「何だ?」
翡翠が紅玉……アーシェラに何かをしているのを見ながら、あるいは玉座の操兵の操手漕に入ったデュマシオンが出てくるのを待っていると、不意に違和感があった。
そんな俺の言葉に、ルーランとヘルガは即座に何があってもいいように戦闘準備を整え、遅れてリロイが、そしてマウが構え、最後にルチャが何があってもいいように体勢を整える。
次の瞬間、一瞬空間が歪んだかと思うと……俺にとっても微かに見覚えのある男が不意に姿を現す。
もっとも見覚えがあると言っても、親しく会話をした事がある訳ではない。
デュマシオン達をこの奇岩島にまで運んできた船の船長だ。
その男はこちらを一瞥すると、アーシェラに何かをしている翡翠に向かって深々と頭を下げ……そして離れた場所まで移動する。
あの様子だと……
「至高の宝珠の関係者のようですわね」
ヘルガが俺に聞こえるようにそう言ってくる。
「そうらしいな。そう考えれば、デュマシオン達を奇岩島に連れてきたのも納得出来る」
そうして会話をしていると、再び空間が歪むと共に……今度は3人が姿を現す。
2人の男と1人の女。
その3人はここに来たことに一瞬驚いた様子を見せつつ、それでも特に騒いだりしない。
3人の中で金髪の男……恐らくはあの中のリーダー格なのだろう男が周囲の様子を確認するように一瞥し、アーシェラとルチャを見て微かに驚きの様子を示す。
ここに来た……恐らくは琥珀が連れてきたという事は、デュマシオンの知り合いなのだろう。
金髪の男はそれ以上何を言うでもなく黙り、最初に出て来た船長から少し離れた場所まで移動する。
そして三度空間がゆがみ……今度は2人の男女と、琥珀が姿を現す。
琥珀が姿を現したという事は、恐らくこの3人がこの場に集まる中でも最後の2人なのだろう。
「クセルクセスおじさん……なの? 本当に?」
「フィーン」
「でも、兄さん……」
なるほど、この2人は兄妹か。
けど、クセルクセス?
「帝国がバルーザと戦った時の軍師の名前です」
「それって……何百年も前だよな?」
「はい。ですが、翡翠はその人物本人で間違いありません」
「……なるほど」
練法師なら練法を使うなりなんなりして、寿命を延ばすくらいは出来るだろう。
ヘルガの言葉にそう思い、戸惑った様子を見せるルチャに近付く。
「ルチャだったよな? ここに来た連中は知り合いか?」
「あ、うん。操兵闘技大会が終わった後で、兄ちゃんと一緒に旅した時に会った人達だよ」
そう言い、ルチャは説明する。
最初の船長の男は俺も知ってるので飛ばすとして、2番目に転移してきた3人は龍操兵という古操兵を継承してきた一族の者達で、最後の兄妹は操兵狩人という、騎兵であるにも関わらず操兵を倒せる、操兵の中でもなまさに精鋭と呼ぶべき存在らしい。
「なるほど」
操兵狩人については、以前ルーランからだったか……ちょっと聞いた覚えがあるな。
だが、そんな中で俺が一番興味を持ったのは、やはり龍操兵の面々だ。
実際、俺とルチャの話を聞くとはなしに聞いていたルーランも、龍操兵の3人に興味深い視線を向けていたのだから。
そうして多少の時間が経つと、操兵狩人の兄弟のうち兄の方が妹に手を引かれてこちらに近付いてくる。
……ああ、兄の方は目が見えないのか。
あれ? だとすれば操兵狩人は妹の方だけなのか?
いや、違うな。兄の方も服装はペガーナとかいう宗教の僧の服装を着ているものの、その身体そのものはしっかりと鍛えられている。
目が見えない状態で一体どうやって鍛えたのかというのは俺にも分からなかったが。
「初めまして、私はサライ・ランツェンと申します。こちらは妹のフィーン・ランツェン。この場にいるという事は、貴方達もデュマシオン殿下のお知り合い……そう考えてよろしいのでしょうか?」
「ああ、そうだ。俺とそっちの3人は帝都で開かれた操兵闘技大会でデュマシオンに雇われた縁で今回の件にも協力している。ヘルガ……俺の側にいる女は俺の部下だと思っておいてくれ」
「そうですか。……そちらの子は、少し前に会いましたね」
そう言いながら、サライはルチャに視線を向ける。
もっとも、盲目なので微妙に視線は合ってないが。
それでもルチャの存在に気が付いたのは、さすがと言うべきか。
「あ、うん。帝国軍を倒す時に」
ルチャは少し戸惑った様子を見せつつ、そう返す。
そうして色々とあって緊張した様子ではあったがサライやフィーンと話していると……
「アクセル殿、翡翠がお話があると……少しよろしいでしょうか?」
サライ達と共にやってきた琥珀が、そう俺に声を掛けてくる。
「翡翠が? アーシェラの件で忙しいんじゃなかったのか?」
「……お願いします」
抑揚はなく、感情が込められているようには思えない琥珀の声。
しかし、それでいながらしっかりと俺に頼んでいるのが分かる……そんな声でもあった。
「ヘルガ」
「……私もお供します」
ヘルガに声を掛けると、俺がサライと話している間、フィーンと話していた――表面的な会話ではあったが――ヘルガが即時にそう返してくる。
そんなヘルガの言葉に琥珀は何かを言いたそうな雰囲気を発するが……それでも結局何も言わないのは、それだけ俺と翡翠に話をさせたいのだろう。
「話の途中で悪いな」
「いえ、お気になさらず」
サライと短く言葉を交わすと、ヘルガを伴って翡翠の側まで移動する。
すると、ちょうどそのタイミングで翡翠のアーシェラに対する作業は終わったのか、翡翠は顔を上げる。
「よくぞいらして下さった」
「至高の宝珠のトップが俺に話があるって事だし、それを聞き流す事は出来る筈もないだろう。……それで、この中で真っ先に俺を呼んだのは一体どういう訳だ?」
プール三兄弟はともかく、それ以外は恐らくこの翡翠と……あるいはデュマシオンとか? とにかく関係があるのは間違いない。
だというのに、そんな中でわざわざ俺を呼んだのだから、そこには何かしっかりとした理由があるのは間違いないだろう。
もっとも、その内容については俺も分からなかったが。
「アクセル殿、こことは違う世界から来た貴方という存在は、この世界において大きな意味を持つでしょう。何か大きな騒動が起きた時、アクセル殿がその中心にいることも多いかと」
「どうだろうな」
そう翡翠に返しつつも、その言葉は決して間違っていないというのは、俺にも理解出来た。
元来、俺はトラブル誘引体質とでも呼ぶべきものがある。
それだけに、この世界で起きる騒動……原作のある世界という事を考えれば原作イベントと表現する方が正しいのかもしれないが、それに関わる可能性が高い。
ましてや、恐らくはこの世界の原作主人公であるデュマシオンの側にいた場合、その可能性は恐ろしく高くなる筈だ。
もっとも……俺とデュマシオンの相性は決して良くはない。
具体的には、自分に酔っているように見えるところが大きなマイナスだ。
まだデュマシオンとの付き合いそのものはそこまで長くも濃い訳もないが……例えば、操兵闘技大会のナカーダ戦。
間違いなくデュマシオンに、あるいはイシュカークに危害を加える気満々のガイザスを殺す機会があったにも関わらず、デュマシオンは自分の美学に酔いしれるかのようにガイザスを殺さず、情けを掛けた。
……ある意味、俺が会った頃のキラと比べてもヘタレており、とてもではないが俺と気が合うとは思わない。
寧ろデュマシオンよりは、ガイザスの方がまだマシ……うーん、どうだろうな。
もし俺がガイザスに協力する場合、ガイザスの心を徹底的に折るといった事をしなければどうにもならないような気もするんだよな。
「アクセル殿が一体何を求めてこの世界に来たのかは分かりません。ですが……出来れば、デュマシオン殿下の味方となって欲しいと思います」
「俺とデュマシオンの相性は決して良くないぞ?」
例えばこれが、表面上のやり取りをするだけなら特に問題なく出来るだろう。
だが、心を許す……相手をこれ以上ない程に理解するといったような、親友や同志といったような関係を築くのは難しい。
「俺から見たデュマシオンは、甘い。……優しいのではなく、甘い。余程甘ったれた育て方をされてきたんだろうな」
「ふふっ、アクセル殿がそのように思うのも分かります。ですがデュマシオン殿下は決して甘やかされて育った訳ではありません。それどころか、迫害されて育ったといった方が正しいでしょう」
「……迫害、ねぇ」
そういう意味では甘ったれた育て方をされたという俺の予想は間違っているのだろう。
だが同時に、そのような育ち方をしても優しいのではなく甘いというのは、デュマシオン自身に致命的な欠陥があるという事になるんじゃないか?
「それに……恐らくですが、デュマシオン殿下は生まれながらにして、そのようなものを背負っております。それが、龍の器としてのデュマシオン殿下の特徴なのでしょう」
意味ありげに言う翡翠だったが、龍の器というのは龍の王の生まれ変わりである可能性を持つ者であると同時に、英雄となれる器を持っているという事だ。
そういう意味では、デュマシオンが? と思うが……まぁ、実際そんなデュマシオンでも原作主人公であるのは間違いないだろうし、そういう意味ではデュマシオンと一緒にいるというのは悪い話じゃないかもしれない。
「つまり、俺にデュマシオンに協力して欲しいのか?」
「率直に言えば、そうなりますな」
「……俺とデュマシオンは水と油とまではいかないが、決して性格的に合う存在じゃない。そんな俺がもしデュマシオンと一緒にいれば、最悪敵対するような事になってもおかしくはないが、それはどう思う?」
「その時は、味方にはならずとも……出来れば敵対して欲しくはありませんな」
「どうだろうな。場合によってはそうなる可能性も十分にあると思うけど」
この世界の原作が具体的にどのようなものなのかは、俺にも分からない。
だが、デュマシオンのライバルとなる者は恐らくだがガイザス以外にもいる筈だ。
つまり、デュマシオンとは違う龍の器……英雄候補だな。
もしその相手が優秀……かどうかはともかく、デュマシオンのようなヘタレではなく、殺すべき相手はきちんと殺せるような者であれば、俺はデュマシオンを見捨ててそちらにつく可能性は十分にあった。
そうなれば……自分で言うのもなんだが、俺という存在は圧倒的な切り札となる。
今はまだ無理だが、ゲートでホワイトスターと繋がれば更に切り札としての価値も増す訳で、そうなれば原作主人公であるデュマシオンであってもどうする事も出来ない筈だ。
「……デュマシオン殿下は、至高の宝珠が見つけ出した御方。今はまだ未熟でしょうが、幾多の試練を乗り越え、そのうち真の英雄と呼ぶべき人物となるでしょう。なので、それをアクセル殿にも見守って欲しいのです」
そう言うと深々と頭を下げてくる。
琥珀はともかく、ヘルガまでもが驚きの表情――琥珀の場合は雰囲気だが――を浮かべているの見れば、翡翠がこうして頭を下げるというのは余程の事なのだろう。
さて、どうするか。
少し考えから、口を開く。
「取りあえず翡翠に免じて暫くはデュマシオンと行動を共にしよう。だが、無理だと思ったら見捨てるぞ」
それが、俺の妥協点だった。
あるいはこの聖刻世界でゲートを設置出来て、ホワイトスターと自由に行き来が出来るのなら、また違った選択もしただろう。
だが、生憎とこの聖刻世界においては何らかの力が阻害しているのか、ゲートを設置出来ない。
いや、設置は出来るものの、ホワイトスターと繋がらないというのが正しいか。
とにかくそんな訳で、俺としてはこの世界の原作主人公であろうデュマシオンを一緒に行動する必要があった。
「ありがとうございます」
そう言い、翡翠は俺に頭を下げてくる。
これは……どっちだ? 俺が何だかんだと言いながらも、結局デュマシオンを見捨てないと思っているのか、それともそうなったらそうなったで仕方がないと思っているのか。
「では……月の女王よ」
「あら、アクセル様だけではなく私にも話があると?」
「……お主は練法師の枷から抜け出た者」
「そうね。アクセル様のお陰で、今の私は練法師の法であろうと、縛る事は出来ないわ」
「じゃが……それを知る者は少ないだろう。聖刻の園がお主をみすみす逃すとも思えん」
「そうなったらそうなったで、私が聖刻の園を潰す……いえ、手に入れてもいいかもしれないわね。天都の者達がどう行動するのかは分からないけど」
「……儂から言える事は、一つ。お主とは違い、紅玉もまた練法師の法から抜けた者となる。お主と紅玉の関係は承知しておるが、出来れば……」
「そうね。アクセル様に敵対しないのなら、見逃してあげてもいいわ」
「すまん」
そうして話をしているところで、不意に玉座にあった操兵の操手漕からデュマシオンが下りてくるのだった。