、この世界は防犯カメラのような物はないし、指紋についても知られていない。
暗部の者達も全員が殺されているので、こちらの情報が奪われるといった心配はない。
まぁ、その代わりという訳ではないが、貴族や王族がそうだと決めれば証拠もなしに処罰されるようなこともあったりするのだが。
だが、石版がなくなった事に気が付いた者達がいても、既にその時に俺達は帝都ルーフェンにはいない訳で、そういう意味では心配いらなかったりする。
「ん?」
ふと感じた殺気。
だがその殺気は俺に向けられている訳ではなく、誰か他の者に対して向けられている。
まだ暗部の者が残っていたのか?
そう思いながら、俺は殺気の感じた方に戻ると……
マウか。
マウが、暗部の者と思しき相手と戦っていた。
ただ、暗部は暗部でもこの場所を守っていた暗部とは違う。
動きの鋭さもそうだが、何よりもその服装だ。
女らしい曲線を強調するかのような、ピッチリとした服……レオタードっぽい、のか?
とにかく誰が見ても女と認識出来るその曲線は、この場を守っていた暗部の者達にはなかったものだ。
そうなると、これは一体誰なのか。
しかも俺が感じた殺気はマウのもので、マウと戦っている女に殺気はない。
ただ、あの身体の動かし方はどこかで見たような覚えがあるんだが……
「アクセル」
気配を消しながら、マウと女の戦いを見物している俺に声が掛けられる。
誰だ……とは思わない。
その声は聞き覚えある声だったし、何よりその気配には覚えがあるのだから。
「ルーラン、どうする?」
「……あの間者、殺気がないな」
間者? ああ、暗部の事か。なるほど、この聖刻世界ではああいう忍者っぽいのは間者と呼ぶんだな。
まぁ、忍者もそういう風に言われていた時代があった筈だし。
そんな風に思いながら、俺はルーランの言葉に頷く。
「どうする?」
「捕らえよう。普通の間者なら自分が捕らえられると知った瞬間に自害をするだろうが、あの間者は何かが違う」
その言葉に同意しながらリロイに視線を向けるが……そのリロイは、いつも通り無言で頷く。
リロイにしてみれば、ルーランの言葉は絶対といったところなのだろう。
「なら、どうする? 俺が行くか?」
「いや、マウの事だしな。儂が行こう。下手にアクセルに助けられると、マウの奴が拗ねちまう」
そう言われると俺も異論は口に出来ない。
マウの性格を考えれば、そういう風になるのは容易に想像出来た為だ。
そんな訳で、リロイが女間者を捕らえるべく動くのだった。
「あー……なるほど、お前だったのか」
マウとの戦いに集中していた女間者は、ルーランが近づくのに気が付かなかった。
結果として、あっさりとルーランに後ろを取られたのだが……その女間者の正体がリロイの持っていた蝋燭立てに火を点けた結果分かったのだが、それがアーシェラだというのは、意外であると同時に納得も出来る。
デュマシオンの側近のような感じの立ち位置で……操兵闘技大会でのナカーダ戦においてもギガースの目潰しをしたり、イシュカーク側の操兵が致命傷になりそうなところを何とか防いだりといった事をしていたのだ。
もっとも俺の場合は初めて会った時からアーシェラに警戒されているというのもあるし、何よりナカーダ戦では突出していて、その上で圧倒的に優位だったので助ける必要もないと判断されたのか、特に接触はなかったが。
「……まさか、プール三兄弟と貴方がここにいるとは思わなかったわ」
そう言ってくるアーシェラは、絶体絶命なのに一切動揺した様子はない。
身体のラインが強調されているレオタード染みた服を着ていても、それを恥ずかしがる様子もなかった。
アーシェラが間者であれば、場合によっては女を使って情報収集したりとか、くノ一染みた真似をしてもおかしくはないので、そういう意味では今のこの状況で平然としていてもおかしくはないのだが。
「ルーランの趣味に付き合ってな」
「儂のせいにしなくても、既にアクセルは儂と同じ趣味にしっかりと浸かっておるよ。……アーシェラよ、お前が探していたのはこの石版だろう?」
そう言い、ルーランが一枚の石版を見せる。
アーシェラはそれを一瞬見ただけで自分の探していた物だと確信したのか、あっさりと頷く。
「そうよ」
「こいつの秘密をどこまで知っている?」
「悪いわね、それは言えないわ。多分貴方達とそう違いはないと思うけど」
その言葉にマウがアーシェラを睨み付ける。
まぁ、数でも質でも圧倒的に有利なのはこっちだ。
そのような状況でこうも強気に出るというのが、マウにとっては気に食わなかったのだろう。
だが、そんなアーシェラの様子にルーランが取引を持ち掛け、その取引については無事に纏まるのだった。
アーシェラとの情報交換を終えた後、俺達は素早く城から撤退する。
来る時に既に間者は全員倒していたので、脱出する時には何の問題もなかった。
最悪の場合は影のゲートを使う事についても考えていたのだが……その必要もなかったらしい。
まぁ、中に入る時にあそこまで問題がなかったのだから、出る時に苦戦する筈もないか。
そんな訳で城を脱出した俺達は旧市街にある宿に戻る。
いつもなら酒場で話をするのだが、さすがに酒場でシュルティ古操兵についての話は出来ないだろう。
ましてや、城の中での一件について知られる可能性は、低ければ低い程にいい。
そんな訳で、いつものように酒場でなく部屋を取っている宿屋に戻ってきた訳だ。
……もっとも、宿屋とはいえここは旧市街地にある宿だ。
旧市街地という名称はスラム街と言い換える事も出来る。
そのような宿だけに、普通なら隙を見せれば身ぐるみを剥がされ……最悪の場合、殺されてもおかしくはない。
だが、それで裏の世界でも名高いプール三兄弟に手を出すような者がいる筈もなく、そういう意味ではプール三兄弟と一緒にいる俺も安全だった。
「それで? これからどうするんだ?」
「最終的には奇岩島に行く」
俺の問いに、ルーランはそう答える。
奇岩島というのは、アーシェラから貰った情報によるものだったが……それでもマウは驚愕の表情を浮かべ、普段は無表情なリロイですらピクリと眉を動かす。
「本気かよ、兄貴。あそこは……」
普段は強気というか、血の気の多いマウだが、今は怯えているようにも見える。
「どういう事だ?」
そして当然ながら俺は奇岩島については知らないので、尋ねる。
マウはそんな俺を信じられないといった様子で見るが、この世界の常識について言われても、その……ちょっと困る。
「古代遺跡のある場所として、裏では知られた場所だ。だが……そこに挑戦した者達は、誰も帰ってこなかった。中には俺よりも腕の立つ者がいたにも関わらずな」
「それはまた……」
俺が知っている限り、ルーランは一流……いや、一流を超えた一流、超一流に近い存在だ。
そんなルーランよりも腕の立つ者が挑んだにも関わらず、か。
「だが、ソレイヤードの件を考えると、勝算はあると思ってもいい。……まずは奇岩島に行く方法を考えんといかんな」
既にルーランはやる気満々といった様子だったが……
「ちょっと待った。その前にこれを見てくれ。何となく気になるから持ってきたんだが」
そう言い、俺はちょっと無理があると思いながらも、懐から取り出したように見せ掛け、空間倉庫から奪ってきた石版のうちの一枚を取り出す。
そんな俺の様子に訝しそうにしながら、それでもルーランは石版を手に取り……ピタリとその動きが止まる。
「お、おい、兄貴? どうしたんだよ?」
そんなルーランに心配そうにマウが声を掛けると……
「半人半馬の悪魔」
そう、掠れた声で呟くのだった。