船に乗り、海を渡る。
人馬操兵の素体を工呪会に預けてから少し時間が経ち……ローエンがアーシェラと約束をしていた奇岩島に向かう為、現在俺達は船に乗って海を進んでいた。
この聖刻世界の船は当然ながら帆船であったり、あるいは櫂を使って漕ぐタイプの船だ。
操兵の技術を使えば、エンジン……とまではいかないが、何らかの推進装置で移動出来ると思わないでもないが……生憎と、俺の乗っている船は普通の帆船だ。
ちなみに奇岩島に渡る時は操兵を持ってくるようにとアーシェラに言われていたものの、この船に操兵は乗っていない。
空間倉庫に入っているので、輸送は楽だよな。
「アクセル様、奇岩島までもう少しです。……どうやら、この船の船長の技量は高いようですわね」
ヘルガが俺に向かってそう言ってくる。
……ちなみに現在のヘルガは、練法師の証である仮面を被ってはおらず、素顔を晒している。
初めてヘルガの顔を見た時は、それなりに美人で驚いた。
もっとも、気の強さを表している目とかは人にもよって好みは別れるだろうが。
俺の場合は黒のロングヘアーも含めて嫌いじゃない。
「ルーランが用意したって事は、多分裏の人間とかそういう連中なんだろうな」
最初、奇岩島に向かいたいと言った時、沿岸にある村や街の漁師は全員が断ってきた。
それだけ波が荒く、中には化け物が生息していると信じている者もいたくらいだ。
……まぁ、練法という魔法がある事を考えれば、モンスターの類がいてもおかしくはない。
あるいは、以前遺跡でヘルガから聞いたように水中用の龍操兵もいるという話だったので、それかもしれないが。
ともあれ、そうして船を持ってる者達は誰も俺達を奇岩島まで渡すのを引き受けてくれなかった。
なので、いっそ早速工呪会から貸しを返して貰うか?
そう思ったのだが、その前にルーランがどこからともなく船を用意してきた。
それも船長や船員もセットで。
「下品な者達ですけどね」
俺の言葉に少しだけ不満そうな様子でヘルガが言う。
その気持ちも分からないではない。
ルーランが用意して来た者達は海賊か何かなのではないかと思しき者達だ。
当然ながら、そのような者達の性格が良い訳もない。
……船乗りというのは、元々そういうのが多いようなイメージではあるけど。
そんな船員達の前にヘルガのような美人が顔を出せば、中にはちょっかいを出すような者もいる訳で……
そういう連中が何人かヘルガに叩きのめされた事で、ちょっかいを出す者も減ったが。
「ですが、アクセル様のお陰で上がった身体能力を確認出来たのは、悪くありませんでしたけどね」
笑みを浮かべ、そう言うヘルガ。
練法師というのは、練法を使える。
だが、その為に身体能力という点では決して高くはないらしい。
身体能力を高めるよりも、練法を鍛えた方が強いんだろうから、それは当然かもしれないが。
そのようなヘルガだったが、俺の使い魔となった事でその身体能力は人外と呼ぶ程に上がっていた。
それこそ練法を抜きにしてルーランと戦っても互角に戦えるくらいには。
もっとも、ルーランはしっかりとした剣術を習っているのは見れば分かる。
かなり我流に近くはなっているものの、それはあくまでも実戦の中で磨いた結果、そういう風になったという事だろう。
そしてヘルガはある程度の生身での戦闘は可能なものの、純粋な戦闘技量という点ではルーランに及ばない。
寧ろ、純粋な身体能力だけでルーランとやり合えているのを褒めるべきか。
「奇岩島が近付いてきたぞ! ここからは何があっても対処出来るようにしろぉっ!」
俺がヘルガと話していると、船長の声が周囲に響く。
その声に船の向かう先を見ると、奇岩島が大分大きくなっていた。
船長もそうだが、船員達も必死になって何があってもいいように準備を行っていた。
「奇岩島……」
そんな俺の横では、ヘルガが海風に黒髪を揺らしながら、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
「奇岩島に何かあるのか?」
「はい。私が……というよりも聖刻の園が龍の王と見込んでいた人物がいるという話はしましたよね?」
「ああ、サイオンとかいうマ・トゥークとかいう国の国主だろう?」
このサイオンという人物は優秀ではあったらしいが、長男でも次男でもなく、ましてや三男でもなかったらしい。
三男くらいまでなら国主になれるチャンスはあったかもしれないが、それよりも下となると国主となるのは不可能になる。
だが、そこで聖刻の園がサイオンが龍の器……龍の王となるべき存在であると見出し、接触し、結果として聖刻の園によって国主やサイオンよりも継承権が上の者達は全員が死んだ。
その結果として、サイオンがマ・トゥークの国主になった訳だ。
当然ながら当初はマ・トゥークの国民もサイオンに後ろ暗いところがあると怪しんだものの、国主になった手段はともかく、本人の能力は龍の器と言われるだけあって優秀で、マ・トゥークという国を短期間で列強と呼ばれるまでにしたとか。
国民にしてみれば、後ろ暗いところがあったところで、自分達を裕福にしてくれるサイオンという国主を受け入れたらしい。
……サイオンの父親や兄達が無能揃いだったというのも、この場合は影響してるのだろうが。
「はい、そのサイオンですが……実は以前、奇岩島に来ています。ですが、龍の王の後継者たる資格がないと判断され、奇岩島の中にある王墓に入る事が出来ませんでした。本人は表に出しはしていませんでしたが、その件によって酷くプライドが傷つけられたのだと思います」
「……なるほど」
そうなると、奇岩島で合流する予定になっているデュマシオン……俺がこの世界の原作主人公であると予想している人物が無事に王墓に入ったりしたら、敵対するのはほぼ確実か。
「それに……デュマシオンを龍の器として認めたのは、至高の宝珠。そうなると、もしかしたらアクセル様にご迷惑をおかけするかもしれません」
ああ、そういえばヘルガが抜けた聖刻の園は、至高の宝珠から分派して出来た匠合という話だったな。
「つまり、ヘルガも至高の宝珠の練法師とやり合った事があると?」
「はい。……特に至高の宝珠の幹部である紅玉……この女とは、今まで数え切れない程に争ってきました」
「つまり、お前と同じくらいの実力だった訳か?」
もししっかりと実力が違うのなら、勝つにしろ負けるにしろ、既に勝負はついている筈だ。
しかし、今の言い方からすと勝負はまだついていないという事になる。
「以前はそうでしたが、今の私であれば容易に勝てますわ。アクセル様のお力もありますし、これもありますから」
そう言い、ヘルガが懐から取り出したのは遺跡で俺が触れてた結果人馬操兵の素体を生み出した球体……聖刻石だった。
もっとも、その聖刻石は今や俺の魔力によって汚染――表現は悪いが――されており、普通の聖刻石とは全く違う存在になってるのだが。
「この聖刻石がある限り、私は紅玉には……いえ、相手が聖刻の園を率いる法主であったり、至高の宝珠を率いる翡翠にすら負ける事はないと思います」
どん、と。
俺がヘルガと話していると、船が大きく揺れる。
もっとも、この揺れは岩礁に当たったとか、そういうのではない。
潮流によって、船が大きく揺れたのだ。
それから暫くの間、船は揺れの中を必死に進む。
……何気にヘルガが練法を使って手助けをしていたのもあってか、何とか無事に目的の島に……奇岩島に到着するのだった。
「ここが奇岩島か。……どうだ、ルーラン。今まで話だけは聞いていた場所に来た感想は」
砂浜の上で、俺は周囲の様子を観察しているルーランに尋ねる。
「ここにいた程度ではな。……いや、だがこの砂浜にいるだけでも違和感はある」
「獣や鳥、虫の声が聞こえない、か」
そう言うと、ルーランも頷く。
リロイは特に表情を変えなかったが、マウはその辺りに気が付いていなかったのか、慌てて周囲の様子を見ていた。
ちなみにこの奇岩島……砂浜以外は森が広がっている。
普通ならその森に住む獣や鳥、虫の鳴き声が聞こえてきてもいい筈なのだが、そのような声は一切聞こえてこなかった。
「ヘルガ、どうすればいい?」
「デュマシオンが来るのを待つ方がいいかと」
「ちっ」
ヘルガの言葉に、マウが不満そうに舌打ちをする。
だが、当然ながらヘルガはそんなマウを相手にはしない。
ヘルガは俺の使い魔となった事で俺に絶対の忠誠を誓っている。
しかし、それはあくまでも俺に対してであって、ルーラン達はそこまで気にしていない。
一応俺と一緒に行動しているという事で多少の配慮はしているのだろうが……マウにしてみれば、それが余計に不満なのだろう。
ましてや、マウが大好きなルーランやリロイはそんなヘルガの態度を気にした様子もないというのが、余計に不満を抱かせている。
「そんな訳で、いつデュマシオン達が来るか分からないが……暫くはここで野営だな。船の修理もあるし、それくらいなら問題ないだろ」
俺達をここまで送った船は、無事に奇岩島に到着したものの、それでもやはり無傷という訳にはいかなかった。
なので、修理をしているのだが……修理をするとなると、当然ながら材料が必要になる。
森が近くにあるのだから、その森の木を切って使う……といった方法もない訳ではなかったが、当然ながらそう簡単に出来るようなものでもない。
また、森に異様な雰囲気を感じている者もいるだろう。
なので、結局船の修理については船に積み込まれていた木材を使って行う事になり、そうなると少しも無駄にしないよう、しっかりと考えて修理をする必要があり……それで苦戦しているようだった。
「取りあえず、離れた場所に操兵を出すか。デュマシオン達が来た後で操兵を出すのは、それはそれで問題だろうし」
まさか、デュマシオンの前で空間倉庫を使う訳にはいかない。
特にアーシェラは俺を強く警戒していたしな。
そんな中で、俺の空間倉庫を知ったらどう思うか。
ヘルガが言うには、空間倉庫というのは練法でも出来ないらしいし。
……いや、あるいはヘルガが知らないだけで空間倉庫程に収納出来ないにしろ、同じような練法はあってもおかしくはないが。
「そうだな。空間倉庫の性能を思えば、知ってる者は少ない方がいい」
ルーランが賛成すると、リロイは当然のようにルーランの言葉に反対する筈もなく、マウが反対してもルーランとリロイが賛成している以上は、意味がない。
そんな訳で、停泊している船から離れた場所に移動すると、空間倉庫かプール三兄弟と俺の操兵を取り出す。
「アクセル様の操兵がマイルフィーというのは……よろしければ、もっと高性能な狩猟機を用意致しましょうか?」
マイルフィーを見て、ヘルガがそう聞いてくる。
そういえば、ヘルガがマイルフィーを見るのは初めてだったか。
一応、このマイルフィーもサイガ党程ではないにしろ、それなりに名前が知られている傭兵団の中でも腕利きが所有していた操兵だったりするのだが。
つまり、相応に改修されている訳だ。
そんなマイルフィーではあっても、どうやらヘルガの目には適わなかったらしい。
「ヘルガの気持ちは嬉しいが、この奇岩島の件が終わったら人馬操兵を受け取る事になるだろう。そう考えれば、わざわざ新しい狩猟機はいらないな。……ちなみに、ヘルガに操兵はあるのか?」
ふと気になり、そう尋ねる。
ヘルガが俺に絶対の忠誠を誓っているのは分かるが、それでも俺と一緒に行動するとなると、操兵はあった方がいい。
となると、例えば俺が工呪会に預けている人馬操兵を引き渡されたら、このマイルフィーをヘルガ用の操兵としてもいいのではないかと、そう思ったのだ。
だが、そんな俺の言葉にヘルガは頷く。
「はい。私が持っている操兵は、狩猟機や……勿論従兵機でもありません。呪操兵という、練法師専用の操兵があります」
「呪操兵?」
狩猟機や従兵機というネーミングを考えると、そこは呪操機じゃないのか?
そう思ったが、話の流れからしてその呪操兵というのが練法師用の操兵であるのは分かる。
例えば、狩猟機が人で言う戦士や騎士の為の操兵であるのなら、呪操兵というのは魔法使い用……練法師用の操兵という事なのだろう。
「それで、その呪操兵とやらはどこにあるんだ?」
「ここに」
そう言いつつ、ヘルガは相応に豊かな自分の胸に手を当てる。
……胸? 一体何でだ?
そう思ったが、ヘルガは笑みを浮かべるだけでそれ以上は言わない。
そんなヘルガの様子を見て、恐らく呪操兵の件についてはあまり話したくないのだろうと判断する。
勿論、俺に絶対の忠誠を誓っているヘルガだ。
言えと命じれば、恐らくは素直に従うだろう。
だが、生憎と今はわざわざそのような事をしようとも思わず……呪操兵の話については、そこで終わる。
その日から数日野営をし……やがて1隻の船が俺達がいた場所とは別の場所で難破し、それとほぼ同時に数隻の船が奇岩島に到着するのだった。