俺が服から出した――ように見せ掛けて、空間倉庫から出した――石版を見たルーランが口にした、半人半馬の悪魔という言葉。
それが一体何を意味するのかは、俺にも分からなかった。
だがマウが唖然とし、普段無表情なリロイですら微かにだが驚愕の表情を浮かべたのを思えば、石版が大きな衝撃を与えたのは間違いない。
「お、おい、兄貴。そんな……冗談は止めてくれよ。半人半馬の悪魔なんて、お伽噺だろ?」
「そんな訳があるか。過去に実際に起きた事だ」
「いや、だって……半人半馬の操兵なんて、工呪会でも作れないんだぜ!? 敵の勢いが凄くて、そんな風に伝わっただけだって」
「……そもそもこの帝国は、バルーザに対処する為に生み出されたのだ。いくら凶悪だろうと、騎兵が操兵にかなうと思うか? ……いや、世の中には騎兵で操兵を倒す操兵狩人という者達もいるのだから、騎兵で操兵を倒すのは不可能とは言わないが、それでもそのようなことが出来るのは本当に一握りの者達だけだ。バルーザに……蛮族と言われる者達にそのような事が出来るとは思えん」
「それなら、余計に蛮族が操兵を……それも工呪会ですら作る事が出来ない半人半馬の操兵なんて、作るのは不可能だろ」
甲高い声でマウが言うが、俺としては話についていけないんだが。
「バルーザやら何やら、その辺について知らないから、色々と教えてくれないか?」
そう言うと、マウだけではなくルーランまでもが驚きの表情を浮かべるが……それでもルーランは俺なら仕方がないかといった様子でバルーザについて説明する。
バルーザというのは、蛮族と言われたようにこの帝国の外に存在する遊牧民族らしい。
その遊牧民族は、百年、あるいは何百年に一度くらいの割合でこの帝国に攻め込んでくるのだとか。
その際に使われるのが、ルーランが言っていた半人半馬の操兵。
石版にあった奴だとすれば、俺の認識だとケンタウロス型とでも呼ぶべき操兵か。
ただ、マウが言ったように操兵の素体を作れる唯一の組織である工呪会――実際は遙か東には教会という、また別の操兵を作れる組織もあるらしいのだが、今は関係ないので気にしない事にする――ですら作れないようなそんな操兵を、蛮族と呼ばれる者達が作れる筈もない。
そのような常識から、マウは半人半馬の操兵というのは存在せず、あまりのバルーザの凶悪さに騎兵を操兵と間違って伝わっているのではないかと、そう言いたいらしい。
この帝国がそんなバルーザに対抗する為に作られたというのも本当の事らしい。
ルーランが言うには、帝国軍は毎回バルーザにボロ負けしているものの、それでも無理矢理勝利をしたという事にしてたんだとか。
……もっとも、それなら何故帝国がバルーザに滅ぼされていないのかとなるのだが、バルーザはある程度帝国を攻めると、あっさりと故郷に戻っていくらしい。
一体何をしに帝国に攻めてくるのかといったことは、誰にも分からない訳だ。
「バルーザと半人半馬の操兵……呼びにくいから人馬操兵でいいか。その人馬操兵については分かった。俺の持ってきた石版には、その辺りの情報について書かれているのか?」
「そうだ。それも……もしかしたら、本当に上手くいけばだが、人馬操兵を俺達が入手出来るかもしれない」
そう、ルーランは言うのだった。
帝都で行われた操兵闘技大会や、城に侵入した一件から1ヶ月程が経ち、俺達……俺とプール三兄弟はハミッド国にいた。
このハミッド国というのは、帝国の中でも一番東……バルーザに接している国――正確には間には山脈があるのだが――だ。
そんな国だけに……あるいはここに赴任する貴族は好き放題にやる者が多い為に、かなり荒廃している場所だった。
「ったく、アクセルのお陰で楽だとはいえ……まさか本当にこんな場所まで来るとは思わなかったぜ」
馬に乗ったマウが不満そうに言う。
ちなみに俺も含めて、現在全員が馬に乗って移動していた。
操兵はどこかにいったのかというと……俺の空間倉庫の中だ。
人馬操兵を入手出来るかもしれないとルーランが言ったものの、あの石版だけではどうしても情報は足りなかった。
その為、俺は空間倉庫から他の石版も出したのだが……石版が一枚なら服の下に隠していたと誤魔化せる――それでもかなりの無理があるが――ものの、さすがに石版が何枚もというのは無理があり、一体どういう事だと詰め寄られ、結局空間倉庫について話してしまったのだ。
もっとも、操兵の持ち運びの大変さを考えれば、いずれ空間倉庫について話していただろうし、何より人馬操兵を入手する機会を考えれば、そのくらいは仕方がないだろう。
そんな訳で操兵は空間倉庫に収納し、馬で移動している訳だ。
勿論馬と一口に言っても色々な種類がいる。
年を取った馬は操兵よりも遅いだろう。
だが、幸いな事に俺達が購入した馬は能力の高い馬だ。……その分値段も高かったが。
俺の場合は個人戦で稼いだ金であったり、団体戦でも何気にガ・モーキンとナカーダにイシュカークが勝利する方に賭けていたので、かなりの余裕がある。
具体的には、馬の中でも最上級の馬を買っても余裕といったくらいには。
マイルフィーについても、イシュカークは約束通りきちんと修理して引き渡してきたので、修理費用は掛からなかったし。
操兵というのは普通に歩いているだけでも血や冷却水、油……といったように、色々な物を消費する。
これが帝国の中でもそれなりに栄えている場所が近くにあるのならいいが、バルーザと接している複数の国、このハミッドも含めて田舎で操兵鍛冶師もそこまで腕の立つ者はいない。
……バルーザと帝国の間にはラムクト山脈という厳しい山脈があり、バルーザが帝国に攻め込むとなると、その山脈を超えてくる必要がある。
バルーザと隣接していてる帝国の国はラウラス、ブランデン、ハミッド、ニュート、ヴェルガンバルデン、チョル・ギーという複数の国があるものの、ラムクト山脈を越えることが出来るのは、ニュートと現在俺達がいるハミッドだけとなる。
この2つの国というか、皇帝の直轄領なので総督府と表現すべきなのだが、こられはバルーザが襲撃してきた時には帝国への侵入を防ぐための壁となる必要がある。……しかし、その辺は腐った帝国貴族。
その辺りに必要な金も着服し、この辺りの国の総督になる為に使った賄賂の分についても、この地の者達から奪おうとする。
何故このような僻地に貴族達が来たいのかと言えば、帝国はあくまでもバルーザに対処する為に生み出された存在である以上、バルーザと接する国――正確には国ではなく皇帝の直轄地という扱いなのだが――に総督として派遣されると、ここで数年その務めを果たせば帝都に戻った時にかなり良い役職につけるらしい。
その為、賄賂を払ってでも総督してこの辺りにやって来る者が後を経たないらしい。
そんな場所なので、操兵とかの部品については潤沢とは言えないのだ。
「俺としては、操兵を空間倉庫に収納出来た事が驚いたけどな」
ちなみに空間倉庫を見た時、ルーランは『練法』かと口にしていた。
以前にも聞いたこの練法……これがこの世界における魔法と同じようなものであるという事なのだろう。
とはいえ、それ以降は練法がどうという事は一切口にしなかったが。
どうやら練法というのは一種の禁忌的な感じらしい。
実際、マウが空間倉庫について色々と聞きたそうにしていたものの、ルーランから何を言い含められたのか、聞いてくる事はなかった。
ともあれ、そんな訳で大っぴらに空間倉庫を使えるようになった――あくまでもいプール三兄弟の前でだけだが――為に、操兵も空間倉庫に収納出来るようになった訳だ。
もっとも、操兵……というか、仮面には意思や自我があるという。
だとすれば、もしかしたら操兵は空間倉庫に収納出来ないかもしれないと思ったのだが、予想よりもあっさりと収納出来たのだ。
それには驚いたものの、俺にしてみれば楽になるので問題はない。
そんな訳で俺達はハミッドを馬で移動している訳だ。
「それで、ルーラン。人馬操兵が現れたって場所まではどのくらい掛かるんだ?」
「明日には到着するだろう、集めた情報が正しければ、もう暫くすると村がある。その村で一晩休んでから、遺跡に向かう」
ルーランの表情にはあからさまな興奮がある。
シュルティ古操兵についての研究を趣味としているルーランにしてみれば、人馬操兵を入手出来るかもしれないというのはそれだけ嬉しいのだろう。
それはつまり、ルーランの中では人馬操兵もシュルティ古操兵の一種であるという事を意味していた。
もっとも、遺跡に行ったからといって人馬操兵があるとは限らないのだが。
それでも可能性があるのなら試してみたいというのがルーランの本音なのだろう。
石版の内容によると、何度かバルーザが帝国に攻めてきた時、実際にはバルーザがラムクト山脈を越えるよりも前に、人馬操兵が姿を現したことがあったとある。
そして、大体どの辺りなのか……というの情報もあったらしい。
もっとも石版だけに情報はかなり難解な表現で、そちら方面に詳しいルーランがいたからどうにかなったといったところか。
そんな訳で、俺達は現在その遺跡に向かっている訳だ。
「個人的には、龍の方が興味はあったんだけどな」
ルーランが言う村に向かいつつ、俺はそう呟く。
城でアーシェラと情報交換をした時、俺達は奇岩島についての諸々の情報を知った。
その代わりという訳ではないが、デュマシオン達は石版に書かれていた龍についてその戦力を入手すべく行動する事になった訳だ。
ケンタウロスと龍……どちらも興味深いが、それでもどちらの方が興味深いかと言われれば、俺の場合は龍だ。
「アクセルの気持ちも分かるが、儂らが探しに来た人馬操兵も、かなりのものだぞ? ……こう言ってはなんだが、龍と人馬操兵では人馬操兵の方が入手出来る可能性は高い。何しろ、龍については石版に残っていた情報が全てだが、人馬操兵は過去に何度もバルーザが使って帝国に攻めて来ているのだからな」
そう言うルーランの言葉に、マウは半信半疑……いや、2信8疑といった表情を浮かべる。
そんなやり取りをしつつ、数時間。やがてルーランが言っていた村が見えてくるのだった。
「尾けられてるな」
村で一泊した翌日、遺跡に向かう途中で気配を感じた俺はそう呟く。
そんな俺の言葉に、ルーランは俺の隣まで馬を移動させ、鋭い視線を向けてくる。
「本当か?」
「ああ。気配を消すのはそれなりに上手いようだが……それでも俺に気が付かせない程じゃない」
「あの村か?」
「だろうな」
あの村に入るまでは尾行してくるような者は誰もいなかった。
しかし、あの村で一泊して遺跡に向かっているところで尾行されているのだから、その理由はあの村にしかないだろう。
「尾行って……マジかよ」
俺とルーランの会話を聞いていたマウが、驚きと共に言う。
どうやらマウの中では、今もまだ人馬操兵については半ば眉唾物であると認識していたらしい。
だがこうして実際に尾行されるとなると、それでようやく信憑性があると……もしかしたら俺が見つけた石版に書かれていた内容が事実かもしれないと、そのように思ったらしい。
とはいえ、俺はルーランを知ってるから……そして何より、この世界が原作のある世界だと知っているからこそ、シュルティ古操兵があるかもしれないとは思う。
しかし、この世界で生きるマウにしてみれば、まさか……と、そのように思ってもおかしくはないのだろう。
もっとも、俺は恐らくシュルティ古操兵があるというのは予想していたものの、それでもまだ確信があった訳ではない。
そういう意味では、現在俺達を尾行している者達の存在こそがこれから俺達の向かう遺跡に何かがあるという事の証でもあるのだろう。
「どうする? 尾行してきた連中を撒く……のは無理だろうから、倒してしまうか?」
「いや、この状況を考えれば、恐らく尾行しているのは工呪会……巨人の足跡だ。そうなると、まず全員を倒すということは不可能だろう。向こうから攻めてきてくれたのなら、まだ話は別だがな」
「けど、それなら遺跡まで連れていくつもりか?」
それはそれで問題となるのは間違いない。
もし俺達が人馬操兵を入手出来たとして、それを巨人の足跡が素直に諦めてくれるかと言えば、それは否だろう。
それこそ俺達を殺して人馬操兵を奪おうと考えてもおかしくはなかった。
「このような草原で戦うよりも、遺跡の中のような狭い場所の方が間者を相手にした場合は戦いやすい」
ルーランの言葉にはそれなりの説得力がある。
これは今までの経験からのものだろう。
であれば……取りあえず俺はルーランの言葉に従うのだった。