「申し訳ありません、アクセル様」
そうヘルガが謝ったのは、ヘルガの持ってきた隠し布とかいう、聖刻の園の中でも貴重な品が使えなかったからだ。
……いや、実際には使えなかった訳ではない。
俺の魔力が影響して生み出された異形の人馬操兵の身体に触れると、その周辺の景色と同化したかのような色になって……いわゆるカメレオン的な感じでの迷彩能力はしっかりと発動していた。
だが、この布の効果はあくまでもその布が覆っている存在がその場で動かなければの話であって、動けば意味はない。
つまり、人馬操兵の素体を引き連れて移動する際には役に立たないのだ。
ならばいっそ他の操兵のように空間倉庫に収納するのはどうかとも思ったが……さすがシュルティ古操兵の素体、あるいは俺の魔力が影響してるのかもしれないが、とにかく空間倉庫に収納出来なかった。
これはつまり、この素体が他の操兵と違って自我を持っているという事を意味してるのかもしれないな。
かといって、素体とはいえ人馬操兵をそのまま運ぶというのは……
「間違いなく混乱するぞ」
ルーランがそう断言する。
リロイは無言でルーランの言葉に頷き、マウですらその言葉に同意していた。
とはいえ、それも仕方がないが。
この国はバルーザと接している国である以上、過去に何度もバルーザの人馬操兵によって侵攻を受けている。
その時に生きていた人物はもう既に死んでいるだろうが、それでも伝承や言い伝えといった感じで伝わっているのは間違いない。
何しろ、バルーザと接しているこの国だけではなく、帝国全体に半人半馬の悪魔というのは広く知れ渡っているくらいだ。
……もっとも、マウのように半人半馬の悪魔というのはバルーザの騎兵で、人馬操兵であると思っている者がどれだけいるのかは微妙だが。
とにかくそんな訳で、人馬操兵の素体をどうするのかというのが問題になった訳だ。
素体のままで人馬操兵を移動させる事は出来るのだが、それによって混乱が起きるのは間違いないと。
一体どうすれば?
いやまぁ、方法がない訳ではない。
例えば影のゲートを使って人馬操兵の素体を転移させるといった方法もあるのだから。
だが、ルーラン達にも今のところはまだ影のゲートについては知られたくない。
俺と魔力的に繋がった結果、それなりに俺の事情を知っているヘルガであれば、影のゲートについて知ってるかもしれないが……
「ん?」
そうして迷っていると、不意にこちらに近付いてくる気配に気が付く。
他の面々も俺から少し遅れて……というか、俺が気が付いた事に気が付き、そこから気配に気が付いたのか?
もっとも、俺が感じたのは気配を隠すでもなく、ましてや殺意や敵意の類がある訳でもない、そんな気配だったが。
つまり……敵ではないという事なのだろう。
殺意や敵意を押し殺し、こちらに感じさせないようにしている腕利き……といった可能性もあるのだが。
「アクセル様、お気をつけ下さい。この状況でこのような場所に現れる者となれば……その者は、間違いなく何かがあります」
ヘルガが忠告してくるが、その言葉は決して間違ってはいないだろう。
まさかこの状況で偶然旅人がこの遺跡を見学にやって来たと言われても……とてもではないが、その言葉を信じたりは出来なかった。
ルーラン達もヘルガの意見に異論はないのか、警戒した様子でそれぞれの武器を構える。
だが……そんな中で姿を現したのは、どこにでもいるような中年の男だった。
は? 何でこんな奴が?
そう疑問に思う。
実際、ルーラン達も一体何故このようなどこにでもいるような中年の男がこんな遺跡にいるのかと、疑問の表情を浮かべている。
しかし、そんな中でヘルガのみが仮面を被っていても警戒していると様子が分かった。
そんなヘルガの様子に疑問を抱くが、俺がヘルガに尋ねるよりも前に、その中年の男が口を開く。
「初めまして、皆さん。私はイザーク・ラドラと申します。……そうですね。西方工呪会、西部域総支配人と言えば分かって貰えるでしょうか?」
「なっ!?」
中年の男……イザークの口から出た言葉に、真っ先に反応したのはルーランだった。
また、ルーランから反応は遅れたものの、リロイとマウもまた驚愕の表情を浮かべている。
マウはともかく、リロイがこうして表情を変えるというのは……つまり、それだけこのイザークという人物が大物という事か?
イザークという名前そのものは、俺にも馴染みのあるものではあるが。
まぁ、シャドウミラーのイザークについては今は置いておくとして。
改めて、このイザークという人物がどういう者なのかというのを考えてみる。
まず西方工呪会というのは、工呪会と呼ばれている組織の正式名称だ。
つまり、操兵を作る上で重要な素体を作ることが出来る、唯一の組織。
実際にはここよりずっと東にも同じように操兵を作れる組織があるらしいのだが、それはともかくとして。
そして俺達がいる場所は、西方大陸と呼ばれている中でも西部域と呼ばれている。
当然ながら西方大陸には他にも東部、北部、南部がある訳で、そちらにも俺が今いる帝国と同じくらいの国があるらしい。
ともあれ、西部域総支配人と口にしたイザークは、それはつまりこの帝国の操兵について最大級の権利を持っている者であるという事を意味していた。
……こんな、どこにでもいるような男が、そこまでの地位にあるのか?
一瞬、偽物か? とも思う。
今の俺達は異形の人馬操兵の素体を入手したばかりで、それを欲する者はそれこそ幾らでもいる筈だ。
であれば、別の人物を名乗って俺達から何とかして人馬操兵の素体を入手したいと、そのように考える者がいてもおかしくはない。
「アクセル様、この者……本物です」
「おや、そこにいるのは月の女王ではありませんか。……やはり、聖刻の園もまたこの遺跡に目を付けたようですな。しかし、今の貴方の言葉を考えると……そちらの方は、もしや聖刻の園に所属する者でしょうか? あるいは、プール三兄弟と同じように雇われたと?」
そう言い、じっとヘルガを見るイザーク。
外見だけならそこらの中年男に見えるものの、ヘルガを見る目には深い……その辺にいるような者ではとてもではないが出せないような、そんな深い瞳があった。
ヘルガの言葉にもあったが……どうやら本物のようだな。
にしても、工呪会か。
「なるほど、巨人の足跡が俺達の襲撃に失敗したから、直接出て来たのか?」
「さて、何の事やら……生憎ですが、アクセル殿と仰りましたか。貴方が何を言ってるのか、私には分かりません」
へぇ、巨人の足跡の名前を出しても一切の動揺も見せないか。
例えば、表情には出さなくても、雰囲気が一瞬でも変わるといったくらいはすると思ったのだが、その辺についても全く関係ないらしい。
そうなると……まさか巨人の足跡が実は工呪会の間者組織ではないとか、あるいは襲ってきたのが巨人の足跡ではないのか。
その辺りの理由はどうあれ、俺にしてみればやる事は変わらない。
外見だけならその辺にいる普通の中年男のようにも見えるが、これまでのやり取りからして、外見に騙される訳にはいかないのも事実。
「まぁ、巨人の足跡についてはどうでもいい。そこまで強いって訳でもなかったしな」
本気の挑発といった訳ではないが、とにかくそう言ってみる。
だが、イザークは当然のように表情を変えない。
うちのイザークも、このイザークくらい腹芸が出来るようになってくれればな。
そう思いつつ、口を開く。
「それで、工呪会のお偉いさんが……それもこの帝国全土に影響力を持つようなお偉いさんが、一体何をしにきたんだ?」
「いえいえ、私などそこまでの者では……ただ、半人半馬の悪魔と過去に言われた人馬操兵の素体があると聞いたので、こうしてやってきたのですよ」
「……一体誰に聞いたのやら」
巨人の足跡の件については決して認める様子はなかったものの、それでも巨人の足跡から得た情報を使ってここに来たというのを、隠すつもりは一切ないらしい。
「風の噂ですよ」
「……素体が生み出されたばかりで、もう風の噂が届いたのか?」
「だからこそ、風の噂と言うのでしょうね」
笑みと共にそう言うイザーク。
これ以上この件で追及しても、全く意味はないだろう。
そう判断すると、改めて本題に入る。
「それで? 人馬操兵の素体があるのは間違いないが、この素体は俺が入手した物だ。それを奪うつもりか?」
「いえいえ、まさか……そのような事はありません。それにしても、あの人馬操兵の素体は私が知っている物と比べても大分違いますな。工呪会に伝わっている人馬操兵というのは、足は四本でしたし、尻尾もあそこまで長くありませんでしたし、頭部から角が生えているといった事もありませんでした。それに……工呪会に伝わっているものよりも、大きい……いえ、筋肉筒の密度が高いような気もします」
筋肉筒というのは、ようは素体の筋肉の事だろう。
操兵鍛冶師が以前そんな風に表現していたのを聞いた覚えがある。
だが……なるほど。予想はしていたものの、イザークの言葉からするとやはりこの人馬操兵の素体は普通ではないらしい。
俺の魔力による影響だろう。
「まぁ、この素体を生み出した事によってこの遺跡はもう動かなくなったしな。そういう意味では、最後の素体だけに特殊な素体になったのも分からないではない」
敵……巨人の足跡の件もあって、恐らくは敵と認識しても決して間違いではない相手だけに、イザークに魔力について教える訳にもいかない。
「そうですか」
イザークはあっさりと俺の言葉に頷く。
本当に俺の言葉を信じたのか、あるいは信じてはいないものの表面だけそういう風に見せているのか。
その辺りは俺にも分からない。
だが、今はこうして俺の言葉に納得してるのを思えば、わざわざその辺りについて追及しなくてもいいだろう。
「素体については分かりました。ですが……アクセル殿、アクセル殿がそちらの方々を率いる立場にあるお方であると認識して、話をしたいのですが構いませんか?」
「おい、こら。ルーランの兄貴を……ふが、ふがが、ふがぁっ!」
イザークの言葉にマウが不満を言いたそうにしたものの、ルーランが目配せをするとリロイがその口を塞ぐ。
そしてルーランは俺に向かって頷く。
どうやらイザークとの交渉は俺に任せるらしい。
……俺は別にこういう交渉とかって得意な訳じゃないんだが。
そう思うも、人馬操兵の素体については俺が遺跡を動かした事によって入手した物である以上、ルーランは自分が出る必要はないと判断したのだろう。
「どうやら、それでいいらしい。それで、話というのは?」
「アクセル殿なら当然知っていると思いますが、操兵というのは素体だけでは完成しません。装甲であったり、操手漕であったり……何より仮面という重要部品もありますが、そのような諸々を装備させることで、最終的に操兵として完成します」
「そうだな」
その辺については、俺もケファルスやマイルフィーを始めとした狩猟機の一件で十分に理解している。
工呪会は素体を売り、それを操兵鍛冶師が操兵として……狩猟機や従兵機として仕立て上げ……あ、なるほど。
そこまで考え、イザークが何を思って今のような事を言ってきたのか分かった。
「つまり、その辺の鍛冶屋にこの素体を持っていっても、操兵として完成はしないのか?」
「そうなりますな。……いえ、勿論適当にでっち上げるという事であればどうとでもなるでしょうが、本当の意味でこの素体の性能を最大限に発揮させるのは……正直なところを言いますと、工呪会でも難しいかと」
困った様子でそう言うイザークだったが、さてそれが本気で言ってるのかどうか。
「西方の操兵全て生み出している工呪会が、出来ないと?」
「もしこれが普通の人馬操兵の素体であれば、こちらにも残っている情報でどうにか出来たかもしれません。ですが先程も言ったように、この素体は工呪会に伝わっている人馬操兵の素体と明らかに違いますので。ただ、それでも……いえ、そのような素体だけに、きちんと人馬操兵として完成させられる可能性があるのは私共だけであると、そう思います」
「……つまり、この素体をお前達に引き渡せと、そう言ってるのか?」
イザークの言葉に、俺は殺気を放ちつつ、そう尋ねるのだった。