周囲に満ちる殺気。
マウとリロイは動けなくなり、ルーランは長剣を構えながら俺から距離を取ろうとする。
ヘルガは一切動く様子はない。
そして……工呪会において、この帝国の中で最も高い地位にいるイザークもまた、動く様子はない。
ただし、ヘルガの場合は俺と魔力的な繋がりがあるのもあってか、あるいは俺が殺気を出しても実際に殺すつもりがないというのは分かっているのかもしれないが、イザークの場合は俺について何も知らない。
だというのに、俺の殺気を浴びつつ一切表情を動かさないのだ。
俺の放った殺気そのものを感じていないのでは? と思わないでもなかったが、殺気だとは分からなくても何かを感じる事は出来る筈だ。
だというのに、全く動揺した様子がないのは……やはり、それだけ肝が据わっているのだろう。
ルーランですら動いたというのに、ここまで一切動かないというのは……
「安心して下さい、アクセル殿。私も何も、アクセル殿を敵に回したいとは思いません」
そして俺の殺気を……必ずしも全開の殺気ではないとはいえ、それでも殺気を浴びせられつつイザークはそう言ってくる。
「なら、どういう意味だ? さっきのお前の話を聞く限りでは、俺の素体を工呪会に引き渡せと、そう言ってるようにしか思えないぞ?」
そんな俺の言葉を理解したのか、あるいは魔力的な繋がりによって何かを感じたのか、今までは大人しくしていた人馬操兵の素体が身動きする。
……それこそ、もしイザークが何かふざけたことを言ったら、その強靱な馬の足で踏み潰してやろうといったように。
しかし、イザークはそんな素体の動きに気が付いていない筈もないだろうに、一切動揺した様子もなく穏やかに口を開く。
「先程もアクセル殿に話した通り、人馬操兵の素体だけがあっても操兵としては成り立ちません。装甲を始めとした擬装が必要になります。それが出来るのは工呪会だけでしょう。なので、この素体を私共に預けて欲しいと……そう言っているのです」
「そうして預けた結果……例えば逃げ出したり、あるいは壊れてしまったりとか、そんな感じで行方不明になるのか?」
工呪会にとって、人馬操兵の素体というのは何が何でも欲しい物なのだろう。
実際、こうして帝国において最高の地位にあるイザークが自分から姿を現したのを見れば、それは明らかだ。
そこまでして欲しい素体である以上、何だかんだと理由を付けて俺に引き渡さない……そんな可能は十分にある。
「そのように心配されるのも分かりますが、私共工呪会は操兵の取引においては誠心誠意務めさせて貰っております。その辺りについては……そうですね、プール三兄弟の方々なら理解して貰えるのでは?」
イザークの言葉にルーランを見ると、頷いてくる。
なるほど、どうやらイザークの言ってる事は事実らしい。
「アクセル様、ご注意を。工呪会は操兵の取引においては間違いなく誠意ある対応を取りますが、それが古操兵……ましてや、シュルティ古操兵が関係するとなれば、裏の顔を見せます。アクセル様達を襲った巨人の足跡の間者が何よりの証かと」
「つまり、人馬操兵の素体を渡しても返さない可能性があると?」
「工呪会と龍の王の関係を考えれば、その可能性は十分にあると思います」
「さすが、至高の宝珠から別れた聖刻の園の中でも幹部である月の女王ですな」
そう言うイザークの表情は変わっていないものの、発する圧力は明らかに先程までに違っていた。
「ふふっ、貴方にとっては聖刻の園が許せないのかもしれないけど……今の私は、聖刻の園の練法師ではなく、アクセル様に従う者よ」
「……何ですと?」
ヘルガのその言葉は、イザークにとっても驚きだったらしい。
唖然とした様子で、ヘルガと俺を見比べる。
まぁ、無理もないか。
ヘルガやイザークの様子を見る限り、練法師の組織……匠合から抜けるというのは、そう簡単な事ではないのだろう。
だというのに、ヘルガはあっさりとそれをやってのけたと、そう言うのだから。
もっともそれがどこまで本気で言ってるのか、イザークには分からないだろうが。
俺はヘルガと魔力で繋がっている事もあり、ヘルガが本気で俺に忠誠を誓っているのは分かる。
寧ろ、俺に魔力で支配されているこの現状に喜び……快楽すら感じているのは間違いない。
……それが表向きだけの話で、実は虎視眈々と俺を裏切る機会を狙っているという可能性もないではないのだろうが。
ただ、それでもやはりこう……今の状況から考えると、それはないように思える。
「工呪会の……それも古操兵に関わる件でアクセル様を裏切るような事をすればどうなるか……私は既に練法師の法の外にいる存在よ。それがどういう意味か、分かるでしょう?」
「……天都が黙っておりませんぞ」
「かも、しれないわね」
天都?
イザークの口から出た言葉に疑問を感じる。
天都という言葉については初めて聞くが、話の流れからすると、恐らくは練法師が所属する組織、匠合よりも更に上の存在という事か?
まぁ、その辺については今はどうでもいいか。
「ヘルガ、その辺でいい」
「分かりました」
俺が声を掛けると、ヘルガは大人しくそれに従う。
そんなヘルガを見て、イザークは少し……本当に少しだけだが、驚いた様子を見せる。
もっとも、イザークの今までの行動を見る限りだと、意図的に驚いたのではないかと、そんな風にすら思えてしまうのだが。
「それで、イザーク。お前達にこの素体を預ければ、本当に人馬操兵として使えるようにしてくれんだな?」
「はい、それは間違いなく。ですが、その代わりという訳ではありませんが……この素体についてはこちらでもしっかりと調べさせて貰いますが、それは構いませんか?」
「そのくらいなら別に構わないぞ」
「アクセル様!?」
俺の言葉にヘルガが驚きの声を漏らす。
ヘルガにしてみれば、まさか俺がこうもあっさりとイザークに……というか、工呪会に人馬操兵の素体を調べさせるとは思わなかったのだろう。
「どのみち、俺達だけではこの素体を使えるようには出来ないんだ。それなら、工呪会に任せてもいい。……ただし、シュルティ古操兵の素体を調べても構わないとこっちも譲歩をしてるんだ。そっちにも相応の譲歩はして貰うぞ」
「ええ、それは勿論。この人馬操兵を一品物として仕上げる事を約束します。また、アクセル殿がこの完成した人馬操兵を自由に乗っても問題ないよう、工呪会の方で手を回しましょう」
「なるほどな。アクセル、その案には乗った方がいい」
俺達の交渉を聞いていたルーランがそう言ってくる。
まさかここでこんな風に口を挟んでくるのは俺にとっても予想外だった。
だが、真剣な表情を浮かべているルーランを見れば、それを本気で言ってるのは明らかだ。
「そこまでか?」
「ああ。半人半馬の悪魔の伝承は、今も根深く残っている。そんな中でアクセルが人馬操兵を乗っているのを見れば、騒ぐ者も出て来るだろう。……それどころか、中には人馬操兵を奪おうと考える者も出る筈だ。腐った今の帝国なら余計にな」
……そこまでか。
どうやらルーランの様子を見る限りだと、そのような展開になるのは間違いないらしい。
そうなったらこっちも力ずくでどうにかするといった方法もあるが、それはそれで問題なんだよな。
何しろ相手は貴族。それも腐敗した貴族だ。
そうなると、当然ながら裁判の類がまともに行われるとは思えない。
俺の場合はいざとなった自力でどうとでも出来るし、ヘルガもまた練法師という魔法に似た力を使えるので対処は可能だろう。
だが……それでも、面倒な事は避けたいのは事実。
そんな中で、イザーク……というか、工呪会の後ろ盾があるというのは、俺にとってもありがたい。
もし貴族が人馬操兵を渡せと言ってきた場合、無理をすれば工呪会を敵に回すと言えば、相手も無茶は出来ないだろう。
何しろ、工呪会を敵に回せば操兵の素体を入手出来なくなる可能性があるのだから。
ましてや、自分のせいで工呪会を敵に回したと国の上層部に知られれば、その貴族は終わりだ。
そういう意味で、俺が人馬操兵を使ってもいいようにするというイザークの言葉はありがたい。
ありがたいが……
「他には何かないのか? 色々と配慮してくれるのは助かるが、それでもまだそっちの方が有利な状況だろう?」
「これは……アクセル殿には敵いませんな。では、人馬操兵の整備や部品の補給についても工呪会が無料で行いましょう」
「……それは譲歩に見せ掛けた、そっちの利益だろう? 人馬操兵の整備をする事で、どのように使われているのかとか、そういう情報を集めることが出来るんだし」
人馬操兵の……特に戦闘が終わった後のデータであったり、あるいは戦闘ではなくても普通に動かしているだけでもどこがどのように疲労するのか……その辺りのデータは工呪会も欲しいだろう。
また、部品の交換についても損耗度合いとかから、より性能の高い部品を作ろうとしたりしてもおかしくはない。
「困りましたな。……それでは、アクセル殿は一体どのような事をお望みで?」
「そうだな。取りあえずこの件については貸し……という事にしておく。今後俺が工呪会に何か要望があった場合、その貸しを返して貰う。……もっとも、その貸しの大きさは工呪会がシュルティ古操兵を……それも普通とは違うという人馬操兵をどのように認識してるのかにもよって、違ってくるだろうけど」
明確に何が欲しいと言うのではなく、何かあった時に要望を出すという形にするのは間違っていないと思う。
それに……向こうにシュルティ古操兵の価値の大きさを決めさせるというのも、この場合は大きいだろう。
セコい奴なら、貸しを限りなく小さく見積もってそれで終わりといった事にしたりするかもしれないが、まさか帝国における工呪会のトップであるイザークが、そんな事をするとは思えないし。
……まぁ、それも絶対という訳でもないので、もしかしたら反故にされるかもしれないが……その時はその時だ。
「……分かりました。その提案、お受けしましょう」
「話は決まったな。それで、この素体はどうする? 遺跡を見たところ、素体を外に出すのは難しそうだが」
この遺跡が人馬操兵の素体を生み出す機構を持っているのなら、恐らくどこかに人馬操兵の素体を移動させる事が出来る隠し扉なり、隠し通路なりがあってもおかしくはない。
だが、生憎と俺がざっと見た限りではそのようなものはなく……
「心配いりません。そちらの方は私共の方で手配します。この遺跡についても、以前工呪会が調べた事がありますので」
それは工呪会ではなく、巨人の足跡じゃないのか?
床に転がっている間者の死体をみながらそんな風に思うも、それを言ってもイザークが素直に認めるとは思えなかった。
……あるいは、人馬操兵の貸しを早速返せと言えば、もしかしたら素直に言うかもしれないものの、そんなどうでもいい事で貸しを使いたいとは思わなかった。
「そうか。じゃあ、任せる」
結局、俺はそう言うのだった
「ああ、君がアクセルだね! 僕はサイクス! 君が見つけた人馬操兵を任された操兵鍛冶師だよ!」
遺跡から村に戻ると、イザークに小太りの男を紹介される。
その小太りの男……サイクスは、嬉しそうに俺に向かって言ってくる。
何というか……自分の興味のあることにはこれ以上ない程にしっかりとやるものの、それ以外はどうでもいいといった……いわゆる、オタク的な感じの男だな。
えてしてこういう男は自分の興味のある仕事ではかなりの成果を出したりするので、そういう意味では悪くない。
イザークも、工呪会の利益を考えればここで無能な操兵鍛冶師を用意するとは思えないし。
これはつまり、この人馬操兵についてはサイクスに任せておけばいいと、そうイザークが判断したのだろう。
……実はこのサイクスとやらがイザークよりも立場が上で、イザークが逆らえないとかそういう感じだった場合もあるかもしれないが……いや、さすがにそれはないか?
「イザーク、一応聞いておくが、このサイクスって奴に俺の人馬操兵を任せても大丈夫なんだな?」
「はい。この者は一見するとそうは見えないかもしれませんが、それでも非常に優秀な操兵鍛冶師です。性格的に問題があるようにも見えますが、その分だけ技術は間違いありませんから」
そう言うイザークが困ったような笑みを浮かべているのを見て……取りあえず、このサイクスという操兵鍛冶師を信じてみる事にする。
何かやらかしたら、その時はその時……工呪会の方でどうとでも対処してくれるだろうし。
「分かった。じゃあ、お前に任せる。最高の操兵を作ってくれ」
俺の言葉に、サイクスは目を輝かせながら頷くのだった。